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天命の巫女姫  作者: たけのこ
2章 禁断の飴玉
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2―21 疑念②

「ねえねえっ、二十円当たったよ!」


 千幸が琥珀の袖を引っ張って興奮気味に言う。


「お、ラッキーだね。二十円分好きなもの選んでくるといいよ」

「うんっ」


 千幸は軽い足取りで再び店内へと走っていった。その間に陽玄は聞きたかったことを問いかける。


「……巫さん、もしかして父親を疑っているんですか?」

「君の犯人病気説を参考にしてね。まあ、病気を患っていたのはその子どもだったってことだけど……」

「でも決まったわけでは」

「疑うことは悪いことじゃない。疑って、正しいことを確かめられた時、信じることができる。もし父親が犯人じゃないって分かればそれはそれでよかったって安堵できるでしょ」


 心臓。欠乏。疾病。だから薬を服用して元気になる。


「いや、まさか……」


 対照的に精神病気質説だと思い込んでいた陽玄は、宙を見つめる。病気を患って元気になった子が近くにいるせいか、その子が言っていた快復と発症を繰り返すサイクルと事件の多発性が妙に結びつく。


「ただいまー!」


 暗い雰囲気の中、戻ってきた千幸が元気よく挨拶する。


「おかえりー!」


 それに琥珀は気持ちを切り替えて明るい声音で言葉を返した。だが陽玄は気持ちが切り替えられない。真実を明らかにするためなのにどうしてこんなにも胸が苦しいままなのだろう。どんどん心の底から苦しさが込み上げてくる。陽玄はそれを抑え込むために奥歯をぎりっと噛むと同時に頬のところに押し込んだ飴を噛み砕いた。

 それからは他愛のない話の繰り返し。お菓子を食べながら楽しいお喋りをした。


「ヨーゲン君。美味しい?」

「美味しいというより甘い。身体に悪そうな味だ。千幸ちゃん、こんなの食べて平気なの?」

「大丈夫だし、美味しいもんっ。お家でもおやつにお菓子たくさん食べるもん」

「そうか」


 千幸はもぐもぐリスみたいに頬を膨らませて喋る。


「でもたくさん食べちゃうと夜ご飯食べられなくなっちゃうから程々にしようね」

「うんっ」


 素直に応じた琥珀はちょんちょんと陽玄の肩を突っつく。


「ねえねえ、お兄ちゃん」


 たった数日間、会っただけだというのに千幸はとても人懐っこく話しかけてくる。初対面に比べればずいぶんと仲良くなった気がする。


「どうしたの?」

「笑った顔見たいっ!」

「あ、あたしも笑った顔見てみたいな」

「え?」


 二人してそんなことを言われても、こんな複雑な心境で心の底から笑えるわけがない。けれど千幸の願いだ。笑って見せる。陽玄は今感じる思いのまま口角を上げてみた。


「あはは。ぎこちない」


 自分の顔を見て、千幸はニコニコしながら笑う。彼女にはやっぱり笑顔が似合う。陽玄も千幸に見習ってもう一度笑って見せた。


「千幸もにらめっこする~」

「いや、笑ってるんだけど、な……」

「変顔してるかと思った」

「……そっか。そう見えるのか」

「そのまま睨めっこ、してあげれば?」


 太ももに頬杖をつきながら千幸と陽玄の会話を聞いていた琥珀が余計な提案をする。こんな心境でそんなことできるわけない、とも思ったが、何も知らない千幸には全く持って関係のない話だ。


「……分かったよ」

「はい、それじゃあ二人とも準備はいい?」

「うんっ」

「ああ」


 二人の意思を確認した琥珀が掛け声を始める。


「睨めっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ」


 先に笑ったのは千幸の方だった。陽玄は照れくさくて笑う気にもなれない。


「ヨーゲン君、中々やるね。次はあたしの番だっ!」

「やらないから」

「ちぇ、何だし。つまんないの。いいもん、千幸ちゃんとやるから。ねー、千幸ちゃん」

「うんっ」


 そうして長閑な時間は過ぎていき、帰りの合図の鐘が鳴る。


「そろそろ帰ろうか」

「うんっ。すっごく楽しかったっ!」

「……。それはよかった」


 話している間、いつも通り明るく接していた琥珀も、千幸の満面の笑みを見て、何を思ったのか、悲しいことがあった時に笑うような、はにかむような、不思議な顔の歪め方をした。

 陽玄らは暮れなずむ町の中、千幸の家を目指して駄菓子屋を後にした。



 千幸の家に到着して三十分少し。千幸の父親はいつもより一時間早く帰宅してきた。

 リビングのドアが開く。

 琥珀がテーブルの椅子から立ち上がった。彼女と千幸の父親が対面するのは、デパートの時以来だ。


「お邪魔しています。巫琥珀です」

「あ、先日は迷子の娘を助けてくれてありがとう。お礼を言うべきだったのに、無礼な態度を取って申し訳なかった」

「いえ」

「お詫びとしては何だが、良かったら夜ご飯、食べて行かないか?」

「そんなお気になさらないでください。遅くなる前に失礼する予定でしたし」

「そうか……」


 琥珀の返答に千幸の父親は少し残念そうな顔をする。それを察してか、琥珀が問いかける。


「もしかして千幸ちゃんのためですか?」

「……詫びを利用するわけじゃなかったんだ。……でも、食事の相手が私一人じゃ、千幸も寂しいと思って」

「……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

「本当かっ! よかったな千幸っ!」

「うんっ」

「剣崎君も一緒に食べてくれるか?」

「はい」


 それを聞いた千幸は更に嬉しそうにトレードマークである毛糸帽子を左右に揺らす。喜ぶ娘の姿を見て千幸の父親も嬉しそうに笑みを堪えていて、早速台所で夕食の準備に取り掛かった。

 それとは対照的に琥珀は険しそうに椅子に掛かった黒のジャケットや鞄を見つめていた。ポケットか、将又鞄の中にあるはずだろう凶器を見通すように。



 夕食をいただいて雛形家を辞すると、空は闇に沈んでいた。


「ご飯、美味しかった」

「……んー」


 琥珀はパーカーの胸ポケットに手を突っ込みながら空返事する。その後続けて言う。


「家の中を観察したり、父親の私物を見たけど、魔力は感じられなかった」

「でもあんな優しい父親が、人を殺せるだろうか。殺したその手であんな美味しいご飯を作れるだろうか。その手で娘さんに触れられるだろうか」

「感傷的になってはいけないよ。人は良くも悪くも大切な人のためなら悪魔にでもなれる危うい存在なんだ。だから娘のためなら他を切り捨てられるんだ」

「……でも、まだ確定したわけでは……」

「君も薄々気づいているんじゃないの?」

「それは……」

「寛解して元気に。再発して不調に。を繰り返す。あれは人の命を用いて無理やり延命させている。千幸ちゃんが体調を崩したら、誰かを殺すために夜の街に赴く。八人目も、君が帰った後に父親が犯行に及んだんだ。何よりあんな薬の塊を飲めば、過剰摂取で死に至る」

「でも、あれは普通の父親です。魔術師の家系でもない人間がどうやって……」


 琥珀は雲に隠れた月を見通すかのように夜の空を見上げた。


「……もしかしたら本当に悪魔と契約したのかもしれないね」


 駅の方へと足を向けた。並んで歩き始めると、琥珀が口を開く。


「これまで通り、夜の巡回はやる。けど、千幸ちゃんが体調を崩したその時、父親の動向を尾行するから」

「ああ……」


 歩くのが息苦しい。でもこれは決して満腹感からくるものじゃない。拭いきれないやるせなさ、どうしようもない空しさ。心に芽生えた悲しい気持ちが身体を重くさせている。それは何度も仕方ないんだと心に言い聞かせて無くなるような生易しいものではなかった。

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