表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天命の巫女姫  作者: たけのこ
2章 禁断の飴玉
54/285

インタールード①(犯行)

 住宅街を抜け、辿り着いた場所は河川敷。

 薄闇の中、土手を下れば、河川敷は周囲からの人工の光がいっさい失われていた。近隣の建物らしき建物もこの広い土手の下にはまったくない。


 そこにあるのは闇に沈んで黒くなった叢と流れる川だけだ。

 吊り橋を渡る車のヘッドライトが少し気にかかるが、営業マンらしい地味な短髪と眼鏡、雑踏に紛れるようなスーツは当然闇にも紛れる。

 誰も気にはしない。大丈夫だ。

 防犯カメラに映ることは極力避けているが、万が一映ったとしても、この地味な風貌からして誰も記憶に留めないだろう。

 とは言え、一度この場では人を殺めている。巡回中の警察の目には十分留意しなくてはならない。

 男は明確な意志を持って歩を進める。

 土手の上で周囲を見渡した時。

 叢の中にぽつんと建った小屋が目についた。辺りが闇一色だったからだろう、内から微かに溢れる光が、今そこに誰かが住んでいることをあからさまに知らせていた。

 実際の年齢よりも若く見られそうなくらいの童顔。

 小屋に近づくにつれ、一度見ただけでは印象の薄い風貌には、不釣り合いな軽薄な微笑みが男の口元を歪ませていく。

 その光に導かれるようにして叢をかき分け、希望の光が灯る小屋の前で立ち止まった。

 男は凶器であるアイスピックを抜く。

 小さく息を吐いて、恐る恐るドアをノックした。


「……」


 微かにドアがゆっくりと開く。

 ドアの不規則な動きからして内の人物は相当警戒している。

 そう感じ取った瞬間、男は素早くドアの隙間に片手を忍ばせ、無理やりドアをこじ開けた。


「っ――」


 声にならない悲鳴。

 男は小屋の中にいる人間の顔も見ずに心臓だけを狙って、右手に隠した凶器を胸に突き刺した。

 殺すと決めた時点で絶対に騒ぎ立てさせずに殺す。

 その方が殺される側も苦痛は一瞬で済むはずだ。

 藻掻くような吐息を消し去るように押し込んでいく。

 錐のように長い刃先が薄汚い布を貫通して、肌に深く沈み込んでいく。

 もう慣れている。

 手短に素早く。

 あっさりと心臓のところまで、貫く。

 苦痛からか、ぴくりと痙攣する人間の身体。

 人から心臓を抜き取るなんて無謀だと思ったが、どんなに刺しこみが浅くても、骨に引っ掛かったりしても関係ない。

 突き刺せば絶命。この凶器の前では人の肉体なんてものは果肉よりも柔く、呆気なく脆いものとなる。

 人の身体とはうまく出来過ぎているせいか、壊れやすい肉体構造だ。


「男か……」


 もう息はない。

 老人は死んだまま目を見開いていた。

 切っ先を、ずるりと引き抜いていく。

 抜いていく度に刺した箇所から赤い血が溢れ出るが、細く鋭利な鉄の芯が一滴も垂らすことなく吸い取っていく。

 事切れた老人はそのまま仰向けになって床に倒れ込んだ。

 死体を見下ろした後、男は凶器の先を掌に垂らす。

 熟した果実のように赤く充溢した鉄芯。

 すると、老人から吸い取った心臓の血液が、刃物の先に凝集していく。一秒、二秒、三秒、四秒には満たない時間速度で、血液は飴のような大きさまで膨らんでいって、ころんと男の掌に落ちた。

 男はポケットからハンカチを取り出して、その飴を壊さないように丁重に包み込んだ。

 その口元は、ほっとしたように、仄かに微笑んでいた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ