インタールード①(犯行)
住宅街を抜け、辿り着いた場所は河川敷。
薄闇の中、土手を下れば、河川敷は周囲からの人工の光がいっさい失われていた。近隣の建物らしき建物もこの広い土手の下にはまったくない。
そこにあるのは闇に沈んで黒くなった叢と流れる川だけだ。
吊り橋を渡る車のヘッドライトが少し気にかかるが、営業マンらしい地味な短髪と眼鏡、雑踏に紛れるようなスーツは当然闇にも紛れる。
誰も気にはしない。大丈夫だ。
防犯カメラに映ることは極力避けているが、万が一映ったとしても、この地味な風貌からして誰も記憶に留めないだろう。
とは言え、一度この場では人を殺めている。巡回中の警察の目には十分留意しなくてはならない。
男は明確な意志を持って歩を進める。
土手の上で周囲を見渡した時。
叢の中にぽつんと建った小屋が目についた。辺りが闇一色だったからだろう、内から微かに溢れる光が、今そこに誰かが住んでいることをあからさまに知らせていた。
実際の年齢よりも若く見られそうなくらいの童顔。
小屋に近づくにつれ、一度見ただけでは印象の薄い風貌には、不釣り合いな軽薄な微笑みが男の口元を歪ませていく。
その光に導かれるようにして叢をかき分け、希望の光が灯る小屋の前で立ち止まった。
男は凶器であるアイスピックを抜く。
小さく息を吐いて、恐る恐るドアをノックした。
「……」
微かにドアがゆっくりと開く。
ドアの不規則な動きからして内の人物は相当警戒している。
そう感じ取った瞬間、男は素早くドアの隙間に片手を忍ばせ、無理やりドアをこじ開けた。
「っ――」
声にならない悲鳴。
男は小屋の中にいる人間の顔も見ずに心臓だけを狙って、右手に隠した凶器を胸に突き刺した。
殺すと決めた時点で絶対に騒ぎ立てさせずに殺す。
その方が殺される側も苦痛は一瞬で済むはずだ。
藻掻くような吐息を消し去るように押し込んでいく。
錐のように長い刃先が薄汚い布を貫通して、肌に深く沈み込んでいく。
もう慣れている。
手短に素早く。
あっさりと心臓のところまで、貫く。
苦痛からか、ぴくりと痙攣する人間の身体。
人から心臓を抜き取るなんて無謀だと思ったが、どんなに刺しこみが浅くても、骨に引っ掛かったりしても関係ない。
突き刺せば絶命。この凶器の前では人の肉体なんてものは果肉よりも柔く、呆気なく脆いものとなる。
人の身体とはうまく出来過ぎているせいか、壊れやすい肉体構造だ。
「男か……」
もう息はない。
老人は死んだまま目を見開いていた。
切っ先を、ずるりと引き抜いていく。
抜いていく度に刺した箇所から赤い血が溢れ出るが、細く鋭利な鉄の芯が一滴も垂らすことなく吸い取っていく。
事切れた老人はそのまま仰向けになって床に倒れ込んだ。
死体を見下ろした後、男は凶器の先を掌に垂らす。
熟した果実のように赤く充溢した鉄芯。
すると、老人から吸い取った心臓の血液が、刃物の先に凝集していく。一秒、二秒、三秒、四秒には満たない時間速度で、血液は飴のような大きさまで膨らんでいって、ころんと男の掌に落ちた。
男はポケットからハンカチを取り出して、その飴を壊さないように丁重に包み込んだ。
その口元は、ほっとしたように、仄かに微笑んでいた――。




