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天命の巫女姫  作者: たけのこ
2章 禁断の飴玉
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2―2 看病②

「ざっと説明するとあたしはね、元々普通の人間だったの。その日は、お花見するために車でお出掛けしていて、幼かったあたしは普段仕事で忙しい両親と中々遊べなかったから、久しぶりに一緒にいられてすごく嬉しくて、今日は一日中かまってもらうんだーってワクワクしてたんだ。でも山道を車で下っている途中で、急に猫が車道に飛び出してきて、お父さんは避けようとして急旋回。そのまま車は横転して崖から転落。前方車両にいたお父さんとお母さんは即死。後方車両にいたあたしも重症で、ああ、もう助からないんだぁってぼんやり思っていたの。そんな時、ペシャンコになった車の窓から白い手が差し伸べられて、まだ生きたい、って訊ねられた気がして、あたしは死にたくないって答えたんだ。そしたらある条件を持ちかけられて、何のことかよく分からなくて困ったんだけど、何も悪いことしていないのに、なんで死なないといけないんだーとか、こんなんであたしの人生終わっちゃうなんて嫌だーとか、色々思いが込み上げてきちゃってやっぱり生きていたくて、あたしはその条件を呑んだの。それがあたしが今こうして魔法使いとして生きている理由。……て言ってもあたしは先祖じゃないから魔法使いとはちょっと違うかもしれないけど、助けてくれたあの子の願いの代行者として今を生きている」


 琥珀はこちらがしんみりしないように明るい口調で振る舞っているが、話している内容が衝撃的なことであることに変わりない。


「じゃあやっぱり巫さんを助けてくれた恩人って」

「そう。その恩人が戦乙女テンシだったって話。であたしはその子の望みを叶えるためにこの世の中にあるすべての魔力をなかったことにするの」

 

 それが彼女が託された使命。命を助けてもらう代わりに交わした誓約。でもその誓約に準えば自分は……。


「と言うことは、魔術師の家系である僕は君に殺されるのか?」


 陽玄は少し躊躇いながら訊ねた。


「え、そんなことしないよ」琥珀は目を丸くして答えた。そんなこと一ミリたりとも思っていなかったかのように。

「でも、僕にも少なからず魔力はある」

「そうかもしれないけど、魔力があるから殺すなんてそんなの理不尽にも程があるでしょ。生まれた子にあるのは祝福だけ、罪なんてこれっぽちもないの。だから殺したりなんてしないから安心して」


 たしかに命を賭して助けてくれた事実があるのに琥珀の言葉を疑う方がおかしいのかもしれない。だけど……。


「それに、あたしは誰も殺さないから」

「ならどうやって魔力を無くすんですか?」

「それはあの時具現化させた刀を心臓にぶっ刺すの。心臓は魔力の源泉だからそれを断ち切って使えなくさせる。もう少し詳しく説明すると、あたしが用いる魔法は二つ。一つは自分の記憶にあるものを生み出すことができる虚構魔法で、うぬぬって念じると刀とか出てくる。今は弱っているからやらないけどね。因みに補足すると戦乙女が用いる刀を具現化できるのはあたしの記憶に彼女の記憶が残留しているからだね。そして、もう一つが虚無魔法。これは魔力を消滅させる魔法。具現化させる刀に備わっている特性と言った方がいいかもしれない」


 琥珀の口から出た心臓をぶっ刺すという言葉が胸に引っ掛かる。陽玄はそんな物騒な言葉が彼女の口から出るとは思っていなかった。その行為は殺すことと変わらないような気がして、父が殺されたのを目の前で見ている陽玄にとって、とても生々しく聞こえた。


「でも心臓を刺すんだろう? 死なないのか?」

「うん、死なないよ。それが魔法だもん。心臓にある魔の核を殺すだけだから」


 それを聞いて一先ず安心した。実際に人を殺してしまってはたとえそれが善であろうと魔術を知らない一般人から見ればただの人殺しで、簡単に悪に成り代わってしまう危うい立場だと思ったから。


「他には何か聞きたいこととかある?」


 考え込む中、陽玄は疑問に思う。そもそもの話、どうして彼女はこんな話を自分に打ち明けたのだろう。


「巫さんはどうしてこんな大切な話を僕に話してくれるんですか? 僕がもし悪い人間だったらとか思わないんですか?」


 その問いに琥珀はふふと静かに笑った。


「そんなの思わないよ。誰かのために自分を犠牲にして頑張れる人間に悪い人はいないと思う。それにあたしのために傷の手当てまでしてくれたみたいだし」


 そう話す琥珀は机に置かれた救護セットを見る。赤くなった包帯と消毒のために使ったコットンやガーゼ。手当てを終えたことで一杯一杯で後片付けを忘れていた。


「ごめんなさい、今片づけます」

「いいよ、後でで。……それよりも、あたしも聞きたいことがあるんだけど……」

「はい、何ですか?」

「あたしの裸、見たでしょ」

「っ」


 そんなド直球で問われるとは思ってもいなかった。

 陽玄は自分の頬がみるみる熱くなっていくのを感じるが、問い詰める彼女の方は何故だか清々しい。


「正直に答えな。別に見られても減るもんじゃないし、怒らないから」

「(じゃあ、なぜ聞くのだろう? いや、自分に置き換えてみろ。何もなくても気にはなるだろう?)……み、見ました。で、でも決して何も、脱がさないと上手に手当てできなかったし、ボタン外したり付けたりする時も、その、胸とか、大事なところは触れないように気を付けて……なるべく見ないようにも心掛けたつもりで……」


 何とか釈明する陽玄。くすくす笑う琥珀。


「ほらね、これで分かった。君が悪い人間じゃないって。他人に気を遣える人は悪さなんてしないよ。まあ、あたしとしては少しくらい触られても良かったけどね」

「⁉ は? な、なに言って」

「なんちゃって~、嘘だよ~ん」

「なっ」


 年上の余裕か、陽玄をからかって琥珀はにんまり笑った。まあ、少し元気を取り戻してくれたみたいで良かったが。


「ねぇ、他には? 聞きたいこととかないの?」


 もっと聞いて、と積極的に投げ掛けてくる琥珀。それに対して陽玄は肝心なことを思い出した。


「巫さんを救った戦乙女はどこに? この家にいるんですか?」

「あー、えーっと」


 急に琥珀は歯切れが悪くなる。


「まあ、隠したところで無理があるよね。うん、いるよ。でも今は静かに眠っているからそっとしといてほしいかな」

「ずっと眠っているんですか?」

「うん、あたしをこの洋館に運んだ後、少しして眠っちゃった。十年以上眠っていて、全然目を覚ます気配はないね」


 陽玄は首を傾げ考え込む。


「……その、自分の魔力を巫さんに明け渡したから眠ったままなんですか?」

「そうだよ。あたしの命は彼女の魔力で繋ぎ止められているみたいな感じで、魔力は消費するだけなら人間の体力みたいに眠れば回復するけど、魔力を明け渡した場合、魔力の貯蓄量自体が減っているから回復しても目を覚まさないんだ」

「じゃあ、ずっと眠ったままってことか」

「……多分ね。他、他はないの?」


 はぐらかすように話を切るあたり、その点に関しては琥珀もあまりよく分からないようだ。


「今のところはもう」

「よし、また何か気になることがあったら遠慮なく言ってね」


 陽玄は頷きを返す。


「それじゃあ、交代」


 言うと琥珀は被っていた布団をどかして上体を起こした。


「大丈夫なんですか? 寝てなくて」

「うん、ちょっとだけ気分が良くなってきたから」


 口では平気そうに言いつつも頬は紅潮していて、吐く息がつらそうなのは変わらない。


「無理しなくても体調が良くなってからで……」

「やだねー。もうたくさん寝て、寝るのは飽きたの、だから次はあたしが質問する番」


 小さい子供が駄々を捏ねるみたいに琥珀は意地を張った。本人が大丈夫そうならいいのだが……。


「まずは君のことについて。手始めにまず歳はいくつ?」

「十五歳です。この春中学を卒業して以来、学校には行ってないですけど」

「そう。それはやっぱり家の事情?」

「はい」

「高校、行ってみたかった?」

「……屋敷にいるよりかはましなぐらいで、別に行きたいとは」

「そう。意外と楽しいと思うよ、学校生活……ってあたしも行ったことないから、どんなところなのかいまいちよく分かっていないんだけどさ」

「もしかして巫さん、小学校も行ったことないんですか?」

「……恥ずかしながら行ったことないんだよね。あはは」


 琥珀は苦笑しながら頬をかいた。


「今の今まで、どうやって生きてきたんですか?」

「それはこっそりこの館で一人……お金とかはあたしの魔法で生み出して、生きるのに必要な知識は戦乙女の子の記憶を頼りに何とか生きてこられたって感じかな」

「……」


 彼女が選んだ選択とは言え、こんな森の中の洋館でたった一人、気の毒というか、寂しいというか、可哀想だなんてそんな言葉で片付けたくはないけれど、自分の心の中には確実にこの言葉に該当する感情があった。


「……って、もうあたしが質問する番なのに、いつの間にか君が質問してんじゃん」


 お茶らけたように指摘する琥珀の言葉は陽玄の耳には届かない。

 ただ陽玄は自分と彼女を比べていた。

 例えばこんな風に体調を崩している時、実の親が看病することはなくても陽玄には清信や琴音といった使用人たちが付き添ってくれた。

 怪我を負った時だけでなく、ご飯を用意してくれたり、替えの服を用意してくれたり、些細なことでも大袈裟すぎるほど、必ずと言っていいほど傍に誰かがいてくれた。

 それに比べて彼女は孤立無援。何をやるにも全部一人で生きてきたのだろう。


「……情けないな」


 知らず陽玄は呟いた。構ってもらいたかった自分が、駄々を捏ねて逃げ出した自分が、恥ずかしくなるくらいに情けない。


「え? 何が?」

「……僕には僕を大切にしてくれている人が少なからずいたのに、普通の人間みたいな暮らしをしてみたいだなんて、思っていた自分が情けないと思って……。いるといないとではこんなにも違うのに……」


 陽玄は改めて自分は愚かだったと琥珀の話を聞いて思った。彼女の顔なんて見られるわけもなく陽玄はベッドに背を向け俯いた。

 すると琥珀はゆっくりとベッドから降りてきて、少しすると彼女の艶っぽい吐息と発熱した体温が陽玄のすぐ傍にあることが分かった。


「そんなことないよ」


 首を横に向けると、琥珀は陽玄の隣に同じように三角座りしながらベッドにもたれ掛かっていた。


「だって寂しいって思ったんでしょ?」


 陽玄は俯いたまま、頷く。


「なら他人と比べる必要なんてないんだよ。状況が違くても寂しいものは寂しい。苦しいものは苦しい。自分よりつらい人はいる、だからこんなことでつらいだなんて思う自分は情けないとか、思っちゃ駄目だよ。……一緒に暮らしていても居心地が悪かったり、思ったこと口に出せなかったり、そんなの寂しいって思うのは当たり前だよ。仲良く他愛のない話で笑えるような家族の形があるなら、そんな家族を羨むのは至極当然のことなんだよ」

「……巫さんは寂しくないんですか?」

「うーん、そうだね。まあ、この暮らしに慣れちゃった感は否めないかな。でも今こうして君と話ができてあたしはすっごく楽しいよ」


 琥珀は淀みのない笑顔でそんなことを言った。陽玄はその笑顔につい息を呑む。


「……そうですか」


 恥ずかしげもなく面と向かって言われると、流石にどこを見てればよいのか分からなくなってくる。


「そ、その、質問はいいんですか?」


 陽玄はその照れ臭さを紛らわすために話を振った。


「じゃあ、代行者である私として一つ、質問するね」


 そう問う琥珀は柔らかな声音から真剣な物言いに変わった。


「昨夜出会ったあの女性は、君の知り合いか何か?」

「姉、だそうです」

「その口ぶりだと初めて姉の存在を知ったようだね」

「はい。今でも信じられないです」


 年の離れた女性。容姿から見て二十代半ばぐらいだろうか。確か十四の時に破門されたとか言っていた。ならその時自分は……四、五歳ぐらいだろうか。けれど姉との記憶なんて何も覚えていない。


「彼女はなぜ襲撃を?」

「復讐だそうです。魔術の継承を断たれ、破門された腹癒せに」

「呆れた。そんな理由で人を殺すなんて。でも、破門されたのならどうやって魔術を習得したんだろう?」


 琥珀は下唇に親指の腹を押し付け、考え込んだ。


「……」


 本来であればあり得ない話だ。あの女が姉であるなら尚更、破門された姉が魔術を習得できるわけがない。根本的な知識として魔術は一子相伝で、継承すると決めた人間にしか受け継がせることはできず、血のつながりを重要視としている。


「姉ではない第三者、もしくは何かしらの外的要因が作用しているかのどちらかかな」

「でも、あの女が破門されたと嘘を付く理由は見つからない」

「そうだね、おそらく君に記憶がないだけであの女は本当の姉。……ということは、あの女の背後に血縁関係ではない外部の魔術師が関与していると考えるのが妥当かな。ふぅ……」


 そう結論付けた琥珀はつらそうに息を吐いた。


「巫さん、横になった方が」

「うーん。病は気からって言うから何とかなるかと思ってたんだけど、なかなかつらいもんだね」


 言うと琥珀はゆらりと立ち上がり、力なくベッドに崩れた。


「あー、もう、身体がまだ毒素と戦っているのかな。ほんと、変なモノ打ち込みやがって……」


 そんな恨み節を口にしつつも、その言葉は弱々しい。


「何か、冷やすもの持ってきます」

「……うん、助かる」


 本当につらいのだろう、琥珀は素直に頷いた。陽玄は応急手当てに使ったガーゼや包帯を捨てるためにも、一度部屋を出た。その後、氷水で濡らしたタオルを準備し、彼女の部屋に持って行く。

 ベッドで横になっている琥珀は目を瞑っていた。


「巫さん?」

「んー」


 陽玄の声に反応して長い薄茶色の睫毛が開いた。熱で潤んだ綺麗な蜂蜜色の瞳が陽玄をぼんやりと眺めている。


「……前、失礼します」


 言うと琥珀は目を閉じた。陽玄は緊張しながらそっと彼女の前髪をどかし、額についた汗をタオルで拭う。その後、濡れたタオルを額に当てた。


「ん、気持ちいい」


 琥珀は自然と心情を吐露し、少しすると眠りについた。

 そのまま、時刻は夕方になった。

 赤い夕陽の陽射しはカーテンで阻まれ、この一室に光が立ち込めることはなく薄暗いままだった。その暗い雰囲気と同様、彼女の容態は快方には向かわなかった。何度も寝返りを繰り返したことで艶のある小麦色の髪は乱れ、乳白色の肌は汗ばみ、息苦しそうに胸が上下に弾む。熱に浮かされたようにうなされる彼女の顔色は悪くなる一方で、昨晩、銃弾から守ってくれた彼女とは別人のようだった。それくらい今の彼女は弱っている。


「……質の悪い、熱だなぁ」


 ピピピと音が鳴った。椅子に座った陽玄が体温計を見ると、目を疑った。彼女の体温は四十度を超えている。


「……何度、だった?」

「42℃も、あります」

「うそ……。うひゃぁー、それはすごい」

「……」


 救急箱の中には解熱薬のような錠剤は完備しておらず、濡れたタオルを何度も取り替えているがこの熱ではほとんどその効果を発揮しているとは思えない。

 とは言え、何も持たずに家出した陽玄の懐には一銭もなく、買いに行くにしても無理な話である。


「(……いや、見栄を張っている場合か)巫さん、解熱剤とか、熱を和らげるのに必要なもの買ってくるので、その、お金を貸してください。生憎、僕の手持ちには一銭もなくて……」

「……机の引き出しの中にお財布があるから、適当に使って……」


 陽玄は引き出しから財布を手に取り、部屋を出る。


「待って……」


 呼び止められて、ドアの前で立ち止まった。


「……屋敷の方には絶対行っちゃだめだからね。何があるか分からないから」


 出ようとドアを開ける前に琥珀に言われて陽玄は軽く頷いた。

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