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天命の巫女姫  作者: たけのこ
10章 受胎告知
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インタールード㉑(世に生まれし異物③)

 我が意を得たりとばかりに、産まれたばかりの黒い女神は無邪気な愉悦を込めて、息を吹き返した者に語り掛ける。


「良かろう。些かこの魔力量では人類回収まで半刻もかかりよる。お主が生き返った理由は我が魔力(血液)となるためだ」


 復活を果たした理由をこじつけられた魔法使いは小さく鼻を鳴らしてそれを否定し、「神のくせして、随分と分別がないんだな。そこらにいる人間と何ら変わらないじゃないか」挑戦的な口調と女のような笑みで瓦礫の上からずり落ちた。


 第三者の肉体。閻椰雄臣の魂を失った今、彼を形作るものはない。何一つなくなったその肉体に宿ったのは第三の人格。宿ったというよりは眠りから覚めたという表現が正しいか。主人格である閻椰雄臣と副人格である閻椰美楚乃、その二人の架け橋として閻椰美楚乃に成り代わっていたもう一人の人格が再び浮き上がる。


「この私が人間と同じ――」


 見下ろす女神は感情を排した声で言う。女神にとって人間と同等の扱いを意味するその発言はどんな侮辱の言葉よりも罪深い。


「ああ、人間を触媒として人間の腹から産まれた存在が人間でない理由が何処にあるって言うんだ。醜い毒親に育てられた子が親を憎み、蔑み、その支配から逃れようと、全身に流れ出るその血液が肉親のそれと何ら変わらないように、生まれ落ちた運命さだめからは逃れられない」


 第三者の姿をした剣崎陽毬は目の前に君臨する女神の人間宣言をさらっとしながら、その女神には興味なさげに後ろ目で雪姫の容態を確認した。戦乙女の罪を責め立てるようにコンクリートの柱の真ん中で磔にされた雪姫の存在が、まだ、あることを把握した陽毬はそれだけで十分だとやれることをやる。息を吹き返した時点でパイプは繋がっている。天恵魔法はまだ生きている。ならばやることはいつもの橋渡し的な立ち回りだ。


「吐いた唾は呑めぬものだ、勢いでほざきよるその戯言がお前の遺言になることを身を持って体現するがいい」

「体現? 再現の間違いだろ。過去に下等の戦乙女に敗北した存在が、生まれ変わろうが、所詮は人間の願いによって生まれた神の贋作に過ぎない。お前はたった一人の人間に負けるのさ」


 顔を背けていた男の姿をした女が、名無しの女神へと向き直る。その瞳が、その口が、これから起こる出来事を予期しているかのように力なく笑ったその表情が女神の癪に障る。


「敗北の要因は高慢さと驕りだ。アレに神を殺せるという高慢さは微塵もないだろう。だからこそ、確実に勝てるように全身全霊をかけて死力を振り絞るはずなんだ。何せ、未熟で純朴で、恋をしているからな」


 女神には分からない。先見の魔眼が見せる未来は魔力が関与する事柄だけであり、魔眼を持ってしてもこの女が思い描くビジョンになる未来などあろうはずがないからだ。


「誰のことをぬかす」


 女神の問いかけに、少しの間があった後、陽毬の視線が女神からわずかに逸れる。


「そうだな、ただ言えることは少なくとも私はこの星がなくなろうが、人間の文明社会が崩壊しようがどうでもいいということだ。抜け殻のような私が依存するものは初めから何も無いからな。だからこの星の存続を守るために貴様が人類を破滅させるならせいぜい産まれた本能のままに好き勝手やればいい。……でも、もしそれを阻止する者がいるとしたら、それは私ではないということだ」

「この期に及んで何に期待しておる、夢想家っ」


 魔法使いの彼女がゆったりと歩く。やはり彼女の視線は逸れている。


「何も期待などしてないさ。私は閻椰美楚乃(彼女)にこうしてほしいと言われたから動く操り人形に他ならない。だけどお前の魔眼に映る未来に私が稼働する未来があったのなら、それを念頭に置いてちゃんと自身の手でこの肉体を破壊しないといけなかったんだ。心臓も脳髄もこの通り死滅させずに放っておいたことで、お前はこちらに来ているアレに負けるんだ」

「何だと……」


 女神の意識がわずかに後方へと移った瞬間、陽毬のやるべきことが始まった。

 無詠唱で講じた天恵魔法によって地面から無数の大樹が湧き立つ。放射状に広がる自然の槍は小規模だが、敵に悟られることと魔力の消費を最小限に留めておきたいという彼女のなりの思惑があった。

 魔法使いは疾駆する。こちらに向かって着実と歩いてくる存在に一助を授けるために全速力で。


「sarap」


 女神はその一声だけで地面から突き出た緑の槍を燃やし尽くした。


「この私に星の芽生えを葬らせるとは、筋金入りの大罪人よっ!」


 荒げた声で攻撃対象を魔法使いに限定する。自身が脅威となる者は後方からやってこない。魔力反応もなければ、気配があるのはそこらにいるドブを啜る鼠くらいだからだ。仮に魔法使いの言うことが正しければその溝鼠に負けることを意味している。それは何があってもあり得ないことだと女神は高を括った。

 木々が焼け落ちる焦げた匂いと黒煙の中、前傾姿勢で突っ切る魔法使いは女神の憤りなど気にも留めない。


「出し抜けるとでも思っているのか」


 ――Atomanipulation(アトマ二クレーション)――


 それは全知全能であるが故にすべてを牛耳る神だからこそ許された魔法――この世に存在する有機物と無機物、すべての物体を構成している原子を操る最強の魔法。

 女神の眼が紺碧に光り出す。物体を構成している元素を即座に解明させる魔眼。その眼が剣崎陽毬を成す肉体を構成している元素を把握する。あらゆる物質は原子から構成される。森羅万象、この世すべてのものは原子に行き着く。故にこの魔法からは逃れられないと。人体を構成している複数の元素の中で最も質量割合が大きい酸素に重点を置き、それらを掌握した。


「ぐっ――」


 原子の操術は多岐に渡る。その一つが原子の抽出であった。剣崎陽毬は無意識のまま、彼女の体内に含まれる六割の酸素が取り出されていく。

 身体の著しい不調に動きが止まりかける。血圧の低下。意識障害。脱力。頻脈。全身の痙攣。陽毬は即座にこれらを重度の脱水症状だと判断し、思考が死にゆく前に魔眼を起動させた。

 隔絶の魔眼が鮮黄色に光る。原子の抽出による身体的な異常をわずかに遅らせながら低速する足を走らせ、懸命に口を開いた。乾ききった喉から出るしわがれた声は何を言っているのか理解不能であるが、彼女はこう叫んでいた。


「陽玄、走れ……!」と。

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