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天命の巫女姫  作者: たけのこ
10章 受胎告知
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インタールード⑮(次元の超越者②)

 地面を神々しく照らし上げていた聖域が引き潮のように消えてなくなる。同じ土俵に立った魔法使いによって次元干渉による領域の侵食は、地表温度の変化ほどに留まる。だが、外部環境に適応するために内部環境を変化させたところで今度は自壊が付きまとう。この現状が保てているのは雄臣の膨大な魔力量があってこそであり、魔力が尽きた瞬間に死が待っている。今使い合わせている魔術と魔法は空間魔術と結界魔術、護符魔術に治癒魔法。それらを付与させているのが大枠の天恵魔法であり、計五つの異能力を応用していることになる。その内、最も魔力消費量が多いのが治癒魔法であった。五毎秒後に訪れる心身の崩壊を治癒魔法で必死に食い止める。繋ぎ止める。生と死の綱引き。あるいは正気と狂気の狭間で揺れる振り子のよう。


「今の君は燃え尽きる前の蝋燭みたいだ」


 ジブリエールが揶揄したように雄臣の耳鼻の孔、目の網膜からはダラダラと血が流れ落ちていた。何の手を下さなくても勝手に自滅していく相手を前にジブリエールは慈愛にも呼べる微笑みを浮かべた。


「うるせえよ」


 静寂な声で口からも血を吐きながら雄臣は八次元に到達したからこそ見えるソレを手に掴んだ。次元とはさまざまな形態を持っているものである。雄臣の眼には虹色の渦巻くリボンのようなエネルギーが視認できた。そのリボンを引っ張り上げれば、捲り上がる気体の層。その層をジブリエールは振り払う。輝く美しい光の網目のようにして気体の膜が雄臣の身体にへばりつく。蜘蛛の糸みたいに絡みついたそれを雄臣が振り解いた瞬間、ジブリエールの指先から放たれた光の粒子が雄臣の鳩尾を貫く。


「――っ!」


 もがき抗う表情で雄臣の視界に映っていたのは憎き敵ではなく標本のように六つの刀に穿たれている一人の少女であった。血を壁に垂れ流しながらぴくりとも動かなくなった白雪を救おうと手を伸ばす。彼女がこのまま終わるはずがないと、何か切り札があるはずだと、勝利への鍵は間違いなく彼女にあると信じて、雄臣は空中に漂う絹糸のような線を掴み、彼女に突き刺さった刀を引き抜こうとする。だが、その糸は背後に立つジブリエールによって腕ごと切断される。


「くっ」


 振り返れば至近距離で放たれる第二波の一撃。避けようがない斬撃を片方の腕で受け止めるが吹き飛ばされる。


「はぁ、ぁアアアアアア……」


 獣のような呻き声を上げながら起き上がる雄臣の傷は治らない。生と死の均衡を維持することで手一杯な彼にとってこれらの傷は致命傷だった。


「残念だ。少しは愉しめるかと思ったのに」


 濁りのないとても鮮やかな黒の翼が雄臣に突き付けられる。だが雄臣の真っ赤な二つの瞳孔に映るのは死でもなく黒い戦乙女でもない。毛穴から噴き出す血を気にも留めずに見ていたのはやはり白雪だった。自分と同じく血塗れになった彼女だけを雄臣は無言で見続けて口ずさむ。


「天の命に背け。Heavenly Benefit to my slavery(反術式展開、滅天五条式)」


 どのみち死ぬのだったらせめて彼女に想いを託そう。反旗を翻す一矢を繋ぐために雄臣は禁じ手を執り行った。

 ジブリエールの解析の魔眼の紋様がうねるように回り、無意識に雄臣の手指が動く。


「自身の命を天に捧げる代わりに、幸福を与えるだけの天恵魔法を反転させ、生命そのものを滅ぼす権限を術者に課させる。そうまでして僕に勝ちたいか」


 数多の黒い羽根が雄臣に弾け飛ぶ時、帰命合掌、五条を説いた。

 氷柱のように鋭く尖った羽根は、手印動作の一つである蓮華拳を雄臣が胸元に当てた時、筋肉に吸収される形で完全に無効化される。

 仁・義・礼・智・信――五つの五徳を持って、守備と攻撃、伝達と習得、引力本能の才幹をこの身に宿した雄臣は、対象を殺すまでの699秒間、人間の脳で次元処理を可能にさせた。


「ははっ」


 雄臣の口元が歪に吊り上がる。鳩尾に開いた傷口は塞がり、欠損した右腕は再生される。十一分半の天下無敵の魔法使いは更なる次元に上り詰める。今自身に付与させている魔術を魔法に切り替えたことで八の次元を凌駕する超越者に成り上がる。


「ヴォルテックス(渦巻き状のエネルギー)」


 八次元から九次元的形態へと意識を投射した時、渦巻くエネルギー。それはタテに渦巻くだけでなく、横にも斜めにも渦巻き、そして過去と未来へも渦巻き続ける。渦巻く世界で見えたあらゆる平行宇宙。無限の可能性がある平行宇宙の中で選別したのは、物理法則や初期条件の違う別宇宙のカタチ。空気中の元素もバクテリアも大気さえも目に見える色のついた濃縮のエネルギー。有形であるものは意のまま。本来、触れても危害のないものが肉を断つ刃となる。

 その気配を咄嗟に感じ取ったジブリエールは両の手を伸ばす。伸ばされた両の手から蕾が花開くように四枚の翼が展開されるが、飛散する。


「金剛――」


 突き出された左の親指を他の指で包み込むように握れば周囲に放たれる衝撃波。その波動をジブリエールは具現化させた黒い袴で身を守った。畳み掛けるように右の人差し指と小指を立て、親指・中指・薬指を折りたたんだ拳を大きく突き出した。


「芬怒っ!」


 時空が捻じれるような一撃をジブリエールは天の光輪による瞬間移動で回避する。一瞬だがジブリエールを退かせた雄臣は彼を見ることなく白雪の右腕に突き刺さった一刀を見えない手で引き抜いた。その時、雄臣の肩にジブリエールの手が触れる。


「Hthlq」


 魂と肉体、魔力と魔術。均衡を崩すのはあまりにも容易だった。Hthlqという未知の言葉の意味が何なのか、高次元の存在に立つ雄臣は一瞬で察するが、すでに手遅れだった。閻椰美楚乃の魂と肉体を分断したように、雄臣の高次元を構築していた複数の魔術、もといそれらを束ねていた天恵魔法が、ジブリエールの手によって切り離された。

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