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天命の巫女姫  作者: たけのこ
10章 受胎告知
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インタールード⑬(戦乙女の罪過③)

「白雪、今だっ!」


 雄臣の掛け声よりも早く、接近という動作を省いて素早く投擲された赫い剱。だが、ジブリエールの頭部を狙った刃は具現化された太極図の剱によって防がれる。しかしその間――、白雪はジブリエールの背後に瞬間転移していた。傷が癒え、次元操作が可能になった彼女は一時的だが五次元体の存在になっていたのだ。


 ジブリエールの背中に触れそうな至近距離で雪姫の掌から真っ赤に色付く二対四枚の翼が、一つの束となって、刃物よりも硬く鋭い凶器となって、放出された。――がそれでも圧し負ける。ジブリエールの腰のあたりから出現した二対四枚の燦爛たる黒い翼によって。


「もう終わりかい?」ジブリエールは後ろ目で言う。「まだだ」それを否定する声はジブリエールの背後に立つ雪姫ではなく、巨塔の上にいたはずの男の声だった。


 急転直下の出来事がジブリエールを襲う。

 攻防手段である天の剱と天の翼を引きずり出させ、魔弾によって次元障壁の特質が弱まる今、ジブリエールに残されている手数は何か。それを剥ぐための一撃が天界殿の崩落であった。ピサの斜塔のように傾き、一瞬にしてビルが解体されるように一気に崩れ落ちる白き巨塔。


「トレイター。君はどこまでも神を冒涜したいらしいね」


 かつて神を打ち破った時の状況が再現されたことにジブリエールは静かに口を開いて、頭上に巨大な光の輪を展開させた。同じ戦乙女である白雪には真似することができない女神アスタリアにあやかりたい気持ちから生まれる天の光輪。半径二十メートルまで伸びた光輪が崩落の衝撃を受け止め、あろうことかその光輪の孔に崩壊した天界殿は吸い込まれていく。


「……」


 魔法使いの青年が地を駆け抜ける姿をジブリエールは貶すように見る。ジブリエールは次元障壁の戻りが遅いことを感じ取っていた。それは目前にいる魔法使いの左手が握られ続けていることで常時、空間による圧迫がジブリエールに掛かっていることで狂乱魔術と隔絶の魔眼の作用の処理に手間がかかっていることが要因であった。

 空間魔術による圧縮と次元の障壁。

 魔力殺しの剱と次元殺しの剱。

 白き二対四枚の天の翼と黒き二対四枚の天の翼。

 崩落した天の宮殿とそれを耐え凌ぐ天の光輪。

 それらが均衡している状況下で、三者に残された切り札は何か。

 地表から再び突き出た枝葉がジブリエールの両腕を串刺しにした。それによってジブリエールの手が完全に塞がれる。と同時に接触したことでジブリエールの左に宿る解析の魔眼が渦を巻いて解析を開始した。


「自身の血液を予め枝葉に付着させたか、小賢しいね」


 解析されたのはそれだけではなかった。天恵魔法を操る雄臣の限度。人間という枠に留まっている以上、彼には人間の限界が付きまとう。

 左目に走る車輪のような文様の廻転が終わる。

 解析を完了した上でジブリエールは思考する。その思考速度はわずか0.2秒。ジブリエールは雄臣が多数の他者に付与している魔術を割愛した上で、彼が自分自身に付与している魔法と魔術が何なのか、ローゼ・メアリーの推測よりも明確に把握した。


 解明された一つ目として、血液に孕む狂乱魔術。続いて二つ目、空間を掌握する空間魔術。そして三つ目、彼が最初に彼の妹に施した不老譲渡。その効力の永続性、自然法則を覆しながらも制限がないことから不老魔法だと断定する。以下、自然への関与は天恵の対象を自身ではなく自然そのものに当てているため、付与された魔術でも魔法でもない。即ち、目の前の魔法使いが使用している魔法と魔術は不老魔法と狂乱魔術、空間魔術の三つのみ。だがここで勘違いしてはならないのは、彼が付与している魔法と魔術はこれ以外にもあり、今引き出しているのがこの三つということだけである。彼の力量からして一度に使える魔術・魔法には限りがあり、使用できるのはせいぜいあと一つか二つ。手数としては一魔法か二魔術くらいだろうと、ジブリエールは推測して――。


――微かに口角が吊り上がった。


 天恵魔法。神を産み落とす錬金魔法よりも確実に神を創り出せる魔法。かつてジブリエールが主眼に置いていた通り、天の恩恵を術者もしくは生命を起源とする対象物に付与させる最高峰の魔法。彼が人間という制限に囚われなければ、その魔法は全知全能の域に達する。

 その域にいずれ到達できるほどの見込みがあると、人間でありつつも人間の制限の一つである老いを克服していることで、彼が操る天恵魔法は明らかに熟達されていた。故に人間の域を超え始めているこの青年を、ジブリエールは脅威だと判断した。

 それを踏まえた上でジブリエールはもう片方の敵対者を先に始末する。


「覇剱――滅生」


 厳かに罪を罰する制裁者のように口を開いた。

 拮抗していたはずの戦況はジブリエールが隠し持っていた切り札によって一瞬で覆る。


「白雪――っ!」


 必死に呼びかける雄臣に白雪は反応を示さない。示せない。四肢に刺し込まれた四つの刀。喉と腹部に突き刺さった二つの刀。壁際まで吹き飛ばされた白雪の肉体には磔のように六つの刀が打ち付けられていた。垂れ流される聖女の血液が壁を真っ赤に濡らす。喉を潰された雪姫は声を出せないどころか、刀の特性によって身体を動かすことも傷を癒すことも封じられていた。魔力を自由に扱えなくなった雪姫の赤く豹変した髪が元の白い髪に戻る。


 疾駆していた雄臣の足が止まる。


「どうしてだ。戦乙女が具現化できる天の剱は一刀のはず……」

「確かにそうだね。でもそれは天の剱に限った話だ。この世にはそれに似たような武器があるじゃないか」

「まさかその剣、聖遺物か」

「ああ、そうだ。とある大魔法使いの加工魔法を見習って、自分の骨を武器に加工してみたんだ」


 白雪が具現化していた剱は霧散し、太極図の剱がジブリエールの手元に落ちる。その剱の柄を手に取ったジブリエールが雄臣にその切っ先を突き付けた。


「さあ、天恵の魔法使い。最も神に近しい存在はどちらか、君の本気を見せてもらおう」


 ジブリエールの右眼窩に埋め込まれたもう一つの魔眼が虹彩を中心として右に廻転し始めた。

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