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天命の巫女姫  作者: たけのこ
10章 受胎告知
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インタールード⑪(戦乙女の罪過①)

 国会議事堂と議員会館は地下の通路で繋がっていた。どうやら国会議員は議員会館からこの地下通路を使って国会議事堂に登院するようだ。この地下通路は保安上の理由で国民に公開されておらず、聖典教会はこの地下空間を儀式の祭壇として利用したのだろう。

 それにしても綿密に練られた計画だ。あまりにもうまく出来過ぎている。聖典教会の結成時期は千年以上前だ。神をこの地に産み落とし、世界を再構築させる。それがこの組織の目的であり、その妄念を果たすために聖典教会の首謀者は魔術師をかき集めた。だが、当の首謀者がどのような人物か、雪姫は知らない。


 ただ疑念があるとすれば、

 ――果たして、数千年もの間、先代の意思を引き継いでその理想に執着し続けられるものなのか。

 ――今も昔も自身は絶対に姿を現さず、組織に属する魔術師に指示を出し、汚れ仕事を背負わせる徹底したやり口はまるでこの世界に敷かれたルールを理解しているみたいだ。

 ――どのような芸当で閻椰美楚乃の錬金魔法を行使しているのか。仮に模倣魔術の使い手だとしても魔術よりも優れた魔法を模倣することはできないはずだ。模倣魔法なら理屈上可能だが、そうなれば一つ目の疑念は破綻する。そいつは数千年もの間生き続けていることになり、別の疑念が新たに浮かび上がることになる。人間である以上、老いには勝てない。それをどう克服したのかという疑問が。


 雪姫は地下深くに続く階段を下りる。蜂の巣のような地下通路からは異なる魔力が流れていた。


「これは……」


 ふと、誘うように漂っていた異なる魔力の流れが一つの通路に集約されていく。


「……」


 その卓越された事象に雪姫の引っかかっていた疑念はようやく確信に変わった。

 緻密な魔力操作。侵入者を欺くための魔力変質と制限。とりわけ、魔力を変質させることは魔法使いにもできない芸当だ。魔力は血液と同じようなものであり、人間が生まれ持った血液の型を自由自在に変えることができないのと同じように魔力の気質を変えることはできない。あろうことか、一つの魔力を多岐に細かくあたかも複数の魔術師がいるかのように誑かせるなんて一介の魔術師にはとうてい真似できるものではない。


 放出された凄まじい魔力に導かれるように濡れた道を白髪の戦乙女が歩く。その水を弾く足音が止む。


「永い眠りからようやく覚めたようだね、神殺しの罪深き戦乙女」


 雪姫と対になる形で黒い外套を着込んだもう一人の戦乙女は、冷たいセリフとは裏腹に温厚な声音を発した。

 全開放した魔力は十分の一まで縮小され、人間みたいに人畜無害なフリをする。優しく笑っているような口元と眠っている時のように閉じている目。男性にも女性にも見える中性的な顔立ちと神秘的な長い髪。

 そのような身体的特徴を持った戦乙女に雪姫は面識がない。


「私を除いてすべての戦乙女は消滅したはずですが」

「そうだね、神と戦乙女は一心同体。善悪の女神――アスタリアから産み落とされた戦乙女の肉体は彼女の死と共にこの地に留まることができず消滅した。だけどね、次元階級の高い戦乙女は神との結びつきがなくなろうが関係ない。完璧な個として存在が確立されている戦乙女は次元を自由に行き来できるんだ。異常なのは君の方だよ、別段次元階級が高くもない名もなき戦乙女が自力で存続できるくらいの力量を持ち合わせている。黒い眼帯に覆われたその左目、すべてはその魔眼が元凶なんだ」


 魔眼の中でも最高峰に位置する理作の魔眼。かつて雪姫が神を打ち破った切り札であり、その名の通り、理を作り出す。


「君が犯してきた数々の罪はこの眼で見させてもらったよ」


 男の双眸が開く。左右の眼で微かに異なる紋様をしているが、どちらも渦を巻いた虹の魔眼である。


「解析の、魔眼……」

「この際だから君が犯した罪を口外しよう。まず一つ目の罪悪だ、君は女神アスタリアとの圧倒的な戦力差(魔力)を埋めるために魔眼の力で無限の魔力が内包した世界を造り出し、その果てに彼女を殺した。だが君も無傷では済まされなかった。そう、アスタリアによって魔眼を突き刺された君は無限にも等しい魔力の粒子を地上へ放出させてしまった。それが二つ目の罪、人間に本来持ち得るはずのない力を与えてしまったことだ。君はその魔力を回収するべく人間たちと接点を持つ。魔力を悪用する者、魔力によって人生を狂わされた者。その中で一人の少年と出会った。それが三つ目の罪、共に戦うことを条件に少年の我が儘を受け入れたことだ。やがて罪を重ね過ぎた君は罪の重さを認識できなくなる。人間と関わり過ぎたことで君の心は人間みたいに弱くなった。そして君はまたしても罪を犯す。四つ目の罪、不意の事故で本来命を落とすはずだった少女を救ったことだ。戦乙女が人間を救うのは魔力が関与した場合に限ってだが、君はその規約を破るどころか自身の罪滅ぼしをさせるために命を救った。悪い戦乙女は偽善の心も持ち合わせていたんだ。そればかりか、大魔法使いヨハン・ココナッタが残した規制魔法による禁忌を自害行為で誤認させる狡猾さも合わせ持っていた。だからね、ヒトを殺した堕落の戦乙女は早急に排除しなくてはならないんだよ」

「あなたがそれを言いますか」

「心外だな、僕が何をしたって言うんだよ。僕はただ君が勝手にぶち壊してオカシクさせたこの世界を修復させるために彼女を蘇させようとしているだけだよ」


 教祖の男がゆったりと、だが確固とした足取りで近づいてくる。太極図が羅列した刀剣を右手にぶら下げながら。


「人間の子が親のことを馬鹿みたいに信じるように、戦乙女である君も神から生まれた存在なら神の御言葉だけを信じ、神に言われた行為だけをし、神の御心に従って生きていれば、このような過ちを犯さなくて済んだんだ」

「だからその神が犯した罪は黙認しろと言うのですか」


 雪姫の右手に刀の造形が光となって灯される。


「黙認ではない、是認だ。神が過ちを犯すことはない。完璧な存在に仇なした者、君こそが諸悪の根源であり、存在自体が過ちだ」

「過ちなんかではありません。私が歯向かった行為は決して過ちなんかじゃなかった」

「そうだ、認めるわけにはいかない。君は君が正しかったと何が何でも認めなくてはならない。絶対的な存在である女神を殺し、女神を生み出した人間そのものの願いも否定したのだから」


 ヒトの本質。

 かつて女神アスタリアと対峙した時に彼女が口にした会話を思い出す。


『ヒトの生命には、自己の保存・成長を目指す【力への意志】が備わっていました。ヒトは、生まれた時から欲に満ちた貪欲な生き物であり、更なる高みへ成り上がろうと、みなその意欲に駆られていく。それ故、どんな虫けらでも対等の欲は備え付けられていますから、競争本能のまま互いに殺し合い、差別し、快楽を求め、誰よりも生きやすく、より効率的で便利な都合のいい世界を目指す。その結果、地球は廃れ、景色は穢れ、街は淀みきりました。そんな世界では、弱き者から死んでいき、強き者だけが生き残る。ヒトは他人の犠牲がなければ生を実感できなくなりました。やがて少しずつヒトの数も減っていきました。まさに自業自得、ヒトの業です。とある先人たちはこの窮地に冀います。正しい善悪の真理(秩序)を定めてくれと。だから私はこの世界に絶対的な善(戦乙女)と悪(堕人)を生み出すことにしました』

『それなら他にもやり方があったはずです』

『誰に何を言っているのか、理解していますか。私に間違いなどありません。天秤の均衡を正すには、概念ではなく形、実態が必要なのです。それに、ヒトに代わって私が善悪の根本的価値を定めるためにも両者の生命体は必要不可欠です。貴方がやろうとしていることは、これ全てを否定する行為です。私を倒せば、戦乙女(善)も堕人(悪)も消え、この善悪の真理も失うことになります。それはこれまで悪に対抗しようとする善の正しさ、善いことと信じてきた価値観が崩壊することを意味します。それでもあなたは構わないと言うのですか?』

『それでもあなたのやり方は間違っている。殺し、殺され、守り、守られる。そんなものによって作られる理は、この世界を維持するだけであって、この先の未来の希望にはならない。人間の未来は動かず、止まったまま。恒常的な平和は訪れない』


 そんなことで保たれる平和なんていらない。

 そんな真理もいらない。

 戦乙女も堕人もましてや神なんて、いらない。

 たとえ本来的な善悪が消えて世界が無意味で無価値になろうと人間を信じた。

 今でも人間を信じている――。


「――っ」


 雪姫の肉体から血の粒が四散した。戦闘衣装である白の袴はズタズタに裂かれ、薙がれた一撃が彼女の柔い腹部を掠めた。


「人間を信じて何千年の時が経つ。無神となった世界で、信仰の対象を失った人類は人類を信じる他なくなった。人による支配の始まりは不条理の始まり。生きる価値を見失い、産んだ親を子が恨み、居場所どころか自分そのものを見失った者は自害する。ヒトがヒトである以上、争いはなくならないし、ヒトが作り出す世界に希望はなく、待っているのは絶望的な未来だけだ」

「違う。この世界から魔力を取り除けば、狂った世界は元に戻る。元に戻るのです」

「元に戻らないし、取り除かれるのは君の方だ。せめてもの償いとして君には神を蘇らせるための触媒になってもらう」


 手放された太極図の剣が地面に溶けるように沈む。瞬間、その地面は二次元の面となった。次元を空間の広がりと定義した教祖の男は今在る三次元を一つ下の次元へ急速に狭めた。何気なく行った刀を地面に落とし込む動作。そしてその動作の後に自分の身に異変が起こった過程から雪姫はそう判断した。だがそれはすぐに見誤りだったことに気付く。


「――⁉」


 雪姫の身体は上下どころか、前後左右動けないのだ。


「見誤ったな」


 前後左右上下に移動可能だった空間から上昇と下降の移動を制限されたと取り違えた雪姫は驚愕する。既に彼女が立たされているこの空間は移動不可のゼロ次元の渦中にあったのだ。雪姫は右の眼中だけを動かして斬りつけられた傷口を見る。……そこでようやく気付く。自身の置かれている状況が変化したのではなく、自分自身の次元階級が降下させられていることに。


「それがあなたの、天の剱の能力――」


 斬りつけた対象の次元を強制的に降下させる力を持つまごうことなき最強の剱。その剱が地面から浮上するかのように顕現し、雪姫の首を刎ねに駆けた。


 ――だがその斬撃は空を斬る。

 仕留め損ねた教祖の男は溜息を漏らす。


「はあ、どうやら僕は長話をし過ぎたようだ」

「お前がすべての黒幕か。やっと突き止めることができた、これで全てを終わらせられる」


 満ち溢れる膨大な魔力と殺気。異質な存在感と孤高の圧倒的強者感は今代を生きてきた表れ。戦乙女の戦闘に割り込んできた男は、最高峰の魔法を統べる最強の魔法使いであった。

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