インタールード⑤(魔の議事堂決戦 第二幕⑤)
二度訪れる彗星による天災の危機。星屑の光線に再び迎え撃つ雄臣は両の手を大地に触れ、自然界全体に訴えかける。
「開展せよ、草祖草野姫」
死滅した大地からうねり狂うように屹立する樹海の壁。
何層にも円かに連なる巨大な木霊が雄臣を覆い囲み、さらに雄臣はその緑樹に護符を貼り付け、守護領域を展開させる。
「無欠護御式」
護符による封印と神聖化された樹木による防御壁を掛け合わせた応用術。徹頭徹尾完璧を貫いた防壁魔術を唯一打ち破れるのは、すべてを焼き尽くす元素の炎くらいだろう。だがそれも対処済みだった。前の攻撃を受けて雄臣は、天恵魔法で元素の炎にも耐えられる機構にその守護領域の特性を作り変えたのだ。
最強に成り上がった防御魔術は、破滅した惑星の光から雄臣を無傷で防ぎ切る。とはいえ、光線の破壊力は凄まじく、雄臣を中心に幾重にもそそり立った樹木の大半は黒く焼け焦げていた。
「恐るべし見事な一撃だ」
感心した後、かつ、と雄臣は地面に足の爪先を打ち付けた。
「ぶしゅ、ぶしゅぶしゃああああああああああああああああ」
勢いよく噴き出す手持ち花火のように。
そんな馬鹿げた異音は地表から突き出た枝木がローゼの肉体を貫いた音だった。噴き出し溢れ出る血潮が彼女を纏う宝石を赤く染め上げる。
「――――」
動力を失われてもなお、ローゼは必死に抗う。だが動くたびに肌に密着した棘が奥深くに入り込み、痛みと脱力感を増幅させる。だがそれすらもローゼは気に留めない。その眼は勝利に飢えていた。流血しながら残った左手を懸命に伸ばしたローゼは目の前に立つ男を認識して、指を鳴らし、唇を小さく動かした。
「――っ!」
異変に気付き、咄嗟に振り返った雄臣だが、すでに状況は整えられていた。
「そうか、あの時――一度目の」
「黒筥――開錠」
「その筥、中に取り込んだ物質を重複させる特質かっ!」
「放出――プリマ・マテリア」
たったそれ一言で三度の天災が巻き起こる。
間髪入れずにローゼの口から繰り返し告げられる、至極の宝石魔術。その魔術を展開させるための条件は既に特殊な宝石筥によって割愛され、出力もそのままに収容されていた。
振り向き際に雄臣は右腕を突き出して、辺りは黒い光に包まれた。
剥がれた地表はさらに酷く寸断され、地面は陥没し、大地は荒れ果てる。何もかも木端微塵に破壊の限りを尽くした殺戮の女帝――ローゼ・メアリーは朽ち果てた木々の拘束を振り解こうとする。――が、木々に流れる生命力は衰えない。それどころか、骨を砕くかのようにローゼの手足を一層強く締め上げる。
ローゼは苦悶と驚愕の吐息を漏らした。
「どういうわけよ……、なぜ、生きているのよ」
避けようがない。防ぎようがない。不意を突かれて為す術がない男に星の攻撃は確かに直撃した。ならその時点で男の肉体は肉片一つ残らず消し飛んでいなくてはならない。それなのになぜ歪に残ったヒトのカタチだけが怨讐がましく立っていられるのか。
肉体の右半身を破損し、顔の左半分を失っているにも関わらず、ゆらりゆらりと彷徨う亡霊のように執念の復讐者は闊歩する。
白い肌と虚空のように暗い目許に血が混じる。微かに開いたその眼はその口は復讐を果たせる喜びか、歪んだ笑みのカタチを零していた。
「ふざけんじゃない、わよ。この私が負ける?」
ローゼは瞼を閉じて「あり得ないわ」その悪夢を払拭するかのようにブラックオパールの瞳を開眼させた。再び石言葉である『威嚇』を宿した瞳力で現状を打破しようとするが、その瞳は無残にも宝石と共に断ち割れた。紛い物ではない生まれつき宿した正真正銘の魔眼によって。
「隔絶の魔眼……ですって」
割れた瞳から涙のように血を流しながら愕然と口にするローゼ。対峙する魔法使いの双眸は爛漫とした鮮黄色に輝いていた。皮肉にも自身が所持するどんな宝石よりも美しく清らかに。
「ああ、今だからこそ分かる。魔眼という特異はこの世に生を享ける前から確固とした使命を帯びた者にしか宿らない代物だったんだ。魔眼所持者に後天性はいない。一度死んだ俺には分かる。お前ら聖典教会は大きな失態を侵した。こうなっているのはすべてお前らが贄とした妹の報復だ。死にゆくはずの命は常軌を逸した超人的な意思によって回帰する。その者を転生回帰者と言う」
「あぁ、そういうこと……そんなことが、あるなんて、そう、剣崎陽毬が貴方の――」
ローゼが真相に辿り着く瞬間、「言うな」と雄臣は手中を圧縮した。雄臣の所作に応じて連動した樹木がローゼの肉体をばきりと引き絞った。
右半身が千切れた勢いで樹木の拘束から解放されたローゼは、血の粒を宙にまき散らしながら地面に落下した。
「――、――、――」
瀬戸際に立たされたローゼは微かに息をした後、きらきら星のフレーズを呟く。歌詞を言葉にする度、吐血する。これほどの窮地に立たされたのはあの時以来だろう。幼いながらも狂人となったローゼはニッケル城にいる王族貴族を本能のままに惨殺し、殺戮の余韻に浸りながら気合を入れるために綺麗なドレスを着込んで、宝石のアクセサリーをたくさん身に着けた。一人、自分のことを心配してくれた少女を見逃したこともそうだが、少女が告発しなくても後に調査隊が訪れることは大方検討がついていたからだ。案の定、居城に訪れた調査隊を返り討ちにしようと真正面から迎え撃ったが、自分の殺戮衝動に自惚れていた少女は戦闘に長けていた部隊によって難なく取り押さえられる。抵抗するローゼは腕を斬り落とされ、下半身はズタズタにナイフで串刺しにされた。それでも死ねないのは荒縄で傷口を止血されているからで、その時口にしたのもきらきら星だった。
助けを乞うように何度も喉を鳴らして、そんな口もロープで塞がれる時、ローゼを助けてくれたのが教祖の男だった。
「Twinkle……、twinkle, little star……、How I wonder……what you are……」
何を口ずさんでいるんだろう。もう弱者ではなくなったのに。そう、だから強者になった今のローゼに助けはやってこない。
「分かって、いる、わよ……」
ローゼは肉体がある左側に力を入れて、上体を這いずりながら立ち上がろうとする。
初めから強かったわけじゃない。むしろ弱かった。
強者は敗北を知らない。認めない。
弱い自分は嫌いだ。だから強くなって強くあり続けようとした。
弱い者を見るのはもっと嫌いだ。弱かった自分を見ているようで殺したくなる。弱い者はいらない。弱い者は淘汰される。弱い者は良いように使われる。弱い者がいけない。弱く育った奴がいけない。弱いままで強くなろうとしない奴がいけない。
「私は、負けないわ」
弱い側の立場に蓋をして、知っているものを知らないものとして振る舞った。
「私は、強いのよ」
血に染まった巻き髪を揺らしながらローゼが地に足をつけた時――。
「お前は妹だけじゃない。大勢の尊い命を己が思うままに葬った。その付けがまわってきただけだ。悪いことも、善いことも、弱かろうが強かろうが関係ない。その人間の全ての行動は、いずれすべてその人間に還ってくる」
雄臣は口を開いて右腕を突き出した。
「あは、あははは、なら貴方の罪も、いずれは罰として還ってくるわね」
「ああ。だが、それが来るのは今この時ではない」
そう強く言い切って、雄臣は広げた右の掌を握り潰した。
「ぶしゃああああああああああああ」
汚い音をふかしながら、ローゼは肉片一つ残らず圧殺された。
「罪の清算が来る前に、俺は自分の役目を全うする」
雄臣は陥没した地面から顔を覗かせる議員会館の地下へ飛び降りた。
地上には依然として、見えないほど細かく割れた宝石の破片が赤い地面に降り注いでいた。




