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天命の巫女姫  作者: たけのこ
10章 受胎告知
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インタールード②(魔の議事堂決戦 第二幕②)

 宝石の力で浮上したローゼは屋上で引き起こされる惨劇を優雅に見下ろす。屋上の敷地面積を覆い尽くした黒い人間――正確には人の体内を侵略した蟲は、猛烈な勢いで白い少女を穢しにかかる。

 だが雪姫は躱す動作を取らない。躱す必要がないからだ。仮に知覚はできても七次元の存在を三次元の存在が触れることは決してできない。襲うように掴みかかる手は雪姫の身体をすり抜けて感染体は次々と屋上から落下していく。次々と地上のコンクリートにぶつかって肉が潰れる怪音が鳴り響く。


 透き通った双眸は明確な殺意を持って、宙に浮かぶ悪女を見上げた。

 左手が厳かに上げられて、中空を握る。見えない手によって握られたのはローゼの後ろであり、そのまま左手に引きずり落とされるように、ローゼの姿が雪姫へと引き寄せられた。


「はは、ははははははっ!」


 愉しそうに嗤いながらローゼが隠し持っていたのは無骨な立方体のジュエリーボックスだった。だが、次元格差の法則に則れば、ローゼは雪姫に触れることさえできない。心臓を突き刺されるのは彼女の方だと――。


「――!」


 雪姫の形相が変わる。筥の中には何も入っていなかった。だが感じ取れる異変の大きさに筥の中身が何だったのか理解する。


「これは四次元空間の残滓――」


 筥の中で閉じ込められた四次元の域が雪姫に備わっていた七次元の権能を中和させていく。

 雪姫は知らない。ローゼが隠し持つ切り札の多さに。

 ローゼは自身が所持する宝石筥に嬉々の残骸を格納していた。嬉々の権能は体内に内包していた四次元空間との接続である。それを宝石筥の特質システムである収容と発散で自分のものとして使用したのである。ここでいう収容とは物理的時間がない空間に対象物を保存することであり、発散は保存していたものを呼び出すことである。


 放出された四次元空間によって雪姫の存在は三次元へと格下げされる。

 刹那――、心臓を貫く刀の軌道をローゼは回避した。――が金剛砂を埋め込んだ宝石以上の硬度を持つ右腕は難なく斬り落とされる。


「command(命ずる)――」


 即座にローゼは手元にあるうちの二種の宝石に呼びかけた。

 魔術師は血液に含まれる魔力によって高い自然治癒力を保持しているが、切断されたものを再生、復元させることは高度な治癒魔法でなければ不可能とされている。


 ただ――。


 切断されたローゼの右腕が治癒の石言葉を持つ翠玉エメラルド緑水晶グリーンアメシストによって復元される。


 ――一部の万能な魔術を除いては。


 だが役割を終えた宝石は内に秘めた輝きを失い、その場に落ちている石ころと何ら変わらない無価値なものとなった。

 それは夜空に展開させた時に使用した宝石も、大魔術を構築するために使用した宝石も、結界を張った時に使用した宝石も、一度使用した宝石は宝石に込められた魔力の消費と共に輝きを失っていた。現に地上には数えきれないほどの無価値となった宝石が瓦礫の山に散らばっている。

 それが宝石使いの欠点であった。

 宝石という媒介があって初めて魔術が成り立つ。そのため貯蔵している宝石の数で戦局が大きく傾くと言っても過言ではない。


「あくまでも捕縛が目的、危うく殺すところでしたわ」


 だが、何たる貯蔵の多さか。

 底が知れない、というよりはその数に際限がないと雪姫は地球上には存在し得ない宇宙の宝石『カルメルタザイト』が彼女の手元にあったことから推察する――四次元空間から無限にも等しい数の宝石を捻出したのだと。それによって欠点を克服したのだと。


「宝石筥――発散」


 復活した右の手中に収められた宝石筥を屋上に叩きつけた。

 筥からとち狂うように乱舞する虹の宝石群。ローゼを台風の目にして高速で回り続ける宝石を苦も無く躱した雪姫は肉薄する。


「殺されるのはあなたの方でしょう」


 静かなる異様な殺気にローゼは期待を寄せて口元を吊り上げた。数百年前、倒しきれなかった少女の真の姿がまた見られると。


「宝石筥――収容」


 ローゼはさらに左の手中に留めた宝石筥を開錠させた。サークル状に雪姫を囲む宝石を巻き込みながら周囲にあるものをもう一つの筥へと抑留させる。

 そんな状況を、雪姫は夢心地で眺めていた。筥の中へと引き寄せられていく自分の身体。けれど抗う必要は微塵もなかった。むしろ接近する手間が省けたと。

 終始無表情だった雪姫の口元が微かに緩みだす。


「■■t」


 どこの国の言葉なのか、聞き取れない発声と共に雪姫は天の剱を自身の心臓に突き刺した。

 それは反転への通過儀礼。

 戦乙女にとって殺生は禁忌である。他者の命を刈り取る行為を侵した瞬間、その戦乙女は次元の格を落とすことになり、行き着く先は堕ちた戦乙女として同胞から処刑される未来だろう。戦乙女が殺しを認められる時はこの時以外あり得ない。だが、雪姫は禁忌としての罰を自刃するというもう一つの禁忌的行為を侵すことで不具合システムエラーを起こさせ、自身に殺生の許可を付与させていた。

 不殺主義を頑なに守っていた清純の戦乙女は過去にも未来にもいない。

 滅殺主義に切り替わった少女の髪と眼が白から紅へと色付く。心臓に突き刺さった刀を引き抜くとその刀身もまた彼女の鮮明な血で塗り潰されていた。


「妖術抜刀――血呪ノ虚血」


 吸い寄せられる勢いそのまま、迷いのない赤い太刀筋がローゼの首を断ちに走った。対峙するローゼの手にも宝石で形作られた刀が握られていた。

 両者の刀が相まみえる時、双方にとって予想外の出来事が起こる。地表深くから突き出た巨大な樹木が議員会館の建物を突き破り、さらに食い破るようにしてそのビルを倒壊させた。

 うねる巨木によって破壊されていく建物のコンクリートと一緒に雪姫は落ちていく。瓦礫の下敷きになる形で姿を消した雪姫を、ビルの崩落被害から免れたローゼは深追いしようとして立ち止まった。

 何故なら、議員会館に通じる細い通路には死んだはずの男(閻椰雄臣)にも、殺したはずの女(剣崎陽毬)にも見える、けれど見知らぬ中性的な人物が黒い外套を着込んでそこに立っていたからだ。

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