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天命の巫女姫  作者: たけのこ
9章 白の覚醒
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9―10 少女の行く先

「……何しに来た、失せろ」


 陽玄の門前払いに陽毬は嬉しそうな顔をして玄関に踏み込んできた。陽玄は後退る。万が一に備えて刀を常備するべきだった。


「訊いておいて帰らせるとは、冷静じゃないな、陽玄。とまあ、その精悍な面構えは悪くない。男の子はそうでなくちゃいけないよな」

「これ以上、進ませない。ここは彼女の家だ。彼女の領域にお前のような人間が踏み込んでくるな」

「その言い分を通すならばその是非は代行者の少女にある。女を呼んでこい」

「……」


 この女。自分の立場が客観視できていないのか。巫琥珀に酷い仕打ちをしたことを分かった上でそう言っているのならどうしようもない。仮に琥珀がいたところで口も利かないだろうし、話をする前に殺されているはずだ。いや、倫理観も道義心もどうしようもない人間に常識を求めているこっちが間違いだった。


「……巫琥珀はいない」


 琥珀の留守に陽毬はなぜか納得したような顔をした。


「一足、遅かったか。さては何も言わずに旅立ったか。囚われの身であるもう一つの身体を奪還しに」

「……」

「沈黙は図星。いや、表情や仕草を見ればすぐ分かる。上手いよう平然を装っていても私の目は欺けまいよ」

「だったら何だ。なんで居場所を突き止められた。ここに来た理由は何だ」

「ふん、代行者の小娘がどこまで話したのかは知らんが、一つ目の疑問に答えるならば、広場での戦闘後、私は戦乙女を貰い受けるために敗北した彼女を連れてここに来ているからだ。なぜ私の条件を呑んだか、その理由は言うまでもない。自身の恩人よりも助けたい命があったからだろう。すごかったんだぞ、君が刻一刻と死に絶える中で、命乞いをするかのように助けてください、お願いします、って無様に千切れた身体を引きずりながら敵に頭を垂れて懇願するのだから。プライドも恥もないのかってな、思い出しただけで白けてくる」

「やめろ、それ以上口にするな」


 心底からの嫌悪を込めて、陽玄は話を切らせた。


「質問に対して実直に答えただけだが、胸が痛むならやめておくとしよう。……さて、ここに来た理由だが、それは君たちに聖典教会の居場所を提供しようと思ったからだ」

「……なんでその情報を、やっぱり戦乙女を教会に差し出したのか、ならどうしてっ、お前は教会側じゃないのか、なんでその情報を僕に教えるんだ」


 訳が分からず、思ったことをそのまま問いかけるとリビングに続く廊下から銀がやってきた。手には暗器である黒針を携えている。


「なぜあなたがここに」

「話の途中に割って入るな、針使い」

「銀、今の彼女に敵対心はないから、たぶん大丈夫だ」


 言うと銀は武器である針を下ろした。がその視線は陽毬に向いており、妙な気を起こしたらすぐにその針が飛んでくるだろう。


「信用してくれて嬉しいよ、陽玄」

「別に信用なんかしていない。欲しい情報を貰うだけだ」

「立ち話もあれだから中でゆっくりと話がしたいんだが?」

「話はここでもできるだろ」

「情報提供者を労れよ。知りたくないのか、巫琥珀の行き先が」

「――っ」


 餌をおあずけされた犬の気分だ。だが今はこの女を頼りにするぐらいしか、あてがない。家に立ち入らせるのは琥珀に申し訳が立たないが、どうしても手掛かりが欲しかった。


「じゃあそういうわけでお邪魔するよ」


 陽毬は陽玄を置き去りに堂々とした足取りで玄関を抜けていく。困惑気味の銀も置き去り状態で、陽毬は居間に続く廊下へと消えていった。


「よ、陽玄さんっ、あの女を家に上げてよろしいのですか?」


 近寄って来る銀は慌てたように言う。


「巫さんの行方を知りたい」

「どうせろくでもないことを考えているに決まっています」

「なら聞いた上で判断すればいい。今は何でもいいから情報が欲しい」


 言いながら自分でも踏ん切りをつけて、陽玄と銀も居間に向かった。

 陽玄が居間に戻ると、陽毬はここが自分のテリトリだと言いたげな表情で、三人掛けのソファに腰を下ろしていた。他人の家だというのに、遠慮なく足を組んで優雅にくつろいでいる。なんて配慮にかける無遠慮な女だ。この流れでいくとお茶を淹れてこいやら、灰皿を用意しろやら、話を進める前に不躾な注文ばかりを要求してきそうだ。

 だがいちいち反応していたら女の思う壺だ。陽玄はとりあえず気を取り直して向かいのソファに腰を下ろした。一方、銀は座ることなく陽玄の背後で静かに立ち尽くしている。

 話は以外にも滞りなく進み始めた。陽玄が想像していた不躾な要求は一切なく、単にこの女は座りたかっただけだったのかもしれない。


「さて、君たちが一番知りたい巫琥珀の行き先についてだが、その前に、私が教会側の人間ではないことを分かってもらうために、なぜ私が戦乙女を教会側に差し出したのかについて話しておこうと思う」

「何が話しておこうだ。結局、お前が戦乙女を教会に差し出したことは事実じゃないか。あの時、やっぱりお前はっ!」


 陽玄の鋭い眼光を陽毬は軽く微笑し受け流す。


「君の言うあの時は廃墟街でのことを指しているようだけど、戦乙女を奴らに差し出したのはその後のことだ」

「その後?」

「ああ、とある廃墟の水族館を舞台に一悶着あったのさ。おそらくニュースにも取り上げられたと思うが、真実は改竄され、最終的にはガスの爆発事故で片付けられているはずだろう」

「水族館……なんでそんなところで」

「そこが閻椰雄臣の拠点だったからだ。廃墟街での行為はこのための布石に過ぎない。私は戦乙女を差し出すことを条件として、聖典教会には閻椰雄臣殺害の手伝いをしてもらうことにしたんだ。そして交渉は成立し、教会とは一時的に共闘関係になったというわけだ」

「どうしてそんなこと、奴とは仲間だったんじゃないのか」

「仲間、ね。別に私はあいつを仲間だと思ったことは一度もなかったよ。時にはそういう決断をしなくちゃならないし、何かと都合が良かったから見かけ上切り捨てることにした。結果、閻椰雄臣は死に、私は教会の魔術師に裏切られた」


 すると陽毬は手袋を取り、襟を捲くりあげ、眼帯を剥ぎ取った。陽玄は酷い怪我を負った女の身体に言葉を失う。女の左腕は義手になっていて、胸元から見える皮膚は酷く爛れた痕があって、右の眼球はぽっかりと穴が開いたかのようになくなっていた。


「この通り、敵の自爆に巻き込まれ、私の身体は酷い有様だ」

「……元も子もない。裏切られて戦乙女を奪われるなんて」


 失望した陽玄の顔を、陽毬はじっくりと観察するように見つめる。一分の沈黙に耐えきれなくなった陽玄が口を開こうとした時、女の紅い唇が動いた。


「真に受けるなよ。トリックに決まってるだろ。裏切られることくらい初めから想定していたさ。あんな連中を初めから信用するわけがないだろう」


 人の反応を試すかのような言い回しに陽玄はつくづく嫌気が差す。


「じゃあなんだ、あえてそう仕向けたっていうのか?」

「ああ、代償は大きかったが、おかげで私の企みは成功した。こうなることを予期して予め戦乙女の体内に私の使い魔を潜ませておいたんだ。豆粒サイズの蠅に変化してもらうことでね。結果、敵の居場所を特定することができた」

「そこはどこだ」

「国会議事堂さ。奴ら、国会の地下深くに巣作っているんだよ」

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