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天命の巫女姫  作者: たけのこ
9章 白の覚醒
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9―5 現地調査⑤

 車中に戻る頃にはちょうど日も沈み始めていた。途中、夕食に必要な食材を買うために商店街の方に立ち寄ったからだろう。もちろん、寄り道を提案したのは陽玄だが、暗い雰囲気を少しでも明るくするには五感が刺激される場所は最適だった。

 商店街は見ていて楽しいものばかりで、自然と意識もそっちに向く。その証拠に陽玄が買い物を終え店内から出ると、外で待っていた琥珀と銀は二人仲良くアイスクリームを食べていた。

 たぶん運転で疲れただろう銀に対する琥珀なりの配慮だったのだろう。銀はおいしそうにソフトクリームをぺろぺろ舐めていて、すぐに元気を取り戻したようだった。琥珀が自分の食べかけであるチョコのアイスクリームを銀に差し出した時は驚いたが、銀の食べっぷりが良かったからあげたの、と琥珀は言っていた。


「アイスクリームを二つも食べたんだから、ちゃんと運動しないとね」


 助手席に腰を下ろした琥珀が運転席でシートベルトを締めている銀に言う。


「たくさん歩きましたから平気ですもんっ。カロリーゼロですっ」


 銀が琥珀に向かって力強く言い張ると、琥珀は吹き出すように笑った。


「プフッ――」

「な、なんで笑うんですか?」


 陽玄は後部座席から銀の横顔をちらりと見た。彼女の口周りにはべったりとチョコレートがついていた。おそらくアイスクリームを食べることに夢中で気に掛けなかったのだろう。


「口にチョコレート、ふふ、いっぱいついてるよ」


 琥珀が笑いながら指摘すると銀は咄嗟に車の窓で自分の顔を確認した。


「なんで食べ終わったときに言ってくれなかったんですか――っ」


 再度、琥珀の方へ振り返った銀は顔中真っ赤にさせて物申す。


「だって面白いんだもん」

「私、こんな顔で街の中を歩いて――、あぁ――っ、絶対誰かに笑われました。陽玄さんもどうしてついてるよって教えてくれなかったんですか。ひどいですっ」


 涙目になりながら陽玄に訴えてくる銀は不憫だと思うのだが、口から顎まで満遍なくついている姿に危うく笑いかける。


「ごめん、でも二人の後ろを歩いてたから僕も今気付いたんだよ」

「ほ、本当ですか?」


 若干の訝しみを含んだ目を向けられる。


「本当だよ」

「……なら許します」


 良かった。許された。


「でも琥珀さまは許しませんから」

「ごめんって、少しやり過ぎたって自分でも思ってるから」


 そう言うと、琥珀はポケットからティッシュを取り出して銀の口についたチョコを拭い取ろうとする。


「じ、自分でできますから、子ども扱いしないでくださいっ」


 ふてくされたように銀は琥珀が手に持っていたティッシュをシュパっと取って、車窓に写る自分の顔を見ながら綺麗に拭き取っていく。


「琥珀さま、これ以上私を怒らせるとこのまま帰れなくなっちゃいますからね。分かりましたか?」


 銀はふくれっ面で釘をさす。


「分かったよ、ごめんね」


 そう言って琥珀は車の肘掛けに頬杖をついた。


「おかしいな、ヨーゲン君はあたしにからかわれると嬉しそうにするのに」


 いや、別に嬉しいわけではないのだが、からかっている時の琥珀がやけに楽しそうだからで……。すると銀が車を発進させると同時に口を開いた。


「野暮なことを言いますね。どうして彼が嬉しそうにするのか分からないんですか。あなたのことが好きだからですよ。告白されたのでしょう?」

「な、なんであんたが知ってんの」


 琥珀は血相を変えて肘掛けに置いていた肘を元に戻した。そう言えば、と陽玄は思い出した。琥珀が家を出ている時、ひょんなことから告白したことを鉄に伝えていたのだ。そして銀は鉄の記憶を共有しているのでそのことを知っていたのだろう。


「お姉さまの記憶ですが、あなたが外出している間に陽玄さんと会話を交わしていたので知ってます」


 できれば内緒にしてほしかったが、鉄と銀で性格がまるっきり違うのでとやかく言っても仕方がない。


「ヨーゲン君、あたしのいないところで勝手に言いふらさないで。恥ずかしくないの」


 少し怒ったような口調で言う。本当に嫌だったようだ。


「ごめん……」

「陽玄さんは悪くありません。勇気を出して告白したというのに返事をもらえなくて悶々とする彼の気持ちも少しは分かってください」

「違う銀、巫さんには色々事情があって」

「分かってます。今は返事を出せる状況じゃないって思うのも。……ですが、彼の好意を分かった上で弄んでいるのであればむかむかします」

「そんな弄んでなんか、あたしはそんなつもりは……。違う、違うよ、あたしは……」


 琥珀は狼狽えたような表情で陽玄を見た。


「琥珀……」


 わかっている。彼女がそんな人間じゃないことくらい。


「僕はぜんぜん大丈夫だから気にしないで」

「……ううん。ごめん、あたし何か勘違いしてた。駄目だ、あたしにはそんな資格ないのに何であの時すぐに言わなかったんだろう」

「え?」

「ごめん、ヨーゲン君。あたし、やっぱり君とは付き合えないや。期待させておいてごめんね」


 今琥珀の口から何を言われたのか一瞬にして頭が真っ白になった。それくらい今の言葉は陽玄にとってあまりにも衝撃的だった。そして心のどこかでいい返事が聞けると、淡い期待をしていたんだと自覚する。

 呆然としているといつの間にか車は路上に止まっていた。


「な、何でですか⁉ あなたは陽玄さんのことが好きなんじゃないのですか? あれだけ思わせぶりな態度を取っておいて」


 銀が何かを言っているが陽玄の耳にはうまく入って来ない。


「ありがとう、銀。あなたに言われてハッとした。無理だって決まっているのに返事をずっと先延ばしにしているのはひどいことだよね」

「……どういう風の吹き回しですか。あなたの本心はどこにいったのですか」

「これがあたしの本心だよ」

「っ――。ならわたしが陽玄さんのことを好きになってもいいんですね。陽玄さんがわたしのことを好きになってもあなたは何とも思わないんですね」


 陽玄が顔を上げると琥珀は窓の方を見て呟くように言った。


「……いいよ。何とも思わないから」


 琥珀はそれきり何も喋らなかった。時が止まったかのように車内が沈黙に包まれる中、陽玄は重い口を開く。


「銀、車出して」


 陽玄の声に銀が仕方なく運転を再開させた。

 館に戻るまでの間、三者に会話は一切なく、陽玄は俯き、銀は淡々と車を走らせ、琥珀はただ窓から見える夕闇の景色を眺めていた。

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