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天命の巫女姫  作者: たけのこ
8章 邪知暴虐Ⅱ<アクアリウム血戦>
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8―6 天恵の魔法使いVS血の魔術師④

 目を疑った。五重の円形を纏わせながら、血みどろになった身体が立ち上がる。腹部を撃たれ、両眼中を穿たれているにも関わらず立ち上がる姿は、死の淵から蘇った死神だ。


「自身で天恵魔法の制約を解いたか」


 合掌という極めて簡単な仕草で展開された五重の円形を陽毬は知らない。


「Forth Bullet――」


 ピストルの射撃音が一発、閻椰を中心に取り囲む異様な空気を跳ね返すように響き渡った。だが純潔の弾丸は、閻椰の間合いに入った瞬間、跡形もなく粉砕された。術式を解くはずの魔弾を寄せ付けない神の結界が渦を巻くように廻る。閻椰を中心に廻った五重の結界のうち一つの結界が作用し無効化させたようにも見えた。それに陽毬は不快感を示す。


「その結界――五徳の恩恵か」

「左様」

「ちっ――」


 五感を失ったにも関わらず、会話が通じることに陽毬は舌打ちを鳴らした。


「仁徳と義徳の円は攻守、礼徳と智徳の円は智を得て伝え、これら四徳を均衡に発揮することで二次的に備わる信徳の円は、時空間を操作する」


 正しく神の所業だった。簡単に言えば仁徳と義徳は攻守のパロメーター底上げであり、礼徳と智徳は第六感的役割を成し、そして信徳は時空干渉を可能にさせる。傷の進行度合が遅いのはそのためだろう。


 閻椰が五重の円形を維持しながら歩き出す。


「だがそれも時間との勝負だ。手負いの状態で私に勝てる見込みがあると」

「不毛、俺はお前を殺し世界を滅ぼす。さすれば何もかも終わることだろう」


 躍起になった男の二つの眼中に開いた虚空から血がゆったりと零れ落ちていく。


「金剛胎蔵式――」


 十二合掌を一連の流れで、堅実心→虚心→未敷蓮華→初割連→顕露→持水→帰命→反叉→反背互相着→横柱指→覆手向手→覆手と、流動的な手の動きで基本となる十二種の合掌を講じ、地表に手を付けた。


「――両界曼荼羅摩睺羅伽王りょうかいまんだらまごらがおう


 それは言うまでもない召喚儀式。結界魔術と護符魔術、あらゆる魔術を術式として組み合わせて召喚へと至らせた天恵魔法の集大成。

 天地開闢のごとく轟く地響き。

 男の背後――巨大な魔方陣から召喚されたのは――一体の仏だった。

 蛇冠を載せた二つのかしらに仁王のように隆々たる筋肉質の二つの腕。どちらも目はなく、左右でその容貌は分かれていて、左は男性的なつら、右は女性的な面になっている。そして顔を含めた全身にかけて淡褐色の線状のような文様が浮かんでいた。


「摩睺羅伽、仏教を守護する護法善神の一尊……それは式神みたいなものか」


 射撃した。

 だが切り札である処女の弾丸は朱印を込めし神の手によって阻まれた。

 彼が口にした朱印は蓮華。蓮華拳は手印動作の一つであり、閻椰が握りしめた右手を胸元に当てると式神の片腕が閻椰を包みこみ、弾を弾くというよりは筋肉に吸収される形で完全に無効化されたのだ。


「受容したのか? だが――」


 閻椰は吐血する。世界を滅ぼすと口走ったがすでに極限状態であった。


「高度な結界術式に加え、神を生み出す召喚術式。代償による魔力消費量は計り知れない。結果は見えている。私を殺す前に自滅すると」


 陽毬は弾倉を左に振り出し、即座にホルスターから五つの弾丸を装填させ――。


「殺シテヤル」


 その補填が完了する前に、閻椰は左の親指を他の指で包み込むように握り――


「金剛!」


 ――力強く突き出した。

 閻椰の動きに連動するように仏の拳が陽毬の頭部を襲う。重量感を感じさせない蛇腹のように伸びる俊敏な腕、当たれば間違いなく即死である。

 ワイヤーでは間に合わないと察した陽毬は、陥没した床から一階へと転げ落ちた。間一髪、直撃は免れたが、その衝撃波で身体は吹き飛ばされた。水浸しになった一階に不時着した陽毬は左腕を瓦礫にぶつけ負傷する。躱すことで手一杯だった彼女は転がるようにして二十メートルの高さから落ちたため、着地は二の次だった。


「……腕の骨が折れたか。左はもう使い物にならないな」


 瓦礫に背中を預け、左腕を庇うように立ち上がった。


「だがまだ、死ぬわけにはいかないんだ。ここで死んでしまったらあの子の願いが叶わないものになる」


 その時、凄まじい轟音とともに砕かれたコンクリートの瓦礫が雪崩のように陽毬の頭部へ降り注ぐ。即座にショットガンから回転式のハンドガンにその武器を変えた陽毬は落下する瓦礫に向けて拡散弾を乱発した。

 瓦礫の崩落から逃れた陽毬は周囲に散らばった瓦礫を遮蔽物として利用し身を隠す。

 弾数の底がついてきたことに眉根を寄せる。

 最後の弾を黄金色のリボルバーに補充する。手元にあるのは残数六弾の拳銃と純潔の弾丸五発分のソードオフショットガンのみだ。

 だが万策は尽きていた。攻撃が通じない以上、こちらの策は時間を稼いで相手が自滅するのを待つしかない。


「隠れても無駄だ」


 曼荼羅の王と共に一階へと舞い降りた血塗れの魔法使い。血をゆったりと垂らしながら吐くその言葉に情はない。当たり前だが裏切者に慈悲はない。

 その殺気に、自滅を待つよりも先に自分が殺されると、陽毬は悟って瞼を閉じた。

 こちらを探すように近づいてくる男の足音は瓦礫を弾き飛ばす音でかき消される。彼が歩く度に邪魔なものは排除される。あぶり出されるのも時間の問題だ。


「もういい、姿を現さないのなら建物ごと粉微塵にしてやろう」


 死の気配が充満した。魔術師ではなく人間としての本能が陽毬に死の危険を訴えかけてくる。


「――雄臣っ!」


 陽毬の声が暗闇に響く。

 その場所へ閻椰は瞬時に振り向いた。

 握り、破壊される空間。

 陽毬が隠れている瓦礫の山が粉砕される。

 刹那――、その陰から陽毬は飛び出した。

 潰れて見えないはずの血の両目が、陽毬を捉える。


「愚蒙」


 間髪入れず闇の中へと紛れ込む中、荘厳な発音が閻椰の口から発せられる。

 閻椰は人差し指と小指を立て、親指・中指・薬指を折りたたんだ拳を大きく突き出した。


「芬怒っ!」


 その一撃は透視でもしているかのように、姿を晦ましていた陽毬を的確に捉えていた。即ち、天眼通を有する神の攻撃だった。


「がはっ」


 一瞬、意識を失うと同時に、陽毬は大量の血を口から零していた。

 腕が折れ使い物にならない左腕を盾にしたことで忿怒の業拳は陽毬の脇を掠めるに留まったが、紙一重で命が繋がっている状態だった。左腕は今ので完全に破壊され、壁際まで吹き飛ばされた彼女は自身のあばらが折れていることを察した。


――くそっ、何本いかれた。


 陽毬は腹を抱えながら口内に溜まった血を吐き出す。


「手印は六種拳、十二合掌のみならず、その数は数千に及ぶ。躱すことは無駄だというのにどうしてそうまでして抗う」

「……諦めが悪いのは、お前も、だろう」


 数多の情報量(手法)を脳に埋め込み、五徳の結界を展開させている男の限界も、もう近い。見れば仕留めるには絶好の機会だというのに、閻椰は立ち尽くしたままその場を微動だにしない。肩が上下に大きく弾み、五重の円形が僅かに掠れ始めている。それに伴い、傷口から流れ落ちる血の量は増え、流血が激しくなっているのが見て分かる。


「胎蔵界は――受容。あらゆるものすべてを無条件に受け入れる、即ち女性性。対する金剛界は、意志っ! 頂を目指すべく自己を貫き通す、即ち男性性。俺は――罪深いっ。しかし救うと、我が身に誓った、妹を。美楚乃、待ってろ。今、俺が――っ!」


 間合いにして二十メートル。陽毬を殺しに歩を再開させた。陽毬は、強く、右手に持ったショットガンを握って立ち上がった。


「無条件の受容の中にこそ、強く輝き出す意志があり、強く輝く意志が高まるほど、無条件の受容がそれを受け止めようとする。美楚乃っ、お前は俺の罪を受け止めて、くれるだろうかっ! 俺の罪を、赦して、くれるだろうか‼」


 閻椰の口から吐き出されるのは懺悔、後悔、嘆きだった。

 荒く、強く、苦し気に。

 傷をもらった男の呼吸は、陽毬と同じく激しい。

 闇の中で二人の息遣いが交差する。


「何故だ……、何故なんだっ、お前だけは、最後まで一緒に戦ってくれると、傍にいてくれると、あの夜、誓ったじゃないかっ! 俺とお前の関係は、十年間にも及ぶ関係は、この程度という、ことなのかっ!」


 その訴えに陽毬の心は張り裂けそうな痛みを感じた。

 彼の言い分はもっともで、別に彼との関係性が、彼と行動を共にした日々が嫌いだったわけではない。きっとこれからも飽きることはないだろう。だが彼女の役目は生まれた時から既に決まっており、美楚乃という少女の願いを叶えるためにはどうするべきか、剣崎陽毬という人間が出した答えがこれだったというだけだ。


「答えろ、陽毬っ!」


 憤慨した神の拳が陽毬を仕留めにかかる。答えたところで殺されるのが世の常だ。


「ここまでか……」


 願いは果たせなければ意味がない。ここで死ねば何もかも果たせぬまま無駄に死ぬだけだ、美楚乃の願いもこの男の願いも。それだけは何が何でも避けなくてはならない。何より剣崎陽毬は閻椰雄臣という男に憎まれ続けて死ぬことだけは嫌だった。


「……」


 もはや死は免れないと悟って、陽毬は使いたくなかった手段に出る。


「…………そんなことないよ、兄さま」


 それはある意味、命乞い。

 陽毬は閻椰が妹に呼ばれていた愛称を口にした。記憶にある少女の声音や口調、表情を真似ながら心を込めて呼びかけた。

 その瞬間、閻椰の殺意はぴたりと止まった。


「なぜ、お前がその呼び名を……、俺はそこまで話していない」


 ひどく動揺する閻椰に向かって陽毬は告げる。


「私はね、雄臣。お前の妹、閻椰美楚乃の生まれ変わりなんだよ」


 そう告白して今度は銃口を閻椰に向けた。


「Forth Bullet――」


 空間を抉るかのように、両者の関係を断ち切るかのように、射出された心を殺す刹那の魔弾。


「内――」


 縛、と発するところで弾丸が閻椰の喉元を貫通した。五徳の円はいつの間にか途切れていて、撃たれたことで式神は消滅する。閻椰は大きく一歩、二歩とふらつきながら後退する。それでも閻椰は、すり減らされた命を振り絞り、懸命に手を動かそうとしている。だが術式は発動されない。

 四つ目の断絶は信念だった。感覚、感情、意識に続いて彼の中軸となる信念――復讐という目的を遮断された男に残るのは記憶だけだ。


「もういいんだ、雄臣。お前は十分頑張った。美楚乃はずっと傍であなたのことを見ていたよ」

「み、ぞ。のぉォおお」

 

 だが男は倒れない。まるで死ねない呪いを自身に付与したかのように近づいてくる。身体中に流れる血液は、途絶えることなく燃え続ける蝋燭の火みたいだった。もう五条の恩恵もない身体はとっくに倒れていないとおかしいというのに、記憶にいる一人の少女が彼を生かそうとするのか、否、本人がその強迫観念に囚われているのだろう。


「っ、mが、s、お……」


 喉を潰されてもまだ妹の名を口にしながら近づいてくる。


「もういい、もういいんだよ。後は私に……」


 陽毬にはもう、撃つ弾がなかった。


 心を完全に死滅させる最後の布石は言わずもがな記憶であるが、それだけは絶対にできない理由があり、レボルバーに残された特効弾は相手を惨たらしく死に至らしめるには十分すぎた。

 だがそれももう、撃つ必要はなかった。


「……さよならだ、雄臣」


 労わるように呟くと、男は陽毬の前で倒れ伏した。

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