0―19 王女②
すぐにでも白雪に文句を言いたかったが、呑気に口を開けられる状況でもなかった。
「――――」
王城の天守……玉座の間には複数の人影。緊急招集でもかかったかのような勢ぞろいの顔ぶれ。周りには大使、官司のような身なりをした人間。王座の下には武装した護衛兵が立っている。その奥、階段の先にある玉座には女の城主がこちらを見据えていた。
赤と白の波長。
情熱の赤と包容力の白をあわせもったマゼンタ色の長い髪。
赤い口紅。黒とピンクを基調とした軍服。黒のタイツ。焦げ茶色の軍靴。
女性はスラッとした脚を組みながら統治者としての風格か、どこか余裕ありげな笑みを口元に浮かばせていた。
「……」
「……」
双方、相手の存在を認識するためのわずかな沈黙。数秒後、それは相手の出方を伺う沈黙へと変わった。
許可なく城へ立ち入り、そのままここまでやってきた興奮も身体に帯びた熱も一瞬で冷めるような寒気がこの場に漂う。
口どころか手足の指一つ動かせない圧迫感。緊迫感が場を凍り付かせている。
――と思いきや、殺伐とした空気に耐え切れなくなった周囲が次々と騒ぎ出した。
「慎みなさい!」
発言の許可はお前らにはない、と言いたげに透き通った女性の声が天守の空間に響いた。それきり一切の音さえ聞こえず、周囲はその言葉を完全に脳で魂で理解し、一切の発言を禁じた。
「――でこの私に何の用かしら? 不法侵入者さん。それとも迷子になって自分の帰る場所、分からなくなっちゃったのかしらね? キディ」
皮肉交じりの嫌味。馬鹿にした笑みを浮かばせながら白雪に問いかけた。
それに応えるように白雪は煌めく魔力殺しの刀を出現させた。
「白雪っ」
雄臣は咄嗟に白雪の肩を掴んだ。今にでも飛び出しそうな身体を食い止める。
「あら、怖い。物騒なものをお持ちになって。……いつか接見してくるとは思っていましたけど、こんな強引なやり方で来られるなんて……これではそこらの野蛮どもと変わりませんわね」
さらに王女は煽り立てて白雪の反応を楽しもうとする。これでは幼い子をからかう悪い姉貴でしかない。
「離してください」
「白雪、ムキになるな」
「ムキになどなっていません。私は大人です」
刀を消し去った白雪は雄臣の腕を振り払って、目の前に座る女と向き合った。
「あなたは魔法使いですか?」
白雪が確認のための問いを投げ掛ける。
「ええ、いかにも。けれどそれは私に限ったことではないわ。この城にいる全員が魔法使いだもの」
「……」
白雪に言葉はない。
「フフ、驚きました? 少なくとも隣の男は驚いているみたいですけど」
白雪がちらりとこちらを一瞥する。
「敵に動揺の色を見せないでください」
「そんなこと言われたってそんな数いるんだなんて思わないだろ」
「そうでしょ? そうでしょっ? すごいでしょっ?」
急になぜか自分の方を見て、得意げになる王女。
けれど白雪に顔を向けた瞬間、パタリとそのしたり顔は崩れ去り、
「――で、それで何の用? ――元凶の始祖」
王女は咎めるような視線を向け、あからさまに嫌な通り名を命名した。
「そんな言い方――」
声を上げたが、その直後、白雪に袖を掴まれた。
「白雪……」
「良いのです、タケオミ。本当のことですから」
白雪は雄臣の発言を制した後、改めて王女に向かい、「魔女」そう一言、言い返すかのように言った。
「な、何ですって? 魔女? 今、魔女って言いました? この私に向かって」
「はい。魔法を扱う女性――つまりは魔女です。あなたの名前が分からない以上、そう呼称することにしました」
その瞬間、マゼンタ色の女性は怒りを抑えられず玉座から立ち上がった。
「っ! 許さないわ。この私を魔女呼ばわりだなんてっ! テンシという俗称を宛がわれている貴方に言われると余計に腹立つわ! いい? 私はロミリア。ロミリア・セレスティアよ! 訂正なさい!」
魔女と言われてすこぶる嫌な顔を見せた女性は、自身の名を明かし、胸に手を当てながら必死に訂正するよう命じた。
「そこまであなたが毛嫌いするとは思いませんでした。訂正します、ロミリア・セレスティア」
「フン、分かればよろしいわ。あんな悪称、二度とごめんだから。そこの人間も分かったわね!」
ロミリアと呼ばれる女性は自分にも向かって指さした。
「え、僕、ですか?」
「貴方以外どこに人間がいるのよ。バーカ」
なんて言われよう、なんて乱暴な女性だろう。雄臣は呆気に取られて頷くしかない。
「あ、ああ」
落ち着きを取り戻したロミリアは再びずっしり玉座に腰を下ろした。
「ほら、早く続き。なさい」
女王様気質のロミリアは自分が話を遮っているにも関わらず、我関せずと脚を組み直して指図した。
「私はあなたが言うようにすべての元凶です。であるならばあなた方の魔力を還して欲しいのです。私の目的はそれだけです」
「悪魔祓いならぬ魔力祓いね。それがあなたの罪滅ぼしですか。残念ですけどそれは無理な話ね」
「なぜですか?」
「この街を治めるためにはこの力は不可欠よ。あの稲が育つのも私のおかげ。住民がなに不自由なく生きられるのも私のおかげ。何より外敵から守るためには相手を凌駕する圧倒的な力が必要なのよ。分かるでしょう?」
「ですがそれは本来人の力ではありません。魔法に依存している生活を送っていてはいずれその力を失った時、大変になるのはここの住民です」
「……そんなの、し、子孫を残せばいいだけの話よ」
ロミリアはなぜか頬を赤くし、照れ臭そうに言った。
続けて。
「きっと血と一緒でこの力も受け継がれるはずだわ。だいたい大袈裟よ。人はいずれこの力に頼らずとも生きていける。けれど発展、繁栄するためには、どこからとわじゃわじゃ湧いてくる邪魔な奴らを殲滅しなくちゃいけない。だからそれまでの間は、少なくともこの力に頼らざるを得ないわ」
未来の話。理想の話。希望の話。未来予知でもない限り、誰にも分からないこれからの話。
「他に話がないのなら接見は以上よ。早く立ち去って野蛮な魔法使いどもを駆逐してきなさい。貴方にはそれしか能がないし、さすれば私の未来に近づくんだから」
白雪は彫刻のように黙ったまま動かない。
「待ってくれ。まだ聞きたいことがある」雄臣が訊ねる。
「……ふん、いいでしょう。何かしら」
「その、ロミリアはどうやって数十人もいる魔法使いをこんな容易く従わせられるんだ? 魔法使いは単独で行動し、殺すことに生き甲斐を求めるような奴らだ。……まあ、ここじゃただの偏見でしかないけど、今までそういう奴らしか見てこなかったから不思議でならないんだ」
この最上階である玉座の間にいる魔法使いでもざっと十五人はいる。それに加えて城内にいる人間、すべてが魔法使いだと言うのなら、それは今まで処断してきた魔法使いの数を越えていてもおかしくはない。
「……却下。何でも話すと思ったら大間違えよ」
「言えない理由、都合の悪い理由があるんだな」
「ええ。そうよ」
以外にも潔く白状したロミリアだが、こちらとて何も聞けず引き下がることはできない。
お互い――長い沈黙が流れる。
「……はぁ。分かったわよ。……私の魔力を消し去りなさい。それで解決する話なのならね」
「――!」
ロミリアは立ち上がり、無防備に手を広げて胸を差し出した。
目を疑った。気まぐれにもほどがある。一体何の心境の変化だ。訳が分からない。今さっきまで立ち去れと言っていた女が何の理由があって白雪に従おうと思ったんだ。
絶対に裏がある。罠がある。あの仕草一つ一つが嘘っぽい。陥れようとする悪策がある。
だと言うのに。
見え透いた仕掛けだと言うのに。
それを信じる者がいた。
「聞き分けが良くて助かります。ロミリア」
既に白雪の背中は前を歩いていた。右手にはいつの間にか刀を具現化させて。
「駄目だっ!」
ぱちんと。
堪えられずに笑みを零したロミリアが指を鳴らした。
それは白雪が玉座に続く一段に足を踏み入れた時。
一体、いつからそいつはいたのだろう。
魔力の気配は愚か、生きているという気配すら感じない。
一際大きな図体が階段の背後から現れた。




