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天命の巫女姫  作者: たけのこ
断章 とある兄妹の命運
184/285

0―35 錯乱②

 大理石の無機質な冷たさが素足に伝わる。

 白衣姿の人間を見た城の使用人たちが、何かを言っている。

 止めにかかろうと追いかけてくる者がいる。

 そんなどこの誰かも知らない従者の抵抗を退いて、長い廊下をひた走る。

 壁に貼り付けられた巨大な窓から朝日が差し込んでいる。

 赤い絨毯が敷かれた階段を降り、城の外へ出た。

 澄み渡った蒼い空。穏やかな白い光が雄臣を照らす。けれど、今の雄臣にとって二週間ぶりの白い日差しは、眩し過ぎて上を向くことなんてできやしなかった。


「美楚乃……今、帰るから。長い間、待たせてごめんな」


 美楚乃が待つ家へ、雄臣は走り出した。

 立っているのも辛かった眩暈や吐き気は、美楚乃が生きているという願望が特効薬となったのか、僅かながらも退いていた。

 雄臣は城の壁を抜け、下級市民が暮らす街中を走り続ける。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息遣いが荒々しくなる。次第に走る脚が止まり、雄臣は膝に手を付いた。額からは大量の汗が噴き出る。季節は冬だというのに自分の身体は燃えるように発汗していた。


 美楚乃……と声を出そうとしたが、荒い呼吸が邪魔をして、上手く声が出せない。


「はぁ、はぁ、はぁ、どうして……」


 地面が波打つように歪んでいる。視界がぼやけ始めていく。三半規管がひっくり返ったのか、眼中が裏返ったのか、視界がぐらぐらと揺れ、視界の中心が渦のように廻っている。雄臣はそっと眼を閉じ、眩暈が落ち着くまでしばらく堪えた。眼を瞑ったまま深呼吸をすると、ようやく眩暈が少し治まってきた。雄臣は袖で汗を拭い、歩き始める。


 それから三十分程かけて、市街地に辿り着いた。疲れ知らずだった身体は、城からここまでたった数キロメートルを歩いただけで、動けなくなっていた。雄臣は停車駅の前で立ち尽くす。肩で息をして、枯渇した酸素を体内に送り込んだ。


「くそ、どうしてこんな、疲れる、んだ」


 こんなふらついた身体で、徒歩で、美楚乃が待っている家に辿り着けるとは思えない。それどころかこんな凡人以下の体力で森の中に入れば、いずれ力尽きて、森に棲み着く野犬の餌食になるのは目に見えている。


「ちく、しょう……」


 身に纏っているのはこの白の衣服だけでお金など一銭も持っていなかった。

 雄臣は駄目もとで車掌に頼む。

 だが、たった一人お金を払わずに乗せてもらうなんて、そんな優遇は利かなかった。


「……お願い、します。妹が、家で、待っているんです」


 それでも雄臣は食い下がることなんてできなかった。諦めることなんてできなかった。


「駄目だ。どんな事情があろうと優遇させるわけにはいかない。それよりその恰好は何だ? 顔色も悪い。もしかしてお前、訳アリか? 精神病患者か何かか? ならとっとと病院に戻れよ」


 せがむ手を振り払われて、雄臣は尻もちを付く。


「それが嫌ならせいぜい一人で頑張るんだな」

「くっ」


 魔力さえ回復すれば、こんな鉄の棺桶に頼ることなく、自分の力だけで帰ってこられるはずなのに。

 雄臣はふらつきながら立ち上がる。

 城に戻ることはできない。かといってこんな市街地の真ん中でへこたれているわけにもいかない。


「おい、お前正気かよ? 開拓されていない樹海を行くなんて自殺行為だぞ」

「……」


 雄臣はそんな男の忠告に耳を貸すことなく、市街地の遠く先にある森を目指した。

 それから一時間ほど歩いた。

 建築物も住民も消え、辺りは草地だけになった。

 やがて、雄臣は日常生活の外に広がる緑の異界に足を踏み込んだ。

 モミの木が生い茂った豊かな森の中を歩いていく。


(大丈夫なはずだ、時間はかかるが、集落を一つ一つ、渡り歩けば……)


 それから雄臣は走っては歩いて走っては歩いてを繰り返して、深い森の奥へ突き進んだ。辺りが暗くなる前に何とか集落に辿り着いて、夜が明けるまで集落の廃屋で身体を休ませる。それを二度、三度繰り返して帰るべき場所へと向かった。


 森に立ち入って三日が経った。

 海のように広大な森にぽつりぽつりと離れた小島のように存在する集落を、渡り歩いた雄臣の身体は満身創痍だった。

 清潔感のあった白衣は泥で汚れ、何も履いていない素足は擦り傷だらけになっている。飲まず食わずの身体から燃焼していく余分な脂肪は殆どない。何より身体は冷え切っていて、ガタガタと痙攣するみたいに身体の震えが止まらない。カチカチと鳴る歯の震えが止まらない。


「(こんなに歩いて、やっとここか、よ……)」


 奴ら――魔術師と戦闘を繰り広げた場所は、酷い有様だった。爆弾魔の魔術によって焼け野原になった森。将又、大きな亀裂の入った地面。歪に変形、急成長した気色の悪い樹木は、雄臣の魔法が引き起こした惨禍である。


「カチカチカチ」


 爆破で更地となった森を抜け、鬱蒼とした森の中へ再び入る。

 朝になり、集落を出てからまだ一時間も経っていないというのに、身体は既に倒れそうなほど疲れている。


「カチカチカチ(どうして、休息は取っているはずなのに……)」


 身体は全く休まっておらず、体力だけが着々と無くなっていく。

 徘徊する老人のようにおぼつかない足取りで森の中を歩く。

 目の前に立つ木々が風で揺れている。正面に立つ大木が左右に大きく揺れ出すのを感じた。またか、と舌打ちが出る。大木だけでなく、情景すべてがぐらぐらと歪み、輪郭が崩れていく。周囲が振動しているのではなく、自分自身が眩暈を起こしているのだ。

 そう雄臣が理解した時、それが彼の限界だった。

 意識が頭から零れ落ちる。

 魔力があれば、一日も掛からずに帰れたはずなのに、今の自分は、三日以上経ってもこの森を抜け出すことすらできていない。


「――――――」


 その絶望感と極度の疲労感に意識を失った。


「……、――――あぁ」


 再び快復してきた頃には、辺りはとっくに深い深い闇の底に沈んでいた。身体は、頭の天辺から爪の先まで氷のように冷たく、そして筋肉は、鉄のように硬直していて動かない。もう少し目覚めるのが遅かったら、このまま凍死していただろうくらいに。


「■■■■■■■ッ」


 暗闇の奥から彼らの声がした。

 飢えた彼らの声が集まってくる。


「……。野犬か……」


 自然界において動けなくなった生き物は、問答なしに餌となる。死に絶えようとしている動物の気配を感じ取った野犬たちが、肉を喰らいにやってきたのだ。


(あぁ、そう、か。これが救えなかった僕の顛末か……)


 凍えた身体が、錯乱していた心を冷静にさせる。


「っぁ、うぅ、ぅ、っ……」


 雄臣は声を押し殺すように涙した。現実と向き合った瞬間、涙が止まらなくなった。大事なものを失った焦燥感と孤独感。仮に家に帰れたとしても美楚乃はもうどこにもいないという事実。何処に行こうが、何をしようが、自分を兄として慕ってくれた美楚乃には会えない。


「……ごめ、ん、美楚乃。約束、守れなくて……助けて、やれなく、て」


 荒い呼吸が四方から近づいてくる。既に雄臣は数多の野犬に包囲されていた。その輪が狭まっていくのが足音と呼吸で分かる。


「今、僕も、そっちに逝くから……待ってて」


 寝ている間にどれ程の数が集まったのか、何十匹の野犬が群がり、草むらから雄臣を凝視していた。そんな飢えた獣たちの牙は、溢れ出る唾液で光っていて、血走った眼が、今にも稲妻のように走り出しそうだった。

 そんな彼らの様子を、雄臣は涙を流しながら遠い目で眺めるだけだった。

 その時、野犬たちの後ろから、何か別の動物の足音がした。

 その足音に周囲にいる野犬は機敏に反応し、グルルルルッと喉を鳴らし、威嚇する。だが、それは歩みを止めずにこちらへと向かってくる。次第に野犬たちは勝てないと踏んだのか、それとも自分たちより立場が上であると本能的に悟ったのか、獣の群れは暗闇へと去っていった。


(まあ、どの道、喰われることには変わらない……)


 歩く赤い目の光が、近づいてくる。

 二つの目。

 二足歩行。


「……喰われるとでも思った? やっと、見つけたわ」


 三日ぶりに聞いた、呆れたような女性の声は、溜息みたいだ。

 何十匹の獣の群れを退かした声の主は、ロミリアだった。ロミリアは、自分よりも一回り大きな毛皮のコートを羽織いながら草むらを掻き分けやってくる。


(いや、これは幻聴、幻覚だ。こんな真夜中の森に、城の女王が、それも一人だけ、いるわけがない)


 雄臣は死を委ねるように目を瞑った。


「っ――。寝てんじゃないわよっ! 目、しゃっきりなさいっ! 起きなさいっ!」


 寒さをも吹き飛ばすような怒りというより叱責に近い口調に、瞼を開いた。

 すると駆け寄ったロミリアの両の手が雄臣の頬を包むように触った。


「もうっ、こんな冷たくして」


 脊髄に限らず身体中の骨すべてが、氷棒に取り替えられてしまったかのように凍てついていたというのに、暖炉で薪が燃えているみたいに身体の芯が温まっていく。


「……あたた、かい」


 ロミリアの手が離れた。

 ゆっくりと上体を起こした雄臣に、ロミリアは自身が着ていたコートを投げ掛けた。


「そりゃあ、そうよ。私、怒ってるんだから」

「いや、いい。これは、ロミリアが着ていてくれれば――」

「貴方、馬鹿なの? 今まさに凍え死にそうだったくせに、他人に気を配っている場合じゃないでしょ。それに貴方が温もりを感じられるのは、この私がいるからなのよ? ありがたく思いなさいよね。まったく……」


 ロミリアは、腕組みしながら雄臣を咎めるように見下ろした。その瞳はほのかに赤く色づいていて、紅瞳への反転は、古流魔法『炎』の発現を意味していた。


「……惨めな僕を見て、情でも湧いたのか……」


 雄臣は俯いた。素足の傷口に入り込んだ砂と小石を見つめながら、呟いた。


「ええ、そうよ。それ以外、何があるって言うの?」


 ロミリアは辺りに落ちている小枝を拾い集めながら話をする。


「そうか。でも城の女王が、私情に流されるなんて……お前の用心棒は何をしているんだ?」

「用心棒……ああ、ニアのことね。ニアは代理の城主として務めを果たしてくれているわ」


 ロミリアは、拾い集めた小枝を雄臣の前に一か所に集めると、手についた汚れを落とす。


「……けど、女王様が護衛も無しにこんな森の中に入るなんて……」

「うっさいわねっ。私の心配より自分の心配をなさい。分かったわね?」

「……」

「返事をなさい」

「……ああ」

「よろしい。さて、今日はここで野宿よ」


 言うと、ロミリアの視線が拾い集めた小枝に一点集中した。ほのかな赤の瞳孔は、さらに濃く変色し、次第に燃えるような赤へと瞳の色が変化する。それに伴い、カッ、と勢いよく小枝が発火した。

 パチパチと火の粉が爆ぜて、辺りを明るく照らし出す。


「いや、僕はもう……」

「何が、いや、よ。そんな本調子じゃない身体で、生身と何ら変わらない恰好で森の中を突き進んで、まずはその足の怪我でも治しなさい。それとも私と一夜を過ごすのが、いや、って言いたいの」

「……そういうことじゃない。ただ美楚乃を失った今、僕にはもう生きる意味が見つからない。だから、あのまま凍え死のうが、犬に喰い殺されようがどうでも良かったんだ……」


 ロミリアは近くの大木に腰を下ろした。


「ふーん。大切な人間が殺されたかもしれないというのに、そんな簡単に死を選ぶのね。殺した人間は、貴方が自死を選ぶほど苦しんでいるのに、今も、のうのうと生きているのよ。悔しくならないの? それに、このまま野放しにしていたら、貴方の妹さんのように同じような被害者が生まれる。それでも良いっていうの?」

「ああ、見知らぬ誰かが死のうがどうでもいい。僕はもう正義の味方でも何でもない。初めからそんな大義はなかったんだ。ただ昔の僕は、白雪と契りを交わしたから正義の役を演じていただけなんだ。……今の僕は自分の大切だと思う人間しか救いたくない。その大切なものは、二人とも殺されたんだ。この事実は何をやっても覆らない。仮に復讐を果たせたとしても、殺されたものは帰ってこない。何も、何も、戻ってこないんだ。だから僕にこれから生きていく力はない……」

「大切……二人……まさかっ、白雪が殺されたというの?」


 ロミリアは驚愕したような声を発する。


「ああ、打ち首にされた彼女の死体を見せられた」

「……そう。それでも貴方は死ねないわよ」

「え?」

「だって、妹さんが死んだかどうか、誰も分からないもの」


 俯いていた顔が思わず上がる。焚き火の炎に赤々と染まったロミリアの顔が視界に映った。


「どういうこと、だ? 殺されたんじゃないのか」

「私とニアが貴方を助けた時、彼らは妹さんを殺さず連れ去った。だから死んだかどうかは分からない。……たらればの話をするのは好きじゃないけど、もしかしたら妹さんはまだ生きているかもしれない。その可能性があるのに、貴方は死ねるの?」

「……。でも奴らは僕の力を奪いに襲撃してきたんだ。美楚乃を生かす理由なんてどこにもない、だろう」


 その言葉にロミリアの表情が怪訝になる。


「そう思うのなら死ねばいいんじゃない? 別に自死する者を侮辱するつもりもないし、他人の生き死にに干渉するつもりもないから。……けどね、自ら死を選んだ者の行く末にあるのは無よ。自死には、生きられる余命があるのに、それを自ら断ち切ってしまうという罪を孕んでいる。それ相応の清算があると思うのがセオリーよ」


 ただの持論、されど持論。続けてロミリアは言う。


「死んでしまったら最後、妹さんの笑った顔も、かけてくれた言葉も、一緒に過ごしてきた記憶も、全部なくなって、思い出せなくなっちゃうのよ? その覚悟、貴方にあるの?」


 雄臣は知らず深く唇を噛みしめ俯いていた。


「……(僕の命は美楚乃の命と共にある。もし美楚乃が生きていて僕が死ねば、僕が美楚乃を殺すことになる。美楚乃はあの時、死にたくない、と言った。……美楚乃、今、何処で、何を、している? 生きていたら、何を、思う? 何を、願う? それでもなお、生きていたいと思うのか? 死んで楽になりたいとは、思っていないのか? いや、自分の気持ちを重ねるな。死んで楽になりたいと思っているのは自分だ)」


 雄臣は額に手を押しあて、苦悩する。そんな雄臣の前に膝を付いたロミリアは、真剣な面持ちで見つめる。


「妹さんはきっと信じて待っているわ。貴方が必ず助けに来てくれるはずだって」


 思い出に残る美楚乃の笑顔が脳裏に横切る。その笑顔を自らの意志で消し去ることなんてできるわけがなかった。

 死んでいるかもしれない。もう会えないかもしれない。不確かであやふやな希望。けれど生きていくには必要だった。生きていくためには、その希望に縋るしかなかった。希望を断ち切りたくなかった。

 覆っていた手で流れた涙の痕を拭く。


「……美楚乃を助けるまでは……死ねない」


 死ぬのならせめて美楚乃の生き死にを確認してから。


「必ず、奴らを見つけ出してやる」


 顔を上げた雄臣は、ロミリアの目を真正面から見据えた。


「少しはマシな面構えになったみたいね」


 死のうがどうでもいいとか言っていたくせに、ロミリアの表情はどことなく嬉しそうに微笑んでいた。


「悪い。色々心配かけて、気が動転していたとはいえ、助けてくれたのに、酷い態度だった」

「まったくよ」

「ああ、そんなどうしようもない僕を助けに来てくれて、ありがとう」

「……別に礼なんていらないわ」


 すっと手が目元へ伸びて、ロミリアは髪をまとめていた髪留めを外すと、少し照れ臭そうに焚き火の方へ顔を逸らした。


「……ただ私は貴方と貴方の妹さんの物語が、あんな奴らの手で簡単に終わってしまうのが気に入らなかっただけよ」

「そうか……」


 色素の薄い紅色の髪からちらりと覗いた柔らかそうな頬が、朱く染まっている。それを見ていると、何だかこっちも戸惑う。

 そんな戸惑うさまを見てか、ロミリアの視線が焚き火から雄臣に移った。と思いきや、くるりと背を向け、三角座りをした。


「……背中、合わせなさい。その方が楽だし、こんな森の中で眠るのだから、背中を無防備に晒すのは危険よ」

「あ、ああ……。でもなんかニアに悪いな」

「な、なんであの男が出てくるのよ」

「え、だって二人は恋人同士だろ?」

「は? 違うし、そんなんじゃないから、まったく変な解釈しないでよね」

「そうなのか、てっきりそうなんだと思っていた。ずっと傍にいるから」

「それは立場上仕方なくそうなるからよ。ほらっ、もういいでしょ、さっさと背中合わせなさい」

「ああ」


 彼女に言われた通り、ロミリアの背中に自分の背中を密着させた。背中越しに伝わる彼女のぬくもり。魔法の効果は依然健在のようで、ヒーターのように暖かくて心地よい。


「ところで貴方、この三日間、こんな極寒の夜をどう凌いだわけ?」

「集落の廃屋やら使われなくなった納屋で夜を明かしたんだ。けどあんまり身体が休まらなくて、空はまだ明るかったのに、気が付いたら真っ暗で、僕の身体は横になっていたんだ」


 言うや、ロミリアは溜息を吐いた。


「そういうこと。気が動転していたからどうなることかと思ったけれど、杞憂だったみたいね」

「いや、現にロミリアが駆けつけてくれなかったら僕は確実に死んでいたし、あの時だって助けてくれなかったら、僕の決断は自決しか残されていなかった」

「自決して妹さんと心中する。命の手綱を持っているが故の最終決断っていうわけか」

「ああ。でも、美楚乃は死にたくないって言った。だから、勝手に死ねないし殺せないと思った」

「……そう」


 焚き火の音。夜のさざめき。会話のない静かな時が流れる。


「でもよく戦闘中の居場所が分かったな」

「そんなのドンパチやっていたら嫌でも気が付くわよ。爆発の地響きとか凄かったわよ」

「そ、そうか。それもそうだよな」

「それで貴方、これからどうする気なの? 家に戻るって言ってもそんなろくな魔力じゃ、いざという時、あっけなく殺されるわよ」

「ああ。魔力が万全に戻るまでの間は城にいようと思う。けど、気持ちに区切りをつけるためにも一度家に戻りたいんだ。だめか?」

「……別に異論はないけれど、貴方の家は敵に突き止められていないの?」

「それに関しては大丈夫だ。襲撃は列車に乗っている最中の出来事だし、家には白雪の結界が……」


 雄臣の声音が次第に沈んでいく。


「何よ? 立ち直ったと思ったら、そんなしみったれたような声出して」


 ロミリアが雄臣の顔を覗き込むようにスッと身体をこちらに向けてきた。


「いや、何でもない。とにかく大丈夫だから」

「そう。けれど気持ちが一段落ついたのなら、また城に来なさい。今はまだ有益な情報は得られていないけれど、貴方が療養している間、各地域に魔法使いを遣わせておいたから。もしかしたら時の経過とともに敵の在り処を掴めるかもしれないわ。まあ、奴らの標的は貴方なんだから、必ずやまた襲撃しに来るだろうけど」

「ああ。その時は、必ず美楚乃を……」


 雄臣が眠そうに言うと、ロミリアは「はぁ、疲れた」と溜息を吐き出し、んーっと大きく伸びをしたようだ。


「とりあえず今日はここでたっぷり休みを取りなさい。私も少ししたら眠るから」


 上げていた両手を下ろすと、「分かったわね」と否定は一切許されないような圧とともに雄臣の顔をちらりと見た。

 雄臣は力なく首を縦に振る。


「あら、もう眠そうね。ええ、ゆっくり休みなさい」


 返事する余裕もないくらい雄臣の意識は眠りに落ちていた。生きなきゃという生の渇望が精神に安らぎを与え、孤独から来る不安感の解消が心に安寧を享受させる。

 雄臣は生きるために眠った。

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