表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天命の巫女姫  作者: たけのこ
断章 とある兄妹の命運
182/285

0―33 深淵の森にて⑥

「いやはや、危ない、危ない。死ぬところだったよ。ああ、久しぶりだわ、この感じ、私、今、さいっこうに生きてるわっ!」


 誰が見ても重症だというのに、女は平然と愉し気な口調で感想を述べた。


「勿論、彼も首の皮一枚だけど生きてるわ。けれど流石の槍防術を持ってしてもあの子の爆破を至近距離で受け止めきることは難しかったようね」


 言うと、女は鞄を下ろすような仕草で半分になった男の身体を地面に横臥させた。


「……どうして、お前は、平気でいられる。なぜ、立っていられる」

「え?」

「っ。武装も何もない生身の生き物がどういう理由で生きていられる!」

「あら、そんなに驚くことかしら。だって私たちはそこらの人間とは違くてよ? 不可能を可能にさせる。貴方は魔法使い。対して私たちは……そうね、戦乙女の言葉を用いるならば魔術師……けれど武器がなくなったからと言って、ただの能無しに戻るわけではなくてよ? だって私が魔法使いの娘であることは死んでも変わらないのだから」


 炭化した頬の皮膚が砂金のようにパラパラと崩れ落ちていく。爛れた皮膚がべろんと下へ垂れていく。


「いいわ。どうせ見られてしまうから教えてあげる。私が用いる魔術はね、宝石。宝石の種類によって色んな作用があるのだけど、爆発の損傷を火傷程度で済んだのは私の肉体に災いから身を守るための金剛砂が埋め込まれているからよ」


 皮膚が剥がれるとその血肉は、星々のように赫躍と発光し出す。重度の火傷……損傷は人を醜くくさせると言うのに、彼女の皮膚内部から掘り起こされた金剛の微粒子が彼女を何処までも鮮明に煌びやかにさせる。


「ふざけるな!」


 雄臣は女の方へ腕を伸ばし、掌を握り潰そうとするが、潰せなかった。

 いや、この手を握れば意識を失うと分かっているから握れなかった。

 一握り分しか、雄臣の魔力は残されていなかった。それほどの魔力を未熟故、後先考えずに浪費してしまった。浪費させられた。無限にあると思っていた魔力が有限であることに気付いた時にはもう遅く、雄臣は腕を伸ばしたまま動けない。


「…………。まだ、戦う気か……」

「ええ、同志を殺されて痛み分けとは行きませんから。……とは言え、戦いは既に決したと思いますけどね」


 そう言った女の視線は雄臣の背後に向けられた。


「やぁああぁぁああああああああ」


 馴染みある少女の悲鳴が鼓膜に響いて、雄臣は咄嗟に振り返った。


「いやぁああああああぁぁぁああああああ! 離してっ。兄さまぁぁぁぁっ」


 絶叫する美楚乃は大粒の涙を流しながら雄臣に救いを求める。


「嘘だ。何で、どうしてっ!? どうして生きていやがる」


 美楚乃の背後には自爆したはずの少年が血塗れになりながら立っていた。その身体は、酷く破損していて、顔面は原形を留めておらず頭部は断面図が見えている状態だ。だがそれを繋ぎ止めているのが、糸、だった。全身の至るところから糸がニョロニョロと飛び出し、身体の部位と部位を繋ぎ、修復しようとしている。


「兄さまぁあああああ!。痛い、よぉぉおおお!」


 美楚乃は少年の糸によって後ろ手に縛られ、必死に身動きするが針金のような糸を解くことはできず、硬くきつく両手首を締め上げられていく。

 雄臣は美楚乃を助けようと足を一歩前に動かした。

 だが。


「あら駄目よ。止まりなさい、魔法使い。もし次、一歩でも動いたら貴方の妹さんの命はなくてよ?」


 女の忠告が背中越しに掛けられた。


「くっ!」


 雄臣は歯を食いしばり、言われた通り足を止めた。今すぐ救い出したい思いを必死に抑えつけ、彼女の忠告に従う。


「いやぁぁああ。離してっ。兄さまぁああああ――ひぐっ!?」

「やめろっ!」


 少年の操る糸が美楚乃の首に巻き付き、絞め上げていく。美楚乃は喉をせき止められ、泣き叫んでいた声は、苦痛に悶える声に変わった。


「殺してやるっ!」

「アハハ! 動けないのにどうやって? 馬鹿ね、大切なモノは自分の傍から離しちゃいけないものだって決まっているのに。……そもそも守るべきものがある時点で人は弱くなるモノよ、魔法使い。……さあ、妹を人質に取られた今、貴方がやるべき行動は一つ、自分の心臓を潔く差し出すことよ」

「っ。(落ち着け、冷静に考えろ。美楚乃は不老だ。けれど僕の寿命が潰えれば、美楚乃も時同じくして死ぬことになる。だが心臓を彼らに引き渡すことがあれば、僕という器だけが死に、この魔法と共に美楚乃は生き続けることになる。一人取り残されることになる。何より条件さえ揃えば何でも叶えることができるこの魔法を彼らが手にすれば、彼らが望む世界が誕生することになる。それは白雪が築き上げたこの世界を壊すことにもなる。この世界は僕だけのものじゃない。駄目だ。絶対に渡せない)」

「遅いわ」


 端的に鋭い女の声が言った。


「ひぃ、あ、があぁぁあああああっ」


 美楚乃の頸動脈を絞るように糸となった白雪の髪が絞め上げていく。食い込む皮膚から血が流れる。呼吸のできない苦しさと首の肉が削がれていく痛みに、美楚乃は藻掻き苦しむ。


「やめろっ!」

「なら早くなさい。早くしないと死んじゃうわよぅ~? 彼女の息が止まるか、それとも首が弾き飛ぶのが先か……見物だわね」


 雄臣は大きく息を吸い込んだ。何度も狂い出しそうになる気持ちを全力で抑えつける。傍観する女は雄臣を急き立てる一方、この惨劇を愉しそうに眺めている。


「(奴らにとって最悪な事態はこの魔法を手にすることができなくなること。僕が絶対に避けなくてはならない行為も、彼らに心臓を、この魔法を渡してはいけないということ)」


 白雪が築き上げた世界を守る。

 大切な妹である美楚乃を守る。

 白雪の契約者として約束したことは忘れていない。

 信頼してくれていたからこの力を託してくれた。それを裏切ることはできない。

けど美楚乃と家に帰る約束だって忘れてなんかいない。美楚乃を幸せにするためにこれまで戦ってきたんだ。

 けれど何の関係もないこの世に生きる全ての人間を巻き込むことなんてできない。仮に自分の心臓を差し出して美楚乃の命を救うことができても、一人取り残されることになる。そもそもあの女の言葉を信じることなんてできない。結局自分が殺された後、美楚乃もいいように使われて殺されるのが常だ。


(だから……見殺しにするくらいなら僕が殺す。僕が楽に……、一緒に心中……)


 雄臣は藻掻き苦しむ美楚乃を見て顔を歪める。救えず、守れず、自分の手で殺す。


(……したく、ない。こんな形で終わりたくない。美楚乃とこんな形でお別れなんて、嫌だ。……殺したくない。……死にたくない。ずっと一緒に死ぬまで一緒に……けど、こうする他、ないじゃない、か――)


 自身の右手を心臓に向け、この手で自分の心臓を貫き、完全に命を絶つ。


(こうすれば不老の効果も消えて、美楚乃を置いてきぼりにせずに済む。奴らの思惑通りにいかなくて済む。白雪が築いた世界を守れる。だから、これで、いいんだ――)

「まさか、貴方――」


 女が気付いた時にはもう遅い。雄臣は自分の手先を心臓に突き立て、勢いよくその腕を――。

 ぶっ刺す瞬間――。


「し、に、たく……ない――」


 呂律が回らない意識の中、美楚乃は鬱血した顔で、消え入りそうな声で、雄臣の決意を聞いた上で否定するように答えた。

 自害しようと突き立てた雄臣の腕がピタリと止まる。

 背後に立つ女が動く。左腕に巻いていたブレスレットを引きちぎり、そのまま楕円型の黒い蛋白石を雄臣の頭上へ投げ飛ばした。

 観念を宿した宝石。

 そのうちの一つ、黒いオパールには『威嚇/威圧』を観念とした術式が刻まれている。


「Exspecto(執行せよ)」


 黒雷のように輝き出す宝石。

 宝石の内部に刻まれた術式が呪文によって作用した。

 その黒い灯火を宿す宝石に触れることは、観念の名の通り、動きを封じることを意味する。

 だが――。

 その宝石は、炎、によって弾かれた。


「ちっ」


 瞬間、女は分が悪いと思ったのか、男の頭を持ち上げると闇に溶け込むようにして姿を消した。炎に取り囲まれた雄臣は、抗うことのできない強烈な睡魔に襲われる。


「み、そ――の」


 身体中から力が抜けた雄臣はそのまま倒れ込む。


「――臣っ。……なさい!」


 何者かが駆けつける。

 何者かが自分の名前を呼んでいるような気がする。

 だが、何も反応はできない。指の一本ろくに動かせない。何も、何も、何もかも。守らなくてはならない存在の安否さえ確認できず、雄臣は死んだように意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ