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天命の巫女姫  作者: たけのこ
断章 とある兄妹の命運
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0―25 あれから①

 白雪と別れて、あれから五年の歳月が流れた。雄臣はあれから二十五歳となり、美楚乃も実年齢では二十二歳となったが、不老の身体に歳を取る概念はなく、七歳のおぼこ娘のままである。

 五年前であればまだ、兄と妹に見えたかもしれない関係は、傍から見れば父と娘に見えてしまうぐらいに、歳の差がどうしようもなく容姿に現れていた。

 それでも妹である美楚乃には関係ない話で、家にいても外にいてもどこでもべったりくっついてきて距離感はあの頃と何も変わらない、いやそれどころか些か酷くなっている気がする。我慢させてきた分だけ我儘になった気がする。

 白雪との契約がなくなり、美楚乃を家に閉じ込めておく必要もなくなった。美楚乃がやりたいことも叶えさせることができるようになった。それは町の平和を守るという責務がなくなったこともそうだが、それ以前に町が平和になったことが目に見えて分かるからだ。

 白雪が言っていた通り、無数にあった単独としての町は森の開拓と共に繋がり出し、人々の交流は後を絶たない。その流動化に伴い、街は日々活性化し、先人たちが遺した歴史を活用、近代都市の亡骸を再利用したことで、飛躍的に人々は生活の質を向上させていった。

 一つの国として、正確に言えば、ロミリア・セレスティアを王女とした城跡を中心に貨幣流通、電力網、通信網、交通網、治水施設に発電所などの公共的・公益的な設備や施設が次々と建設され、広がっていった。

 その際たる例がこの蒸気機関車だ。

 街と街を繋げるために造られた汽車は、木漏れ日を受けながら森の中に敷かれたレールを疾駆している。

 目まぐるしい発展と繁栄。

 百年、千年と先人たちが積み上げてきたものがあったからとは言え、たった五年でそれらを再び築き上げるとは、本当に魔法でも使ったかのような急成長ぶりである。

 けれどそこに白雪が危惧していた魔法による依存は見られず、人々は人間の力のみで発展と安寧を推し進めていた。

 きっと白雪もそれをどこかで微笑みながら見守っているに違いない。


 あれから白雪とは会っていない。あの場所の記憶も残ってはいるものの、今は辿り着けない境地として心の中だけに君臨している。

 どんなに愉しかったことも、つらかったことも、歳を重ねることに色を失い、新たな記憶に埋もれて思い返すこともできなくなるとは思うけど、彼女と過ごした時間は昨日の出来事であるかのように鮮明に覚えている。それくらい衝撃的な四年間だった。

 衝撃的過ぎて、今生きているこの穏やかな時間は何だか物足りなさを感じてしまうぐらいに、雄臣の心は白雪と過ごした過去から拭えずにいた。

 見惚れるほど綺麗なものを見たせいで、心は感動を失った。

 それ以上にこびり付いているのは死の光景。

 戦いが終われば日常が戻る。

 それは虫のいい話だった。

 焼き付いた光景は消え去らない。

 染み付いた死臭は拭い取れない。

 一度死の最前線で戦った心は死ぬまで休まらない。

 人を殺さずに済んだのは良かったけど、人間として生きていくことに物足りなさがあるのはやはり事実だ。そしてこの身体も人間としての機能を失っている。

 食欲は沸かない。

 眠気は起こらない。

 疲れ知らずのこの身体はまるでサイボーグだ。


 別に白雪を恨んでいるわけではない。けれど、いつも考えているのは、無意識に考えてしまっているのは、白雪のことばかりだ。

 絹糸のような髪、透き通った素肌、綺麗な瞳、息を呑むような白さは、人を寄せ付けない神秘的で毅然とした雰囲気が漂っているが、実際接してみるとそんなことはなくて……。

 きっと数千年、誰とも喋らず一人孤独に戦っていく過程で、何処かでいらないものを切り捨てて、その一つが喜びだったのだろうと、今ではそう思う。

 だから最後にあの笑顔を取り戻せて、勝手極まる憶測だけど、独りよがりな妄想だけど、よかったなと思うばかりである。


「……さま、兄さまっ!」


 隣から声がした。次第に呼ぶ声が大きくなって、列車の肘掛けに頬杖を付いていると頬を指で突っつかれた。


「なんだよ、美楚乃」

「ねえねえ、まだ着かないの?」

「もう少しで着くから。あと三十分くらいで」

「じゃあ、到着するまでしりとりで勝負しよっ! しりとりの、り、からね」

「ああ、いいよ」


 リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダルマ、マリ、リス、スズメ、メダカ……。

 言葉の最後に「ん」がついたら死ぬ、デスゲームを繰り広げてはや五回。初めは知っている単語を繋げていくだけの遊ぶしりとりだったが、勝負ということなので徐々に相手の出す単語の選択肢を狭めて勝つ戦法に切り替え、美楚乃の困った表情を楽しみながら勝利を次々と収めて行った。


「る、る、る、る、る……もうないよっ―!」

「じゃあ、美楚乃の負けだな」

「ぐ、ぬ、ううぅ」


 唇を噛みしめ、不満いっぱいに顔を歪ませる。

 流石に六回も負けが続けば、美楚乃が不機嫌になることは分かっていたが、これは勝負だからと手加減はしなかった。

 結果、美楚乃は怒りに震え、悔しさに打ちひしがれて、涙を浮かべる羽目になってしまった。ちょっとやり過ぎたかもしれないと雄臣は後悔して美楚乃を慰める。

「ごめん、ごめん。兄ちゃんが大人気なかった。ほら、こっち寄って、窓を覗いてごらん」

 機嫌を直してくれと雄臣は美楚乃を手招いた。

 列車の座席は一列が四席となっていて、二席ずつに分かれている。通路側の美楚乃は、幼気な視線を向け、窓側へと身を乗り出した。


「……」


 美楚乃は窓に張り付いて景色に見惚れているのか、しばらく黙り込んだままだった。小さな息遣いだけが耳元に届く。


「うわぁ~お城だ、すごい!」


 長い森のトンネルを抜け露わになった光景は、かつて更地の荒野だったが、人が作りし生活の盤上となっていて、辺りは鉄とコンクリートの人工物だらけである。その先に見えるのが、壁に守られ、丘の上に立つ巨大な城跡――ロミリア城なる自己顕示欲の権化であった。


「……よいしょっと」


 ひとしきり見て満足したかと思いきや、なぜか美楚乃は雄臣の膝にごろんと寝転がった。


「ちゃんと席に戻りな」

「え~、ぶう」


 言うこと聞かず膝の上でスリスリする黒のお団子髪。

 周囲の視線が気になり始め、車内の様子を見渡すと、通路を挟んだ隣の席には美楚乃よりも一回り小さな男の子と母親がこちらの様子を見つめていた。

 その視線をまともに受けて、気恥ずかしさに目を逸らす。家ならともかくこんな人目のあるところでべたべた甘えられても困るだけだ。


「美楚乃、ほら隣の子見てみろ。母親とべたべたくっついてなんかいないぞ」


 雄臣は隣に聞こえないよう小声で呟くが、美楚乃は我関せずといった感じで「頭なでなでして」と言う始末である。


「娘さん、甘えん坊さんなんですね」


 上品で、若い女の声がした。振り向くと声の主は隣に座る女性だった。


「え――あ、はい。お恥ずかしい限りで」


 一瞬、娘さんと言われたことに戸惑ったが、ここで妹ですと訂正し直すのも何だか気が引ける。周囲からはやっぱり父娘としか見えないぐらい自分が年老いてしまったのだ。

 それにしても何だか不思議な感じの女性だ。

 一瞥しただけで素顔は良く分からなかったが、端整な顔立ちをしていて、どこか妖艶な雰囲気を漂わせている。特にその瞳は見るものを魅了させるような、どこか白雪の瞳に似ていて、それくらい綺麗だった。


「いえ、いえ、そんなことありませんよ。私もそのくらい懐かれてみたいものです」


 そう言った女の息子は窓側に座ったまま、窓から見える景色を見やっている。


「でも、家では甘えてきたりするもんじゃないんですか?」

「いいえ、一度も。無口で無感情で、まだ六歳なんですけどね、ここ最近育て方を間違えたかなって思うんですよ」

「……」


 仮に思ったとしても我が子の前で言う言葉ではないと思う。


「あら、ごめんなさいね。不快な気持ちにさせてしまったみたいで」


 心臓がどくんとした。今、そんなにも感情が表情に出ていたかと思うくらい、女は雄臣の心情を一瞬で読み取った。


「いえ、そんなことはないですけど、息子さん、貴方がくれる愛情を嫌っているわけではないと思いますよ」

「……ええ、愛情なら誰にも負けませんよ。私、小さい子、大好き、ですから」


 魅惑的な笑みにぞくりと背筋に鳥肌が立った。何だか、肌に合わない。美人な女性だけど、何だか根本的に危ない匂いがして、それを隠そうとしているのだけど、隠しきれずに溢れ出してしまっているような、これが毛嫌いかと思い知らされるほど苦手なタイプの女性である。


「……お名前、お聞きしてもよろしいですか?」


 二言三言の挨拶がてらの会話で終わるかと思っていたが、まさか自己紹介する羽目になるとは思わなかった。けれど断りきることもできず、円滑に話を進めるのが無難だろうと抵抗感はありつつもそれ以上の疑問を抱くことはなく口を開いた。


「僕は閻椰雄臣と言います。でこいつが娘の――」


 自分で名前を言わせようと思ったが、頭を撫でているうちに美楚乃はいつの間にか眠っていた。


「美楚乃です」

「まあっ!」


 花開く笑顔で。

 単なる自己紹介だというのに、自分たちの名前を教えてくれたことがそんなにも嬉しかったのか、女は溢れんばかりの笑みを零した。


「さて、お互い、丁度いい時間潰しになりましたね。またどこかでお会いできるといいですね」


 名前を聞いたら否や、別れはあっけなく訪れ、女はスッと立ち上がった。

 列車はちょうど城跡前の停車場に到着していて、この母子もまたここに用があるらしい。


「行きますよ」


 そう言って女は網棚から大きな黒の鞄を下ろすと、それを持ちながら出口のドアへ向かっていった。日陰者のような目をした息子も母親の後を付いていき、不思議な子連れは雄臣の目の前から姿を消した。


「美楚乃、僕らもそろそろ行こうか――」


 起こそうと思って声を掛けたが、美楚乃は既に目を覚ましていた。


「なんだ、起きてるじゃないか」

「うん。なんか、あの女の人、怖くて、寝たふりしちゃった」

「……そうか」


 美楚乃も何かを感じ取ったらしく、その手は微かに震えていた。


「大丈夫だ。あんまり気にするな」

「……うん」


 美楚乃の手を取り、雄臣も列車を降りた。

 乗客数百名のうち、殆どの客が降下する。かつて白雪と訪れた時も、王都のような風情を感じるほど偉大な城塞都市であったが、人々の生活は城壁の中には納まりきらず、正門の周りにはいくつもの都市が混在している。

 おそらくだが、正門の内と外で一般市民と上級市民の区分けでもされているのだろう。


「兄さま、お腹空いた」

「じゃあ、どっか立ち寄ろうか。何食べたいって……つっても」


 辺りを見渡して目に付くのはどれもこれもうどん店ばかり。やはり稲作文化が根強いこともあって建ち並ぶ店はうどんをメインとした店舗が人気なのだろう。


「うどんでいい?」

「うんっ」


 適当にとあるうどん店に入った。テーブル席に着いてメニュー表を開く。うどんしかないけど、バリエーションは豊富。基本的なものは温かい「かけうどん」と冷たい「ざるうどん」があり、「天ぷらうどん」「きつねうどん」「月見うどん」「かきたまうどん」「肉うどん」「たぬきうどん」「味噌煮込みうどん」「焼うどん」に「カレーうどん」などトッピングの種類を挙げればキリがない。


「う~ん、どうしよう」


 メニュー表をまじまじと見てどれにしようか思い悩む黒のお団子髪。「きつねうどん」と「味噌煮込みうどん」のメニュー表を指で行き来してどちらにしようか悩んでいる。


「じゃあ、僕がきつねうどんにするから美楚乃は煮込みうどんにしたら? そしたら両方食べられるだろう?」

「いいの?」

「ああ」

「やった!」


 それから少しして頼んだうどんがやってきた。手を揃え、うどんを啜る。甘辛く味付けされた分厚くて大きなお揚げからじゅわりと染みた出汁が出て美味しい。うどんもコシがあってもちもちの食感だ。


「美楚乃、おいしい?」

「うん。具材とお味噌の出汁がうどんに染みてておいしい。ねえ、兄さまのも食べたい」

「ああ、食べな」


 うどんのどんぶりを美楚乃の方へと寄せる。がなぜか箸を持ったまま食べようとしない。


「どうした? 食べないのか?」

「あーんさせて」


 可愛くおねだりして美楚乃は大きく口を開けて食べさせてもらおうとしている。


「はあ、そのぐらい一人で食べなさい」

「ちぇ……」


 少しふてくされたが、うどんを啜ればあらちょろい。すぐに機嫌を取り戻して、美楚乃はニコニコ、口を膨らましてうどんとお揚げを食べた。

 食事を終え、店を後にする。居城を目指して壁の方に向かう。


「お城、入れるの?」

「……多分な」


 今と昔は大きく違う。それは目の前の開放的な門構えを見れば分かることだ。かつて硬く分厚い壁として立ちはだかっていた正門は閉まっておらず、誰彼構わず出入りが可能となっている。

 門をくぐると同時に十五、六メートルある壁を白雪と一緒に登ったことを思い返した。あの時は目がくらんで足が竦む思いをしながら壁を登った。そんな心情も知らず白雪は壁を飛び越え、屋根を飛び移り、そのまま最上階の玉座まで駆け上ってしまうのだから、ついていくこっちも驚かされてばっかりだった。

 そんな白雪の足取りをここに来れば何か、魔法使いであるロミリア・セレスティアなら何か知っているのではないかと思ったが、上級貴族でもない自分がそう簡単に謁見できるわけがない。

 ……と思っていたが、門衛に名前を伝えたところ、潔く面会を許された。そして今現在、雄臣は謁見の間でロミリアとの対面を待っていた。

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