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天命の巫女姫  作者: たけのこ
序章 昔日
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0―17 来訪

 拠点を後にした白雪は軽やかな足取りでトンネルのような森を疾走する。普通の人間なら決して追いつくことのできない速さに、雄臣はその少し後ろを付いていく。


「なあ、町すべて見回るのにどれぐらいの時間、掛かるんだ?」

「走行推定距離6000キロ。全速力で走れば、一日掛かるか掛からないか程度で戻れます」

「6000キロっ⁉」


 思わず驚きの声が自然と口に出た。


「心配なさらずともあなたを最後まで付き合わせることはしないので。途中の街で引き返してもらいますから」

「いや、そういうことじゃなくてどうして君と僕でこんなにも偏りがあるんだ」


 『七大都市の一角である水雲町』をお願いしますとは言われたけど、残りの区域がそんなにも広大だとは思っていなかった。いや、白雪にしたら人間の文明圏、生活圏なんて狭いものなんだろうけど6000キロは決して狭いとは言わないと思う。一日で回れるという事実がこの土地の広大さを狭く錯覚させているだけだ。もっと頼まれた時に色々聞いておくべきだったくらいの後悔だ。でもあの頃は右も左も良く分からなくて、世界がこんなにも広いとは思っていなくて、ただ言われたことに疑問をあまり持たなかった幼い人間の子どもだったんだ。


「どうして残念そうなのですか? 貴方にはミソノという妹がいます。ですからあなたが朝早くに家を出る代わりに、ミソノと一緒に食卓を囲める時間帯までには戻ってこられるようにと考慮したのです」


 そんな気遣いも今知った。


「でももう朝早くに家を出ずとも昼ぐらいから出ても晩御飯までには間に合うぞ。何なら水雲町一帯を二周ぐらいできるくらいには――」

「それは貴方が成長したからです。初めは私が付き添いでルート確認をしましたが、それもしっかりと覚えて、半日以上かかっていた巡回もそつなくこなせるようになって、私はそれだけで十分、助かっています。空いた時間はミソノと過ごす時間に充ててください。そしたらミソノの不安感や孤独感は多少なりとも解消されるでしょう」


 前を走る白雪の背中は何だか自分よりも大きく見えた。正直、そこまで考えてくれていただなんて思わなった。とりあえず礼を言わなくてはならない。


「ありがとう、色々考えてくれてて。でも何か僕にできることがあれば――」

「ならば一つ。私が最後に求めることと言ったら、それは悪を完膚なきまでに潰せる覚悟を持つことです」

「……白雪はまだ僕が人を殺せないと思っているんだな。でも大丈夫だよ、白雪。それで平和になるのなら、いくらだって僕はこの手を血で染めるから」


 人殺しはどんな大義名分があろうとしてはいけないことだと思っていた。けれど、悪いのは誰よりも殺すことを忌避していたこの白いテンシを裏切り、失望させ、殺しの選択をさせた奴らだ。


「……申し訳ありません、本当でしたらあなたにこのような役回りをさせるべきではないことぐらい分かっているのです。ですがもう、死ぬ必要のない人間が惨たらしく死んでいくのは懲り懲りなのです」

「ああ、分かるよ」

「……それともう一つお詫びをさせてください。昨日はあなたがいなくなっても問題ないと、失礼なことを言って、申し訳なかったです」


 言葉が風上に乗って、耳元に流れ込んでくる。


「……。別に気にしてないから大丈夫だぞ」

「それでもあなたが巡回してくれているおかげで私は残りの町の平和を維持することができています。昔は魔力も不足気味で広大な大地を一人駆け抜けて、休む間もなく次の町を訪れて、正直余裕がなかったのです。そして何より孤独でした。ですが今は少しだけ余裕があります。それと、何でしょう、話す相手がいるというのは、良いものですね。ありがとうございます。タケオミ」


 首の後ろが妙に熱い。謝ってきたり、礼を言ってきたり、一体どんな顔でそんな人間らしい感情を言葉で表現しているのか。


「…………らしくない」


 でも走りながらでよかった。面と向かってそんなことを言われたら、きっと照れ恥ずかしくてどうかしていたと思う。


「何か言いましたか?」

「いや、何でもない」


 その後はしばらく沈黙が下りた。白雪はこれしきのこと何ともないのだろう。なぜなら彼女が彼女の速度で先頭を切っているのだから。

 付いていけない速度ではないけれど、ごうごうと大袈裟に吹く風がもたらす寒気は、雄臣にとって五臓を締め付けられるように物憂い。口を馬鹿みたいに開いていては喉が凍てつくと、色々話したいこともあったが、一先ず押し黙ることにした。


  それから雄臣が口を割ったのは三十分後のこと。風景は相変わらず密林で緑と土の匂いだけだが、凍える突風は落ち着きを取り戻していた。


「ところで、どこに向かってるんだ?」

田雷町でんらいちょうです」


 水雲町と同じくかつての七大都市の一角だそうだが、行ったことはない。


「どんな町なんだ?」

「七大都市の中で二番目に大きな区域で、発展はしているものの唯一今昔が保たれている町です」

「じゃあ、名前通りの街なのか?」

「はい。水田地帯で落雷被害の多い街です」

「(ってことは稲作が普通に行われているってことか)因みに一番広い区域はどこの町なんだ?」

「華園町です。一面お花畑で花の桃源郷とも言われる程、争いごとのない平和で裕福な街でした。しかし、そんな栄耀栄華は遠い昔の話。華園町は厄災中、悍ましい蟲の異常繁殖によって何もかも喰い尽くされたのです」

「虫?」

「単なる虫ではありません。根源……発生原因は不明ですが、この世には存在しないはずの地球上最悪の侵略的生物です。その蟲は、蠕虫独特の粘液質な細長い形状をしていて、発達した口回りには人間のような白い歯がびっしりと生えています」

「ミミズに人の歯が生えているみたいなものか……気持ち悪いな」

「はい。そのような認識で間違えないかと。そしてその蟲最大の特徴が体内感染です。一度一匹の蟲が体内に入り込めば、中で分裂、無数に増殖を繰り返し、細胞を破壊し尽くされます。そうなった人間の末路は身も心も完全に乗っ取られた蛻の殻です」

「でも各町には戦乙女テンシがいたって話だけど」

「華園町に在中していた戦乙女の最期がどうなったのかは知りませんが、更地となった惨状がその答えです。一匹なら容易くとも、数百、数千、数万と増殖し続ける未確認生物を食い止めることができなかったのですから、後は地獄絵図です。やがて住民も蟲に乗っ取られ、人間同士の殺し合いが起こった挙句、町の象徴であった花々も全て朽ち果て、大地そのものが灰のごとく死に絶えてしまったのです。そんな土地は現在でさえ何も育たない荒れ果てた更地となっています」

「じゃあ、誰も住んでいないのか」

「はい。実質上の消滅都市です」

「悲しいな……」

「けれど、華は咲かずとも人が生きている限り、必ず町は復興します」

「そうだな……」

「さあ、もうすぐ森が抜けます」


 雄大な大地に犇めき群がる原始林の中を抜けると、何処までも続く緑の地平線が広がっていた。森の中は洞窟みたいに薄暗かったが、開けた視界は痛いほど眩しくて目を細めた。


「あれが見えますか?」


 立ち止まった白雪が指さす方を見た。


「ああ、見える、すごいな。遠くの方に壁と……丘の上にあるアレは……城か?」

「はい。廃墟の城を再構築したアレが今の田雷町です。以前までは水雲町のようにたくさんの村落があったのですが、ここ数か月の間にあの巨大な城壁都市の中に家も人もすべて集約されているのです」

「すごい発展だな」

「……タケオミはこの激動な情勢をどう見ますか?」

「え? いいんじゃないのか? 傍からしか分からないけど、城があるってことはこの都市には町を治める長が居て、壁の中で秩序が保たれているってことだろ?」

「しかし、あの壁内部からは凄まじい魔力反応が途絶えることなく確認できるのです」

「……ってことはあの壁の中の何処かで魔法使いが何かしらの魔法を使い続けているってことなのか?」

「はい。ここからでも微弱ではありますが感じ取れます」


 だが魔力反応特有の静電気のようなジンジンと肌を刺す痛みは感じない。


「もう少し近づいてみないと僕には感じ取れないな。でも、何かあったら壁外へ逃亡する住民がいてもおかしくないと思うけど? それこそ内乱とか。視覚的に問題がないのなら大丈夫なんじゃないのか?」


 その問いかけに白雪は答えず、話を切り上げた。


「とりあえず向かいましょうか」

「あ、ああ」


 それから白雪とともに平原を駆けること一時間弱。

 白雪と雄臣は壁門前に辿り着いた。


「身体全身ビリビリくるな」

「はい。耳がピリピリします」


 見れば白雪の耳がピクピク小刻みに震えていた。


「なあ、この壁……結界とか張っていないのか? 知覚はできるけど……」


 圧倒されるほどの巨大な壁を見上げながら問いかけた。


「結界は張られていません。この壁は住民にとって視覚的に守られているという安心感を与えるためのものでしょう。私たちも早速壁内に侵入しましょう」

「でもどうする? 門は閉まっている」


 三十メートルほどある巨大な石の絶壁。正門は今閉まっていて開きそうにない。仮に潜り抜けれてもきっと衛兵が巡回しているはずだろう。


「タケオミ、崖を登った経験はありますか?」

「いや、ないけど」

「では私が先頭を登るのでタケオミはその後をついてきてください」

「やっぱりそうなるよな……ああ、分かった。でも気を付けろよ」

「心配は無用です」


 その言葉通り白雪はまるで壁を歩くかのような身のこなしで淡々と登っていく。雄臣もその後に続く。三十メートルある瓦礫に覆われた外壁に手を掛ける。積み重なった石と石の隙間に手と足を引っ掛けてゆっくり登っていく。


 「タケオミ、大丈夫ですか?」


 白雪が通った壁のルートを慎重に辿っていく。


「白雪、ちょっと速い。もう少し、ゆっく――」


 ふと見上げて、即座に壁と向かいあった。

 あれは紛れもなく見てはいけないものだった。

 小さなお尻を包み込んでいる白い生地。

 純白色の下着が丸見えだった。


「なにを固まって、どうしたのですか?」

「白雪、やっぱり、大丈夫だから、とっとと登ってくれ」


 じゃないと心が持たない。気が散って危うく転落しそうになる。


「なぜですか? 言動が矛盾しています。速いと言ったり、ゆっくりと言ったり、そのままぶら下がっていたらいずれ滑落しますよ」

「(ああ、もうっ)パンツっ、パンツが見えてんだよっ!」

「……。それなら問題ありません。故意ではなく事故なのですから喋っていないで早く手と足を動かしてください」

「っ。お前に羞恥心ってもんはないのかっ!」


 思わず乱暴な言葉を使ってしまったが、叫んでいないとやってられない。

 壁の中間地点まで登ってきたけど、崖とは訳が違う。ほとんど凹凸のない壁をよじ登るのは至難の業だ。そしてそれをさらに難儀にさせているのは、間違いなく彼女の下着。下を見下ろせば恐怖で足が竦むが、上を向けば逆に気が抜ける。雄臣は何も考えずただ登ることだけに集中した。


「……はあ、はあ、僕はまだ人間だったみたいだ」

「何を言っているのですか? あなたは人間でしょう」


 壁の上で大の字に寝転がった雄臣の横で端座している白雪は、微かに首をかしげていつもと変わらない抑揚のない声で語り掛けた。


「いや、久しぶりに疲労感を感じたから。生きてるって」

「そうですか」


 呼吸を整えた雄臣は上体を起こした。


「それと白雪、君はもう少しだな、恥じらいというものを覚えた方がいいぞ。無意識でもそういうの気を付けた方がいい」


 普段からお淑やか……であるかどうかは分からないが、凛とした立ち振る舞いと言葉遣いをしているのだから尚更そう思う。


「なぜですか?」


 それなのにまだ分からないなんてどうかしている。


「なぜって恥ずかしくないのかよ」

「? タケオミとは接吻をした仲です。今更、そんなことで恥ずかしがるようなことでもないでしょう」

「仲ってあれは契約上仕方なくしただけだからってお前がしてきたんだろっ!」

「? なぜタケオミが頬を赤らめているのですか?」


 子どものなぜなぜ期じゃあるまいし、少し考えたら分かるだろうに。


「もしや思い出したのですか?」

「っ――」


 途端、白雪は雄臣の顔を覗き込むようににじり寄ってきていて、彼女の唇が真っ先に視界に入った。口紅を塗っていない肌色の唇はしっとり潤んでいて、触れれば破れてしまいそうな……それは幼女の唇だった。


 雄臣はすぐさま視線を逸らす。


「白雪、近い。ちょっと離れろ」

「? 変なタケオミですね」


 いや、変なのは白雪の方だ。無自覚にもほどがある。自分が美人であることを少しは自覚した方がいい。ほんと、そう思う。


「……」


 幸いにも白雪は言うことを聞いて身を引いてくれた。そしてその気恥ずかしさはすぐに吹き飛んだ。視線の下には美しい街並みがあった。中央には丘の上に聳え立つ巨大な城塞。その周りを取り囲むのは人の生活圏に建ち並ぶ家屋や商店。それらは円を描いて立ち並んでいる。そして区画ごとに黄色く実った稲が地の大半を埋め尽くしていた。


「綺麗な町だな」

「タケオミ、降りましょう」

「ああ。もちろん。でも降りるのも一苦労だな」

「私が抱きかかえましょうか?」

「馬鹿言え、あの時とは違うんだ」


 雄臣は自身の手をぐっと握りしめ、天恵魔法による衝撃耐性を付着させた。


「ほら行くぞ。白雪」


 白雪の手を取り、抱き上げる。


「ぴゃっ」


 何だ今の声。

 想定外の行動だったのか、白雪は聞いたこともない小動物のような声を出して驚いた。


「な、何をするのですか?」


 驚いているというより怒っているみたいだ。


「さっきは余裕なかったけど、君を置いて飛び降りるほど、今の僕は手一杯じゃない」

「平気です。何度もしていることなので、下ろしてください」


 白雪は居心地の悪い猫のように身を反らしたり、雄臣の腕を振り解こうとして暴れ出す。


「ちょっ、暴れるなっ。このまま落ちたらどうすんだ」

「なら離してください。私に気を使わなくて結構ですから」


 分からない。なんでこいつはこんなに気を遣われることがいやなのか。


「ごめん、それは無理だ。確かに白雪は頑丈だし、僕がいないところで何しようが白雪の勝手だけど、こんな華奢で可憐な子がこんな高さから飛び降りるのは見ているこっちが怖いんだ。だから言うこと聞いてくれ。お願いだ」


 真剣に言うと、白雪から力が抜けていくのが分かった。理解不能に陥った時に見せる白雪のきょとん顔。呆然とじっと見つめてくる。


「嫌かもしれないけど少しの辛抱だ」

「……タケオミはおかしな人間です」


 何とか納得してくれた白雪は、雄臣の首に手を回してしがみついた。

 美楚乃よりも軽くて冷たくて小さな身体。自分から離れないよう少し強く抱きかかえながら、ビル十階分の高さから飛び降りた。

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