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天命の巫女姫  作者: たけのこ
7章 邪知暴虐Ⅰ<ゴーストタウン血戦>
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インタールード②(二重人格者)

 内臓を抉るような強烈な一撃。

 鉄は瞬時に黒針の根本を伸ばす。直進する針は光の速さで地面に突き刺さると、屈折した。光の反射のようにⅤの字に折れ曲がった二メートルの頑丈な長針。


「っ――」


 死を伴う凶悪な一撃を前に立ち向かった針が衝撃で軋みを上げる。だが粉砕することはなく、魔力で強化された針は強固な棒状の盾となり、肉体を穿つ横殴りの一撃をかろうじて喰い止めた。

 マキエは頸から流れる自身の血を指で拭い舐めた後、同じく頬についた返り血を舐め比べた。身体の至るところに傷を負った鉄を眺めながら爪の隙間に入り込んだ血も綺麗に舐め取っていく。


「あぁ、オマエの血、美味いな。ビターなチョコレートみたいだ」


 唇に付着した血を舌で綺麗に舐め回して、感想を述べた。


「自分の血をそんな言葉で形容されたのは初めてです」

「嬉しいだろ?」

「いえ、不快です」

「なら、不快そうな顔しろよ。マキエに凌辱されてた時はもっといい面してたぜ」


 荒々しく語気を強める。その様子はさっき話していた友好的な彼女とは別人格である。

 絵巻物に伏在していた三日月型の大鎌を手に持ってから、マキエは様変わりしたように、男性的な口調と声色で話すようになった。


「貴方は……どなたですか?」

「オレはマヤ。マキエの中に存在するもう一人のオレ――」


 名乗ると、マヤは血の付いた鎌を上空へ蹴り上げた。扇風機のように回転する鎌は空中で血ぶりされ、その合間に彼は絵巻を留めていた紐で後ろ髪を束ねた。


「――俗に言う二重人格者ってことだ」


 そう言って落下してきた鎌を首元で受け止め、腕に流れた鎌を器用に手先で回す。


「神器が、人格の切り替えを、為しているということですか」

「んだぜ。マキエは近距離の戦いに不向きだからな、攻撃的な人格であるオレに替わったってわけだ」


 鉄は彼女が手にしている大鎌を見た後、辺りに散らばっている絵巻の残骸を眺めた。


「……略奪した神器を、無理やり自分のモノにしたということですか?」

「略奪? 違うぜ違う。オレは二つの家系の間に生まれた唯一特別な魔術師ってことだ。スゲーだろ?」

「左様でしたか……」


 解離性同一性障害はその呪い。魔術師同士の間に生まれてくる子どもは、高い確率で二重人格者になることを鉄は思い出した。


「来いよ、鉄」


 腕から流れる血が長針を伝って、地面に小さな赤い水溜まりを作る。自分の血で赤くコーティングされた針を握ったまま、鉄は微動だにしない。


「……ふ、そんなに傷が痛むか。そんなに怖いか、この武器が?」

「生きとし生けるもの、死ぬのは誰でも怖いものです」

「んなら、潔く首を差し出せよ。斬首刑みてえに一瞬で殺してやるからよ」

「痛みの有無ではありません。私が言う恐怖は消えることへの恐怖です」

「じゃあ、せいぜい消えねえよう尽力することだなァ!」


 マヤは巨大鎌を振り上げ、疾走した。獣じみた走りで命を奪いに来る姿は、荒ぶる死神を彷彿させる。その死神と渡り合った戦場には無数の針が散らばり、鉄が今投げつけた計十二本の針も悉く薙ぎ払われた。

 間合いに入ったマヤは、釣りのルアーを遠投するかのように勢いよく鎌を振りかざす。殺傷能力の高い形状をした刃が、鉄の白い首を刎ねにかかる。その凶暴な袈裟斬りを紙一重で何とか回避した鉄は、急接近し反撃に出る。

 長い柄、刃から手元にかけては最大の死角である。この神器の弱点である近距離に活路を見出す彼女だったが、この鎌はそこらの草刈り鎌とは違った。

 頸部を狙った鋭端が、環状鎖にせき止められる。突き刺した針は、奇しくも鎖のリングに埋没する。


「擬装形態……」


 柄尻から伸びてきたのは鎖分銅。大鎌は鎖鎌へとその形態を変形させていて――。

 巨大な鎌がブーメランのように飛来する。咄嗟に振り上げた針に岩石のような鉄鎌がぶち当たる。鈍い衝撃音と圧迫感が彼女の腕力を壊しにかかる。


「っ――」


 交差させた二本の針がかろうじて湾曲した刃先を受け止めている。だが尋常ではない大きさの鎌を針二本で拮抗させるのも時間の問題。彼女が持ちうる針の中で最も硬度な針が、火花を散らしながらしなり始める。


「潰れ死ね、鉄!」


 鎌に加わる力はなお弛まず、彼女の腕が潰れる前に、衝撃に耐えきれなかった針が壊れた。

 鉄は静かに内心で喝を入れる。

 死んだと思ったのなら、その前に身体を動かせと。

 この命は自分一人のものではない故に死ぬことはできないと。


 鉄は柔軟な足腰と体幹でしなやかに背中を仰け反り、断罪刃の一線を躱す。掠めた腹部から滲む血が戦闘服を赤く濡らす。


「虫みてえに潰れたと思ったら虫みてえにしぶとい女だな。だがそれも――」


 鎖分銅を手に巻きつけ、マヤは大鎌をズルズル引きずり疾駆した。


「はぁ……」


 後退した鉄は息を漏らした。

 大鎌と鎖鎌を併用した凶器は細くしなやかな針ではどうも分が悪い。攻撃に転じようが、変幻自在に動く鎖が盾となる。鎌を投石みたく投げつければ、大鎌が不規則な動きをして飛んでくる。彼にとって、鎖分銅は、プラス材料でしかない。


「ですが、それも時間の問題でしょう」

「あ?」


 放たれた針を人間離れした身体能力でマヤが躱しきる。だがそれは次に来る攻撃を躱しきるための動作。躱す思考が頭によぎれば、動きは僅かに出遅れる。現に鉄の動きは僅かに一歩速く、振りかざされた死の鎌を回避した。


「ちっ、いい加減死ねよ、ボケが」


 地を裂く轍となった鎌が鉄の皮膚を掠めとる。荒々しい手の動きは鎌の軌道を複雑化させる。予測不能に回転する刃が、円を描いて飛んでくる。


「くっ――」


 思わず漏れ出た鉄の苦悶。鋭利な刃が彼女の腹部を切り付けた。鉄は吐息を漏らしながら裂かれた右の脇腹を押さえる。


「はぁ……」


 苦悶の混じった溜息をつく。

 せっかく補修したというのに戦闘服はまたズタズタに裂かれてしまった。とは言え、ただの武器では破ることもできない特別製の繊維でなければとうに致命傷を負っていたことだろう。



「鎌の弱点を、完全に克服しつつある神器は、厄介ですね」


 躱したと思った瞬間、内側についている鎌の刃が外側になったことを、彼女は冷静に分析する。


「余裕こきあがって。だがその傷、次で終いだ」

「ええ、ですが――先に終わるのは貴方の方かと」

「なに――」


 窮地に立たされてもなお、彼女の立ち姿には恭しさが残っていた。本来、この黒針は戦いには不向きである。針の投擲は威力も低く、殺傷能力も決め手にかける。故に針使いの魔術師は、水面下で策を弄する。


「っ⁉ てめぇ、なにを、した――っ」


 マヤの表情が一変した。途端、彼は態勢を大きく崩し、地面に膝をつく。


「頸です」


 鉄の指摘にマヤは頸に手を当てる。

 頸からだらりと流れている血を触り、指で傷口を確かめた後、察した。


「……マキエのヤツ、油断しあがって。針に毒でも仕込んだか」

「鎮静剤みたいなものです。貴方が血を舐めた時は内心焦りましたが、私の血の味に心魅かれてくれたようで助かりました」


 トドメとばかりに鉄の手元が鍵盤を弾くように動いた。四方八方、マヤを囲むように地面に点在した無数の針を一斉掃射する。

 魔力という見えない糸を施した数多の針が、指の合図で一斉に飛び交う。


「やりあがったな、てめぇっ!」


 荒々しい呼吸で、マヤは俊敏な手つきで鎌を走らせ、針の攻撃を防いでいく。だが、そこかしこから飛んでくる圧倒的手数の多さを伴った集中攻撃を、完璧に防ぎきることはできなかった。


「っぐ――」

「終わりです、マヤ。墓標のように静かに眠り、死の宣告を待ちなさい」


 マヤの体内に過剰なほどの鎮静剤が流れ込んでいく。天地が狂うほどの酩酊状態。正気を失った彼は大きく身体をふらつかせた後、ばたんとその場に倒れ伏した。


「……はぁ」


 ため息を漏らす。

 懐から取り出した長い針は髪飾り。簪にも見える針は、姉の形見であり、かつて姉が自決する際に用いた、神器ではないただの針だった。

 倒れたかつての同志に針を向ける。


「……どうか、安らかに、死んでください」


 殺して初めて勝利は決する。

 マヤでありマキエでもあるその心臓に死の針が振り落とされ――。


「――っ⁉」


 予期しない出来事が鉄に衝撃を与えた。紙垂が揺れてかさかさと音を立てていた。

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