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天命の巫女姫  作者: たけのこ
7章 邪知暴虐Ⅰ<ゴーストタウン血戦>
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7―11 錫色の魔術師⑦

 豪奢な絨毯が敷かれた廊下を進む。

 鉄に貸していた衣服を自分の部屋に戻すついでに、彼女がいる部屋に立ち寄ることにした。

 琥珀曰く、この幽霊屋敷は雪姫が廃墟となった洋館を利用して再築したものらしい。今までこの館内の奥には用がなかったので立ち入ることはなかったが、それにしても部屋の数が多い。剣崎の屋敷もそうだったが、広さを持て余したこの家は部屋数と住人の数が全く持って釣り合わない。

 ……にしても琥珀はどうして自分たちの部屋と鉄の部屋を遠ざけたのだろう。よく分からない。灯りが届かない廊下の隅は薄暗く肌寒い。同居を認めたのに、何だってこんな隅に追いやるのか。

 一番隅の部屋のドアをノックする。


「鉄、僕だけど入ってもいい?」

「はい」


 てつのように無機質な声。

 くろがねの了承を得た陽玄はドアノブに手を回し、部屋へと踏み入れた。室内は洋風の造りをしていて、寝台と簡易的な机があるだけだが、革の椅子に座っていた女性の存在によって質素な印象はなくなっていた。

 流石にベッドに腰を下ろすわけにも、馴れ馴れしく床に座るほどの間柄でもないので、とりあえず壁際に立つことにした。

 黒のズボンと白いパーカー、琥珀の私服を着ている鉄は何を考えているのか不明な眼差しを陽玄に向ける。


「剣崎さま、私に何か御用ですか?」

「その、剣崎『さま』はやめてほしい。使用人でも何でもないんだから」

「ですが、私はこの館に居座らせてもらう身。私にはあなた方を敬う義務があります」

「それだったら居座らせてもらっているのは僕もだし、正確に言えばここの主は雪姫だから巫さんに対してもさま呼びなんかしなくてもいいと思うけど。……まあ、巫さんは琥珀さまって呼ばれた方が喜びそうな気もするけど。とにかく僕にさまは似合わないからよしてほしい」


 清信の陽玄お坊ちゃま呼びと同じ感じがしてそう呼ばれる度、何とも居心地が悪いのだ。


「……左様ですか。では、些か恐れ多いですが、陽玄さんと呼ばせていただきましょう」

「うん、そっちの方がいい。……それで鉄に訊きたいことがあるんだけど」

「はい。何なりとご質問ください」

「その、不躾な質問かもしれないけど、槍碼はあの後……」

「……はい。ご想像している通り、槍碼さまは嬉嬉さまの手によって処刑されました」

「……。槍碼はあの時どうして僕らを助けてくれたんだ? あんな手負いの状態で自分が殺されるって分かっていたはずなのに」

「槍碼さまが守ったのはあなた方ではなくご自身の信念です。彼は信念に義理堅いお方であり、彼の信念は強者生存です。強者の自覚がある者は強者としての振る舞いをする。貴方には強者としての自覚はなかったと思いますが、弱者でありながらも決闘を申し込んだ貴方の覚悟を見て、槍碼さまはあなたを同等の立場として扱い、正々堂々と戦った。万全の状態で戦えるようにと猶予を与え、それでも貴方が万全の状態でないのであれば自身の腕を切断し、公平性を担保した。……戦いの結末は槍碼さまの敗北で終わりましたが、勝ったはずの貴方が死に瀕している事実がどうしても赦せなかったのでしょう。……同様、自身を打ち破った強者が目の前で容易く打ち負かされる事実に腑に落ちない……いいえ、もしかしたら自分の方が強いとその姿を見せたかったのかもしれません。それが仮に自身の首を絞めることになろうとも彼の表情に後悔の念はなかったように思います」

「……そうか。鉄と槍碼はペアになってどのぐらい経つんだ」

「私が二十一の頃になってからですから四年の付き合いになります」

「二十一……その、聖典教会には何歳になったら入れるんだ?」

「基本的に年齢は問いませんが、平均して十五、六でしょうか。戦の当主に魔術師としての素質を認められ、その当主を殺すことで組織の魔術師になれる資格を得ます。私は十歳の頃にお母さまを殺害し、紆余曲折を経て、十五の時に組織の魔術師として生きることになりました。……それから二年ほど単独行動の期間を経た後、聖典教会に入ったばかりの魔術師と手を組み、その四年後、槍碼さまとパートナーになりました」

「へえ、槍碼とチームになる前の魔術師はどんな奴だったんだ?」


 純粋な疑問に対して、鉄の視線が微かに下を向いた。


「……私のような分際に拒否権などないことは十分承知しておりますが、可能であるならばこの手の質問は差し控えていただけるとありがたいです」

「ああ、ごめん。こっちこそ深追いして、答えたくないこともあるよね」

「申し訳ございません」


 魔術師との戦闘中に殉死でもしたのだろうか。ともかく思い出したくないのだからこれ以上邪推するのはやめておこう。

 と、話が途切れて何とも言えない空気になってしまった。


「……く、鉄の服、浴室内で干してるんだけど、一時間ぐらいじゃまだ乾いていなくてもう少しかかりそうだ。夜中散策する時には乾くと思うけど、あ、でも補修しないといけないよね」

「問題ございません。十分ほどお時間をくだされば補修できると思いますので、陽玄さんがご心配する必要はありません」

「そっか……」


 会話はまた途切れ、立ち尽くしたまま体感として一分が経過した。

 どうしたものか、今更になって緊張してきた。琥珀にこの館に招かれた時もかなり緊張したが、今はその比ではない。多分、鉄が十歳以上歳の離れた女性だからだと思う。

 まじまじ見るのは無遠慮だと思いつつ、彼女の姿を眺める。

 人形のような端整な顔立ち、凛然とした青白色の髪。鉄は膝に手を置いたまま上品に座っている。本当、一体何を食べたらこんな綺麗になれるのだろう、とどうでもいい疑問が浮かび上がる始末だ。


「鉄は好きな食べ物とかある?」

「好きな食べ物……好物とは違うと思うのですが、もう一度口にしてみたいものならあります。食べ物ではありませんが……」

「食べ物じゃなくても何かあるなら知りたい」


 興味のある話になれば自然と楽しくなるだろうし、鉄の表情も柔らかなものになるかもしれない。何よりこの八面玲瓏な生き物にも関心のある何かがあるんだ、と親近感を持つことができて嬉しい自分がいる。


「ワインです。槍碼さまが飲んでいたものを一度頂戴したことがあって気に入りました」

「へえ、僕は未成年だから口にしたことはないけど、そんなに美味しいの?」

「芳醇な葡萄の香りとコク深い甘みと旨味。ほのかな酸味があって奥深い味わいがしました。ですが、それ以降、槍碼さまにはもう飲むなと忠告されたので口にはしておりません」

「そうなのか」


 せっかく気に入ったものができたのに、槍碼の奴、なんだってそんなこと言ったんだろう。鉄も槍碼の言葉なんか守らず好きなように飲めばいいのに。


「私も一つ質問を投げかけてもよろしいでしょうか」

「うん」

「陽玄さんは随分、琥珀さまに気に入られているようですが、あなた方は付き合っているのですか?」

「え、え? あ、いや、まあ、え……」


 予想外の質問に頭が回らないどころか、口が回らない。とりあえずこめかみに手を当て、深呼吸をした。そうして困惑した頭を落ち着かせた後、口を開く。


「つ、付き合ってはいない。けど、そうなればいいなって思ってる」


 置き物のように微動だにしなかった鉄の目蓋が二度大きく瞬きをした。


「ということは陽玄さんは琥珀さまのことを好いているのですか?」

「……う、うん、まあ。こ、告白もしたんだけど、彼女には代行者としての立場があるから、なんていうか告白の返事は聞けていなくて……」

「……彼女も苦しい立場にいられますね」

「苦しい立場?」

「戦乙女は他の幸せのために命を費やす使命を持って神から創り出された愛他の化身と聞きます。生まれた時点で役割は決まっており、例外の個体はおりません。他人が傷つくのであれば身を挺して守り、自身の幸せを望むことはありません。ここからは個人的見解になりますが、そんな戦乙女と契りを交わした琥珀さまも少なからず彼女の影響を受けているのではないかと。人間としての彼女と代行者としての彼女。相反する二つの立場に置かれた彼女は貴方の想いをどう受け止めてよいものか、戸惑っているのではないですか」

「……うん、それはわかっているつもり。だから僕は琥珀を普通の女の子に戻して、そうなった時、もう一度告白するんだ」

「左様でしたか。きっと良い答えが待っていますよ」

「そ、そうかな」

「貴方を恋愛対象として見ていないのであれば、あなたの幸せを優先して承諾してくれたと思います。ですが、快諾できないということは自分も幸せになってしまうからじゃないですか?」

「……うーん、それはどうなんだろう。でもそうだったら嬉しいけ――」

「二人で何話してんの?」

「うわぁぁあああっ!」


 いつの間にか、陽玄の背後には琥珀が立っていた。今まさに手に何個ものビニール袋を引っ下げて帰ってきたのだ。


「ふーん、あたしの存在に気付かないなんてよっぽど楽しくお喋りしてたみたいだね」


 じーっと琥珀の視線が怖い。


「何話してたの」

「いや、あれだよ、あれ、鉄の好きな食べ物を聞いてただけだよ」

「ふーん」

「で、何が好きなの」

「ワインだって」

「食べ物じゃないじゃない――っ」


 もう、すぐ怒るんだけど、この子。


「琥珀さま、ワインが好きなのは本当ですから陽玄さんを問い詰めるのはおやめください」

「別に問い詰めてなんか」

「それと嫉妬深い女性は嫌われますよ」

「っ――」


 一言多い気がする。鉄は鉄で何だか琥珀に対して当たりが強い気がする。


「嫉妬なんかしてないっ。あたしはただ彼があんたに変なことを吹き込まれていないか心配しただけで」

「であれば疑念を抱く対象を間違えています」

「あーもうっ、うっさい!」


 琥珀は片手に持っていた複数のビニール袋を床に置いて部屋を出て行った。袋の中には鉄のために買った服やら日用品が入っている。


「行っちゃった……」

「部外者が口を挟んでしまい申し訳ございません。私なりの助言でしたが、逆効果だったようです」

「いや、でもああいうところも僕は好きだから彼女はあのままでいいんだ」

「……。左様でしたか。出過ぎた真似をしてしまい、重ねて申し訳ございませんでした」

「ぜんぜん大丈夫だからそんな謝らないで。じゃあ僕は巫さんのところに行くから。鉄も気が向いたらリビングに来てね」

「畏まりました」


 陽玄は部屋を出て琥珀の後を追った。あれを嫉妬深いと言うのか分からないが、告白する前とした後で彼女の言動がなんだか幼くなった気もする。


「琥珀、そんなに怒らなくても」


 ぶんすか怒りながら廊下を歩いている琥珀の後ろ姿を追う。


「なんなのあいつ。自分の立場がまるで分かってない。その気になればいつだって殺せるんだから」

 冗談なのか本気なのか分からなくて怖い。

「ヨーゲン君、何か変なこと唆されてない?」

「大丈夫だよ。何なら相談事に乗ってもらっ――」


 しまった。これは火に油を注いで――。案の定、琥珀の視線がまっすぐ横に向いた。不満顔だけどとても悲しそうにしている。


「ねえ、なんで、なんであたしがいるのに、まだここに来て半日も経ってないあいつに頼るの? 相談事があるならあたしに言えばいいじゃんか。ねえやだ、やなんだけど」


 駄々をこねるように、物凄い気迫で詰め寄ってきた彼女に気圧され、そのまま陽玄は廊下の壁に追いやられる。壁に両手を突いた彼女によって逃げ場は完全に包囲されている。

 潤んだ金の瞳が陽玄の返答を待つように逸らすことなくまっすぐ見つめている。


「た、偶々そうなっただけで。相談事も大したことじゃないし……」

「……ほんと?」

「ほんと、何もないって。ただ君が帰って来るまでの時間潰しに話していただけで」


 やがて壁に突いた手は離れ、彼女の視線は俯き出す。


「…………ごめん。なんか、あたし、おかしい。……こんなんじゃないはず」

「別に僕は気にしてないよ。どんな琥珀も好きだから。今は、こうして傍にいてくれればそれだけで嬉しいから」


 頬を赤らめながら顔を上げた彼女は何かを言おうとして……だが、その口は結われる。本心は彼女にしか分からず、言葉は口の中で押し留まる。


「……琥珀、お腹空いたからご飯にしない?」

「そ、そうだね。あたしもお腹空いた」


 窓を見れば外はすっかり闇に沈んでいた。夜の探索をする前の腹ごしらえをするには丁度いい時間帯だろう。


「ところで、その袋には何が入ってるんだ?」


 彼女の右手には一つの袋を下げている。


「お酒だよ。たくさん買ってきた」

「え、なんで、誰がそんなの飲むんだ?」

「あの女に決まってるでしょ」


 なんだ、琥珀も琥珀なりにおもてなしをしようと考えていたのか。


「フフ、ワイン好きだったことは知らなかったけど、たくさん飲ませてあの女の化けの皮を剥いでやるの。何考えているか、表情に出ない奴は信用できない。どうせ善からぬことを考えてるに決まってる」


 訂正。おもてなしではなく、そういう魂胆があって買い漁ったようだ。彼女はまだ鉄のことを信用していないようで、酒の力を使って彼女の本性を炙り出す作戦のようだ。


「そんなことしても意味ないと思うけどな」


 まあ、でもワインが好きなら缶ビールも好きだと思うし、これはこれでいいのかもしれない。

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