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天命の巫女姫  作者: たけのこ
7章 邪知暴虐Ⅰ<ゴーストタウン血戦>
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7―2 緊張と緩和①

 コツコツとアスファルトの地面にブーツの足音が響く。

 隣を歩く琥珀の表情は依然何も変わらない。

 時刻は丑一つ時。

 夜の街を歩き回って六時間弱が経過しているが、街に異変はなく、魔力の気配も琥珀が感じられる範囲内には感じ取れないようだ。

 夜の時間帯を選んだのは非魔術師と魔術師の区別がしやすいからであり、昼間は人が活発に活動する時間帯であるため、魔力の気配が街に混流して判断しにくいようだ。


「何か、異変はある?」

「……ないね」


 索敵手法は美咲黒羽を探し出した時と同じ手法になるが、彼女がいた場所を突き止めることができたのは彼女の匂いを琥珀が覚えていたからだ。やはり第六感的な気配の感じ取り方よりは五感的である匂いを感知する方が得意のようだ。


「琥珀」


 睨んできた。また用もないのに名前を口にしたいだけでしょ、と言っているかのように。


「なに。なんの用もなかったら怒るからね」

「ちゃんとあるよ」

「ん……なに?」

「魔力の気配を感じ取れるって言っていたけど、連続通り魔事件の時や人体発火事件の時、どうして魔力を感知できなかったんだ? できてればもっとスムーズに事が進んでいたように思うんだが」

「魔力量が多ければ断定できるけど、少ないと特定までにはいかない、疑惑程度。そもそも千幸ちゃんの父親は例外中の例外。彼の肉体には魔力は流れていなくて、魔力が内包しているのは武具であるアイスピックの方だったから。今更だけど、たぶん鞘には魔力を遮断させるような働きがあったのかなと思う」

「あぁ、そっか。そう言えばそうだった。魔力が流れていなくても扱えるのは、黒服の魔法使いがそう機構させてたんだっけ」

「うん、そう。重複術式。三重複だったね」

「じゃあ、人体発火の件はどうして?」

「……それは全部、あたしの失態。信じたくなかったから。疑惑をしないんだから分からないでしょ?」

「そうか。……魔力感知ってのは反射的に身体なり脳が知らせてくれるものだと思っていたけど、そういうわけでもないんだな」

「……うん。あたしの感情だったり、気分だったり、心の状態が大きく作用している。まあ、それを知ったのは岡内幹彦の件がきっかけなんだけど」

「……君でも分からないことあるんだな」

「当たり前でしょ。自分のことって自分が一番分かっているようで客観的に見てもらわないと分からないことってあるでしょ?」


 確かにそうだ。彼女に言われなければ自分の良さなんて分からなかったし、剣術のことだって何も分からなかった。


「? なにかおかしなこと言った?」

「いや、君は思ったよりも人間なんだなって」


 陽玄は少しほっとしていた。代行者という立場上、雪姫の魔力が流れている彼女は少なからず彼女の記憶や素質をその身に宿しているため、人間らしさだったり、彼女らしさというものがなくなってしまうのではないかと心なしだが心配していた。


「何言ってんの? 当たり前でしょ……。人間としての生き方はできないけど、あたしは人間の親から生まれてきたんだから」

「うん、そうだよね――」


 納得して頷きかけた途端、急に彼女が前を向いた。背中越しからでも分かる気の流れ。殺意にも取れる緊迫感が押し寄せてくる。


「どうしたんだ?」

「臭いがする」


 彼女が歩を進める。

 繫華街から遠く離れた、何処の場所かも分からない高架線の下にさしかかった時、彼女が足を止めた。


「――――」


 夜の深い時間。人の気配は愚か、終電の時刻はとうに過ぎて高架線を通過する電車の音もなければ、ヘッドライトが走る車の音もない。

 あるのは死の気配。

 静まり返った高架線の入り口横。

 錆びた電灯が照らす中、人目が届かない暗がりに、■■らしきものがある。

 あまりにも原形を留めていないから、それが人の死体なのか視覚だけでは識別できなかった。

 だが嗅覚はどんな死の形になろうが関係ない。

 決して野生動物が死んだ臭いではない。人が死んだ異臭だと、何度も死を目の当たりにしてきた嗅覚がそう告げる。


「――っ、ぅ」


 アスファルトに飛び散った血肉の吐瀉物を見て、陽玄は喉元にせりあがってくる嘔吐物をこらえる。人間が家畜みたいに屠殺されたかのような死の痕跡だった。肉塊とも呼べない肉の砂粒。血の残滓。カタチは残っていないが、どんな殺され方をしたのか、考えなくても容易に想像できた。


「ひどい血ね。遺体がないということは運びやすいようにこの場で解体したってところか」

「違う」

「え」

「めんどくさいから細かく切断した後、ここで肉片をすり潰したんだ」


 冷静に分析していたが流石に気分が悪くなってきた。

 吐き気を必死に押し留めるために、陽玄は上を向いて気分を落ち着かせる。

 自分だって同じように獣の少年を斬り伏してやったはずなのに、今更人間ぶった理性がひどく動揺している。吐き気が止まらない。うまく空気が吸えない。汗が止めどなく流れ出る。


「……行こう」


 振り返った琥珀が陽玄の腕を掴んだ。


「……いいのか、このまま立ち去って……」


 ハア、とうまくできない呼吸を抑えながら答える。


「一旦休もう。君、へんに汗かいてるし、顔色も真っ青で、今にも倒れそうな顔してる」

「僕は大丈夫だっ。こんな風に僕も、やったんだから――」

「いいから、とりあえず場所を変えよう」


 琥珀は陽玄の腕を掴んだまま踵を返す。行き先は繁華街や駅ではなく、人気のない公園のようだ。

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