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天命の巫女姫  作者: たけのこ
序章 昔日
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0―15 要望②

 森を颯爽と駆け抜ける。

 森の中の林道――自分が何度も通ってできた道を渡る。

 四年間近く村を巡回して、あらゆる魔法使いと対峙して、その数は昨日の咎人を含めて三十二名に及ぶ。

 それに比べて犠牲になった人たちは数え切れない。

 更地になった町もあれば、昨日のように無人になった町も数知れずあっただろう。

 けれど魔法使いの襲撃も過去に比べればあまり見かけなくなってきているのも確かだ。

 白雪単体でどれほどの悪を成敗してきたかは分からないが、どれもこれも白雪のおかげだ。たった一人で多くの命を守って危険から街を遠ざけてきた。魔法使いという化け物を止められるのは化け物だけ。抑止力となるものは脅威となるものだけだ。かくいう自分もその中の仲間入りになったわけだが、とは言え皆もともとは人間で、それがどうしてあんな理由もなく殺せるのか、これじゃ殺しをしていないと生きていけない、生きるために殺しているのと変わらないじゃないかと殺す必要もないのに殺す心境が雄臣には理解できなかった。それが人間として普通の感覚なのに、やっぱり魔法使い、俗に言う隠修士は、人間の善となる枠組みから外れてしまった存在なのだろう。


(じゃあ、いずれは僕も奴らのように殺しに飢えた獣にでも成り下がるのか。いや、そんなはずは有り得ない。特別は特例は自分だけじゃないはずだ。表に出てこないだけで善良な魔法使いだっているはずだ。善良な魔法使いは戦いたくないだけなんだ。自分たちの身を危険に晒したくなくて身を隠しているだけなんだ)


 だからと言って昨日のようにいつどこで襲撃が起こるか分からない不安感はずっと心の底にへばり付いて離れない。

 きっと敵が下手に魔力を行使しなくなったから気配が感じ取りづらくなっているのだろう。将又、この果てしなく続く未開の森の何処かに魔法使いの拠点があっても不思議ではないだろう。

 魔法使いの残党がどれ程いるのか未知数ではあるが、それは住民たちが教えてくれる。

 人間の潜在意識に植え付けられた恐怖が薄まり、不安がなくなり、争いがなくなれば、一つの町に留まる必要もなくなり森が開拓され、町と町に繋がりが生まれ始め、いずれ一つの社会として発展するだろう。

 それがこの眼で確認できた時、ようやく自分は白雪との契約を終えることができるのだ。


「相変わらず緑ばっかだな」


 分かっていることだが、この緑のアーチはいくらなんでも見飽きた。

 雄臣が任された担当区域はかつて七大都市の一角であった水雲町と呼ばれる雨ばかり降る森林地帯だ。だから他の区域が昔と今でどうなっているのか分からないが、この区域の街たちはまるで緑の海に浮かぶ小島のようである。

 山林に取り囲まれた名無し村を次々と訪れる。

 異常は見られない。

 魔力的な気配もない。

 魔法を使った残り香もない。

 当然敵は見当たらない。

 どの町もあの町もこの町もその町も。

 計三十六箇所の街を常人なら二日、三日かかる走行距離をいつもよりも早くたった五時間で駆け巡った雄臣は、休む間もなく白雪が住む湖水地方へ向かうことにした。


 前を先行する脚は止まることを知らない。身体を動かす体内のエンジンはフル稼働。エンジンを動かすガソリンも尽きることを知らない。

 この身体はいつになったら疲れるのだろうか、そう思った時だった。

 ビキっと膝下に刺すような痛みが走った。

 雄臣にとってそれは石に躓いたかのような感覚。


「え――」


 道中、右膝の関節がぽきんと折れ、雄臣は前のめりに倒れ込んでいた。

 けれどそんな骨折も、接着剤のようにくっつき出す。

 痛みはあるが一瞬で癒えるこの身体。

 既に骨折は修復されていた。


「……無茶をしたつもりはないんだけどな」


 膨大な魔力量は疲労を感じさせない。走れば走るほどもっと早く走れるのではないかと限界が見えないため、自分の想像以上に身体に大きな負荷がかかっていることにも気が付かない。


「所詮は人の身体ということか」


 特に気にすることなく立ち上がった。

 見上げると自分の骨みたく先端が折れた白き巨塔が木々の隙間から目に入った。

 距離にして数百メートル先にあるその巨塔を目指して歩を進める。

 天まで届くと言われていた天界殿は、白雪曰く数千年から数万年規模昔に一柱の神によって作られたものであり、その最上階で彼女は守護戦乙女テンシとして作られたと言う。生まれたではなく作られたと表現するのは、人間のように生殖機能が存在せず、寿命も存在しないから。戦乙女は人を守るためだけに作られた自動人形であり、心臓内部に埋め込まれた、宝珠、と呼ばれる核が破壊されない限り生き続ける存在だと後に彼女は教えてくれた。そして彼女はその戦乙女の末裔であることも。


……

………


『神ってのはもういないのか?』

『居るも何も私が殺しましたから』

『それはどういう?』

『全ての元凶だったということです。善神だと思っていた絶対的な存在である主天使様。しかしそれは善と悪を意図的に産み出すことで平和の均衡を保とうとしていた善悪の女神アスタリアだったというわけです』

『アスタリア……平和の均衡を保つ?』

『ヒトの本質。アスタリア曰くヒトの生命には、自己の保存・成長を目指す【力への意志】が備わっていると言います。ヒトは、生まれた時から欲に満ちた貪欲な生き物なので、上へ成り上がろうと、みなその意欲に駆りたてられていく。それ故、どんな性根の腐った外道でも対等の欲は備え付けられていますから、行き過ぎた生存競争……互いに殺し合い、差別し、いかなる時も快楽を優先し、誰よりも生きやすく、より効率的で便利な都合のいい世界を作り出すことに力を貢ぐ。その結果、地球は廃れ、殺戮は人の心を歪ませ、社会は混沌と化した。そんな遠い昔の世界では、弱者から死んでいき、強者だけが生き残る。これが弱者が神に祈りを乞うことになるきっかけです。秩序の通じない理不尽な世界で先人たちは正しい善悪の真理(秩序)を定めてくれと神に懇願しました。そしてアスタリアはその願いを成就し、世に絶対的な善と悪を生み出すことにしました』

『それが戦乙女と堕人アクマ

『はい。アスタリアの狙いは堕人及び成り果てという悪に対抗しようとする善の正当性を人間に教え込ませることだったのです。その結果、人間同士の争いはすっかり消えました。ですが、人が堕人に喰われる共喰い現象。これを惡の厄災と呼んでいるのですが、その厄災が世から消えない限り、人間は別の脅威に晒され続けることになるのです。そんな世界は真の平和とは呼べません。ですから私はアスタリアと決別し、激闘の末、神殺しを達成させました。しかし、その代償として左目に深い損傷を負いました』

『厄災……。眼帯はそういう理由だったのか』

『ただ失うだけなら良かったのですが、問題は極めて深刻でした。私の片眼は魔眼持ちなのですが、魔眼の中でも最高峰に位置する理作の魔眼なのです』

『りさくのまがん?』

『理を作り出すで理作です。つまり自由に自分の理想通りの空想世界を作り出すことができる強力な魔眼なのです。私はその魔眼の能力を利用してアスタリアとの戦いに挑みました。戦力差(魔力)は圧倒的に神であるアスタリアに分がありましたが、無限の魔力が内包した世界を魔眼の力で造り出すことで、辛うじて勝利を収めることができたのです。ですが最後の最後でその能力を逆手に取られ、左目を指先で突き刺された瞬間、私の瞳から大量の魔力が地上へ零れ落ちてしまったのです。無限に等しい魔力の粒子が』

『その魔力を授かったのが魔法使い』

『そうです。それから私は魔力回収に勤しみました。なぜなら私の失態がなければ今頃人間同士で争うこともなかったはずなのですから。……私は信じています。人間は同じ過ちをするほど愚かな生き物じゃないと、魔力がなくなればこの動乱の時代も終わって、きっと安寧な社会が待っていることを』


………

……


 それが白雪が教えてくれた魔法使いがこの世に存在する事の始まり。

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