インタールード⑥(嘲笑)
岡内幹彦が目を覚ますと、そこには赤い眼をした女がテーブルに脚を組みながら座っていて、その左肩には栗鼠が乗っかっていた。その背後には黒衣の男が壁に寄りかかっている。
「ようやく、目覚めたか」
女が口を開いた。
「ああ、あああ、あああああああ――っ!」
巫琥珀の嫌悪した目と声音。
完全に拒絶された記憶が脳内にリピートされて、幹彦は発狂した。
「男が失恋如きでピーピー喚くな。気持ち悪い」
気持ち悪いという言葉に過敏に反応して、幹彦はさらに悶える。
「全部……、全部、あの男のせいだ。あの男がいるから琥珀はおかしくなったんだ」
幹彦は犬のように這えずり、女の脚に縋るかのように懇願する。
「もう一度、チャンスをください。そしたら今度は必ず琥珀を僕のモノに……」
「残念だが、お前はもう用済みだ」
「どうして、まだ何も……」
「こちらの目的は達成しているんだ」
「は?」
「私が知りたかったのはあの小娘と少年の関係性で、この男はお前を使って最高級の餌を泳がせたかったに過ぎない。なんせ、お前みたいな小物の餌では、お目当ての魚は釣れないからな」
「何のことだ。言っていた話と違うじゃないか。協力してくれるはずじゃなかったのか」
「莫迦が。こちらにメリットが何もないのに、誰が他人の恋路を応援するとでも思っているんだ」
幹彦は歯ぎしりをし、見下ろす女を睨みつけた。
「お前はもう必要ない」
それに女は迷いなくヒールの先で幹彦の後頭部を踏みつけた。
「男という存在はなんて莫迦で扱いやすい生き物なんだろうな。顔が綺麗で可愛ければ、身体の肉付きが良くて魅力的であれば、ゴキブリのようにホイホイ引っ掛かる。女性の服装になんて無頓着さ、お前ら男にとって大事なのは、やらしい服かそうでないかなんだろう。すぐに惑わされ、身の程知らずに視姦する男共は本当に駒としては扱いやすい。お前もその一人だ」
「違うっ、僕は、琥珀一択だ……」
「ふっ、そうか。だが、これだけは変わらない。お前は傍から見ても気持ちの悪い人間だったよ。岡内幹彦」
あははははっ。
困ったように眉尻を下げ、唇を歪ませて嘲笑する。
蔑むように、からかうように、女が嗤う。その女の肩に座る栗鼠でさえも、真似るように歯を鳴らして笑った。
「笑う、なっ!」
幹彦は床に押し付けられた頭を引き抜き、関心のない様子で聞いていた黒衣の男に這いずりながら詰め寄った。
「お願いだ。何でもやるから、もう一度、チャンスをくれ」
言うと、割り込むように女が口を開いた。
「何でもやると言ったな」
「ああ、何でも、何でもやるさ。琥珀が手に入るのなら」
「なら私の眼を見てみろ」
幹彦は何の疑問も持たず、純粋に、素直に、その赫くなった瞳孔を覗き見た。
「へ」ぐらりと目頭が熱くなった瞬間――。
藻掻き苦しみながら仰け反らせた。
幹彦は首を掻き毟って、のたうち回る。
「な、にを、し、だ……」
「何でも言うこと聞くんだろう? じゃあ、死ねよ」
何かを言っているが既に聞き取れない。
脳味噌の中に蛆虫が湧いたかのように、脳の中で、何かが蠢いている感覚に襲われる。
「ぐっ、が、ぁ、ぎ、アハハ、ははははは、あはははははは、あは、あはは――」
おかしくなって口が勝手に嗤い出す。
そのまま泡を吹きながら、白目をむいて、そして眼球は飛び出して、顔は粘土のように変形して、それは見るも無残な死を遂げた。
「イイのか、ショリしなくテ」
栗鼠になっていたベスティーが小さな口を開いて片言に喋る。
「ああ、その方が、こいつが恋焦がれていた小娘の耳にも伝わるだろうしな……」
「シュミワリィ~」
「小娘に対するお前の執着心よりかはマシだろう。気色悪さで言ったらお前もこいつと同等だ」
「オレはこんなブザマなシニ方は、しねェ」
「路地裏で糞のように野垂れ死にそうにしていた奴がよく言うよ」
「このスルドイマエバで、肩、カムゾ」
「そのへんにしとけ」
陽毬とベスティーの言い争いを止めるように、黒衣の男が口を割った。
「手ごたえのある術者が動き出した」
「ほう」
「悪いが戦乙女を交渉材料にする話は保留だ」
「ふん、私は別に構わないがどう叩くんだ?」
男は死体となった幹彦に目もくれることなく、今後の方針について、粛々と語った。
「展開は代行者に委ねる。私の出番があるとしたら、それはその背後にいる者が現れた時だ。それまでは傍観者として待ち構えるとしよう」




