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天命の巫女姫  作者: たけのこ
4章 執心熱情
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4―6 嘘と罠

 白煙が立ち昇っている。

 陽玄が雛形家に辿り着いた時には既に、火災は鎮火されていた。だが庭は真っ黒に焼け焦げ、千幸が暮らしていた一軒家は焼損していた。

 現場では消防車や救急車、パトカーがまとめて十台、駆け付けていて、警察官は現場に近寄ることはなく、集まってきた野次馬の対応をしていた。

 付近の道は野次馬で塞がられているため、遠くからでしか確認できなかったが、運ばれていく担架にはブルーシートが被されていて、その隙間から黒焦げになった、腕、がだらんと垂れて覗けてしまった。

 陽玄は項垂れ、深い溜息をつく。

 雛形信之はこの火災で焼死したのだ。


「なんで……」


 失火による火災。

 自殺による火災。

 不審火による火災。


 この火災は何が原因なんだ。

 陽玄は深呼吸をして冷静に思考する。

 罪の重さと生きる意味の喪失感から、焼身自殺を図ったのか。

 仮にこれが自殺による火災でないとなると、犯人は彼と接点がある黒服の男と姉ということになるのか。それとも琥珀の推察通り、模倣犯による放火となるのか。


 陽玄は野次馬を誘導する警察官に話を聞いた。


「すみません、家の壁に赤いマークみたいなものはありませんでしたか?」


 駄目もとで訊いたが、警察官は深い溜息を吐いて、呆れたように口を開いた。聞いておいてあれだが、警察官たるもの、こんな口が軽くていいのかと思いつつ、話に耳を傾ける。


「そんなもんはない。発火原因は今のところ分かっていないし、どうせ焼身自殺だろう。まったく面倒な死に方しやがって」

「……」

「ほら。とっとと帰れ」


 羽虫を振り払うような素振りで、陽玄を追い払う。陽玄はそのまま火災現場を後にした。駅の改札を目指して、街灯が不規則に並ぶ道を歩く。

 肝心の赤いマークが記されていないとなると、やはり彼らの犯行なのか、それとも警察官が言っていたように自殺となるのか。


「いや……違う。根本的にいらなかったんだ」


 そもそも赤ければ記す必要はないのだ。雛形家の家屋は赤煉瓦。だから過去の二軒の火災事件のように、赤いマークを壁に記さなくても発火させることができたんだと説明できる。


 そして、陽玄はこれまでにあった放火事件の共通点を導き出した。二軒の火災被害に遭った家庭には、子どもに虐待をしていた親が焼死体となって見つかっている。今現在起きている事件の被害者である女子中学生――、佐伯紀香、鶴見冴香も美咲黒羽にいじめを行っていた加害者であった。加えて、雛形信之は連続通り魔事件の張本人だ。


 いくらなんでも偶発的な被害とは言えない。おそらくこれらの放火事件は、一方的な正義感による身勝手な犯行で間違いない。


 陽玄は立ち止まり、意識を脳に集中させる。

 となると、美咲黒羽がいじめられていることを知っているのは、必然的に彼女のクラスメイトの誰かとなる。

 だがそうなると矛盾する。岡内幹彦によると三日月理人が一連の事件の犯人だと言っていたが、三日月は入学してから数日で不登校になったと聞いた。いじめられていることを知っているのはおかしい。だとすると、彼が見間違えたのか、なら犯人は全く別の存在となるが……。というより三日月理人だと判断できるのか。五か月ほど、全く会っていない同級生の顔を見て、三日月理人だと断言できるものなのか。何だか心がざわつく。


 そもそもどうして未解決事件の犯人の身元が単なる中学生に見抜かれるのだろう?   

 三日月理人という少年は一体何者なんだ?

 胸騒ぎがする。

 とにかく三日月理人は犯人ではない。それを早く琥珀に伝えなくてはならない。



 堤駅を下車した陽玄は、急いで中学校へと向かった。時刻は十七時手前。正門前までやってきたが、琥珀の姿はなかった。既に岡内幹彦と共に三日月理人の家へ向かってしまったのだろう。

 すぐにでも後を追いたいところだが、家のルートが分からない陽玄は、歯痒い思いに駆られる。

 美咲黒羽に三日月家までの通学路を聞き出そうとも思ったが、部活に入っていない彼女はとうに帰路へと就いてしまっただろう。


「早くしないと……」


 迷っている暇はない。

 三日月家の通学路を知るには、在学生で同じクラスメイトで顔見知りである人間にしか頼めない。

 黒羽には申し訳ないが、彼女から先生に頼んでもらうしかない。

 陽玄が急いで彼女の家に向かおうとした時、正門から見覚えのある顔が視界に入った。栗色の髪の毛をポニーテールにした少女――、園口遥だ。彼女もまた佐伯紀香と一緒に美咲黒羽をいじめていた一人であり、屋上で泣いて謝っていたのを覚えている。

 ポニーテールの髪型は快活な印象を覚えるが、表情は暗く、怯えたような眼をしていた。それもそうか、同じクラスメイトが立て続けに亡くなっているのだ。気を病むのも無理はない。

 向こうが陽玄の顔を知っているかどうかは微妙だが、この好機を逃してはならないと思った。


「園口さん」


 声を掛けると、園口は俯いていた顔を上げて、自分の方へと視線を向けた。陽玄が小さく手を上げると、彼女は駆け足で詰め寄ってきた。


「た、助けてくださいっ!」


 自分の袖を掴んで、上目遣いで助けを求めてくる。涙声で懇願する姿は恐怖に陥っている。おそらく信じられない程の惨劇を――、友人が焼き殺された瞬間を直面したばかりに、錯乱状態になっているのだろう。陽玄はとりあえず会話を交わして落ち着かせることにした。


「もしかして、鶴見さんが焼死した瞬間を……見たのか?」


 園口は陽玄の袖から手を離すと頷いた。


「そうか……」

「わ、わたしも美咲さんに殺される……」

「え、どうして彼女に殺されると思うの?」

「だって、いじめてた紀香も冴香も死んだんだよっ⁉ 次はわたしなんだっ! わたしも火で殺されるんだ!」


 ぶるぶると身体を震わしながら、叫ぶ。家に引きこもる選択もあったと思うが、親を心配させたくなかったのか、いや、おそらく自分たちがしてきたことを暴かれることが怖くて、仕方なく学校に来ていたのだろう。


「落ち着いて。大丈夫だよ。美咲さんにはちゃんと謝ったんでしょ」

「だけど、だけど……」

「佐伯さんが亡くなった日も鶴見さんが亡くなった日も、美咲さんは僕と一緒にいたからアリバイがある」


 それを聞いて、園口の表情から少しずつ恐怖感のようなものが消えていく。


「じゃあ、誰が殺したんですか」


 その問いかけに陽玄はしばらく黙ってから、訊き返した。


「三日月理人っていうクラスメイトがいるはずなんだけど、知ってる?」

「三日月……、そんな人、うちのクラスにはいない」


 不登校で顔をあまり出さないからか、忘れ去られているのだろうか。


「じゃあ、教室に不登校の子はいる?」


 その問いに遥は首を横に振った。


「いません。死んだ二人以外は皆ちゃんと来てます」

「え……」


 それは有り得ない。だって岡内幹彦という少年の口から、ちゃんとこの耳でその名前を聞いたのだから。


「本当に? 嘘とか、忘れてるとかじゃなくて?」

「嘘なんかついてません。そんな珍しい苗字がいたら、忘れたりなんかしませんよ」


 確かに彼女が嘘をつく道理はない。じゃあ、なんだ、岡内幹彦が自分たちを騙したとでもいうのか。ならなんで騙すようなことを言ったのだ。彼の思考回路が理解できない。


「じゃあ、岡内幹彦って子は教室にいる?」

「います。あ、でも、今日はお休みでした」

「え、そうなの」


 じゃあ、琥珀はどこに。先に家にでも戻ったのだろうか。


「因みに岡内君ってどんな子?」

「えっと、あんまり友達と話をしているところは見たことがないし、休み時間になっても教室でぽつんと席に座っていて、笑顔を浮かべることも見たことなくて、何を考えているのか分からない。何だか怖い感じ……」


 陽玄は思案する。

 やはり引っ掛かる。騙すという行為は、他者を自身の策略に陥れるあくどい手法だ。騙す先には罠がある。つまり、岡内幹彦は三日月理人という架空の人物をでっち上げて、自分たちを意図的に誘き寄せたのだ。いや、彼がこの一連の放火魔であるならば、狙いは陽玄ではなく巫琥珀だ。千里眼で全てを見透かされているようなくらい物事がスムーズに出来過ぎているのは、彼の背後にいる黒服の男と姉の策略に違いない。何のためにこんなことをするのか理由は分からないが、だとすると、岡内幹彦と接触している琥珀が危険だ。今日、学校を休んでいるのは体調不良なんかじゃなく雛形家を放火するためだ。放火させて、琥珀と自分を引き離して、彼女と二人きりになれる状況を作りだしたのだ。


「あの……」

「ごめん、園口さん、岡内幹彦の通学路を先生から聞いてきて。なるべく急ぎで」

「どうして」

「いいから早く。早くしないと、取り返しのつかないことになる」

「わ、分かりました」


 脅すかのように言うと、園口は校内へと駆けて行った。待っている間、陽玄はもどかしい気持ちを抑えるように拳を握りしめる。琥珀のことだ。きっと大丈夫だと信じたいが、正直そんな余裕はない。

 十五分ほど経って、遥が息を切らしながら戻ってきた。


「はいこれ、先生が適当に書いてたから、あやふやかもしれないけど……」

「大丈夫。ありがとう。園口さんも早く家に帰るんだ。それと念のため、赤いものは身に付けないように」


 そう言葉を残して、陽玄は紙に書かれた地図を頼りに、全速力で岡内幹彦の家に向かった。

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