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天命の巫女姫  作者: たけのこ
序章 昔日
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0―10 追憶⑥

 それからしばらくして雄臣が居間に戻ると、美楚乃はスヤスヤと白雪の膝の上で眠っていた。そんな美楚乃の頭を白雪は優しく手でさすりながらも、その表情はどこか複雑そうだった。


「妹がすまない。重たくないか?」

「いえ、あなたに比べればなんてことありません」


 それもそうか、自分より一回り大きい人間を表情変えず淡々と持ち上げながら走ったことに比べたら、妹の重みなんて屁でもないだろう。なら尚更どうしてそんなつらそうな表情をしていたのだろう。


「じゃあなんで妹を見ながらつらそうにしていたんだ?」

「……。そう見えていたというのなら私は執行者、失格ですね」

「?」

「とりあえずミソノを部屋に運んでいただけますか? 話はその後です」

「ああ、分かった」


 雄臣は眠りに落ちた美楚乃をそっと抱きかかえながら二階の部屋へ運んだ。



 美楚乃をベッドに運び終えた雄臣は、テーブルの椅子の位置を白雪が座っているソファへ向けた。


「さて聞きたいことは何でしょうか?」


 雄臣が椅子に膝を下ろすと、白雪は受け身となる形で質問を求めた。


「色々聞きたいことはあるけど、まずさっきのお風呂場の件について。なんで妹にあんなことをした?」

「魔力があるかどうかの確認です。身体の中心にあるおへそは魔力が心臓へ集まり、再び全身へ送り出される通過点および抜け道となる穴なので、魔力反応を確かめるためにはうってつけの挿入口なのです」


 それが本当に正しいものなのか、胡散臭くて何とも言えない。


「……。それでどうだったんだ。魔力は確認できたのか?」

「魔力の反応はありました。ただごく少量の魔力なので自ら魔法を展開した可能性は考えにくいかと」

「ということは何だ。美楚乃が不老になった原因は少なからず僕にあるってことなのか?」

「……他に誰かと接触した覚えはないですか?」

「それはない。ずっと体調悪かったから妹が外に出ることは一度もなかったし、僕も外に出ることはあったけど、ずっと傍で看病していたから」

「……」


 体感として一分。白雪の沈黙が続く。


「当時、病気で苦しんでいたミソノを見てどう思いましたか?」


 何を言うかと思ったら、白雪はそんな誰でも分かるような質問をしてきた。


「どうってそんなの病気を治してあげたいって、毎日ずっと思っていたよ。僕にできることはもうそれくらいしかなかったし、楽しいことも嬉しいこともやりたいことも叶わずに苦しいまま死んでいくなんて、そんなの嫌だし悲しいし、だから僕は妹の手をずっと握りながらひたすら神に願ったんだ」

「なんと願ったのですか?」

「妹に病気を治す力を、生きる力をくださいって」

「……はぁ」


 白雪はいかにも人間らしい深い溜息をついた後、厳しい表情になった。


「でも僕が願ったのは病気の完治だ。不老になれなんて望んでない」

「おそらく未熟故の不具合でしょう。救いたいというあなたの大いなる願いが重複した結果、ミソノは不老になったということです」

「病を治すはずがどうして不老に? じゃあ僕の魔法はなんだ、永遠の寿命を与えることができるってことか?」

「いえ、それは結果に過ぎません。着目すべき点は《《願う》》という工程にあって、それが一つの発動条件にあると思われます」

「条件……」

「タケオミは毎晩願っていたのですか?」

「ああ」

「では、ミソノの手を握りながら願ったことは今までで何度ありましたか?」

「……願ったことは何度かあったけど、手を握りながら祈ったのはあの一夜限りかな。その夜はとても苦しそうでいつ息を引き取ってもおかしくない状態だったから、一晩中ずっと手を握りながら願っていたんだ。そしたら何とか持ち直してくれて、少しずつ元気を取り戻していったんだ」

「やはりそうでしたか。あなたの魔法はまだ不明な点が多いですが、おそらく発動条件としては二つ。《《願い》》と《《接触》》です」

「じゃあ、自分の手を身体のどこかに触れて同じように願えば、僕も不老になれるってことか?」

「不老は一種のバグですから今のところ何とも言えません。しかし、対象者に制限がないのなら理屈上可能でしょう」

「……。願いってのは何でも叶うのか?」

「それは有り得ません。そんな所業は神に等しい。大体、永遠の命を付与すること自体、人の域を超えています」

「でも何でそう断言できるんだ? やってみなきゃ分からないだろう。もしかしたら君の願いも叶うんじゃないのか?」

「安直な考えです。私は魔力を回収していると言いましたが、それはこの世すべての魔力排斥です。世界中、あらゆるところに潜んでいる魔法使いを一度にどうやって集めるのですか? それこそ触れなければあなたの願いは届きませんし、不殺で魔力を消すことができるのはわたしだけです」

「確かに、そうか……」

「一つ訊きたいことがあります。一夜の願望……その直後あなたの身体に異変はありましたか?」

「異変? 特に何もなかったけど」


 それを聞いた白雪はピクリと繊細な震えを眉間の皺からその小さな額へと走らせた。


「そんな馬鹿げたことがあり得るわけないです。それでは私よりも」

「ん? どこに驚くことがあるんだ?」

「魔法を発動するということは体内にある魔力を消費するということ。強力な魔法であればあるほど魔力消費も甚大になる。あなたの場合、願いの度合いによって魔力消費が左右されるでしょうから命の書き換えに伴う魔力消費量は計り知れないはずなのです」

「そうなのか。その、まだよくわからないんだけど、魔力ってのは一度使ったら終わりなのか?」

「いえ、体力と同様、休息を取れば回復はします。ですからおかしいのです。膨大な魔力を使ったはずなのに何も異変がないということが。……本当に、何もなかったのですか?」

「ああ、何も。睡魔に襲われることもなかったし、何ならずっと心配だったから一睡もしなかった。そんなことより美楚乃の体調が回復した嬉しさで頭が一杯だったから」

「……禁忌である命の改竄に伴う魔力量を消費しても何ともないなんて脅威でしかないです」

「……なあ、命を繋ぎ止めることのなにが悪いんだ?」

「命の書き換えは本来そこで死ぬはずだった人間の運命を強制的に変えることに等しい。逆に変えていいものは強制的に殺される運命だけだと決まっている。分かりますか? この意味の重大さが」

「……死なないことは駄目なことなのか?」

「不老不死ではないものの、老いによる死がなくなるということは病死や自然死で亡くなることがないことを指します。実質、外部からの損傷を受けない限り、永遠に生き続ける。これは死の定義である唐突に平等に訪れることから外れます。つまりそれはもはや人ではないことを意味します」

「……じゃあ、白雪は僕にどうしろと」


 考えれば分かることを考えたくなくて思わず聞いていた。


「何を惚けたことを。自分でも分かっているのでしょう?」

「……」


 思考を停止して考えないふりをした。


さきも言った通り、私には役目があり、それはこの世の魔力を無くすことです。つまりあなたの魔力を消し去れば、あなたの魔法の効果も必然的に消えることになります。この意味がわかりますね?」


 尋ねられた瞬間、雄臣の心臓がドクンと跳ね上がった。


「……で、でも病気は治ったんだ。そうだっ。病気は治ったんだっ!」


 だから魔法がなくなっても美楚乃の病気は治っていて、元気なままで――。


「いえ、それは違います。あなたの魔法はミソノの病気を治したのではなく、不老という概念でミソノの死を先送りにしているだけです。ですから不老という概念が消失すれば病気は再発し、やがて死に至るでしょう」


 雄臣は唇を噛みしめた。


「じゃあ、何だ? 殺すのか?」

「言葉の意味を履き違えないでください。殺すのではなく死なせてあげるのです」

「――」


 分からない。なんで生き延びた命をわざわざ殺す必要があるのか。


「…………いやだ」

「あなたも駄々を捏ねるつもりですか? 本来ならもうすでに死んでいる命なのです」

「どうしてそんなこと言うんだ。さっきまであんなに、君に懐いていた子が死ぬんだぞ。仲良くお喋りしながら、一緒に食卓を囲んだ子が……白雪だってそれでつらそうな顔してたんじゃないのか?」

「あなた方兄妹に同情することはあっても優遇することはできません。皆、その哀しみを乗り越えて生きているのです。その死を受け入れる必要があるのです」

「無理だ。僕にはできない! 離れたくない!」

「……人は死ぬからこそ尊いのです」


 ソファの上に立ち上がった白雪はどこまでもたおやかではあるが、雄臣の目には一瞬だけ死に神に映った。


「っ。結局……他人だからそんなことが言えるんだ。だいたいなんで魔力を無くす責務を独りよがりに抱いて、他人にそれを要求させるんだよ!」


 おそらく彼女の前で今の言葉は禁句だったのだろう。聞いた白雪の目線は極めて鋭く、怒っているのがすぐに分かった。


「独りよがりではありません! この世に魔力が存在しているのはすべて私の責任なのですっ!」


 白雪の手に顕現したのはあの時自分を救ってくれた刀剣。だが今その矛先は自分に向けられている。


 雄臣は身の危険を感じ、椅子から立ち上がった。


 化け物相手に勝ち目がないと分かっているけど、やられるわけにはいかないという一心で。


 張り詰めた空気の中、雄臣は後退させながら白雪に訴えかける。


「僕はただ無意識に妹を救っただけなのに、どうして町の皆を皆殺しにしたあいつと同じ扱いをされなきゃならないんだ!」

「たとえ人を殺めていなくても、たとえ愛する人間のためだとしても、魔法を発動したという事実は変わりません。あなたは罪深いことをしたのです!」


 冷徹な眼差しは、やはりあの時罪人に見せたものと同じ。やがて白雪の意志を受け持った刀は生き物のようにその刃を伸ばし、テーブルまで雄臣を追い詰めた。


「っ……。なら謝る。それがそんなに罪深いことだったなんて分からなかったんだ。でも――」


 雄臣は膝を折り曲げ、土下座した。


「――お願いします。僕は妹がいないと生きる意味を失ってしまう。一番大切な妹のために生きてきた僕は妹がいなくなった世界でどう生きていったらいいのか、分からない」


 雄臣は声を震わせながら思いを吐露した。


「だから、妹が死ぬしかないなら僕もその後自殺する」


 自殺という言葉を聞いて、刀の切っ先が小刻みにブレた。それは動揺から来るものではなく、怒りから伝播するものだった。


 白雪の表情はこの上ないほど険しく、重苦しい空気を漂わせていた。


「あなたという人間は! 罪に罪を重ねると言うのですかっ! 命の放棄は命の改竄と同じく人がやってはいけない行動の一つです。浅はかに自分の命を自分で切り捨てるなんて許されません!」

「この思いが浅はかに見えるか? 僕はただ妹がいないと何もできない弱い人間なんだ。だから妹がいない世界に僕は興味がない、僕自身にも興味がない。……だからどうかお願いだよ。美楚乃を、僕を、殺さないでくれ!」


 雄臣はこの世の終わりであるかのような表情で、大粒の涙を流しながら懇願し続けた。

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