洗礼と先例
そんなこんなあって三人は教会に辿り着いた。
教会に入ると静謐な雰囲気が教会の埃っぽい独特な空気と混じって、ユウを厳粛な気持ちにさせた。
いくつも並ぶ蝋燭の灯り。古ぼけた祭壇。赤色が欠けているステンドグラス。内装は昔から全く変わっていなかった。いつか改修されると噂はあったらしいが、今ではそんな噂を覚えている人の方が少なくなっている。
ユウは最初に神父といくつか言葉を交わし、その後はミサの進行に従った。
その間、カボとチャムはずっと陰に控えていた。隠れていたわけではなさそうで、ミサを傍から眺めているようであった。それから間もなく、彼らは教会の中から忽然と姿を消していた。
ユウがそれに気づいたのはミサが終わりかけた頃であった。
「・・・教会の空気はどこも変わらないな。そう思わないかチャム」
積もった雪の塊を踏みつけながらカボは言う。
一方、チャムは一生懸命雪ダルマをこさえていて、それが完成すると少しだけ満足げな顔をしてカボを見た。
「カボ、朝ご飯。朝は朝ご飯を食べるって、ジャックも昔言ってた」
「・・・チャム、昨日から食べてばっかりだな」
カボは、一応ポケットを漁ってみるが、食べ物は入っていなかった。これではまたチャムが不機嫌になりそうだ。
その時。
突然、教会の近くの通りに二台の車が派手なブレーキ音を上げながら停車した。両方とも黒い真四角のボックスカーだった。やたら大きく、おまけに無骨で頑丈そうだった。やけに荒々しく止まるものだから、二人の目に留まった。
「カボ、大きい車」
「ああ、最近の車はあんなに大きいんだな」
車のドアが横にスライドされた。バン!と勢いよく、強く開かれる。そして車の中から何かがぬっと覗いた。カボは目を凝らす。人ではないようだ。それは雪よりも冷たい色で無機質に輝いている。
その輝きを捉え、ようやくその正体が判った。機関銃だ。冷徹に命を奪うことに特化した兵器だ。
わずかに目を見開くカボ。しかし、もう既にその銃口はこちらを向いていた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
穏やかな朝を切り裂く膨大な射撃音、銃弾の雨は無慈悲に彼らを覆った。カボは弾丸の衝撃で体を不気味に震わし、地面に人形のように倒れた。さらに弾丸は横にいたチャムの体をいくつも貫いた。その後チャムは作ったばかりの雪ダルマに突っ込んで倒れて、ピクリとも動かなくなった。
銃弾は彼らだけでなく、その周辺も乱暴に削り取った。まるで風景画に指を突っ込んで破ったように、一区画だけに大きな穴が開いた。
銃弾の雨が止むと、世界は一瞬音を忘れたように静寂した。
「生存確認を・・・」
「バカか!死んだに決まってんだろ!」
白煙を吐き出したままの機関銃が車内に引っ込み、その後、車は忙しなく発進して、幾重ものビルの陰に消えて行った。ただカボチャの怪物を撃つというシンプルな殺害行為の後は、凄惨な爪痕を残した朝だけが残った。
「・・・カボ!?・・・チャム!?何かあったの!?」
物騒な音を聞いたユウが、教会の中からとび出て、辺りに目をやると、教会の外庭の一部が、モミの木や生垣を含めて、ボロボロに壊れているのが目に入ってきた。そこにカボとチャムが、積もった雪に混じって倒れている。
「・・・二人共ッ!」
ユウは心臓が不気味に高鳴るのを感じた。ユウに続いて教会からぞろぞろと出てきた人たちがその光景に気づくや否や、甲高い悲鳴を上げ、どよめき始める。
他の人間たちの不安の重圧を振り払うように、ユウは急いでカボチャたちに駆け寄っていく。
次第に彼らの姿が仔細に見えてくるが、それにユウはふと違和感を覚えた。
周囲は凄まじい銃撃の爪痕を残すのに、そこに転がるカボの死体はとても綺麗だったからだ。どこの部位も損傷していないし、血だって流れていない。何よりそこに感覚的に感じる不吉な『死』の気配が無かったのだった。
ユウの焦燥は次第に疑問に変わっていく。
「・・・・・・カボ?」
呼びかける。まるで起きる時間になったから起こしにきたような呼びかけ。
「アァ・・・やられたな」
そんな声と共にカボはのそりと体を起こした。やはり彼は死んでいない。ユウは深く安堵した。
「カボ・・・あなた大丈夫なの?怪我は無いの・・・?」
「カボチャの怪物は機関銃で撃たれたぐらいじゃ死なない。むしろあの程度の武力で殺せると思ったあいつらの方を心配したほうがいい」
カボはボロボロになったコートをはぎ取るように脱ぎ捨てた。下に着ていた雨合羽に孔が空いているのを見て、はあとため息を吐いた。
「カボォ・・・いっぱい撃たれたよお。どうしよう・・・」
弱弱しい声を上げながら、チャムが崩れた雪だるまの中から起き上がる。ユウは「チャムも無事だったのね」と言おうとするが、その姿を目にして言葉は喉で止まった。
「チャム、その顔・・・っ!」
起き上がったチャムの顔にはいくつもの銃痕がついていた。しっかりと目に見えるダメージを受けていたのだ。だけど、なぜ顔を銃弾が貫いたのに平気でいられる理由はわからない。血が流れているわけでもなく、痛みとか苦しみで呻いているわけでもなく、まるで顔にデキモノができて鬱陶しいくらいにしか思っていない様子だ。さらに驚くのは銃痕の下から覗く光だった。ユウが目を凝らしてそれを見ると、光源は燃え盛る炎に見えた。
チャムは、凝視するユウの視線を気にもせず、カボに訴える。
「カボ・・・顔に孔空いちゃった・・・」
「何言ってるんだ。そのくらいじゃチャムは死なないよ」
カボは体に付いた土混じりの雪を払いながら言う。
チャムはその態度にムッとする。
「・・・死ぬとか死なないとかそんな話をしてるんじゃない。顔に孔が空いたから抱いてって言ってるの。『相手が辛そうなら慰めるのが普通』ってジャックが昔言ってた」
「・・・・・・わかった。こっちに来い」
チャムはもそもそと這い寄って、カボの懐に甘えるようにぎゅっと顔を押し当て、そんなチャムをカボは優しく抱擁する。
「・・・さっきのは、昨夜の男だな」
チャムを抱いたまま、カボが口を開いた。
「・・・昨夜って、まさか・・・クロフル・・・?」
「アイツの他にも何人かいたけどな。指が無くなったせいで頭に来てるな。わかりやすい報復行為だ」
「・・・だとしたらまずいよ。カボ、あなたが思っているよりもこれは大変なことだよ!」
ユウが動揺のあまり体を震わせていることに、カボは訝しんだ。
「どういう意味だ?」
「・・・この街で武器を所持してるのは『ホワイトアイス』の人間だけよ。クロフルは以前から組織の人間かもって噂があったの。それが本当だったなんて・・・」
「・・・つまり昨日の奴がそのなんとかって集団で殺そうとしてきたわけか。下らない。俺たちは怪物だ。機関銃くらいでどうにかしようとする連中ならたかが知れてる」
「カボ・・・!あなたは連中の恐ろしさを知らないから・・・!」
「それよりもう終わったのか?俺は家に戻るぞ」
言うと、カボはチャムを背負って、さっさと先に歩き始めてしまった。
「・・・どうしよう。シャオになんて言えばいいんだろう・・・」
何事もなかったかのように帰路につくカボチャの怪物を見て、ユウはため息をつき、ひっそりと頭を抱える。