カボチャの嫌いなもの
雪が降り止んだ朝のスノードーム・シティは、それなりに美しい光景であった。
東の空に浮かぶ朝日が街を煌々と照らし、それに反射する雪が星屑をちりばめたようにあちこちできらきらと輝いている。
白い十字架が雪に半分埋もれながら、そこらじゅうに立っている。
この通りは特に十字架が多いので、ぼうっと歩いているとぶつかってしまう。通りの両端に立ち並ぶビル群は巨大な氷山のように静かにそびえ、大きな影となって通りに明暗をもたらしていた。
ビルの足元で小さなお婆さんと、痩せたおじさんが一緒に十字架を建てていた。また誰かが死んだらしい。
その横を通りながら、ユウは後ろを歩く二人をちらと見た。
二人は初めにぽつぽつと話をしただけで、あとは黙ったまま、ぎゅっぎゅっと雪を踏みながらユウの後を付いてくる。
二人には着古したコートを着せた。必要ないと二人は声をそろえて言ったが、ユウはそれを無視して無理やり着せた。
本人たちが寒さをものともしない身体であろうと、この街で雨合羽だけの格好だととにかく目立つからだ。
いくら人じゃない怪物とはいえ、見た目は人間にしか見えないのだから、せめて目立たない格好をしていて欲しかった。彼らは渋々といった感じでコートを着たが、それでも強情なことにコートの下に雨合羽は着ているままだった。
「この街は変だ」
ふとカボが言った。
「何が変なの?」
「・・・あちこちにビルが建っているのに、こんなに人気が少ないのは変だ」
「・・・ああ」
ユウは朝日を背に、カボの方を向く。
「もう滅びかけているのよ。人間も街も、全部ね」
「滅びかけている?なぜだ」
「何でかというと・・・そうね、そう願う人が街を治めているからよ」
「・・・・・・」
それからまた三人は黙る。
教会はスノードーム・シティの外れにあるが、ユウの家からさほど遠くなく、歩いて二十分ほどで着く距離にある。古びた教会だが、この街にある唯一の宗教施設で、ミサがある日は人が集まり、ある意味では、この街で一番活気がある場所と言える。
丁度三人が教会の近くにある公園を通りかかったところで、不意に「いやああああああ!」と甲高い叫び声が響いた。
ユウはぎょっとして、声のした後ろの方を振り向くと、チャムが直ぐ近くに立っている十字架の上に登って、ぶるぶると震えていた。
十字架の下には黒い毛並みの子犬が三匹いて、キャンキャンとチャムに向かって無邪気に吠えている。子犬はリードに繋がれていて、飼い主の女性が、困り顔で三匹をチャムから遠ざけようとしていた。
ユウはその光景を見て初めは呆れたが、だんだん愉快になってきて思わず噴き出した。昨夜突如現れ、怪物と自称した彼女が子犬に吠えられて怯えている姿は、カボチャでも怪物でもなく、ただの女の子にしか見えなかった。
「イヤ!犬あっち行け!」
チャムは十字架の上で、下から吠えたてる犬を必死に追い払おうとしている。ユウの視線に気づいたカボは「チャムは犬が苦手なんだ」と言った。
「昔、犬でひどい目にあって以来、近づくだけでもこの有様だ。笑えるだろ?」
「へえ、結構かわいいところあるんだね」ユウはくすくすと笑う。
「ごめんなさい、このコたちが言うこと聞かなくて」
飼い主の女性が、子犬をチャムから離しながら、申し訳なさそうに謝った。ブロンドヘアーがよく似合う綺麗なお姉さんだった。スキージャケットを着ており、スポーティーで健康的な人だ。こんな爽やかな人がまだこの街にもいたんだ、とユウは素直に感心した。
「悪魔の犬!地獄に帰れ!」
チャムは若干涙目になりながら言う。お姉さんはそれを見て苦笑する。
「まだ生まれて三か月くらいだけどすごくパワフルで元気があるのよ。許してね?お嬢さん」
子犬がキャンキャンと吠えるたび、チャムはびくびくっと震えた。
お姉さんがユウの方に視線を移した。
「あなたたち今から教会に行くの?」
「あ、はい。良くわかりましたね」
女性は、あははと快活に笑った。
「そりゃわかるわよ。この街に行くところなんてもう其処くらいしかないじゃない」
「あ、それもそうですね・・・」ユウは苦笑する。
「でも敬虔で偉いわね。あなたたちに祝福のあらんことを」
お姉さんは朝日のような眩しい笑顔で三人に言って去っていった。
チャムは去っていく子犬たちをしばらく睨んでいた。