凍るような朝
朝が静かにやってきた。
透明な日差しがカーテンの下からこぼれ、埃が舞いながら光っている。ユウは深い眠りから自然に目を覚ますことが出来た。
寝足りない感覚はかなりあったが、意識は十分に覚醒していた。
枕もとの時計で時間を確認する。7時半。そろそろ起きておかなくてはいけなかった。
隣のベッドに目をやると、シャオが小さくいびきをかいていた。
ユウは少しだけぼうとその寝姿を眺める。基本的に夜型の生活だからシャオは昼過ぎまで起きない。
ユウも普通であれば昼まで寝ているのだが、日曜日は9時に教会に行かなくてはいけなかった。
さて、と息を吐いて、布団から出ると、思った以上に部屋の中が冷え込んでいるせいで身震いした。
シャオの乱れた布団を直してあげて、急いでストーブの火を焚こうと、手をさすりながら軋む床を進む。
リビングは暗く、耳が痛くなるほどしんとしていた。
まるで何もかも凍り付いた世界に紛れ込んだみたいだ。
電気をつけようとユウはスイッチに手をかける、がそこでユウは床で寝ている彼らに気づいた。
毛布に二人仲良く包まり、身を寄せて寝ている少年と少女。
パンプキン・カボとパンプキン・チャムだった。
「夢じゃなかったんだ・・・」
ユウはぽつりと呟き、昨夜の出来事を思い出す。
「・・・かぼちゃ、の怪物・・・?」
客が皆帰った店内でシャオは戸惑いながら言った。
「そうだ」
パンプキン・カボと名乗った少年はユウからシチューをもらい、一口ひとくちゆっくりと味わいながら言う。
「俺たちは人間じゃない。チャムの体温が人間のそれより高いのもそういう理由だ」
「・・・にわかに信じがたいけど・・・」シャオは言う。
しかし、確かに異常な出来事が起きたのも事実だった。
咥えた指を焼き焦がしてしまう、そんなことどう考えても常人ができることではなかった。
「・・・で、アンタたち怪物は、一体この街に何の用があってきたの?」シャオが尋ねる。
「別に用はない。ただ彷徨い歩いていたらこの街に辿り着いていただけだ」
「彷徨い歩いてたって、迷子にでもなったの・・・?」
ユウが言うと、それまで黙々とシチューをお替りしていたパンプキン・チャムという少女が、眉根を寄せて「そんなバカな言い方はやめて」と不満をあらわにした。
「お前たち人間が思う迷子とは違う。なんせ俺たちには行くべき場所がわからないんだから」
・・・・・・
・・・・・・それで何でうちに来ることになったんだっけ。ユウは数秒間記憶を遡る。
そうだ、確か彼らはしばらくこの街に留まってみると言ったんだった。そして宿もない彼らの当面の拠点として、シャオがこの家を勧めたんだっけ。
「・・・・・・シャオもお人好しだなあ」
ユウは電気をつけるのをやめ、薄暗いリビングの中をそろりそろりと移動して、ストーブの火を点けた。ゴォォと燃えるストーブをしばらく眺めた後、浴室に向かいシャワーを浴びた。
眠気をたっぷりと洗い流し、洗濯しておいた服を着る。
今年の誕生日にシャオが買ってくれたので、まだあまり着古していない。
姿鏡の前に立ち、全身を見る。特におかしなところはないことを確認すると、化粧を始めた。
シャオと一緒に暮らすようになって、ユウは化粧をする習慣がついた。
シャオは、ユウは若いしかわいいから化粧なんてする必要ないよと言ったが、それでもこの3年間仕事をするときや、外に出かけるときは必ずしている。
といってもほとんどしなくても変わらないほどの薄化粧なので、ものの数分で終え、ユウは自室を後にしてリビングに向かった。
リビングは相変わらず暗かったが、いつのまにかカボが起きており、ストーブの前に座っている。
端正な顔が炎に照らされていた。
「・・・おはよう」
ユウは形式的に挨拶をした。カボは何も反応しなかった。
静かにストーブの火を眺め続けている。
ユウはふんと息を吐いて、コートを着て出かけようとすると「・・・どこかに行くのか?」とカボが尋ねてきた。
「・・・教会に行くのよ」
「教会があるのか」
「うん、小さいけどね」
「そういえば十字架がその辺に立っているが、あれはなんだ」
「この土地の風習だよ。墓地じゃなくて、その人が死んだ場所に十字架を立てるの。その人がこの世に残した最後の証としてね」
ユウがそう言うと、カボは少し黙った後「・・・教会か。俺もいく」と言った。
「どうして?」
「迷える子羊が行ってもいいのに、迷えるカボチャが行ったら駄目か?」
ユウはカボをじっと見る。どうやらふざけて言っているようではなかった。
ユウとしても特段断る理由もなかった。カボがその後チャムを起こして、三人で教会に向かった。