プロローグ
スノードーム・シティという名前は街の様相をうまく表したものだった。降りやまない雪が街中に積り、そして作り物のような閉塞感がこの街を覆っている。
それはまさにスノードームそのものだった。
街に灯りは少ない。街灯が壊れていて点灯していないのだ。月明りが雪に反射しているおかげで辛うじて視界は確保できるが、それも心もとない程度である。網目のように巡らされた通りの多くは、いくつも立ち並ぶ高層ビルの陰になっていた。白い雪が舞う街にそびえたつ黒く巨大な建造物。それはかつてスノードーム・シティが繁栄していた証拠でもあった。
さらに通りの至る所には、十字架が立っており、ぼんやりと不気味な白い影を闇に浮かべている。それは何の前触れもなく、規則性もなく、いくつも立てられていた。
「・・・カボ、お腹減った」
新雪を踏みながら人気のない通りを歩く、二つのシルエット。その片方がぽつりと不満を漏らした。
「・・・俺にはどうしようもない。チャム、我慢だよ」
もう片方がそう言うとチャムと呼ばれる女は美しい顔を少し歪ませて「・・・もう三日も食べてないのはカボのせい」と文句を言い返す。
「・・・チャムは三日くらい食べなくても死なない」
「うるさい。死ぬとか死なないとかそういう話をしてるんじゃない。お腹がすいたって言ってるの。早くこの空腹をどうにかしないと、カボをむしゃむしゃ食べちゃうから」
「・・・なるほど、冗談じゃなさそうだな」
カボと呼ばれる男は、さしあたり何か店でもないかと緑色の瞳をあちらこちらに向けてみる。しかし生憎、食料を手に入れられそうな店は見当たらない。眼前には雪にまみれた景色ばかり。寂れたこの街では暖かな食事を提供する場所を探すのも一苦労なようだ。
「あっちの方に人の気配がする・・・。向かってみよう」
カボは一方向を指さす。
「カボ、私シチュー。マッシュポテトもつけてほしい」
「保証はできない」
カボは淡白に言い捨てる。
その時、チャムがビルの谷間に伸びる道の先を見た。何もない暗闇の向こうを、炎色の瞳を光らせながら、真っすぐに見つめる。
「どうした、チャム」
カボもチャムの向いたほうに目を向ける。そしてその感覚の先にあるものに気づいた。
「何かいる・・・黒くて、悪いもの」
「ああ・・・」
カボはなるほど、と思った。
「確かに邪悪が潜んでいるな」
10月31日。
時刻0時半。
『パンプキン・カボ』と『パンプキン・チャム』の二人は、雪と摩天楼が囲む街、スノードーム・シティにやって来ていた。