第1話 僕は主人公になりたい
草木も眠る丑三つ時、市内のとあるビルの屋上に少年が1人『乗り越え禁止』と赤い字で大きく書かれた柵の上に座っている。
10何メートルもある高さから真下を見下ろしていた。下は灯りが無くてほとんど何も見えない。
後一歩踏み出せば死ぬのは確実だろう。
「どうしてこうなった……」
弱々しい声でこう呟いた少年は自分の人生を振り返り始めた。
僕の名前は平 悠利19歳。小学生の頃は神童と呼ばれていた。全国模試で1000位以内に入ったことがあるし、クラスで一番足が早く皆の憧れだった。当時は僕がこの世界の主人公だと信じて疑わなかった。
でも中学生になるとちょっとすごい奴になっていた。それでも僕はまだ本気を出していないだけで、本気さえ出せば全てが上手く行き、僕は将来皆が憧れるヒーローになれると疑っていなかった。
だが現実は残酷で僕は高校受験に失敗し、滑り止めの底辺高校に入っていた。そこにいる奴らは頭の悪い馬鹿ばかりで、ここは僕の居場所じゃないという思いが日に日に強くなっていた。
こいつらと頭の出来が違うから、将来僕はこいつらみたいな奴らを顎で使うんだ。そんな事を考えていたら、クラスで浮きイジメられていた。
そして全てが嫌になった僕は不登校になった。
それから数年間無気力に部屋に引き込もった。だが流石に我慢の限界だと親に怒鳴られ、バイトでいいから働けと言われ先月から僕はコンビニでバイトを始めた。
最初は店長や先輩に怒られて、辞めたくなることが多かった。だが最近は慣れてきてバイト仲間とも仲良くなり、悪くないと希望を持てるようになってきた。
そんなある日、いつものように一人で夜勤をしていると、お客さんが入ってきた。そいつは女の子を連れ、柄の悪そうな格好に高そうな時計を付けていた。そして僕を見るなり
「おぉ! ユーリじゃねぇか、久しぶり。俺の事覚えてるか?」
と話しかけてきた。
「――あ、ああ」
僕は今のザマを見られショックでぎこち無い返答しか出来なかった。
彼は高校の時同じクラスで僕をイジメてたグループの代表格だった島田という男だ。女の子の方はそんな情けない僕の姿を見たのか少し引いてるように思えた。
「お前には昔悪い事をしたな、許してくれ。未だに罪悪感があってスッキリしないんだ」
島田は突然そう言って僕に頭を下げた。まさかいきなり謝罪されるとは思わず
「ぜっ、全然いいよ。も、もうそんなに気にしてないよ……」
と反射で返してしまった。当然そんな訳ない。妄想の中でコイツらを何回ボコボコにした事か、この悪者達をどれだけ不幸になれと呪った事か。
もちろん一生許す気はない。だが、つい最近まで引きこもっていた僕にそんな強気な事を言えるわけなかった。泣きそうな心を抑えながら僕は本音を押し殺した。
「良かった、許してくれて。ずっとモヤモヤして気持ち悪かったんだよ。心のつっかえがとれた気分だ」
(その代わりに僕は凄い気持ち悪くなってるんだ)
しかし彼はそんな僕を気にもとめず、最近の身の上話を嬉しそうに語り始める。
島田は来月隣の子と結婚してもう少しでパパになるとか、高校卒業後すぐに例のグループの仲間達と会社を立ち上げて、去年やっと目標の年商5000千万円越えたとか、キラキラ目を輝かせて話した。
よほどモヤモヤが晴れた事が嬉しかったのだろう。だが僕の心はその嬉しさに比例して落ち込んでいった。
深夜だったので他の客は全く来ず、そのせいで島田は話は30分程続いた。その間は地獄に居る気分だった。
他にも色々話したみたいだが、ショックでほとんど覚えていない。
「じゃあまたなユーリ、式には呼んでやるから来いよ」
そう言い残し島田達は名刺を渡して帰った。
その後僕はもらった名刺を千切りすて、放心状態になっていた。
お話中からずっとあった吐き気を我慢しながら、バイト中なのにコンビニを抜け出し、そのままコンビニのあるビルの屋上に移動し、今に至る。
今のザマを見られた事も十分ショックだったが、それよりもかつて僕をイジメてた悪者達が、今は僕の遥か上を行っていたの方がショックだった。
社長になって成功してるならバイトの僕を嘲笑えば良いのに、それさえしなかった。もしそうしてくれたら、ここまで大きなショックは受けなかっただろう。
お前らは馬鹿で下だらない奴じゃないのか?
なんでそんなに立派になっている?
まるで僕が夢描いたような主人公じゃないか!?
その事実に涙が止まらなかった。
何故僕は主人公になれなかった?
努力が足りなかったからか?
夢や具体的な目標を決めてこなくて、本気で打ち込める物を持たなかったからか?
過去の栄光をひきづっていたから?
今となってはもう何も分からないし、知りたくもない。
主人公になれなかった僕は一生負け組として生きてくしかないみたいだ。
今日みたいな屈辱をこれからの人生で、何度も味わうくらいなら死んだ方がマシだ。
「神様、もし来世があるなら僕を主人公にして下さい」
最後にそう言い残し、僕は目を閉じてビルから飛び降りた。
グシャっと鈍い音をたてて僕は死んだ。
■
「その願い、叶えてやろう」
穏やかな声がした。
びっくりした。ここは天国か? 状況確認するために質問をしようとするが。
「………………!?」
まるで喉がなくなってるかのように喋れなかった。いや、それだけではない。目は見えないし暑さも寒さも何も感じない。ただ声が聞こえるだけだった
「落ち着きなさい。君の望みは主人公になる事なのだろう? ならばこの力がピッタリだ。使い方は勝手に分かる」
そう言われた瞬間、何かを体内に入れられ、身体中が熱くなった。その後に力が漲ってくる気がした。
「では第2の人生を異世界で楽しみなさい。
今回は主人公になれると良いな!」
その言葉と同時に僕の曖昧な意識が更に薄れていく感じがした。
あっという間の過ぎて、飲み込めない事だらけだ。本当はもっと色々聞きたかったのだが、意識がだんだんと遠のいて行った。
「では、さらばだ」
その声の主はどこか笑っているような気がした。
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