魔族領の事情
魔族領というところ
辺境の小さな村では、人間と魔族の交流というのも密かに行われている。
酒場で飲んでいた角の生えた魔族と人間との会話。
「魔族は長生きらしいね。羨ましいよ」
「寿命は長いけど、長生きできるとは限らない。うちの叔父などは若くして亡くなった」
「どこか悪かったのかい?」
「治安が」
危険
魔族領は大変危険なことで知られている。しかし何が危険なのかという話になると知らない人がほとんどだ。
「魔族領は危険というが、強盗が多いのかい?」
辺境の村にふらっとやってきた魔族に、人間が訊ねた。
「いいや。全然」
「暴漢が出るとか?」
「聞いたこともない」
「ではなんでそんなに危険なんだ?」
「魔族がたくさん住んでるから」
日暮れ
魔族領の労働は過酷だ。
全身を鱗で覆われた魔族の男が、火山のマグマだまりに魔石を沈めては熱を溜めて引き上げるという労働に従事していた。高熱に身を焦がし、赤々と燃えるマグマの光に目をやられそうになりながら、太陽が昇ってから休むことなく重い魔石を沈め引き揚げ続けた。やがて太陽が火山の西に沈むのを見ると、男は動きを止めて岩場に腰を下ろした。そうして深く息をついて言った。
「やれやれ、ようやく昼休みだ」
いなかった男
ある魔族領の街に魔王の悪口を言う男がいると聞いて、はるばる取材に出かけた。町の住人に男のことを訊ねると答えはそっけなかった。
「そんな男はいなかったよ」
「『いなかった』というと、今は居るってことかい?」
「いいや、そんな男は今も昔もいなかったさ。つい1月ばかり前に魔王軍の兵士がやって来て『いなかった』ことになったんだ」
亡命を考えている魔族二人の会話
「思いなおさないか? 人間領が夢の国ってわけじゃない」
「だが魔族領が悪夢なことは確かだろ?」
外と内
魔王城と城下は頑強な壁に覆われている。壁の外は、目に付くものを無差別に襲う凶暴な魔物たちの徘徊する荒地である。
にもかかわらず城壁の外に家を構えている魔族が居て、友人がその理由を訊ねると、返ってきた答えはこうだった。
「城壁の外には魔物が住んでる。城壁の中には魔王が住んでる。どっちが危険か少し考えればわかるってもんだろう?」
不必要①
魔族領行きツアーの参加者に旅行代理店の受付が往路の馬車の切符を渡した。
「帰りの切符は?」
参加者が聞くと受付は笑顔で答えた。
「ご心配なく。使うことはありません」
不必要②
人間領行きツアー参加者の魔族に、旅行代理店の受付が往路の馬車の切符を渡した。
「そしてこちらは帰りの切符……」
受付が渡そうとすると魔族はそれを遮って言った。
「ご心配なく。使うことは無いよ」
食料係
魔族たちは、たいていのものは食べる。増して魔王軍の兵士ともなれば、食べられないものは無いと言われるほどである。
行軍する魔王軍の食料係が上官に報告した。
「食料の備蓄が切れました」
「そうか、食料を入れていた籠は何個残っている?」
「5個です」
「ふむ。まだしばらくは行軍できそうだな」
後日、再び報告があった。
「食料の籠もなくなりました」
「そうか。皮の鎧と盾はいくつ残っている?」
「5セットです」
「ふむ。まだしばらくは行軍できそうだな」
後日、再々度の報告。
「残念ながら皮の鎧と盾もなくなりました」
「そうか、食料係は何人残っている?」
「5人です」
「ふむ。まだしばらくは行軍できそうだな」