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1-3『隣のにゃんこはいじめっこ』

「──では、妾も先日着任したばかりではあるが、本日新たに加わるそなたらの同志を紹介する!」


 壇上で声を響かせるリファリナ様が、口上を一度区切ってから俺の方に視線を向ける。


 白獅子騎士団の修練場には団員である女性達が整列し、静かに話を聞いている。

 団員数は、資料によると総勢百十三名となっているので比較的小規模な騎士団と言えた。


 まあ、年齢制限ありの女性限定ともなれば、いくら腕っぷし度外視とは言えど普通はこんな所に来ない。

 十代中頃から二十代前半までと、女性としては一般的に結婚適齢期の者達でもあるので普通はその手の事で大変な時期なのだ。


 要は、ここに居る娘たちは国内全土から集まったお転婆娘たちとも言える。


 まあ、自分も人の事は言えないが。


 俺も日々任務と鍛練に明け暮れて居たので結婚とか色恋沙汰には疎い方だった。興味が無い訳ではないのでその内とは思うけど。


 まあそれは今は関係ないか。もう任務中だし集中しなくては。



「ではクリス、挨拶を」


「はい、この度ここ白獅子騎士団へと入隊することになりましたクリスティナ・トールセイスです。皆様どうかよろしくお願いいたします」


 壇上のリファリナ様の隣に並びよどみ無く挨拶。そして全員の顔を確認するように見回していく。

 うん、確かに華やかで壮観と言える。

 流石は容姿が最優先で選考基準になる場所という事で、全員が見目麗しい。

 

(クリス、対象は最前列、左から三番目の娘だ)

(了解です。ありがとうございますリファリナ様)

(後で個別に顔を繋げておけ。あとお姉ちゃんだ)


 気付かれないよう小声でリファリナ様と短くやりとりを挨拶の合間に行い、教えて貰った娘へと視線を向ける。


 向こうも挨拶途中である俺に視線を向けているので自然と見つめあう形となった。


 栗色の髪の毛を腰の辺りまで伸ばし、目鼻立ちの通った顔立ち。紺色の瞳をした少女。


 名前は、昨日確認した資料ではキャロル・セインブルグ。地方貴族であるセインブルグ男爵家の令嬢で、歳は十七歳。


 資料確認をするまでは知らなかったが、一部の貴族からは剣の天才と言われている娘らしい。


 そして、空位である王下百景、その最有力候補。


 彼女の護衛が俺の任務のひとつになる。それだけでは無いけれど。


 まあ、百景候補に護衛が必要なのかと普通は思うのだろうが、選ばれる前後で戦闘力が桁違い変化するので、候補者護衛は稀にある慣例的な任務なのだ。


 とはいっても彼女自身は百景候補者であることは知らない筈だけど。


 しかし、天才なんて呼ばれてる娘が、なんでこんななんちゃって騎士団に入ったのかね?

 実力があるなら他の騎士団でも入団出来そうなものだけど。


 そんな疑問を浮かべて居ると、視線が合わさったままだった彼女がふいに目線を下げて俯いてしまった。


 ちょっと見すぎだったかな。なんとなく恥ずかしそうな態度で身じろぎしていた。


 まあ、この場ではどうこうも出来ないし、挨拶を終えてしまおう。



「──では、至らない部分も多いと思いますが、よろしくお願いいたします」


 当たり障りの無い事を述べただけの挨拶を終えて、壇上から退散する。

 向かう場所は先ほどまで待機していた修練場の隅ではなく彼女達の列の最後尾だ。


「にゃー、トールセイスって、例の【黄昏トワイライト】を輩出した、子爵家の一門かにゃー?」


 最後尾の列に加わってすぐ、隣の猫耳に声を掛けられた。


「そういう貴女はジャンフォレスト伯爵家のご令嬢でしょうか?」


「にゃ、どうして分かったにゃ!?」


「一般的な猫族よりも耳としっぽがフサフサしているので」


 長毛種の猫族貴族とか、ジャンフォレスト伯爵家とペルシャ侯爵家ぐらいなので分かりやすいのだ。ペルシャ家は毛の色合いが特殊だし。

 横目でちらりと少女を眺める。ジャンフォレスト家の特徴である黒縞と白毛の混ざるしっぽをフリフリさせ、くりっとした金色の瞳が意地悪そうにこちらを睨んでいた。


 俺より少し年下だろうか、しっぽ同様に黒縞に白毛がメッシュされた長い髪の毛の下にある顔立ちは成人直後、十五か十六歳ほどに見える。背は同じくらいだが、肉付きは女の体の今の俺よりは良い気がする。

 と言ってもこの体はだいぶ小柄で色々と慎ましいので、それよりは……程度だが。


「ウチを森猫族ジャンフォレストの一門といっぱつで見抜くとはただ者じゃにゃいにゃ。それで、質問に答えて欲しいにゃ」


「……トールセイス子爵家で合っていますよ、えーと」


「フィスクにゃ、覚えとくにゃ。好きにゃ食べ物はお魚にゃ」


「……そうですか、よろしくお願いしますね。あと、あんまり喋っていると団長に怒られますよ」


「こっそり喋ればバレやしねーにゃ。団長にゃんか怖くねーにゃ」


「わたしは怖いんで終わってからで良いですかね」


 俺の挨拶が終わった後もリファリナ様は壇上で話を続けているのだ。王族だけあって集団の長としての口上は堂に入ったもので、そして長い。

 有難い訓辞ではあるのだが、何度も聞いた事がある内容のものなので聞き流している。

 リファリナ様の演説はパターン化されているので数回聴けば網羅出来るのだ。


 だからといってそっちのけで堂々とお喋りするほど蔑ろにも出来ないので、用事があるなら後にして欲しい。


「ウチがお話しましょうにゃって言ってあげてるのにいい度胸にゃ」


「はぁ」


「惚けた声だすにゃにゃ。ウチはこの団をウラで占めてるにゃ。逆らうといじめるにゃ」


「……はぁ、そうですか」


 ウラ番長ってやつだろうか。ここにもそういうの居るんだ……小声ながらドス効かせた声出してるけれど、猫族訛りのにゃんにゃんのせいで怖さが微塵も出てない。


「ウチが号令掛ければみんにゃがお前のこといじめるにゃ。そしたらお前にゃんか、明日にはすっぽんぽんでお魚買いに行かされるパシりにゃ」


 生臭い分パンより過酷だなー。じゃなくて。


「声大きくなってきてますよ、フィスクさん」


「だからにゃんにゃ!」


「フィスク・ノルン・ジャンフォレスト!! 妾の話の最中に私語とはいい度胸だな!!」


「ふにゃ!?」


 ほら怒られた。どうも悪ぶりたいタイプの娘らしいし、ちょっとお灸を据えられた方が良いだろ。


「なんだ、クリスにさっそくちょっかいかアホにゃんこ! クリスはあれだぞ、あの【黄昏トワイライト】……あっ……えと、そうだ、妹だぞ! いじめたりしたら復讐されるからな!」


 ちょっとぉ!? 何を言い出してるのリファリナ様!!


「【黄昏】って王下百景の……」

「序列上位の方だっけ……」

「汗臭そうな人よね……?」

「あたし男狂いだって聞いた事ある……」

「国王様のお気に入りって噂も……」

「妹なんていたんだ……紹介して欲しい……」

「えーうそ国王様が未婚なのってそういう……」


 大声で壇上から叫ぶから注目されたじゃないか!

 団員の娘たちが一斉にヒソヒソと隣同士で喋り始めて色々と聴こえて来たんだか、ちょっと待って、酷い話ばっかりなんだけど。


 本人の前でそういう噂話、する?

 いや、本人だとは思ってないんだろうけどさ……。


「い、妹にゃのかにゃ? 血の繋がった実妹にゃ? 聞いてないにゃ、トールセイス子爵家は【黄昏】が末弟のはずにゃ、親戚の子とかじゃにゃいにゃ?」


 フィスクが再び俺に問い掛けてくるが、公式では確かに俺、末子なので妹も弟も居ないんだよね。


「ええと……お、お父様が家外で儲けた庶子でして、ええと、現在は諸々あって騎士爵である兄の預かりになってまして……」


 ごめんなさい父上。咄嗟に貴方の不貞を捏造してしまいました。ほんとにごめんなさい。


「にゃ、つまり実の妹だけど、平民にゃ?」


「……あー、まあ、そういう事になりますねー」


 子爵家の出自だけど、末っ子の俺は当然貴族位を継げない。

 捏造で誤魔化しな妹設定だけど、結局立場的には平民になるよね。


 俺だって騎士として爵位を戴いて無かったら平民だし。


「なら別に問題ねーにゃ! こっちは伯爵令嬢にゃ、たとえ【黄昏】の妹でもただの平民なら問題ないにゃ、問題あったらパパにどうにかして貰うにゃ!」


 なんだこの娘は。どうしてもいびりたいのか俺のこと。


「【黄昏】がもし出てきたらウチのかわいさでメロメロにしてやるにゃ。悩殺だにゃ。期待させるだけさせておいて指一本触れさせにゃいで下僕のごとく扱ってやるにゃ」


 うわーなにこの自信。確かに可愛いけど本人が聞いてたら無意味だわ。


「なんだと!? 聞き捨てならんなフィスク、妾のクリスに何をするつもりだ!!」


「にゃ!? リファリナ様!?」


 嗚呼、喧しい人が本格的に話に参加してきた……。


「フィスク、お前のその態度はいささか問題があるな! 実家の権力をかさに横暴とは!」


「にゃ……ち、ちがうにゃ、これはクリスティナがナマイキで……」


「クリスが生意気だと!? クリスは生意気だった頃など一切無かったぞ! いくら誘おうとまったく靡かんぐらいにクソ真面目だ!!」


 それは貴女が王族だからです。あと話が混乱するから黙ってて欲しいです。


「にゃ、にゃ……えと、【黄昏】がクリスで、妹もクリス? にゃ?」


 ほらややこしくなったよ! めんどくさいなもう!


「兄妹で愛称同じだけです。気にせずどうぞ」


「そ、そうかにゃ、ややこしいにゃ、てっきり【黄昏】が王姉殿下に不貞してるかと思ったにゃ」


「そんなわけないじゃないですかーあははははははは」


「そうにゃ、流石にないにゃ、事実なら地位剥奪の上で処刑にゃ」


「……ははっ」



 だよね。王族にもなると本人の意思より周囲の圧力の方が問題だもんね。



「そもそもクリスをいびろうとしても無駄だぞ!」


「にゃ、にゃ……?」


「クリスは強いからな、いじめられようものなら実力で黙らせるぞ」


 ……いや、何かリファリナ様がしてほしくもない啖呵切ってるけど。女の子に対して物理的にいじめの報復とかしないよ……?


 じゃあどうやってやり返すのかってのは見当付かないけど。

 そういうのは実際に被害あってからで良いし。現状絡まれはしたけどいじめられた訳じゃないし。


「確か、フィスクも腕っ節だけは少々自信あるんだったか? だが所詮はこの騎士団の中での自慢だぞ」


「にゃ、団長それは聞き捨てならないにゃ! ウチ、大の男にも負けないにゃ!!」


「なら試してみるが良い! そしてクリスにけちょんけちょんにされてごめんなさいするが良い!!」


「上等にゃ! 名実ともに舎弟にして毎日お魚買いにパシらせてやるにゃ!!」


「良いだろう、団長としてその勝負承認してやるぞ! 双方修練場の中央に、それ以外は端に寄れ!」


「ちょっとリファリナ様なにを!? わたしは了承してませんけど!!」


「お姉ちゃんと呼べ! こうまでバカにされて我慢出来るか、目に物見せてやれ!!」


「ビビってんじゃねーにゃ新入り!! それでも【黄昏】の妹かにゃ!!」


 いや、本人だから嫌なんです。


 何故か騎士団の団長命令で自称裏番長と決闘らしい事をすることになったが、どうしてこうなった。

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