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プロローグ『恥辱と屈辱の日々はここから始まる』




「──王下百景【黄昏トワイライト】クリスハイト・トールセイス、参上致しました!」



 呼び出しに応じて王宮、君主である陛下の執務室へと足を運んだ俺は、参上を告げてから入室する。


「来たかクリス、話をするから座ってくれ」


「はい、失礼致します!」


 対面した国王、エラリオ陛下の声に促されるままに着席し、礼を失する事の無いように対応する。


 だが、俺のこの態度は長続きしない。

 別に俺が不敬で不真面目な訳じゃないけれど。

 


「畏まらなくて良いぞ、他に誰も居ない」


「はぁ、やっぱりですか」


「幼馴染みなんだ、別に良いだろう?」


「他の者に示しがつきませんよ、陛下」



 つい先日十八歳になったばかりの若き王、エラリオ陛下はソファーへ腰を沈めながら軽く言ってくるが、いつまでそんな態度で居るつもりなのかこのお方は。

 ため息を吐きつつ陛下へと合わせた態度を取るが、一国の王がそれで良いのかと常々思う。


 陛下とは0歳児からの付き合いで、まあ、陛下の乳母が俺の母親だったという間柄、つまり産まれ付いての主従関係ってやつである。


 半分兄弟のような関係で、陛下はやたらと俺に気安い。王とそれに従う騎士という間柄、正直あまりよろしい態度ではない。


 現に今だって二人きりではなく、陛下の直衛を任されている【アローラ】が微動だにせず陛下の後ろに控えている。


【暁】は俺と同じく王下百景の一員であり、陛下の直衛を任されるだけあって実力者である。

 序列は第三位。団長、副団長に次ぐ存在であり、そして王国の最強女子。


 名前はドロテア。宮廷侍女としての服装に身を包んでいるが、その腰には細身の剣を帯剣している鉄面皮、それが彼女である。


 俺は知っている、この黒髪の淑女は礼節にうるさいという事を。

 美人で落ち着いた雰囲気だが、要は怖いのだこの人。



「さてと、クリスは先日、序列七位になったんだったか、最年少記録らしいじゃないか」


「陛下のコネを疑われてますけどね」


「だろうね、はっはっはっ」



 正直、ドロテアが怖いので普通に畏まりたい。それをやるとこの陛下、とたんに機嫌が悪くなるので出来ないのが困り者だけれど。

 今だって無表情で睨んできている。こっちは彼女に失礼な事をした覚えは無いのに理不尽だ。

 彼女には以前、真顔で「臭いので近寄らないでいただけますか?」と言われてから苦手なのだ。

 流石に陛下の護衛中にそんな暴言は吐いてこないだろうけど、視線だけで泣きそうになる。やめて見ないで俺は臭くないぞ。



「──でだ、歴代最年少で序列上位にまで上り詰めた優秀な幼馴染みに任務を与える」


「……任務ですか、陛下が直接?」


「ああ、極秘故にな」



 本来は団長を通して下を動かすものなのだが、こういった形での叙任は珍しい。今まで無かった訳では無いが。



「詳細についてはこの書類をよく確認してくれ」


「はい、ではちょっと失礼して……」



 渡された書類を注意深く確認する。それに合わせて陛下も要点をかいつまんで言ってくれる為、必要事項を頭に入れる事に苦労はしない。しかし……。


「陛下、これ、本当に俺へ任せる任務ですか?」


「そうだが?」



 一歩間違えば国の存亡に関わる程の案件なので、王下百景が動くのは当然と言える。


 しかし、ただ一点、絶対無理だと言うしかない部分がある。


「身分を隠して潜入するのは理解しましたよ? でもですね? この潜入先なんですが……」


「──白獅子騎士団。きちんと歴史と伝統の存在する我が国の騎士団だが?」


「そうですね、お飾りのなんちゃって騎士団ですけど」


「そう言うな、見栄えだけなら王下百景を勢揃いさせるよりも映えるのは間違い無いだろう? 冠婚葬祭含む各種式典では大活躍だぞ」


「そうですね! 問題はその白獅子騎士団が若年の婦女子のみで構成されているって所ですけど!」


「何か問題が?」


「あるでしょ!? 俺は男! 女性だけの場所にどうやって潜入しろと!?」


 言ったように潜入先となる白獅子騎士団とは女性のみで構成された騎士団なのだ。

 そこにバレないように潜り込めとこの陛下は仰りやがる。なに言ってんだこのお方は!


「大丈夫だろうさ、お前ならイケる」


「んな訳ないでしょう! 女装でもしろって事ですか!?」


「はっはっはっ」


「なんで否定しないんですか!? ちょっと!?」


 いやいや無理だよ? 俺、それなりに上背あるしそれに見合った身体付きしてるからね?

 騎士として相応しい実力を欲して結構鍛えていてわりと筋肉質なんだよ俺?

 筋肉ダルマとまでは言わないが、ムキムキした女装男を見たいのかこの人は。



「適任は他に居ると思います! 例えばそちらの【暁】などならなんの問題も無いと……」


「【暁】は私の直衛だから駄目だ、それに実力的にお前以下には任せられない」


「いや、そうは言ってもですね? なんだったら【暁】が潜入中は俺が直衛に回って……」


「ダメ」


「何故に!?」


「適任なのは分かるが、彼女、ガチレズでな」


「は?」


「そんなのを有力な貴族子女も多い場所に放り込んだら大変な事になるだろう?」


 え、そうなの初耳。


 何かすごい事を聞いた気がする。思わずドロテア先輩へ視線を向けるが、彼女は表情ひとつ変えずにしれっとしたままだった。


「とにかくだ、任務に変更はない。拒否も許さん」


「いや、ですけど……」


 そりゃ、俺は陛下の配下であって命令に背く訳にはいかない。それは分かる。分かるんだが……。


「大丈夫、ちゃんと考えている……まずはこれを飲んで貰おうか」


「はい……?」



 テーブルの上におかれる杯と、そこに注がれている謎のどぎついピンク色の液体。


 見るからにヤバそうな雰囲気だが、これを飲めと?



「……陛下、あの、これは?」


「まあまあ、良いから、飲め。王命な?」



 王命と来たよ。つまり拒否不可能。



「ちなみにこの謎の液体の効果は?」



 飲むにしてもせめて、効果を事前に知りたい。どうせろくでもない効果の魔法薬なんだろうが。



「……まあ良いか、それは『変化の秘薬』だ。さる高名な大賢者が、その生涯を賭けて造ったとされる伝説の性転換・・・の薬だ」



 やっぱりろくでもない薬だった。


「つまり、任務をこなす為に、女になれと」


「そのとおり」


 陛下はにやけ面で肯定した。


 マジかよ、嫌すぎる。


 俺は男としての自分にそれなりに自信を持っている。当然だが、鍛え上げたこのたくましい肉体は俺の力であり誇りでもある。


 そんな男へ、女になれと。



「飲め。さもなくば処刑」



 陛下の後ろのドロテア先輩が剣に手をかけた。うん、拒否したらすかさず俺の首が飛ぶ、彼女はおそらく容赦しない。


 忠誠心と己の命。


 その全てを盾に男としての尊厳を壊しにくるかよ!


 正直逃げたい。予想だにしなかった事態で完全に気後れしている。なんで女になれとか命令されてんの俺は……。


 チャキ、と剣の鍔を押し上げる音が微かに聞こえてくる。迷う時間は無い。

 女の子にしか興味無いらしいドロテア先輩はきっと容赦しない。

 なるほど、男にきついのはそういう事だったのかと思考が僅かにずれ掛けて、返答を待つ沈黙に殺気が混じり始めたので俺はもうやけくそ気味に声を上げた。


「……くっ!! 任務後、ちゃんと戻れるんでしょうね!?」


「それは大丈夫、秘薬は二つあるから」


「約束ですよ、絶対終わったら元に戻りますからね、俺は女体になりたい願望とか持ってなかったんですから!」


「はっはっはっ、わかったから早く飲め」



 最高ににやけた顔で急かす陛下。悦んでやがる。



「……ええいままよ! どうにでもなれ!」



 そして俺は、覚悟を決め秘密を一気に飲み干した。



「えっ、ん? 痛っ、いででででででで!?」



 瞬間、物理的に肉体が変化し始め、激痛と共に俺の鍛え上げた男の身体にお別れする事となった。

 本当に魔法の秘薬だったのだろう。何故か背が縮み、筋肉質だった手足がほっそりとした女のそれとなって、腰が括れて尻が丸みを帯びていく。

 痛みに悲鳴じみた声を出していた喉は低かった声色に変わって徐々に高音になっているのを自覚した。


 全身まるごと変化する、そんな感覚をまさに男であることを忘れてしまいそうな痛みと共に、主に股関を重点的に走り、俺は意識を朦朧とさせた。



「おお、思った以上に可憐だな! 良いぞクリスハイト、いや、クリスティナだな! はっはっは!」



 そんな、腹立たしい声を聞きながら、俺はこれから始まる屈辱の日々を憂いつつ意識を無くし……。




「よしドロテア手筈通りにしろ!」


「御意に。ではクリス、失礼を」


「……え、ちょ」


「まずはこの男臭い服を全て脱がせましょうか……あら小ぶりですけど可愛らしいお胸」


「ひぃ、やめっ!?」





「野暮ったい髪を鋤いて、眉も整えましょうか。ついでに下も綺麗に整えましょうね」


「ぎゃーーーーやめてぇぇぇ!!」





「下着はきちんと女性用のを準備しましたからね、男物の汚物は焼却しましょうか、うふふふふ」


「ふ、ふぐぅ……!!」





「さ、これで美少女の出来上がり」


「良いぞクリス、可憐てとても愛らしいぞ、はっはっはっ!!」



 痛みで身動き取れない所を辱しめられた。






 「うぅ……屈辱ッッ……!!」



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