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捨てた私の未来を拾った彼

作者: 藤村すずな

「あのねランベルト。お願いだからあなたは騎士団に戻りなさい」

「何十回と聞いたが答えは同じだ。俺はソフィから離れない」

今までで何十回以上繰り返した会話を本日も飽きもせず繰り返す。

「だから、私なんかよりも」

「いつからそんなに自分を卑下するようになったんだろうな、ソフィは。……ほら船に乗るぞ」

そう言ってランベルトは手を差し出す。


『ソフィ殿下はまたここにきたのか。王宮まで送るからほら、手をつなぐぞ』


いつぞや言われた言葉と繋がり、反芻される。

「あなたはほんとうに貧乏くじを引くわね。同情するぐらい可哀想だわ」

そうさせた元凶が自分であることは見ぬふりをして、私はため息をつく。

「そうでもないけどな」

いつまでも手を取らないことに焦れたのかアルベルトは私の手を取り、船へ乗り込む。


荷馬車の中で意識を取り戻してから数日。

たどり着いたのは国境を越えたさらに向こうの小さな港町。

冷静になってランベルトを祖国へ帰したくとももはやランベルトは聞く素振りすらなかった。

結局流されるようにランベルトのお膳立てした通りに町で過ごし、今日やっと小さな船に乗せてもらうことになった。

一か月はかかる船旅の始まりである。


ところで私の国には海がない。

だから国を出たことが無かった私にとっては船というものは寡聞でしか知らない。

初めての船旅で船酔いするのに時間はかからなかった。


(世界がグラグラするわ……)

小さな部屋のベッドで横になりながらぼんやりとそう思った。

視界は歪んでいるため今はしっかり目を閉じ、なんとか聴覚だけを頼りにして過ごしていた。

少しずつ近づいてくる音。控えめなノック。

「起きているわ」

アルベルトだと確信してそう返事をした。

入室したアルベルトは私の枕元に腰かける。

「もう少しで到着する。それまでの辛抱だ」

そしてゆっくりと私の髪を梳く。

まるで幼児にするようなその行為がこそばゆく、私の胸をひどく痛みつける。

「優しくしないで」

何度この言葉を発しただろう。

それでも彼は頷かない。

「またか。優しくしているわけじゃなくて俺がしたいようにいているだけなんだがな」

少し触れる彼の体温にじわりと涙が浮かぶ。

それがこぼれないように慌てて言葉を紡ぐ。

「なぜ、私の毒は効かなかったの」

--実はずっと気になっていた。

あの薬は少量であれば睡眠薬として使用されている。けれど一方で簡単に致死量に達するほどの効果がある。

いつぞや、王族が捕虜となる前に自害すべしという教えとともにもたされたものである。

まさか効かないとは思っていなかった。

ランベルトはこのあからさまな話題のすり替えを気にしないのか淡々と説明をしてくれる。

「ああ、あれか。あれは経年劣化を起こすやつなんだ。劣化すれば催眠作用は強くなる分、致死には至りにくくなる……まあその結果低体温にまでなったのだろう」

それはまるで他人からの伝聞を伝えているかのようだった。

「……ねえ、ところでその状況のわたしをどうやって連れ出したの?」

更に疑問を問いかけるがランベルトはふいっと視線を外した。

「それは追々話す」

「あなたまだ着いてくるの?早く戻りなさい」

「そう言いながら誰のお蔭で船に乗れたと思ってるんだ」

その言葉に私は口ごもる。

「私は頼んでいないわ」

「そうだな。俺が勝手にしていることだ。気にするな」

「気にするわ。私と一緒に居てもあなたにいいことはなにも無い。あなたを巻き込む気は無いの」

「いいことはある。例えば」

そう言うと彼はすっと私の頬に触れた。

たったそれだけなのに私はびくりと肩を揺らしてしまい、ランベルトをにらむ。

しかしランベルトは面白そうに頬を撫で続けた。

「あなたね……!」

「……まあ、こんな感じでソフィに触れられる。今はそれだけでも充分いいことだ」

その表情は嬉しそうで、私は何も言えなくなってしまった。

(なんでそんなに嬉しそうなの)

その笑みはあまりにも狡いものだった。

護衛としてずっと側にいても見られなかったランベルトの笑みが近くにあるだけでドキドキする。

それは嬉しい反面、とても苦しい。

「ああもう」

私は思考を放棄してランベルトに背を向けて毛布に包まる。

けれどランベルトはそんな私の背をずっと撫でてくれた。


ランベルトの言うようにそれからほどなくして船は向かいの大陸に到着した。

その頃には私も船酔いから回復しつつあり、むしろ安定した陸地へ不安になる程だった。

そうして視界に入る景色は不思議なものだった。

隣国の更に隣、しかも海を隔てているため違う文化の街であることは知っていた。

けれど知っているのと実際に見るのはこんなにも違うなんて思っていなかった。

そう思えば思うほど、予想していた未来とどんどん離れていることが怖くなる。

「ここまできてどうするつもりなの。私はこんなところまでくる気なかったわ」

恨み節をぶつければランベルトは気にした様子もなく、いつものように手を差し出す。

「国は暫く国内を安定させるため国外には手を出せないだろう。しばらくはここにいて庶民の生活をしようかと」

そして再度、私へ手を取るように促す。

私はその手を複雑な気持ちで眺めていた。けれどここまで来たら私が諦めるしかなかった。

「いつぞやの問いかけについて返事をするわ」

そう言えばランベルトは一瞬なんのことだと言わんばかりの表情をするがすぐに思いついたのか「あああれか」とつぶやいた。

「私は今でもあなたを巻き込みたくないわ」

「それで?」

散々聞いたこのセリフにランベルトは気だるそうな返事をする。

「それでも、私が生きるべきというのなら条件がある」

それは私が私を許す最低条件。

「私のことはもう主じゃなくていいわ。四六時中傍に居なくていい。あなたを騎士にはしないわ。そしてあなたの好きなように生きて。誰か好きな人が出来たら家庭を持ってちょうだい。私が邪魔になったら捨てて」

ランベルトは少し眉間に皺を寄せたがすぐに苦笑する。

「ソフィが邪魔になる日が来るとは思わないし、家庭を持つことも……。まあそれが条件なら俺は構わない。ソフィが俺を騎士にしてくれないなら他にも手段はあるしな」

そういうと彼は私の了承なしに手を取った。

「ちょっと」

「ソフィの騎士じゃなく、俺の好きにしていいんだろ。とりあえず街へ行こう。余裕が出たら更にむこうへ行って、また大陸を越えるのもいいな。どこかいい場所があれば永住してもいい」

力強くひっぱる彼はもう私の言葉なんて聞く気はないのだろう。それでもつい尋ねてしまう。

「あなた、さっきの条件聞いてた?」

「聞いていた。それでソフィが生きるのなら安い。ほら行くぞ」

彼のくれる無償の優しさはこそばゆく、私には重たく、申し訳なくなる。

(けれど彼が生きろと言うのなら)

生きるしかない。

遠い祖国を捨てても、一人だけ生きても、そうするべきなのだろう。

今は遠いあの場所はすでに過去のものである。

国民から嫌われた王女と不遇を生きた騎士はもうあの王宮にはいない。

私はもう一度目を閉じ、開いた。

世界は変わった。

彼と過ごす新しい世界に期待と少しの不安を抱えて私は一歩を踏み出した。


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