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あのコは、朝の当番*  作者: ユキタカト
第1章 ー 決別の朝
1/2

ー1ー 8月の学校。





「…まぁ皆は、まだ高校2年だし夏休みボケだろうが、明けの復習テストの対策は忘れんなよ〜。

こんな勉強なんざ、高校生のうちしかできねぇんだからなぁ〜。


あー、そうそう。


言い忘れてたけど、今日からうちのクラスが校庭の花壇の世話することになったから。


美化委員っ、明日の朝から頼んだぞーー」





…と先生に言われたから美化委員の私、相楽芽衣子さがらめいこは夏休みど真ん中に学校に来ている。


『毎日とか無理ゲーだろ…。お盆はどうする気だよ、あのクソスカたんが。』


イライラを心のなかでのみ、呟きながら無表情で花に水をやる。

そもそも美化委員になったのは一年に一回は必ず、委員会に入らなくてはいけないからだ。その中でも、美化委員は一週間に一度の掃除用具の点検と2、3ヶ月に一回の校外清掃のみである。まあ、それも実質その学期のみの活動でこの1学期を乗り越えれば大した仕事量ではないわけだ。


…まあ、だからこのオプション…というよりは追加イベント発生は前代未聞なわけである。さらに言えば夏休みの終盤というギリギリに。


ハァァと大きいため息をついた後、目下にある水を与えた花を見た。

青々とみずみずしい葉っぱに明るいパステルカラーの名前の知らない花。丹精込めて育てられたことがよく分かる。

愛らしいと言うべきか。確かにこれは残しておきたい気持ちは分かる。


なぜ、うちのクラスが花壇の世話係になったのかというと花を育てていた校務員のおじさんが別の仕事中にギックリ腰になったとか。

休みをいただく際に花の世話だけが気がかりだったそうで、それを聞いたうちの担任が無責任にも軽〜くその役を引き受けたらしい。(普段、サボりに校務員室にコーヒー飲みにいってるお礼らしい)

そのおかげで私の夏休みはクソみそ(担任)のおせっかいで吸い取られたのだ。



「テメー、生物の教師だろーが。お花の世話くらいできねぇでどうすんだ!?」

「別に〜〜、オレもともと人間の女の身体に興味があって生物の教師目指してたし〜?お花の事情とかめしべくらいしか知らんし〜」

「あんたの卑猥な就職理由を聞きたいんじゃねぇんだよ!

やる気がないならなんで引き受けたんだよ、コラ」

「大人はギブアンドテイクの世界なんですよ。

先生、花より夜の蝶派だからさぁ〜。早朝起きれないんだよね〜。オレの為に頑張って働いてくれよ、天使よ」

「バカかよーー!」



……ちなみにこの後、夏休み期間中は1学期じゃないと抗議をしたら、

「アホか、なら2学期始業式は何のためにあんだよ」

とあえなく玉砕。

まぁ、あの適当野郎の話はもういい。


あれこれと言ったが、私自身別に花が嫌いなわけじゃない。むしろ好きな方だ。生物は全般的に。水を撒いている時も無心になったり、想像したりする瞬間が好きなのだ。

何か忙しいことをするわけじゃなく、ただ黙々と目を彩らせて…。



……嫌な理由は、ただ一つ。


「朝」が嫌い。


忙しい、うるさい、人が湧く朝が。

東にある太陽が嫌い。鳥の声が煩わしい。


これから始まる1日を、悶々と考えることが嫌だ。




____「…おっ!芽衣子じゃん。何してんのー?」


そして、朝が嫌いな理由がやってきた。

声がした方向へ振り向くと白い帽子にユニフォーム。その帽子が脱がされ、少し髪が伸びてツンツンになった坊主頭と凛々しい眉毛と眼差しが私を見ていた。

額の汗を拭いながら近づいて私に言う。


「はよー。お前、夏休みなのになんで学校いんだ?」

「…関係ないでしょ、あんたこそ朝練中にサボりかよ」

「なわけw 芽衣子がたまたま見えたから声掛けたんだよ」


池乃井陽介いけのいようすけ

同小、同中といわゆる幼馴染ってやつだ。小学校の頃からずっと野球をやっている。今ももちろん野球部でレギュラーであり、今年は準決勝まで進んだが甲子園には届かなかった。

こうして私にも声を掛けてくるあたりが典型的な気さくで爽やかスポーツマンって性格通りであり、決してイケメンではないがまあまあモテる方だ。

今もまさに朝練中というわけで…不覚にも会ってしまった。


「…なぁ、今日さぁ午前練で終わりなんだけど、一緒に帰らねぇ?飯奢るぞ」


……言っとくが、付き合ってるわけではない。こいつはこういう奴なのだ。もちろん、めちゃくちゃ仲がいいわけでもない。


「いや、補習あるし今からは帰れないから。」

「あ、そうなん?しゃーねーなぁ。」


断ってもこんな感じである。だから、お互いに別に特別な存在ってわけでもないのだ。分かって頂けただろうか。

そうしていると、彼の背後からグランドで何人か同じ白いユニフォームの人たちがこっちを見ていることに気づいた。


「…池乃井、うしろうしろ」

「ん?……ああ、やべっ戻らねぇと!」


そう言ってまた私の方を向くと「じゃっ」と一言残して、帽子をかぶり直してグランドへ走っていった。


「…あいつと会うの、終業式以来だなぁ」


家はそんなに遠くないのにな。小学校は同じ区域だし、会わないもんだなぁ。

淡々とどうでもいいことを考える。

私はふぅーと息をつくとグランドに背を向け、また花壇に向かって水を撒き出した。


朝が嫌い。

朝練している幼馴染と会ってしまうから。

あいつといると、皆が好奇な目で見てくるから。


頭が痛くなる。しんどい。動悸がセミよりうるさい。


今日は…あいつと、

……ふつうに話せただろうか。




しばらくして花の水やりが終わり、ホースを片していた時だった。校舎裏の生物室側にある水道まで巻いたホースを持っていく。だいたいいつもここに放置されている。この感じだと校務員のおじさんも休憩がてら先生と話してたんだなと容易に想像できた。先生の話を信じてなかったわけではないが、ここへ来て仲がいいということが分かった気がする。

『ちょっと、遠いんだよなぁ水道まで…一人だと蛇口一旦止められないし。じょーろでもあのクソ教師に用意させるか。』


「誰も、お前一人でやれなんて言ってねぇだろ?友達一人や二人連れて仲良くやりゃいいじゃねぇか」


先生の言葉を一瞬おもいだした。朝は嫌な事を思い出す。


『…どーせそんなこと頼める友達いねぇし。さっさと片付けて、補習に行こう。』


そんな事を考えながら、ホースを蛇口のところに掛けた。



______…ガゴンっ!!


急に生物室の中で物音が聞こえた。ビクッと体を震わせた。


「な、なに…唯セン?(唯野ただの先生=クソ担任)

いや、夜の蝶の所にいったあいつがこの時間に来るわけねぇし…」


「……いっ…てぇー…」


中から少しかすれた男の人の声がした。もちろん担任の声ではない。

興味本位で窓に張り付くように、そーっとカーテンの隙間から窓の中を覗き込んだ。

…たぶん、それが悪かった。


「…あー、やっべぇ朝まで寝ちまったわ」


その声とともに、ガラッと窓が開く音がして同時に私の張り付いた窓ガラスがなくなった。


「!!うわっ!」

「え?」


前屈みに倒れた私はそのまま前にある何かにぶつかった。

温かくて、スベスベしてて、何だか変わった匂いがして…


「…え、女子?誰?」

「いってぇ……」


目を開けるとそこには、形の整った硬い肌色の……へそ?

んっ、へそ??


「……見知らぬ女子に急に抱きつかれんのは、割とホラーだな。嬉しいけど。」


頭上から声が聞こえ、恐る恐る顔を上げた。

線がはっきりとした綺麗な顔立ちに、前髪から覗く凛とした目がこっちを見下ろしていた。

その目はゆっくり目尻から細くなり、私の頭に手が置かれた。


「………覗きかな?^^」


時が止まった。

私はその瞬間、この人が上半身裸であることとそこに抱きついていることを悟った。


「うわぁぁぁぁぁーーーっっごめんなさぁぁぁーーっ!!」


顔を真っ赤にして、彼の胸をついて勢いよく離れようとすると腰回りに腕が回っていることに気づいた。

私の顔には彼の肌が問答無用でひっつく。


「何離れてんの?覗かれたんだから、職員室連れて行くのに捕まえてんだろ?」

「えぇぇっちょっ!!本当ごめんなさい!たまたまなんです!!誤解なんです!でも、私が悪かったので離してくださいっ!!」

「うそうそ。そんなことしないって!でも、ごめんね〜。せっかく抱きついて貰ってるけど昨日から風呂入ってないんだよねぇー」ギュゥゥっ←追い打ち

「いやぁぁぁぁぁぁーーっ離してぇぇぇぇぇぇっっっ」


そのやり取りがおよそ10分ほど続いた。

なんとか振りほどき、やっと解放された時は髪はぐちゃぐちゃで息も荒れていた。


「ほんっと……何するんですか……っ」

「いやぁごめんねぇ〜。朝起きるとどうも人肌が恋しくて。」

「手をワキワキしないでください!」


そうキッと睨んで見ても、ヘラヘラと笑っている。

ぼんやりした感じでくぁあーと大きなあくびをする。

私は窓枠越しにおずおずと聞いた。


「あ…あのぉ、昨日からってことはずっとここで寝てたんですか?」

「んー?そーだよぉ。まぁ、こんな時間までいる予定じゃなかったんだけど」


そう言って、彼は机の上にあったカッターに手を伸ばす。


「な、なんでここで寝てたんですか?」

「なんでってそりゃ…」


カッターを手にとった瞬間、床にあるものがパサっと落ちた。

ピンクの生地に黒いレースのパンt…


「……あ、しおりんノーパンで帰ったのかよ」


彼はピロッとその下着をつまみ、ズボンのポケットに突っ込んだ。


………把握。だから、貴方は服を着てないのか。

私は、ハァーとため息をついた。


「学校でって……何考えてるんですか。」

「何って、そんなん今に始まったことじゃねぇしなぁ〜。

ここ(生物室)一番管理ゆるいし、だいたい鍵閉まってねぇんだよ。」


唯野のやろう…。管理能力もねぇのか。

ここはそういう奴らばっかり集まるのか?


「君は?夏休みなのに、なんか部活?」

「あ、いえ…私は委員会の仕事で花の水やりに…」

「マジで〜、大変だねぇ。こんなクソ暑い中、朝っぱらから。オレに会っちゃうしさぁ〜」

「い、いえ…」


自分で言うんかい。

なんかこの人と話してると調子狂うな…本題がズレるし、なんか物言いが軽いし。


「……まぁやっぱ、朝まで寝ちゃうとバレるよなぁー夜中頑張りすぎたわぁ。向こうもせめて置いていくんじゃなくて、起こしてくれるくらいしてくれたっていいのにね?」


ははっと笑ったかと思うと、んーっと上に大きく腕を伸ばして、彼は水道の蛇口を捻る。水が出てきて、そのまま顔を洗っている。

この人、人にバレてんのに凄い普通だなぁ…バカなのか?


「……あの…」

「あ、やべぇ。タオル忘れたわぁ」


そう言って自分のTシャツを引っ張って、顔をふく。

あー…なんかちゃんと男の人って感じがする。そう思った時、彼と目があった。


「…ん?なに?」

「あ、えっと……タオルなら、持ってましたよ?」


そう言うと、彼はキョトンとした顔をして、次の瞬間大きな声で笑い出した。


「あはははっ、変な奴だなぁっ!よく知らねぇ男に抱きつかれたり、下ネタ吐かれたりしたのにタオル貸すのかよ。それに普通に話してっし。」

「え、えっ、でも…拭く物ないし。私持ってるし…」

「だからって…あははっ!気にするとこそこかよー」


変な奴とはよく言う…。生物室でそのまま朝まで寝る人に言われたくない。

目を細めて、口に手を近づけて笑う姿に終始戸惑いながら、なんとなくこんな笑い方をする人なんだと思った。

あーっとうっすら浮いた涙を指で拭って、彼は息をついた。


「はーあっ、しんどっ。…それで?結局オレに何を聞きたかったわけ?」

「え…?」


私の隣で窓枠にもたれ、ん?と聞いてきた。

この距離で男の人と会話するのは、家族と池乃井以外初めてかもしれない。私よりも10センチ以上は高いと思われるところから見透かすように見下ろされる。妙に空いた距離間になぜかドキッとする。私は空けられた距離をさらに少し遠ざけた。


「いえ……ただなんで、人肌が恋しくなるんだろうって」

「お、おう…結構、大胆な質問するんだね?」

「いや、単純に分からなくて」

「何が?」


「…貴方がどういう人間かを知ってるわけじゃないんですけど、寂しいと恋しくなるって何だか違う気がして」


彼は目を丸くする。

私もなんでこんな質問をしているんだろう。ただ、単純にこの人とはもう会わないような気がしたからだろうか…。

初対面のこの人に。

何も思ってないから、言ったのかもしれない。


「……あんたって本当に変な奴だね。

確かに君の言う通り、寂しいとかじゃないかもな。だからって恋しいわけでもないし。」


彼はクスッと笑って答える。私はその答えをジッと待っていた。


「……時間の浪費中なんだ、今。」

「えっ?」


彼はそう呟いた。私はすぐ隣の遠くを見つめる横顔を見た。何かさっきまでとは別の人を見てる気さえした。

だから、思いもよらない言葉に私はすぐに「なんで?」とは言えなかった。

きっともっと…軽い理由だと思ってたから。


「…寂しいとか思った事ないんだよねー、オレ物心ついたときから。近くには誰かがいたし。

女の子たちは自分が相手に求められたいから、寂しいからって近づいてくる子たちばっかりで。だから、相手をしてあげてた。少しでもその子たちが寂しくなくなるように。」


……なんだか、この人は。


「オレ自身、別に欲求解消できるしいいんだけどね。考えてる暇にいつの間にか終わるし、また次の人が来て流れ作業みたいで。…人が言う寂しいって案外簡単なのかもな。


……君、こんな話されてよく平気で聞いてられるね?ひかねぇの?してるオレが言うのもなんだけど」


少し困ったような微笑を浮かべて私を見るこの人。


「……いえ、聞いたのは私ですから。」

「そう?…なんか、オレは自分語りみたいであんまりこういう事人に話さないんだけど、…黙々と聞いてくれるからつい話しちゃうな?」

「…人を変な奴呼ばわりしたくせに。」

「…ふっ。そっか、多分あんたが知らない変な奴だからか。」


彼はそう呟いて、まっすぐにまた前を見る。そんな彼の顔は笑っていて、目だけが何か前の風景とは別の物が映っていた。


「………疲れてない?」


そういった私の言葉にひどく驚いた顔をして、ばっと顔を向けてくる彼。


「…びっくりした。てっきり説教されるか、呆れられるかと思ってた。」

「なんで?説教なんて、私はそんなに偉くないし正直、間違ったことをしてるってはっきり断言もできないし。貴方の場合、相手からの誘いを全部受けてるってだけみたいだしさ。」

「…意外と正論だな。」

「その後、人に恨まれて刺されたとしても自業自得だと思うけど、発散方法なんて人それぞれだもん。一番ダメなことは貴方自身が疲れてしまうことなんじゃない?」


その瞬間、彼の顔にすっと窓からの光が差し込んで降りてきた。私はその瞬間、彼の色素の薄い茶色い髪が反射して綺麗な桃色のような鮮やかな色に染まった瞬間を見た。

それをボーっと見つめていたら、不意に彼がジッと顎に手を当てて私を見ていることに気がついた。


「な、なんですか?」

「…いや、そう言う意見は初めてですなぁ〜。ふむふむ…」

「……何キャラのつもり?」

「今後その言葉、参考にしよっかなぁ〜」

「は?何の?」


私がそう聞くと、彼は窓からパッと離れて窓枠に手をかけた。そこから振り返って私に意地悪そうな笑顔を見せた。


「女口説くときの!」


そう言って窓から外に出た。


「えっ、ちょっと何にも反省してないじゃんか!!」

「あーあ、こっちは中から見た景色と全然違うなぁ〜。気持ちいい朝だぁ!」

「話聞いてますっ!?」


すると、私の方をくるっと向いて微笑した。


「聞いてますとも、むしろ君の話には興味がある。もっと聞きたいですなぁ。」

「だからそのキャラ何なんですか!?もう、本当にいい加減な人だなぁ!」

「……じゃあ、君が見張っててよ。毎朝オレが女とやって疲れないようにな。」

「………はっ?」


私がキョトンとすると、彼は横目でチラッと私を見てクスッと小さく笑う。その姿はたぶん、彼の人物像が少し露わになった最初の事かもしれない。


「君は朝の水やり当番だろ?じゃあ、ついでに明日からオレの見張り当番だ。」

「……はぁぁぁ!?」




大嫌いな朝に、面倒くさい仕事が増えた上に、面倒くさい知り合いが出来てしまった。


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