魔女の茶会
お茶は嫌い。
苦くて渋いから。
だから魔女の茶会も嫌い。
「……」
どこか遠い世界の果て。
ただあるのは、一つのテーブル、四脚の椅子、四人分のティーセット。
小さな茶会に集う魔女。
……違う。
永遠の魔法少女たちね。
主催は、空淵魔女。
ソラ狂い。
ソラのように大きくて、ソラのように心が空っぽの女の子。
たぶんきっと、彼女の心は、大空と大地の境界の落としものなのだ。
何を考えているのかしら。
何も考えていないのかもしれないわ。
恐らくは後者ね。
「虹の魔女」
──声、女の子。
魔女の茶会に集うのなんて、いつもの顔ぶれ。
声もいつもの声。
聞いたこともある、忘れていない声。
ワタクシは、この声を知っているわ。
「これはこれは、笑い魔女。お久しぶりですわね」
笑い魔女。
彼女はその名のとおりの、ニコやかな笑い仮面を着けたまま。
「一年ぶりかしら」
ワタクシの対面の椅子につく。
空淵魔女。
笑い魔女。
銀星の魔女もいるわね。
……あとワタクシ、虹の魔女。
今度の、魔女の茶会の出席者は、どうやら四人だけのようですわね。
まぁ、こんなものでしょう。
「あら、不味い」
ソーサーを手に取り、カップに口をつける。
舌を濡らすのは、不味かった。
紅茶ではなさそう。
緑茶ではなさそう。
黒茶でもなさそう。
……庭の雑草を纏めて煎じたような味ね。
「最近、楽しいことはあったかい?」と得体のしれぬ茶をすすりながら空淵魔女。
空淵のババァ少女は、いつも、茶会をその一言から始めるわね。
「う~ん……」
魔女の茶会。
実質は『生存確認』なのだ。
今日まで生きているのか。
少なくとも、いるということは、そういうこと。
……。
楽しいこと。
楽しいことは、特になかったわ。
いつもどおり。
普通の『女の子』でしたもの、ワタクシ。
そしてやはり、他の魔法少女たちも話さない。
──だって、
魔女にとって楽しいことは、フツーの少女とは違うものだ。
それに。
本当に大切な記憶は、心の内にしまうものだ。
穢されたくはないのだ。
それは、恐れともいえた。
「……」
静まる魔女の茶会。
ただ。
得体の知れぬ茶をすする音。
カップをソーサーに戻す音。
これもまた、いつもどおり。
魔女の茶会は、今回も平常運転だ。
「はぁ……貴女たちは魔法少女なのよ?」
魔法少女らは、空淵魔女の呆れ声を聞く。
ワタクシは、また始まったと話の半分くらいは聞き流す。
魔女の茶会にお呼ばれされたもう一人、銀星の魔女だけが真剣に話を聞いていた。
笑い魔女は……変わらずのニコニコ。
頭の中はたぶん、ワタクシと同じ。
つまり、不真面目。
「魔法少女ってのはさ──もっとこう、ファンシーであるべきだと思うのだ」
ふわっとした、空淵魔女の力まない力説。
銀星の魔女だけが、空淵魔女の言葉へ唯一、耳を傾け頷く。
彼女……銀星の魔女は若く、純粋なのだ。
虹の魔女、笑い魔女とは、少し、また違う。
何となし。
ワタクシは、銀星の魔女に対して、孫でも見守っているような視線。
そんな、銀星の魔女の口からの魔法少女感を語っていた。
他人の魔法少女感というものは興味深い。
だって、『魔法少女に何を求めているのか?』がわかるもの。
「──わかるわ。魔法少女ってのは、もっと『夢』を背負うべき」
「例えばどんな『夢』なのさ、銀星の魔女」とは、笑い魔女のお言葉。
そういう笑い魔女の顔には、その名のとおりの、しかし、ニタニタとした笑顔が張り付いている。
ワタクシは知っていますわ。
彼女の笑顔とは、しょせん、彼女という魔女のシンボルとしてあるものでしかない。
「笑い魔女、簡単だよ。笑い魔女、良い質問だ。それはね──」
ワタクシ、何を答えとするのか気になりますわ。
耳を静かに傾ける。
「──不可能であることだよ」
「ちょっと意味がわからないかな」
「そっか。じゃ、笑い魔女。ちょっと魔法を使って見せて」
「ここでかい?」
「お願い」
笑い魔女、少し考慮。
そして、カップの茶を一口含む。
──その時。
テーブルの上に、小さな人が立っていた。
いつのまにか。
掌に乗せられる程度の、白いのっぺらぼう。
何かは知っていた。
白濁した空気の塊だ。
光が空気の塊の中で乱反射し、普通ならばほぼ完全に透過して透明なものが、そうでなくなる。
魔法の人形だ。
笑い魔女の魔法人形──『風の人形』。
風の人形の魔法は、テーブルの上で踊る。
「フツーではできないことだ」と銀星の魔女は、風の人形を指摘。
そのとおりではある。
やり方をしらなければ、であるが。
生まれた時から直感でやれる地球人はいない。
「魔法はフツーでは『不可能な技術』だ。特殊能力だ。そして夢は絶対に叶わない不可能なもの。叶ったらもう、夢は夢ではなくなるからね。魔法=夢。つまり魔法というものは、夢を夢のままに叶う、奇跡の力ってわけさ」
「一つ、よろしくて?」
「何かな、虹の魔女」
「銀星の魔女。貴女は今、絶対に叶わないものといったわよね。でも魔法は、夢であるともいっているわ。貴女の理解だと、魔法少女が魔法を使った瞬間、魔法のもつ夢という側面は失うと思うのだけれど。魔法=夢では結べないわ」
「良い質問です。虹の魔女」
「……そうかしら?」
「説明しましょう」
妙に『ノリ気』な銀星の魔女。
彼女の心の内は、よく動く舌として表れていた。
ワタクシは、そんな銀星の魔女のことを、どこか微笑ましく思いましたわ。
「魔法少女とは、魔法と少女で構成されているよね? 当たり前の話ではあるけど」
「えぇ、そうですわね。だって『魔法』『少女』なのですもの」
「うん。炎をだしたり──」
銀星の魔女が、その、細い左手の人差し指をたてた。
指先に『小太陽』が生まれる。
蒼い炎の輝き。
近くの空気があぶられ温まる。
「──雷をはしらせたり──」
銀星の魔女の、同じく左手、今度は中指に変化。
赤桃色の雷が、蛇のだす舌、あるいは竜の吹く炎の息吹きがチラつく。
……少し、ワタクシの髪の毛が逆立ちましたわ。
「──コレが魔法だよね。魔法少女とは、こんな魔法の力を使えるようになった、『フツーの少女』なわけ。少女が魔法を使う。少女が、花を折るのと同じ。あるいは、少女が飛行機を操縦する。でも人間は空を翔べない。翔べないけど、飛べる。ほら、矛盾なんてない。魔法少女はなんの道具もなくソレをこなせるだけ。『フツーの少女』でしょ?」
「ん?」と笑い魔女。
銀星の魔女が、『フツーの少女』といったところで、笑い魔女は小首をかしげる。
笑ったままのような表情、糸目の彼女の顔がかすかにかたむく。
「質問だ、銀星の魔女」
「許可しよう、笑い魔女」
「では──」
コホン、と一つ笑い魔女の咳払い。
「──魔法が使えるだけの素質がある時点で、『フツーの少女』ではないだろ。まだ、全ての者が発現できるわけではない。センスがいる。魔法を授けられるってだけでも、『一部の特別な女』だ。特別ということは、フツーではない、ということではないか?」
「ふっふっふっ」と銀星の魔女、笑い魔女の質問に対し、不敵な笑みを浮かべてみせた。
そんな銀星の魔女をみた、笑い魔女。
わずかに、そう、わずかに眉をしかめる。
しかし、そんなことも一瞬のこと。
彼女は笑う、笑い魔女なのだ。
「笑い魔女は、魔法が使える少女はフツーではない、と。なるほど。いいたいことはわかる。でもね、笑い魔女。魔法と、少女。この二つが合わさってこその魔法少女だけど……魔法と少女、この二つはわけて考えるべき」
「……よくわからないな」
「つまり、よ!」
──バンッ!
──バンッ!
二回、テーブルがしたたかに殴られた。
殴るのは銀星の魔女。
彼女は、今一つ話を察しきれていない笑い魔女に対し、憤慨とまではいかないまでも、苛立ちを感じさせる。
銀星の魔女は気が短い。
しかし、話が上手くないので彼女との会話は気が長くあるべきだ。
魔法少女の構成要素たる、魔法、少女。
二つの構成要素の分割……ワタクシにも、詳しくはわかりかねますわね。
「魔法が使えるから魔法少女なんじゃなくて、少女だから魔法少女なんでもない。魔法少女は、魔法少女という──『概念』よ」
「それはどんな概念? 銀星の魔女よ」
「魔法少女とは一つの形。〈思考の海〉にアクセスできる人間、夢とは魔法であり、魔法とは〈思考の海〉から引き出す力」
「……銀星の魔女がいいたいのはつまり、魔法少女は、〈思考の海〉の代弁者……ということで良いのかしら?」
銀星の魔女はうなずく。
彼女に対してワタクシ、軽い失望を抱きつつありました。
銀星の魔女の話は、つまらないものではないけれども、特段の注目に値するものではなく、ワタクシの心をときめかせてくれるものでもないのですもの。
ゆえにワタクシ──失望ですわね。
「笑い魔女はどう思いまして?」
ワタクシは、笑い魔女に話を振る。
願わくば、ささやかな期待を望み。
「ん? 興味があるのかい? 聞きたいかい?」
「……はやく話しなさいな」
じれったい笑い魔女の話ぶりは、ワタクシの心を逆なでる。
ワタクシ、待つ、焦らされるは嫌い。
もうすでに、銀星の魔女の一件で心を消費している。
笑い魔女は、「やれやれ」と肩をすくめた。
「魔法少女てのはさ──『職』さのさ、と思っちゃったりするわけさ」
「……は?」
銀星の魔女の、まるで、まるで地獄の釜の底から轟いたかのような、そんな一言。
「いやいやいや! 笑い魔女、アナタ何いってるのよ」
「魔法少女というのはようするに、『お仕事』なのさ」
「それは違うよ」
「何が違うんだい、銀星の魔女。考えるのだ、銀星の魔女。〈思考の海〉へ接続し、魔法を使うもののことを。その者らは、魔法少女をする、あるいは魔法少女になるのだ。人間が人間として生まれてこないように、魔法少女も初めから魔法少女であるわけではない。獣として生まれ、人として成長し、魔法少女への分岐を選択するのだ」
「おかしい! アナタの話だと魔法少女は、人間の進化した形だ」
「銀星の魔女、それは正しい。正しいが、正確ではない。そこにあるのは、『己の意思』なのだから」
「うーむ……」
「魔法少女になる、ならないは個人の自由。環境変化に追い詰められて、背中を突き刺される必要性の中での適応である進化・退化とは違う。つまりは、魔法少女になるのは、兵隊になる、魔王になる、機械合成体になる、というのと何一つ大差ないわけであろ。で、あればそれは、職であること以上ではない。魔法という特殊技術を学んだ『労働者』なのであり、それが魔法少女なのだ」
──魔法少女。
誰もが同じ認識をもっているようでも、実際は随分と相違があるものなのね……。
銀星の魔女は魔法少女を、到達した一つの夢の形としている。
対して笑い魔女は魔法少女を、単なる職業でありお仕事と割り切っている。
魔法少女自身にとっても、魔法少女とは何か、意見が分かれるところのようだ。
「虹の魔女はどう考える? 魔法少女」
「え? ワタクシ、銀星の魔女」
「確かに、ワタシも聞いておきたい」
「笑い魔女まで……」
ワタクシは空淵魔女のようい傍聴者として、どこか他人事として聞いていただけに、突然、話をふられてドキリと高鳴ります。
魔法少女……魔法少女ね……。
「そんなの知ったことではありませんわね」
ワタクシは、そう、銀星の魔女と笑い魔女の二人に、キッパリと放ちましたわ。
……まあ、当然、こんなことを聞かされては微妙な顔にもなりますわよね。
銀星の魔女は、モヤモヤとした心中が顔にでているが、言葉にはださない、そんな顔をしていた。
笑い魔女は変わらぬニコニコが張り付いたままだが、内心ははたしてニコニコかどうかは不明なところ。
「それはズルですよ、虹の魔女」と銀星の魔女は苦笑した。
確かにズル、ですわね。
意見を求められて、意見を答えていないも同然ですもの。
──でも。
ワタクシの魔法少女感ですわ。
これが、ワタクシの魔法少女。
「さて、困った。魔法少女とは何ぞや。答えはバラけてるねぇ。アタシはそれでも、なぁんにも問題はないと思うけど」
空淵魔女の口が開く。
「各自ですりあわせた、共通の意見も大切と考える。どれ、一つ老いぼれの意見を聞いてくれ。虹の魔女、笑い魔女、銀星の魔女、三人で魔法少女というものを定める、というのはどうだ?」
大魔女・空淵魔女の一声は、けっして交わることのないワタクシたちを両断し、溶接してしまおうという大意見。
魔法少女とは何かしら。
ワタクシたちは、お茶会のあとで、それを探す試練に挑戦せざるをえないでしょう。
随分と長いお茶会になりそうね。
百年くらいかかるかしら?
ふふふ……。
そうね。
うん。
『一人』、聞いていなかったわ。
──〈アナタ〉。
魔法少女、どう思い考えているのかしらね?