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世界の終わりの最後の1ページ


 大地が崩れ、海が割れる轟音が、城の奥深くに居る私にも聴こえて来た。


 無感動にそれを聴き、本当に世界が終わってしまうのか、と今更のように嘯く。


 伽藍堂の大広間は荒れ放題。カーテンは破れかぶれで埃を被っていて、大理石のタイルは劣化して剥がれている。蜘蛛の巣を張り巡らされたシャンデリアは今にも落ちそうに不安定に揺れながら、未だに少しの灯りを保っていた。

 大地の振動で城が揺れ、天井から埃が落ちる。


 あの頃は清潔だったのに、何時の間にこんな風に荒れている。時の移ろいの不思議さに、ふと、昔を顧みる気分になった。







 あれは、向こうも此方も暑い夏の事だった。

 私は高校生だった。学校に通って部活をする、普通の女子高生だった。


 足元に変な光る魔方陣のようなものが出て、酷い目眩がした時、暑さで目が霞んだのだと思った。座り込んで、それが収まるのを待って目を開けたら、ファンタジーの城のような所に居た。


 失敗か


 白い服を着て杖を持った、ゲームで回復ポイントに居そうな格好の男が眉を顰めて私を見た。

 辺りには沢山の人が居た。西洋の城の、広間のような場所。大きな椅子が一番奥に二つあって、国王らしき髭の中年と、金髪ドレスの年増が座っていて、そこからずらりと、沢山のガラス玉のような瞳が並んで私を見ていた。


 説明はなく、私は何も理解しないまま乱暴に引っ立てられて、不衛生なじめじめとした真っ暗な地下牢に入れられた。



 余りに現実味が無かった為、私は夢が覚めるのを願って眠った。眠っても元居た場所に戻る事は無く、夢の中で私は神様に会った。


 光輝く女神だった。彼女の美貌に酔いしれる私に、彼女は現状を説明した。


 私は、女神の世界の人類を救う為、女神の御告で国王が神官に命じて召喚させた勇者だそうだ。勇者は男、という概念のある彼らに私は只の失敗作に見えたが、女神は私が正しい勇者だと言った。

 私に対する彼らの非礼を代わって詫びられたが、どうでも良かった。



 私は返してくれ、と言った。元の世界に返してくれ、と。



 だがその方法は無いと女神は私に悪びれもせずに告げた。この世界で暮らせば良いだろうと。

 何が良いのか今でもさっぱり分からない。意味不明だ。




 魔王を倒しなさい、と女神は言った。

 その為に呼ばれたのです、と言った。




 色々と問いただそうとする私を遮って、女神は魔王を倒した時、褒賞として貴女の願いを叶えますと告げた。


 目が覚めて、戸惑いながら私は現実を受け入れ始めた。……―――いや、あんなのは全く現実に居なかったとも言えるが、私はその時、取り敢えず魔王を倒さなければ、という気持ちになっていた。






 だが、私は現実を知った。


 生きる事は地獄に居る事だ。

 何度も死にたいと思った。けれど、魔王を倒す為の素質か何かが私を殺さなかった。

 この世の全ての地獄を味わったと思う。


 この世界を呪った。

 私をこの世界に喚び、棄てる悪辣な人々を呪った。対象は直ぐにこの世界の全ての人々に変わった。

 女神を呪った。彼女は夢の中で何時も私に謝った。今は気の迷いなのだと。だから見逃してやってくれと。そして魔王を倒しなさいと命令する。


 そんな彼らが住まう、この世界の何もかもが憎かった。


 そして私は、一度人間として死んだのだと思う。









 こんな世界、壊してしまおう









 決意するのは簡単。実行するのも簡単。心が麻痺して感情が消え去り、憎悪だけを残した私は、恐怖が無くなった為に冷静な思考を取り戻した。


 私に出来る事は、多彩な魔術の行使。


 魔術でその場の男たちを殺し、牢を出た。


 無礼だ何だと罵倒されながらも、女神に選ばれた証、肌に刻まれた刺青を見せれば、そのまま魔王退治に行けと城から追い出された。


 一体今までは何だったのだ。ふつふつと怒りを沸き立たせる。噛み締めた口内に鉄の味がした。




 同行者は弱々しい平の兵士。


 殺そうかと思ったが、どうせ皆殺すのだからと、放っておいた。



 旅の道は険しかった。私が女神に選ばれた勇者であっても、学び、研鑽を積み、強くなって行かなければならなかった。

 味方など居らず、何度も死にかけながら、紙一重で生を掴み取って行った。

 学ぶ度に、私は元居た世界へ還れないものかと方法を探した。だがそんなものは無く、絶望を深めるばかりだった。




 首が飛んだ。赤い血飛沫が舞い、これも血潮は赤いのか、と思った。


 魔王は呆気なく死んだ。

 それなりに長い年月をかけた。私は長い年月の間、この世界に一欠片の希望を見る事も無かった。

 魔王の核を砕く。赤い鱗粉のような光が舞って、女神が実体を持って現れた。




 貴女の願い事を叶えましょう、と言った。


 私は願った。天変地異を起こせる、神に匹敵する力が欲しいと。




 斯くして私の願いは叶えられ、私は即座に、得た力を具現化した剣を、女神の胸に突き立てた。


 何を、と掠れた声で言っていた。


 私に何をしたのか、さっぱり理解しないまま、女神は消えていった。私は強くなった。神程に。





 城に戻れば、そこは薄暗い雰囲気の、埃っぽい場所に変わっていた。


 帰還した私と平兵士を歓迎した誰しもの目の下には、魔王が倒されたというのに不安が絶えなかった。

 私はそれを見てほくそ笑んだ。私が仕掛けた事だったから。


 城を出る前、魔術を掛けた。城にいる者が皆、悪夢を見る魔術だ。好きな人に殺されたり、好きな人を殺したりする夢。そんな夢を見たら、きっと疑心暗鬼で幸せになれないだろうから。幸せになるなんて許さないから。


 想像通り、そこには不幸な空気が漂っていた。大広間であの日のように、再び沢山のガラス玉に囲まれた。







 次は何処其処の国を倒せ。







 告げられた言葉に、女神殺しの際も冷静だった同行の平兵士が激昂していた。

 私は己が人として扱われない事を再確認した。









 城の者を全て殺した。

 自らの手で。


 血にまみれた部屋の、それまで王が座って居た椅子に膝を立てて座る。私は、魔王が死んだ後に私のモノになった魔物達に命令した。



 この世にある全てを壊してしまえ!

 燃やし尽くせ!蹂躙しろ!!!



 私は第二の魔王となった。

 側近となった者達に女神の力を分け与え、野へ放つ。


 世界はみるみるうちに荒廃した。





 愚かな人間はそうして滅び始め、私の配下の魔物達は、私の目的を知る由もなかった。


 世界を壊す―――それは己が死を意味する。


 知った者は離反した。私は容赦無く彼らを滅ぼさせた。


 そうしてこの世界の生物は殆ど居なくなり、私は目的を達しようとしている。

 この城に腰を下ろしてから、玉座から動く必要は無かった。皆私より余程弱い魔物で事足りた。人間はあの頃の私が思っていたよりずっと脆弱だった。



 世界を支えている核を破壊してから数日がたった。じきに、大地が砕け、天地が逆転し、この世界は跡形もなく消滅するだろう。


 皆、死んだ。


 もう殺す人間などいないのに、ここまでしても、私の心は満たされ無い。憎悪は収まらず、希望は無い。



 私に離反しなかった唯一の側近が、私に報告をしに来た。


「経過は?」


「順調です」


 跪拝して答える人間。そう言えば彼は、私と共に魔王退治に駆り出された平兵士だ。

 あの頃の無駄に重々しい甲冑を、竜の鱗で作った軽いが強靭なものに変え、鈍の剣をミスリルで作った剣に変えている。


 離反した元配下の魔物達に与えた女神の力を、回収して行ったのは彼のようだ。そして奴はそれを持ったまま。


 随分強くなったものだ。


 金の短髪は涼やかで、鋭い目と頬に走った傷が苦味のある好い男。

 初めてそんなことを思った。というか生きていたんだな、こいつ。


「お前は、冷静だな。私を恐れんのか」


 声を掛ければ、男は驚いたように顔を上げ、苦笑した。


「長い、付き合いだからな」


「付き合いがあったと言えるほど、関わって来ただろうか」


「おまえは俺を見なかったが、俺はずっとおまえを見ていた」


 確かに私は誰も見なかった。この世界を壊す未来だけを見てきていたから。


 私は静かに唇を歪め、声を発する。動揺も悲哀もない。







「私を、殺すのか」


「ああ」







 この世にたった二人だけになった人間。奴は私を殺そうとしていた。

 奴は、強かった。ともすれば、かつての魔王のように苦戦する。


 そして時は訪れる。


 決着を付けたのは一振りの短剣。

 腹に突き刺さっていた。


「私の、負けか………」


 幾ら神程に強くなろうと、私は人間だった。ふらつきながら、そんなことを意識した。


「私を殺した所で、世界の滅びは止められんぞ」


「そんな事は知っている」


 男は憮然とした表情で言った。

 ならば何故か。訪ねる前に立っていられなくなり、喀血した。倒れた私を抱えた男は、私の顔をどうしてだか心配そうに覗き込む。それはまるで、泣いているような表情だった。


「何故、そのような顔をする……。おまえは私を殺したいのだろう。本望ではないか」


 一層表情が歪む。悔いるような、貌。


「……殺したいという訳ではない。何と言えばいいのか………」


 眉を寄せた男は暫く黙ってから、脈絡無しに私に言った。


「俺の名前はシーザだ。おまえの名前を教えてくれ」


「名前?元勇者、女神殺し、魔王、好きに呼べ」


 一笑に付せば、奴は言い募った。


「おまえは、ジョシコウセイとやらで、ニホンという所に生きていたのだろう?その時の名前は?」


 ナニヲイッテイル?身体が震える。


「何処でそれを知った。何を知っている!?」


 声を荒げるが、弱々しい声にしかならなかった。


「だから言っただろう。俺はずっとおまえを見ていたと。夜魘されている事や、何処か遠くを見ているのを知っていた。泣き叫ぶのを見た事もある。だから知っている。おまえが向こうの世界で、何の変哲も無い只の子供だった事も」


 私は思わず両手で顔を覆った。


 思い出すと、懐かしくて懐かしくて、温かさに幸福を覚える記憶だ。だが同時に、戻りたくて堪らなくなり、何よりも憎しみを思い起こさせる記憶だ。感情よりも先に涙が溢れてくる記憶だ。


 思い出すのは苦しかったが、どうしようもなく愛おしくて、憎くて、忘れることが出来ない記憶だった。


「知って、どうする……」


「世界で最後の人間におまえがなるのは、余りに不憫だ」


 噛み締めるように、男はゆっくりと言葉を紡いだ。


「俺は、おまえが女神を殺したのを、相応の報復だと思った。この世界が滅ぶのも、原因は俺達にある。だから、おまえを止めようと思わなかった。

 おまえにその権利があると思った」


 紡がれる言葉は、私を人間として扱った。


「でも俺は、それでお前が満足して逝くんだと思っていた。だが…お前は満足などしなかった。復讐に、渇えた」


 私は幽かに嗤う。


「当たり前だ。私の想いは何にぶつけても余りある」


 奴は唇を噛み締めた。まるで何かを堪えるように。


「それでは駄目だ。いけない」


 かぶりを振る。


「もしこの世界が滅んでも、おまえには女神の力があるから、死ぬ気が無いのなら、虚無の中で永久に生き続けるのかもしれない。

 おまえはいつか、泣いていた。元の世界に戻りたいと。だから、ここで死んで、還れ」


 私は聞かずにはいられなかった。私の気が済むまで私に世界を滅ぼさせようとするなんて。気狂いのようじゃないか。


「何故、私にそうまでする…」


 それに、人として扱われたのは初めてだった。元の世界の頃ぶりだから、もう10年ぶりだろうか。喉に競り上がるものがある。咳き込めば、血の味が広がった。


「さあな。情が移ってしまったのかもしれない」


 読めない笑みを浮かべる男―――シーザはいい男だ。今まで何故気がつかなかったのだろうと考えて、私自身、この世界の奴を人間として見ていなかった事に気がついた。


「おまえは、この生を生き抜いた。恨みを来世まで持ち込むな。来世こそ幸せになれ。なってくれ。だから、おまえの名前を、おまえのことを教えてくれ。ここに、全てを置いていけ」


 目から涙が流れた。初めてこの世界を赦してもいいかもしれないと思った。

 勿論、世界を壊す事を止める事など出来ない。私が失った希望は余りにも大きく、得た絶望は余りにも大きかったのだ。


 死ぬ間際だからだと思う。


 これ以上苦しまなくていいと言われ、優しく抱き締められているから、やっとこの憎しみから解放される事が可能なのだろう。





「私は、柏木香織…。カオリ。学生だったの…。あの日は、酷く、暑くて。めまいがして、ここにいた……」


「カオリ…か」


 柔らかな声色で名を呼ばれる。私以外に知る者の居ない名を。


「どうして私だったの?私、こんな所に来たくなんてなかった。次の日にね、テストだってあったし、友達と遊びにいく約束だってしてたの。あっちの私がいなくなって、みんなどうしたかな…もしかして、私ごといなかったことになっちゃったのかな…」


「そうか…」


「こっちで…何度も何度も殴られて、犯されて、怖かった。でも、誰も、助けてくれなくて。私、殺し合いなんてしたことなかった。痛かった。怖かった。血だって嫌いだし、斬られるのも、斬るのも嫌だったよ……?でも、でも…やらなきゃ死んじゃうんだもん…………」


 咽び泣く私の背中を擦って、シーザは囁いた。「辛かったな、カオリ。よく頑張ったな」と。



 だんだんと、声を出す体力もなくなった。傷口から溢れる血が、私の命を持っていく。

 それでもシーザは私に囁き続けた。「辛かったな、カオリ。おまえはよく頑張った」と。何故だか、その度に憎しみが溶けていった。

 醜く膿んで腐り、痛みのあまりに触れることも出来ない傷を、優しく手当てされているような気持ちだった。




 指先から冷たくなっていくのが分かる。

 ぐったりとして目を開けていられなくなった私の額に口づけて、シーザは言った。






「おやすみ、カオリ。目を覚ました時には全て元通りだろう。怖い悪夢は終わったんだ」






 霞む視界に涙に濡れた頬が見えた。


 やっと全てが終わったのか。

 優しい声を最期に、私の意識は暗転した。

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