6話 あがき
キルには訳が分らなかった。一体何がどうなったのか。幻聴でも聞いたのかとも思っていた。有り得ない。有り得るはずがなかった。
キルは自分の作戦の成功を信じて疑わなかった。
通信機から聞こえた声は管理長のジーク・ボレット、つまり敵の声。これが何を意味するのか本当はキルには分かっていた。
キルの作戦は通信機を通して全て筒抜けだった。ジークが奴隷達が使用している通信機の周波数に合わせ通信を傍受していたからだ。そのため爆弾の位置も分かっているため、爆弾から離れたところで職員を待機させ、近づいたと思い込ませるために足音をわざと立てた。起爆後、能力を活用し油断していた奴隷達を捕縛した。
再び通信機から声が聞こえる。
ジーク『もう、お前たちは私たちにはかなわない。おとなしく投降してもらおう。今なら命だけは助けてやろう。』
ジークにとってキルは仲間の仇であるため、殺したいほどの憎しみを抱いていたが今はあえて抑えた。殺さないでいいならその方がいいとジークは思っていた。
だが、ジークの言葉はキルには届いていなかった。
キル「俺が・・・負けた?そんな、馬鹿な!作戦は完璧だった!あの爆発で生き残っているはずがないじゃないか!おかしい、おかしい!何かの間違いだ!!」
キルは必死に今の状況を否定する。否定しなければならない。でなければ、ここでキルの戦いは終わってしまう。今までのことが全て無駄になる。
キル「ああああああああ、俺は、俺はーーー!」
キルは頭をかきむしり、完全に落ち着きをなくす。もう既に戦いどころか会話できる状態ですらなかった。キルは頭の中でこの敗北をただただ否定し続けた。しかし、いくら叫ぼうが、いくら嘆こうが、否定しようと事実は何も変わらない。
そんなことは分かっていた。キル自身が一番よく。本当はシンプルが死んだときも認めたくなかった。認めないために否定し続けた。あの時からずっと今まで否定し逃げ続けてきた。何もできなかった、シンプルを救えなかった自分を。だから、それをごまかすために反逆した。職員を皆殺しにすることで、復讐することでキル自身が救われたかった。戦う覚悟なんてなかった。
キル(もう、俺は戦えない。……完全に負けたんだ。)
そのころ、クリーンは管理室にいた。作戦が始まる前に万が一のことを考えてキルと囮役を入れ替わっていた。その時に通信機を渡した。クリーンはジークの通信をもちろん聞いていた。
クリーン(みんなが捕まった。入口はふさいだけど、ここに来られるのも時間の問題。そうなれば爆弾は使用できない。この状況でまともに動けるのはキルとシークレットの二人だけ。俺は何もできない!)
クリーンは何も二人を手助けできないことが腹ただしかった。
クリーン「何が『俺は戦う』だ!偉そうなこと言って他人任せで、信用しているフリをしていい人ぶって!何もしてないじゃないか!何もできないじゃないか!その結果がこれだよ。最低で最悪だよ、俺は……。」
クリーンも激しい自己嫌悪に陥っていた。どうせ、何もできないままで捕まって死ぬ。クリーンは生きることを諦めていた。クリーンは今まで周りの人の足でまといだった。役に立たない奴隷で今まで何もできなかった。彼には誰かの役に立ちたいという願いがあった。だから、キルと共に戦うことを選んだ。でも、結局彼は変われなかった・・・。
シークレットはキルと共にいた。シークレットにも通信は聞こえていた。
シークレット(作戦は失敗した。クリーンは管理室から出たら間違いなく捕まる。つまり、まともに動けるのはキルと私の二人のみ。しかも私たちを追っている職員が近くまで来ている。)
シークレットはキルの様子を見た。誰がどう見ても戦える状態ではなかった。
シークレット(何よりキルがこの状態ということが一番まずい。キルは一人で既に職員を二人も倒した実績がある。職員に勝つためにはキルの協力が必要不可欠。私では職員に対抗できる策なんて考えられないし、能力を使ってもせいぜい一人や二人しか倒せない。)
しかし、そんなことを考えている間にも職員が近づいてくる。もともと、距離はある程度しか取っていなかったため、近くにくるにはそう時間は掛からない。足音でかなり近くまで来ていることは、シークレットには分かっていた。
シークレット(職員が何の能力か分らないままでは、私の能力で倒せるか不明。でもこの様子だと幸いにも職員は一人で動いている。なら先に攻撃すれば勝機はある。)
シークレット「キル、貸して!」
キルから強引に骨と拳銃を奪い、職員に接近した。
シークレット(能力発動!)
シークレットは肉体強化で運動能力を格段に向上させた。これにより常人では考えられない素早い動きが可能となる。職員との距離を詰める。シークレットの視界に職員が入る。二人の距離はもう五メートルもなかった。
この時になって、初めてシークレットの存在に職員のナタリアは気が付く。
ナタリア(いつの間に!)
二人の距離がさらに縮まる。シークレットはすぐさま銃口をナタリアに向け、引き金を引く。ナタリアは能力を使うまでもなく、銃弾を受ける。
シークレット(まだ、倒れていない。)
シークレットは引き続き、引き金を引く。いくつかの銃弾はナタリアから外れるも、当たった箇所から血がにじみ出る。ナタリアが体勢を崩し倒れる。ナタリアは痛みを必死に耐え、叫ぶ。
ナタリア「痛い、痛い、痛い!誰か、助けて!お願い!クリス、母さん、父さん!」
叫ぶナタリアを見てシークレットは戦意を消失していた。シークレットの手足は震えていた。自分が行った行為を改めて実感したからだ。
シークレット「私が……撃った?私のせいで、人が死ぬ?違う、違う!私はただ、生きるために、こうするしかなかった!仕方がなかった!」
シークレットは覚悟を決めていたはずだった。だが、いくら覚悟を決めようと簡単に人を殺めるという行為が行えるはずがない。それは彼女とて例外ではない。
ナタリア 「死にたくない!死にたくない!!」
シークレット「ごめん……なさい……。でも、私はここで終わるわけには……やられるわけにはいかない。だから、あなたには……。」
シークレットは泣きながら再びナタリアに銃口を向けた。とどめをさすために。しかし、手の震えは止まらないため、うまく頭を狙えない。
シークレット「うわあああーー!」
シークレットは乱射した。何回引き金を引いたか分らない。一部の弾はナタリアの体に当たり、他は床や壁に跳弾したりした。ナタリアの命はまだ残っているが、このままだと確実に死ぬことは誰がどう見ても明確だった。
シークレット「できない!私がとどめをさす何て!……自分勝手でごめんなさい。私の勝手な都合で撃っておいて、怖くなったからやめるだなんてふざけているよね。」
ナタリア「い……たい、だれ……か……!」
ナタリアはもうまともに声すら出せなかった。それでも、彼女は傷だらけの体で必死に生きようとしていた。
シークレットはキルの手を引っ張りながら、その場から逃げた。このままだと他の職員に捕まると思ったからだ。でも本当はシークレットにとって、自分の犯した罪から逃避する建前だったのかもしれない。
逃げたシークレットとキルは物置のような部屋に隠れた。シークレットの能力の時間は切れた。近くには何かの部品が入っている段ボールなどが置かれており、部屋はほこりっぽい。そんなことなど気にする様子もなく二人は床に座った。キルは無気力でまるで魂が抜けているようだった。そんなキルにシークレットが話しかける。
シークレット「キル、あんたはすごいよ。私が能力を使ってもできなかったことを簡単にやってのけた。私は覚悟を決めていた、ううん、決めていたつもりだった。死ぬ覚悟だってあった。だけど、殺す覚悟はなかった。覚悟なんて意味ないのかもね。どんなに覚悟を決めようと私たちは人間、何でもできるわけじゃない。……おしまいだね、もう私たちは戦えない。」
キルは何も反応を示さない。それでもシークレットは話し続ける。まるで自分に語るように。
シークレット「普通に考えたら子供でも分かることよね。社会で何の役にも立てないから奴隷なのに、平民の職員に勝てるはずないわよね。それなのに希望を抱いて……バカみたい。ろくに人を殺す覚悟もなく何もかも中途半端で。」
シークレットは先ほど使った拳銃の残りの弾を確認する。一発分残っていた。
シークレット「ねぇ、キル。死んだら楽になれる?全てなかったことにできる?私、もう疲れたよ……。」
シークレットはキルに問いかける。死んでいいのかと。銃弾は一発しか残っていないため、楽に死ねるのは一人のみ。もし、キルに自殺する気があるのなら一人は骨で刺し死ぬこととなる。
シークレット「キルはこれからどうするの?生きる?それとも……死ぬ?」
その言葉に今まで何の反応もなかったキルだったが、シークレットの方に視線を向けた。
キル「俺は……生きて……いるのか?」
シークレット「うん。キルは生きている。だから、終わりにするか続けるか決めて。」
キルはシークレットの問いかけに答えなかった。答えに意味がないと思ったからだ。キルたちにもう選択肢なんてない。だから諦めた。戦うこと、生きることを。もう希望なんてない。
キルは骨を取り出し、両手で骨を持ち自らの首に尖った先を向けた。シークレットはそれを見て予想外な顔をしたが、止めようとはしない。
キル「これで……。」
キルの手は震えていた。死ぬのが怖いからではなく、心のどこかで迷っていたからだ。
キル(これでいいよな?もう俺には無理だから。)
死のうとしたときだった。キルは今までのことをふと思いだした。なぜかは分らない。死ぬ前だから走馬燈なのかも知れない。迷いのせいかも知れない。
自分がいくつもの死体を葬り去ったこと、シンプルの死、そしてかつて自分が奴隷たちにいった言葉で、自分自身にいった言葉でもあった。
『さあ、選べ。この部屋を出て奴隷という名の人間としてみっともなくあがいて死ぬか奴隷という名の家畜として買い殺されるかどちらかを!俺はたとえ死ぬとしても最後まで奴らに逆らう。』
キル(なんで俺は……こんなことを忘れていたんだ。どうせ死ぬなら自殺じゃなく、一人でも多く奴らを殺して死ぬ。まだ、俺は何も成し遂げちゃいない!俺はまだ生きている!)
キルは骨を床に置き立ち上がる。さっきとは全く違う表情だった。
キル「シークレット。俺はまだあがいてみせる。どんなにみじめで無様でも人間として戦いってみせる。シークレット、お前はどうする?ここで死ぬか、それとも……。」
シークレット(馬鹿だ、私。本当は一人で死ぬのがいやだっただけ。罪から目を背け楽になりたかっただけじゃない。どうせ一人殺しているし、罪は変わらないなら戦ってやるわ!)
シークレットも立ち上がり、
シークレット「戦って生き抜いてみせる!覚悟なんてどうでもいい。私なりに戦い抜いてみせる!!」
半ば開き直ったような感じになったシークレットと再び立ち上がったキル。圧倒的な不利は変わらない。しかし、二人は諦めず立ち向かうことを選んだ。
キル「今は二人だけで状況は最悪。だが、ここから這い上がって逆転してやる!そうだろ?シークレット!」
シークレット「ええ、キル・コープス!」