5話 作戦の本質
奴隷倉庫はただならぬ緊張感で包まれていた。奴隷たちと職員が対立しかなりの時間が経っていたからだ。現時点でこの戦いの犠牲者は奴隷側が二名、職員側が四名と元々の人数も多い奴隷側が人数では圧倒的に有利であった。しかしこれはあくまで人数差だけであり能力差、武器など様々な要因を含めると職員側に分がある状況だった。そのこともあり、両者はあまりうごきを見せずにらみ合いの状態が続いていたが、奴隷側が動きを見せた。当然、職員側はそれを察知していた。
アイル『管理長、奴隷たちが動き出しました。こちらにむかってくる者とその後方で待機している者がいます。』
ジーク『やはりな。』
奴隷たちはジークの予想通りの動きをしていた。
ジーク(先ほどと同じ手は打っては来ない。私たちの行動を予測して動いているのならこちらに、向かってきている者と職員が対峙することは読めているはず。前の行動と今の行動だけでも奴隷たちを指揮している者がいることが想定できる。指揮している者がいないならバラバラな動きを見せるはずだし、今の時点であまり行動を起こさないのも不自然すぎる。何より決定的な証拠がある。)
ジークには奴隷たちを指揮している者がいることを推測ではなく決定的な証拠で判断していた。指揮を執っている者がいるという点から奴隷たちの行動が彼には予測できていた。
ジーク(こちらに来る奴隷は囮として動いている。そして後方のものは私たちをおびき寄せ攻撃するためにある。つまり罠を仕掛けているということ。)
奴隷たちの罠を見抜いたうえで対策を考える。いくら罠と分かっていても対策がなければ見抜いても意味をなさなくなる。
ジーク(奴隷たちの攻撃手段となる武器は管理室に置いてあった拳銃と首輪の爆弾のみ。爆弾の起爆のオンオフは指揮している者が操っていることは確実。奴隷は拳銃を使い慣れてないからうまくは使えないはず。爆弾の位置を特定する能力者は私たちにはいない。そのため現状で最も脅威となるのは爆弾となる。逆にいえばそれさえ封じてしまえば奴隷たちはほぼ無力化する。)
ジークの考えは間違ってはいない。爆弾を封じれば職員側の勝利は確実といっていいだろう。拳銃は職員側も持っており撃ちあいになった場合、使い慣れている職員側に素人の奴隷たちが勝てる見込みはない。だが、ジークは疑問に思っていることがあった。
ジーク(奴隷たちが部屋から出るには管理室の鍵が必須となる。奴隷の一人が管理室から鍵を奪って今の状況になるのは分かる。問題はどうやってアルソとクリスの殺害方法だ。この二人の殺害は管理室に入る前になるが、その時点では武器は手に入ってないはず。ならばどうやって二人を殺せた?まだ、私たちが知らない武器があるというのか?)
当然ながら、ジークは奴隷たちの攻撃手段の全てを知っているわけではない。それゆえに油断は決してできない。
ジーク(奴隷の全てが分かっていない今、慎重にかつ迅速に行動しなければならない。そのためには!)
ジークは通信機を取り出す。
ジーク『アイル、お前は職員室で待機、ナタリアはアイルに正確な位置を教えてもらい、こちら側にくる奴隷を一定の距離をとりながら追え。向こうも警戒しているはずだから気を付けて追ってくれ。他の者は私と共に回り込んで後方にいる者を挟み撃ちにする。』
ジークは奴隷たちの作戦の裏をかいた指示を出した。囮を追ったフリをして別の者が待ち伏せしている者を囲んで一気に攻める。それがジークの作戦だった。
一方、奴隷側は作戦を開始し、作戦通り囮役で敵をおびき寄せる。職員は視界に入らない距離を維持しながらおびき寄せなくてはならないため、足音と勘が頼りになる。囮役の二人は慎重に後退していく。職員が必ずついてきているか確証はない。近すぎず離れすぎずの距離間を両者は維持していた。
だが、キルたちの作戦の本質は全く別だった。
キル(おそらく今の状況は囮を職員が追ってきている状態。俺たちの目的は二人の囮で職員をおびき寄せ、待ち伏せしていた奴隷たちで一網打尽にする、ということを奴らに思い込ますために、あえてこの状況を作り出した。奴らに俺たちの居場所が分かる能力者がいることは既に分かっていた。ならその能力者の能力で待ち伏せしている奴隷のことも当然、分かっているはず。だったら、囮を追っている振りをして別の職員で待ち伏せしている奴隷を囲んで叩いてくる。そうすれば一気に反逆した奴隷の始末ができると考えるわけだ。だから、俺はそうなるように仕向けた。待ち伏せしている奴隷はあえて囲まれやすい場所に待機させた。そして、その場所に職員の奴らを誘導させることがこの作戦の真の目的!)
職員の行動は全てキルにとって思い通りだった。職員を誘導させた後、その周辺にあらかじめ見えないように隠しておいた首輪の爆弾を爆破させ、職員を始末させる。囲い込みは待機している奴隷人数を考えてほぼ全ての職員で行うとキルは考えているため、爆弾の配置は広範囲にしている。万が一、職員が爆撃から生存していても致命傷を負っているため奴隷がとどめをさせば絶命する。後は残った職員を追い詰めて殺害すればキルが指揮する奴隷たちの勝利となる。
キル(後は爆破のタイミングを合わせるだけ。この要素だけは少し運任せになるが、距離と時間、足音を考えればある程度は合わせられる。かなりの広範囲に爆弾をしかけているから、囮の奴隷が奴らの足音が聞こえる場所なら爆発範囲内だ。仮に足音を立てずに接近しようとしても、大人数で武器を持ってから全く音を立てないということは不可能なはずだ。)
作戦の失敗は有り得ないとキルは確信した。タイミングを計るため待機している奴隷たちにキルは足音が聞こえるか確認する。
キル 『待機している奴隷!奴ら職員の足音は聞こえるか?』
奴隷 『ああ、わずかだが聞こえる。』
バゲージ『こちらははっきり聞こえている。爆破後に突撃すればいいんだな?』
キル 『突撃のタイミングはそちらに任せるが、おそらく爆破後はほとんど職員は死んでいるはずだから生存者は少ないと思う。』
キル(もう少しで起爆するか。)
キルは少し時間を取り、カウントダウンを始める。
5,4,3,2,1……
キル『起爆!』
複数爆破するようにセットした管理室の首輪の爆弾の起爆ボタンが押される。その瞬間、配置された爆弾が爆発する。その音はすさまじく、建物中に響き渡った。建物の一部は焼き崩れそうになったり、床が黒く焦がれているところもあった。キルだけでなく他の奴隷たちも爆弾の威力に驚愕する。
キル「予想以上だ!複数使うとこうも威力があるとはな。これで大半の職員は死んだ。後は、奥に引っ込んでいる職員のみ。まだ爆弾はある。油断しなければ勝てる!」
キルは大いに喜んだ。自分の予想をはるかに上回ったいい結果だったからだ。
キル『さあ、奴隷たちよ!万が一のこともある。生き残っているかもしれない職員をしとめろ!』
だが、まだ戦いは終わっていない。キルは次の手を考える。
キル(あと残っている職員は何人か分らないから、いくらこちらが有利でも逆転される可能性だってある。同じ手はもう使えない。奴らの状況が混乱している今がチャンスか。)
キル『各奴隷、爆弾を部屋にいる奴隷からもらえ。今後はそれを使え。あと拳銃が足りないから焼却炉の近くにある骨を武器として携帯しろ。準備でき次第、班単位で突撃だ。奴らが混乱している今なら攻めやすい!』
多少、強引な指示とキル自身も思ったが、職員も当然生身の人間なため大勢の仲間が死ねば混乱する。混乱すれば冷静な判断ができなくなるのが人間。いくら強力な能力をもっていてもそれは変わらない。
キル『これで俺たちの勝ちだ!』
キルは勝利の宣言をわざわざ通信機で行った。戦意をあげるのも理由の一つだったが、能力差のある平民の職員をここまで追い詰めれたことが嬉しかったからだ。
その時、通信機から声が入る。それは聞こえるはずのない声だった。
ジーク『残念だったな。既にお前の仲間は捕らえた。後は囮として前に出している者とお前だけだ、キル・コープス!』
その声は奴隷倉庫の管理長で職員の長、ジーク・ボレットだった。