三題話
誰もが一度は考えたことがあるはずだ。
ブランコで揺らす角度を上げていけば、いつか一回転できるんじゃないか、と。
俺も思った。小学生の頃だ。当時の俺は身体的にまだ未成熟で、そこまで強くブランコを漕ぐことが出来ず諦めてしまったが、今では俺も大学生だ。成人男性として平均以上の身体能力を有していると自負している。やって出来ないこともないだろう。
そう思い、夜の公園で俺はブランコに乗り――
――手を滑らせて、真っ逆さまに転落した。
***
「いい年してブランコで骨折って……あなたはバカですか!?」
病室にやってきた彼女は開口一番、そう叫んだ。
同室の爺さんがぎょっとした顔で彼女と俺を見る。彼女は顔に怒りと呆れとがないまぜになったような複雑な表情を浮かべている。俺が言い訳する暇もなく、彼女は俺が寝転がっていたベッドの前にまでやってくると平手で俺の頬を思いっきり叩いた。なんの遠慮もない本気の一撃。正直超痛い。骨を折ったときより痛いかもしれない。
「あなた何歳ですか? 今年でもう二十歳ですよね?」
「は、ハイ。仰るとおりでゴザイマス……」
「私より二つも年上なのに、どうしてそんなに馬鹿なことばっかり出来るんです?」
「…………」
返す言葉も無い。
「で……折ったのはどこです? まさか手じゃないですよね?」
「ご名答」
俺は布団の中から包帯でグルグル巻きになった左手を取り出す。手首の骨を見事にポッキリやってしまっているらしく、完治までにどれくらいかかるのかわからない。昔、足の骨を折ったときはどれくらいで直ったっけ……。
「……よりにもよって左手って。確か先輩左利きですよね……」
「わーそんなところもまで見てくれてるなんて、おにーさん感激だなー」
おどけてみたら殴られた。今度はグーだった。だから超痛いっての。骨を折ったときよりも以下略。
「……おちゃらけてますけど、知りませんよ。先輩、そのザマじゃ退院して大学行ったって、ろくにノートもとれないんじゃありませんか?」
「ふふん、その心配は無用だ。もとより俺は講義のノートなんてとらないし、寧ろ講義自体に出席していないからなっ」
「それが胸を張って言うことですか。……まあ、いいです。正直安心しましたし」
「?」
「……せ、先輩が救急車で運ばれたって聞いて……私、怖かったん……ですからぁ……」
言って彼女は俺から顔を背ける。小刻みに肩を震わせていて、泣いていることが直接見えずともわかった。……なんだよおいおい、可愛いとこもあるんじゃないか。
でもまあ女の子の涙なんて見てて楽しいものでもないし、まったく関係ないが同室の爺さんもなんかオロオロしている。ここは一つ俺が場を和ませてやるとするか。
「やれやれ、後輩よ……。憧れの先輩が無事でホッとした気持ちもわからなくはないが、忘れてることがあるのではないか?」
「…………な、何です? てか別に先輩に憧れてなんかいませんし」
「見舞いだよ見舞い! まさか手ぶらってことはないだろう?」
俺が「寄越せ寄越せっ」とジェスチャーすると彼女は不服そうに手提げ鞄から何かを取り出し、俺に投げつけてきた……ってちょ、
「あべしっ!!」
それは見事に俺の顔面にクリーンヒット。超痛い。骨を折ったときより以下略。つーか本気で鼻の骨が折れたかもしれない。
「な、なにをする!?」
「あなたはそれでも食べてればいいんですっ! さっさと大学に戻ってきてくださいよ!」
それだけ言い残すと彼女は足早に病室を去っていってしまった。後には俺と、未だにオロオロしっぱなしの爺さんが残された。それにしても実際のところ、爺さんが一番の被害者かもしれない。……お騒がせして申し訳ありませんでしたー。
ベッドに目をやると、さっき彼女が俺に投げつけてきた物が転がっていた。
まだ熟しきっていなさそうな青いリンゴ。
彼女のようだと、なんとなく思った
冷静で大人びていて普段辛辣なんだけど実は先輩大好きな女の子。そんな女の子はどうか私の後輩になってくださいお願いします(笑)