暴露系令嬢とその母親の、とある「ざまあ」と幸せな結婚
注:暴露系令嬢が令嬢なのは話の途中の一瞬だけですが、語呂を優先しました。冒頭では既婚者です。
注2:ざまあはどちらかというと母親の方がメインです。
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
お陰様でランクインしました、ありがとうございます!
「つまり貴女はその腹の子の相手が妻帯者である私の夫だとわかっていて子作りした上、自分に都合のいい形に話をすり替えて私の夫や回りに信じさせるために、私が貴女をいたぶっているっぽく振る舞いたいから私の両腕を拘束して揺さぶっているのよね?それで合ってる?あと痛いんだけど放してもらえる?」
柳眉を儚げにひそめて「やめてくださいヴァレリー様!わたくしはどうなってもいいの、でもこの子だけは助けて下さい…!」と絶妙に周りに聞こえるくらいの声で訴えながら私の両腕を掴んで揺さぶっていた、メリハリのある体に長い金髪の美女は「は?」と言って動きを止めた。
対してこちらは全身こげ茶をベースにした、髪も身なりも地味・堅実・安心感を絵に描いたような色合いである。しかも分厚い瓶底メガネだ。
どう見ても夫に愛想つかされてドレスも新調してもらえていないぶさいくな政略結婚の本妻バーサスただいま絶賛ご寵愛中の麗しき愛人の図である。
気を取り直したらしい彼女は腹を撫でながら、さらに言いつのった。
「だ、だって、わたくし達は互いに本当の運命の相手だって、わたくしとの繋がりこそが真実の愛だからとジェレミア様がいつもおっしゃるんですもの」
「ということは私どものような政略結婚は本当の運命ではないから間違いだとジェレミアと貴女はおっしゃるのね?だそうですよジェレミア・リスリングと私との結婚を強引にお薦め下さったお父様ー!ところで貴女どちら様かしら、お名前は?」
この政略結婚の責任者を召喚しながら、誰かよくわからない令嬢というか夫の愛人の名前を聞いてやる。たぶん学校に通ってた時の夫のクラスの誰かじゃなかろうか。知らんけど。
私は基本的に図書館と研究室にこもりっきりだったし、普段はこういう夜会も出ないから身内関係以外は分からんのよね……。
「ヴァレリー!せっかく呼んでやったのに何をしてるんだお前は!大丈夫かミランダ、ああこんなに震えて……」
少し離れたところからミランダ嬢と似た色味の明るい金髪を靡かせて颯爽とやってきた夫は、いかにも大切そうに妊婦のわりには露出の多い彼女の肩を、さも大切そうに抱え込む。飛んで火にいる夏の虫とはこのことである。
「ああ……ジェレミア……ヴァレリー様がわたくしに」
「あ、いきなり呼びつけといてドレスのプレゼントどころかエスコートもしてくれない我が夫のジェレミアお久しぶり。あなたからまともなものをいただいたことなんか一回もないですが。さっそくだけどあなたのプレゼントで全身着飾ってるこの方、さっさと引き取ってちょうだいな。
そもそも何をしてるんだはこっちの台詞でしょうよ。このたびの不倫については国の法に則り、当然ですがそちら有償でお二方に賠償請求いたします。この方へ贈ったものも、我が家の財産からのものは返還と弁償していただきます。ほぼほぼ全部だろうと思いますけど。
それと結婚前から何度も書面で通達したし口頭でも伝えたけど、私が継いでる伯爵位は母系の血統に付随するものだから、ただの入り婿のあなたに爵位の継承権はないですからね?
ことあるごとに追い出す追い出すってわめいてたけれど、うちから追い出されるのそっちですよ?あの邸はあなたが入れた使用人はともかく、私個人が受け継いだもので、あなたと分配できる財産目録には載っておりません。つまり私を追い出しても乗っ取れないんですよ。
そこの貴女も聞いてらっしゃいます?おなかのお子さん、普通に私生児になっちゃうんですよ?そういうことはジェレミアが離婚してからおやりなさいよ」
「は?はぁ!?ちょっとジェレミアどういうことなの!?」
「ヴァ、ヴァレリーお前、お、俺にそんな口叩きやがって」
「いつもどおり大人しく黙ってたらもっと困るのはそちらでしょう。それから政略結婚の文句はこの婚姻を整えた責任者に直接言ってください、私のせいじゃないんで解決にいたりませんし。
あっ、お父様あー!やっぱり破綻しましたわよー!だから言ったじゃないですか、ご自分の結婚生活もまともに維持できない方からの紹介は信用できないから嫌だって!案の定ですわよお父様ー!
よりによってお母様のお誕生日に愛人の子供をプレゼントして『おかげでお前が産まずに済んだじゃないか、これ以上体形も崩れないし丁度いいだろう』などとお抜かしあそばされてから、お父様を思い出すたびにお母様の笑顔が冷ややかに凍り付いて、成長期の我々の心身に要らぬ負担をおかけ下さりやがりましたお父様ー!
その後あなたの連れて来られた腹違いなのかそもそも種違いなのかもよくわからない妹らしき娘にあなたのご紹介による前の婚約者を寝取られた上、再度あなたが出しゃばって整えた婚姻が婚約段階から破綻しておりますわー!まだ白い結婚なだけマシですけどもー!
なんでこんなん紹介してくる上に強引にまとめてんだ、仲人の才能がかけらもないお方はお呼びじゃないんで本気ですっこんでてくださいませと一部界隈で大評判のクレイグ・マガリッジ卿ことお父様あー!」
「お、おま、お前っ人前で何を、そんな大声でっ」
体格が良く見栄えと押し出しだけはいいジェレミアが焦ったように周りを見回しているが、まずそこのもしかしたら自称かもしれないがいちおう妊婦さんを支えてあげてほしい。お子さんはあなたのものではないかもしれないが妊婦さんとおっしゃってるのだし。
「ミ、ミランダの子が俺の種でないわけないだろう!」
「そそそそうよ、何言ってんのよあんた!じっ自称じゃないわよ!」
「ああ、心の声がうっかり漏れてましたか。だって立場的には浮気相手なのに本妻吊るし上げるだとか意味の分かんないことするそこの方の陰湿かつ浅はかなやり口に対抗するなら、いっそこれぐらいやりませんと後が面倒なんですよ。
そちらの方のお宅に出入りされてる見栄えのいい男性は前々から複数人おられるという証言もございますし、類友だから気が合うとするなら浮気できる人間には、浮気できる人間が寄ってくるのではないかと思いますけれども、そもそも結婚式も初夜もすっぽかして愛人宅にしけ込んだ名ばかりの夫に、お前とか言われたくありませんわ。
本音としては私は婚約前からあなたが大っ嫌いですし、お話が来た時からお父様の嫌がらせとしか思ってませんでしたんで、大変いいお仕事で助かっておりますのよ、ありがとうございます!
今夜もいつも通りそちらの方のところにお泊りだと思いますんで、我が邸の鍵は閉めさせておきますわね、あなたの私物はすぐにお送りしますから今後二度と我が家にいらっしゃらないよう固くお願いいたします」
「なっ、き、嫌いって、お前は俺にベタ惚れって話じゃなかったのか」
「そんな事実はございませんし、学校にいたころからあなた様の態度にはなんだかなあとは感じていたのに、父の吹聴したニセ情報とはいえベタ惚れと聞いている相手に対して行う所業が誠実な関係の構築ではなく、お門違いの八つ当たりをことあるごとになさる方だと分かった時点で人としてありませんのですが何か?」
立て続けの暴露にざわざわする周囲をかき分けて、固そうな赤茶の髪を乱して、お父様が駆けこんでくる。退役軍人らしく、多少たるみはしたがまだ十分いかつい寄りの体格なので押し出しはいいのだろう。しかし今夜で彼のメンツは粉々のぺしゃんこである。
「ヴァ、ヴァ、ヴァ」
「なんですの謎の怪鳥みたいな鳴き声を上げられて。お母様が何度訴えても名前の候補も考えず、洗礼式までほったらかしにされたあげく土壇場でお母様の従兄にお母様が用意されていた候補から名前を選んでいただいたのを何故か逆恨みして、とばっちりであなたに常に蔑まれておりますあなたの長女のアルカンド伯爵位継承権保持者ことヴァレリーです、お久しぶりです。
身内の年長男性しか名前が選べない慣習なのに愛人宅で飲んだくれてすっぽかしたあげく、同い年の妹の洗礼式にはお出になっていたそうですが、相手の方が嫌がらせで日にちを被せてくるのにまんまと乗っかっといてその仕打ちはどうなんですのお父様。
優先順位が常におかしい方が何故に貴族どうしの婚姻という大舞台に限って要らない張り切りを見せてその後の因縁を大量生産なさるのか、これっぽっちも解せませんわー?」
「ヴァレリー!黙れ!女のくせに出しゃばるな!」
怒りに顔色を赤黒く染めたお父様が私に掴みかかろうとするのを、撫でつけた赤髪も乱さずさりげなく関節を極めて拘束したのは、現在は我が家の執事見習い兼私の従者兼エスコート担当のアーヴィンである。我が家はいろんな理由で少数精鋭制なのだ。
「ああほら言わんこっちゃない。伯父上もリスリング卿も、ヴァレリーをこの手のパーティに出すなって言われてる理由をお忘れですか。というより、そもそもご存じないんでしたっけ?」
「ありがとう、父方祖父が要らん縁談を整えたせいで夫に暴力を振るわれて死にそうなところを助けに来た相思相愛の幼馴染と出奔して遠方で出産後に事故でご夫婦ともに亡くなった叔母さまの遺児で、その後お母様に我が子同様に育てられた従兄のアーヴィン。
せっかく引きこもっていたのに、この方々の真実のなんたら劇のために無理やり引っ張り出された私のエスコートも助かっております。
たぶんこの方々、自分たちの嫌がらせが原因で私がお茶会やパーティーに出ないんだって勘違いされてたんじゃないかと」
アーヴィンは、はた目には酔いすぎて興奮した父をなだめているだけに見えるよう無力化しつつ、藍色の目を細めて含みのある笑顔でこちらを見る。
父と夫の勘違いの原因はおそらく彼なのだろう。「部外者」への情報操作は彼の得意とするところだ。
女の話は聞かないと堂々と公言されてる相手には、こちらも相応の態度を取らせていただいておりますし。だって聞かないつってんのに説明するだけムダじゃん。こっちで話を通してくれるつってる信頼する身内に丸投げするでしょうよ、そりゃ。
「はいはい、知ってる人は知ってる話をご紹介ありがとう。で、今度は何飲まされたんだ、レリィ」
「この反応なら堕胎薬じゃないかな、妊娠してないときに飲ませても強い通経作用しか無いと思うけど、いきなり月のものが始まるわけだから、それはそれでパーティー時なら十分嫌がらせだよね。
私にこの手の薬を盛って第一に得するとしたら夫の愛人の彼女だろうけど、ジェレミアと離婚後に自分の子か孫に伯爵位が欲しい誰か、だとすると次回に結婚話をお父様に持ち込みそうな辺りじゃないかしら。
とりあえずこの破綻するのが確実な婚姻を企画する才能は、一種の試金石にした方が世の中のため人のためになるのでは。ねえお父様」
つまりこいつに勧められた相手はヤバイから断れ、という意味である。興奮しすぎた父は、アーヴィンが「迎えの来るまでこちらで休みましょう」と誘導してくれた。
一連の茶番劇を見守ってくれた方々に会釈して、こういったときの打ち合わせ通り、兄か母の従兄伯父などの身内に回収されるまで壁の花に戻っておく。
これを機に元夫になるだろうジェレミアも愛人のミランダも、さりげなくどこかに連れ出されていった。
それはともかく、私の特異体質は母方由来のもので、体内に入った毒を無効にする。
さらに毒の効能を方向付ける魔法と体質が競合してしまい、貴族の令嬢としては非常に致命的な行動を取る。
つまり、黙っておくべき話を暴露しまくるのだ。なお今回は家系や家庭にまつわるゴシップなので、その関係の効能のある魔法だろうと推測できる。
なお、この世界の薬物は全て処方された時点で指向したものの意図を帯びるから、状況で罠にはめて偶然を装った場合でも痕跡が残る。
しかしそれを特定できる方法は、我が血族の体質によるものしかない。
そしてこの体質を最も濃く受け継ぐものが我が家の跡取りなので、私ほどではなかった同腹の兄は他家へ婿に出る予定である。
また男性からの遺伝はもって二代ほどで消えるので女性が当代になるのだが、この国が軍事方向に傾くと同時に各家の当主は基本的に男性とされてしまった。以来、我が家は婿を取る習わしとなっている。
ちなみに父も父方祖父に強引に押し込まれた入り婿であったが、兄のそれとは意味合いが違っている。
対毒能力と判定の他に、貴重な魔法機具作成の才能と実績という売り込みポイント盛りまくりの兄と、祖父の威を借るが祖父ほどにはぱっとしない、女好きなのに女性に失礼かつ横暴で「祖父の息子」ということ以外には、ほぼ何も持たない父。
父が婿入り先である我が家にもたらすのは、常にしょうもない暴力と迷惑な混乱のみであった。ご自慢の軍閥系のコネだとか、上位互換のつながりがすでにあるウチにもって来られても面倒が増えるだけなのだが。
なお兄もこの父を蛇蝎のように嫌っているが、父のまとめた一回目の婚約で酷い目にあったのがとどめになったようだ。
私と同じく瓶底メガネの一見地味ななりで色恋に疎い性分ながらも誠実であろうとした兄を、はなから蔑み下僕のように扱い浮気を繰り返しておいて、何故か婚約破棄後にストーカー化したというよくわからない人だった。
普段なら兄が自分からはまず関わらないタイプだったのに、よりによって感がすさまじかった。
それに対し「いい人生経験になっただろう」なんぞと抜かした父にエグ目の毒物を盛ろうとした兄を「パトリック卿がどうにかしてくれるから待て待ちなさいいい子だから」と羽交い絞めで止めたアーヴィンを、悩んだ末に支持した私グッジョブ。
なぜなら二回目の婚約は、父の横やりをどうにかかわしつつも母の従兄のパトリック卿のご配慮で結ばれたのだけれど、なんとあちらさまは学生時代からの想いを叶えたとのことで、可憐なご令嬢に恥じらいながらそんなこと言われた兄の舞い上がりっぷりときたら、微笑ましいを通りこしてたいへん面白いことになっていた。
ちなみに父の被害者どうしでもあるらしい。あちらも父のお気に入りを押し付けられて、たいして出来もよろしくない婿入り予定の相手に、堂々とした浮気をはじめ高圧的でさんざんな態度を取り続けられたとか。
しかし父の方が低位なのに、なぜ他家の婿取りつまり後継者問題に首を突っ込んで荒すだけ荒すなどと言うことが可能なのか。
もともとの原因は、私たちが生まれる前の戦争で特に若者がたくさん亡くなったことにある。
おかげで婚約相手がすげ変わったり、戦場で活躍したゆえに社交界での発言力が常ならぬ形で増してしまった方が大勢出た。
一方で、無理な縁談のストッパー役になるはずの方々も、人手不足により多忙すぎて機能出来なくなったり、戦での後遺症で早々と引退せざるをえなかったりした。
この一連の機能不全の中で、最も周りに災厄を振りまいているのが法外な発言力を持ってしまった戦時の英雄たる父の父であり、我が家での一番の被害者は母であった。なんなら社交界一ふびんな目に遭った。
貴族の結婚は政治的な側面が強い。ゆえに、より強い権力を持つものが決定しがちだ。
だからこそ慎重さや情報の精査、当人たちへの聞き取りなどきめ細かい調整が必要になるのだが、常ならば生家の跡取りになれるはずのない五男として後継者教育を受けずに育った父方祖父には、それが「大きな権限である」ということしか見えていなかった。
また、英雄の息子ではあっても英雄ではない父は、なおのこと権限に固執して祖父の威光をかさに必要以上に出しゃばって他家の采配を奪うようなことまでしてしまい、特に発言権の弱い女性側から多くの恨みを買っている。
彼らの基準は、力こそパワー。そこから導き出される、ぼくがかんがえたさいきょうのけっこん。結果はどれも目も当てられないことになった。
すさまじいことに成功例ゼロである。
ことに、その人が一夫一婦での結婚生活に向いた人であるかどうかと互いの相性を見る目ときたら、幼女にも劣る。
しかし彼らに対する忖度は、失敗をうまいこと隠蔽する方へ走った。
頻発するワケあり物件と混乱する秩序、どんどん注釈の増える社交界の名簿。それでも上っ面だけはどうにか保たれていなくもないのは、裏で調整している面々がいるからである。
幸いこの祖父は新しいことに飛びついていれば、何年も前に思い付きでまとめた遠い間柄の縁談がいつの間にか破綻して、互いに別の相手と再婚していてもいちいち言われなければ気付かない。
だが、さすがに身内、ことに自分の子であれば、そういうわけにはいかなかった。
従兄であり幼馴染でもある相思相愛のウィルフレッド・パトリック卿との婚約を前に、たまたまお披露目に出た夜会で戦時の英雄であった祖父に「息子の嫁にふさわしい」と一方的に見そめられてしまった母は、奪われるように彼との仲を引き裂かれた。
「レディ・アルカンドの悲劇」と同年代のマダムにはこっそり囁かれているらしい。
父も初々しく美しい母に当初はまんざらでもなかったらしいが、あっという間に彼女に飽きた。
花街までうろつく阿保なボンボンと、閨ごとに関してはプロなわけもないご令嬢なんだからそうなるだろうと耳年増の私でも思う。
せめて女性を大事に転がす遊び人ならまだマシだったろうが、父は相手が女ならば、自分がご機嫌を取られもてなされる側の想定しかないんである。能力ゆえに女系の我が家との相性は最悪であった。
同じころにパトリック卿も何者かに毒を盛られ一命を取り留めたものの、子を成せない身となったことで生家に残り独身を通しているが、父が家庭というものに対して粗暴かつほぼ無関心であるため、我が家で真に父親役が必要な場面になると、母方祖父母公認でこの方がこっそり呼ばれるのである。
なおパトリック卿ことパディおじさまは母方の親族なので、同じ血を持つ私との毒魔法解除時における影響は中和するゆえに、彼に対する人前での秘密の暴露はほぼ起きない。母や兄へも同様である。
ただ、かかっている魔法の種類によっては、自分自身に暴露が起きる。互いに秘めたる恋心など抱えていたらどうなるのか。
兄も私も実の父が誰なのかうっすらわかっているが、優しい母が十分すぎるほどひどい目に遭ったのも知っているから、何も言わない。
妹()のしたことについても何度も謝られたけれど母のせいではない。
行き場のない子を見捨てられず引き取ってしまう母のおかげで、父の甥であるアーヴィンはおそらく他に引き取られるよりも、良い教育も受けられてすくすく育っただろうから、あれは妹()に原因があるのだろう。
私もまた、父には含むところのありすぎる身である。
一回目はどう考えても相性の悪い相手で婚約段階で破談になってかえって良かったと思っていたのに、二回目のジェレミアとの縁談は意地になった父が、どうしてもどうしてもどうしても婚約解消に賛成しなかったのだ。そしてそのまま婚姻にいたってしまった。
当時のジェレミアは本命以外にも数人侍らせていて、本命も今回の彼女じゃなかった。私に対しての誠意などゼロで、貶めるだけ貶められた。
不仲が関係開始前からわかりきっているのなら婚約も婚姻も解消しろと思う。なぜ父に忖度する必要があるのか本気でわからない。あと初夜どころか結婚式をすっぽかしても忖度が機能しているとされたのは何故かというと、父も出席しなかったからだ。だったらそもそも開催すんな。
そして父は忖度してくれる「見どころのある若者」だからこそ、娘をあてがったのだ。
奴らの見ている社交界とは一体なんなんだ。集団幻覚か。
ということで軽んじられることについては一回目で慣れてはいたが、これ以上深くかかわると実害が出て面倒だったので、白い結婚に誘導した。
もちろんアーヴィンはじめ有能な使用人のお陰でもある。飲ませて潰して間違えたふりして愛人宅に馬車を回してと、なかなかに皆さん楽しんでおられたようだ。
また一回目で我が婚約者を寝取ったので先方へ引き取っていただいた妹()であるが、性格と行動の矯正が成らなかったのは、我が家にあずけられたあとも週に二回は父が妹()だけを連れ出して遊びに出た先で生母に会っていたからだろう。
向こうは向こうで再婚の邪魔になったから妹をうちで面倒見させようとしていた上に、うっぷん晴らしと面白半分で我が家を引っかき回し皆の神経を逆なでするようなことを言い含められていたというから、おそろしく図々しい話である。
再婚しても父と続いていた彼女は、うちと違って自由意志での関係構築なんだから、不倫する前に一妻多夫や婚姻後も他家の夫との性的交渉を認める方向へ、同じ性癖の父と共に法律の改正に真面目に取り組むべきだろうとつくづく思う。
生物としての性分が現行の法律と合っていなさすぎである。
今の父の愛人はもっと若いらしい。なんなら元夫とブッキングしてる説まである。彼のいう「見どころのある若者」というのは、ようは自分の下位互換なのだ。
しかし、英雄様こと父方祖父の御威光に依存していた彼らの天下だって、当然のように終わるときは終わる。
「来たかー……やーっとレリィと結婚できる……」
「長かったよね~……母様たちほどじゃないけどさ」
「しっかし爺様がいくら戦時の英雄でも、さすがに時効だっつの」
戦時の英雄マガリッジ準伯爵―男爵や子爵ではとても足りないと、彼のために一代限りで作られた爵位だ―の訃報に、喪服の支度をしながらアーヴィンがため息をつく。
ジェレミアとの離婚は愛人の腹に子がいることで、あちら有責でどうにか押し通したが、その後アーヴィンとの再婚となると、すぐにとはいかなかった。
法的に待つべき期間を超えても書類の提出には待ったがかかっていて、私もアーヴィンも焦れに焦れた。許すまじ忖度。滅ぶべし忖度!
自分のまとめた縁談のせいで酷い目に遭った娘も、その幼馴染との駆け落ちと出産と事故死も、何もかもをかの英雄は認められず、憤りのあまりに一度は倒れたという。
その後に復活を果たすも、数度倒れ、また起き上がりを繰り返して最後はようやく寝たきりだった。おそらく彼を呪う闇の婦人会の定例集会とかもあったんじゃないかと思っている。
幾度倒れようと彼の内にあったのは、娘への己の仕打ちの後悔ではなかった。
自分の組んだ縁談の成功を、我が子が身をもって証明しないことへの怒りが何よりも優先された。
英雄は、負けを認めない。勝つまで戦うから常勝の英雄だった。
おかげで救われた命もたくさんあるにはある。ことに王族にまで強い発言力を持つ高位貴族の跡取りが何人も生き残れたのは当時の彼のお陰で、英雄を自分の都合のいい部署へ配属する力を持った権力者は、抜きんでて強い派閥を戦後も維持出来てしまった。
英雄様の欲しがるものや、こだわる箇所はほんの少しでわかりやすかった。国の絶対的な権力に逆らうタイプではなかったが、五男として生まれ、家長としての教育を受けることのなかった彼は、その立場への憧れもあってか一族や目下とみなすものの長として振る舞いたがった。
そしてそれは、高位貴族の損得やメンツにはあまり関係なかった。ゆえにむしろ彼を祭り上げて隠れ蓑にもした。
なにせ誰かへの忖度というのは、とても流れが読みやすくコントロールしやすいものだから。
英雄様にとって自分より下のものの婚姻を、自分が好き勝手にいじることは最高に「家長らしい」素晴らしい仕事だった。
だから自分が息子の嫁にと見初めた母と、息子である父との離婚を、彼は絶対に承諾しなかった。婚姻の失敗は彼にとっての敗北である。認めるわけがない。
母がどれほどこの婚姻を苦痛に感じているか、貶められる結婚生活がいかに悲痛であるかを母方祖父母がコネを総動員して訴えても、女ごときの意見など贅沢なわがままとされて、彼を支持する派閥に鼻で笑われ、軽視され続けた。
また英雄は己の娘の不義の子であるアーヴィンの存在も認めようとはしなかったし、アーヴィンの父方にも孫を引き取らないよう圧力をかけ続け、早々に代替わりもさせてしまった。不憫な孫ではなく、迷惑な兄弟が勝手に残した子となるように。
だから母がアーヴィンを引き取るしかなかった。夫の妹の子として引き取るのであれば、その夫と離縁はし辛くなる。
しかも孫のアーヴィンの存在を認めない英雄への忖度がどういう形で出るかわからなかった当時、いとも簡単に暗い所へ紛れ込ませてしまえるような幼子ならば、母のもとで保護することが一番安全に違いなかった。
それにしても英雄様への忖度で、どれだけの不幸が起きたかと思うと気が遠くなる。
父方の祖母は見るからにたおやかな淑女で皆に優しくはあったが、早くに相愛の恋人を亡くしたゆえにか全てを諦めたかのような人でもあって、祖父や祖父に忖度する周りや父の暴走を止められなかった。気難しい祖父の介護疲れで先に逝ったのも彼女の方だった。
そして「本当は修道院に入りたかった」とか、死に際に祖父とその周り宛てに「もうわたくしにかまうのはやめてください」とか、いかにも言いそうなタイプだった。
そう言ったらアーヴィンとパディおじさまと兄に驚かれた上に、ものすごく微妙な顔をされた。それに類することは言い残したのだろう。
母も見た目は彼女に似たしとやかタイプで、そこを父方祖父に見込まれてしまったようであるが、内実は母の母に似てしたたかなところもある。
母方祖母は事情があって嫁ぐ前の家の身分が低いがゆえに、娘に強いられた結婚を阻止できず押し切られたことをそれはそれは悔いていて、ことあるごとにそれ離婚しろヤレ離婚しろと母方祖父と共に囃すような人である。
この母方祖母と私はたいへんに馬が合う。年は離れているがマブダチだ。
この母方は、毒を盛られたかどうか、また盛られたのであれ魔法のある毒かそうでないか、魔法のある毒ならば起きた暴露から何の意図のある毒なのかを判定できるという体質がゆえに、一般には持てる能力を伏せられた上で権力者に利用されやすい。
けれど女系が強いゆえに愛情深くもある、古くは魔女とも呼ばれた一族だ。
その知識の中には未来や異世界のものもあるという。私にも母方祖母にもごく薄くではあるが前世の記憶やそのころの感覚はあって、正直、英雄様の派閥の感覚は許しがたい。
正直に言えば、我が家にとって父方祖父や父こそが異物なのだ。
であれば、異物ではない、本来そこにいるべき父親とは、私たちにとって誰だったのか。
妹()が引き取られるよりも前、父の愛人に魔法毒を盛られたことがあるのだが、父は当然のように不在だった。
つまり母と兄と私とアーヴィンを一掃すれば、妹()を連れて父の正妻になり、伯爵夫人に収まれるはず、と思ったのだろう。ぶっちゃけすべてあのクソ父のせいであるし、とっとと母と離婚しろ下さいと当時から思っている。
どうもかかっていた魔法が「恨み」「後悔」のようで、母の後悔も恨みも父との結婚と「愛する人との間柄について人前で堂々とできないこと」だったらしい。
いや普通に毒が効いたら恨まれるの自分たちじゃね?なんで?幽霊とか死に際の呪いとか信じてないタイプなの?とも思うのだが、そういうところに気と頭が回るタイプなら、そもそも妹()とか既婚者との間に作った上に妻側に毒とか送らないだろう。
血族の対毒体質ゆえに油断もあったかもしれないが、届いたら届いたで大問題だとも思うし、実際そのあと大変だった上に揉み消された。蒸し返すにしても時効だという。今にして思えば腹立たしいが、当時は復讐よりも別のことで頭がいっぱいだった。
父と遭遇すると笑顔が凍る以外は明るい笑みを絶やさない母に泣き崩れられ、自分どころか年上のアーヴィンも兄もコントロールできない感情に振り回されて泣き叫んでいた。年端も行かない子供としては地獄以外の何ものでもない。
まあそりゃ全員苦しんで死ぬよりはだいぶマシかもしれないが、しばらくは結構なトラウマになった。
父方祖父と彼に忖度する派閥の所業に憤ってはパディおじさまと私たちに詫びて泣く母をどうにかしてあげたくて、兄の大事な虹色カブトムシを勝手に出して眺めているうちに逃がしてしまった私と、私の拾った子猫をこっそり抱いていたら父に取り上げられてどこかに連れて行かれてしまった兄と、私の誕生日に手紙をどうしても渡せなかったというアーヴィンとで大泣きしながらパディおじさまに「何かあったら迷わずに呼びなさい」と渡されていた魔法通信用のブローチを使った。
あっという間に駆けつけてくださったおじさまは、なんかすごくえらい立場の美女との会合を速攻で蹴ってきたっぽい、と、あとで子守りの姉やにうっすら聞いた。
このときアーヴィンが助かったのは、パディおじさまが彼につけさせていたとんでもない金額の解毒のお守りが効いたからだ。そうでなかったら我が血族ではないアーヴィンだけは危なかったし、もっと広範囲に盛られていても大変なことになっただろう。それについては未だに腹が立っている。
なお血族ではない彼が暴露大会に参加したのは毒解除お守りの反動や副作用ではなく、無意識で空気を読んだからだろう、とのちにおじさまから伺った。
手紙の内容は私への将来の結婚の申し込みで、空気を読みすぎるアーヴィンは、ただの養い子どころか母にとっての厄介者である自分の立場を慮って引っ込めたのだ。
だがパディおじさまが、あの混乱の中で真っ先に通信用ブローチを思い出した賢い子だからと言って、彼の後見に立ってくださった。
あの時兄は、まず母に向かって「なんでパディおじさまがぼくの父様じゃないんですか」と訴えていたが、暴れる兄を抱きしめた母が何かを言い、母にしがみついた兄は「じゃあレリィは?」とか「なら、もういいです」と言ったあといきなり振り向いて、それまで一言もコメントしていなかった子猫の件でめちゃくちゃ謝ってきた。
空のかごを抱え、泣いて泣いて地団太踏む私に、目元まで腫れた頬の兄は何も言わなかった。
そのあと、私が勝手に兄の部屋に入り、兄の宝物だったパディおじさまのお土産の虹色カブトムシを逃がした時も何も言わなかった。
私は、兄が虹色カブトムシが届くのをどれほど楽しみにしていて、どんなに大事に世話していたのかも知っていたのに、心がねじくれて謝れなかった。
どのくらいの期間だったのか、お互いににらみ合うだけで、板挟みのアーヴィンも困っていたおりのことだ。
父の、自分たちよりも優先する子供がよそにいるんだと、お前たちがどれだけ嫌な思いをしようが荒れようが気にもかけてやらない、反論は暴力で黙らせるという態度は、やはりその頃の私たちに強く影響していたのだろう。
ちなみに逃がした虹色カブトムシの件は未だにちくちく言われるのだが、子猫はどうも妹()に与えられた様子だった。彼女当人が言っていたから、そこまでは確かだろう。
彼女が飽きたあとは下働きの女性の家にもらわれていったんじゃないかな、とアーヴィンが言ってくれた。あの子猫とよく似た柄の猫をたくさん見かける場所があるってパディおじさまに聞いた、とも言っていた。
アーヴィンが我が家に来た時、私はまだ三つになるかならないかで、私からするとアーヴィンはかっこよくて賢くて何でもできる憧れのお兄ちゃんだった。兄とも取り合いになったことが何度もある。
芋虫の取り方も木登りも落とし穴の掘り方も足かけトラップの作り方も、トランプのいかさまのやり方も、料理の仕方もナイフの研ぎ方も彼から教わった。
アーヴィンが最初に書いた私への結婚を申し込む手紙は燃やしてしまったそうで、めちゃくちゃ残念がっていたら毎年の誕生日どころか時候の挨拶レベルでくれるようになった。
父に勝手に婚約者を決められた時も破綻した時も、二度目も決められてしかも結婚まで進んでしまったときも、バレないように暗号にはなったけれど、ずっと届くアーヴィンからの手紙は、私の気持ちを励まし続けてくれた。
いつの間にか引き出しに入っていたり読みかけの本にしおりの形で挟まっていたり、内容が恋文ってより最近読んだ面白い本の感想じゃないかな、と思うこともあったが、ずいぶん慰められた。
本は気になったのでアーヴィンから借りて読んだけれど面白かった。
成人以降、アーヴィンはパディおじさまの養子を外れて新しく作った分家の当主という扱いになっている。養子のままにすると、パディおじさまは母の、アーヴィンは私の婿としてそれぞれ本家に入ることになるので、かえってややこしいそうだ。
私が母方の後継者に決まってから、パディおじさまも毒に耐性のある体質だが、それは秘密なのだと教えられた。
母に何かあったときの控えだからで、母や私は毒に強くとも刃物には弱い。一網打尽にされてしまわないよう、また一族内で事情をよく知るものとして母や私のサポートに回るためだとのことだった。
パディおじさまは、母の結婚とほぼ同時期に何者かに盛られた薬で子種を失った「ことになっている」。しかしその薬の解毒と同時の暴露によって起きた結果を、特に兄はよく知っている。
また、毒を見分けるための授業を受けた際、断種のためのものは無味無臭であることを教えられた。母と父の結婚前には親族の顔合わせの酒宴があったこともその時に聞いた。
父が妹()だけ連れて泊まりで出かけた際に行われたいつもの授業で、パディおじさまとともに講師担当だった母が家の用事で席を外した時、兄が「結婚前に三人で乾杯しましたか」とだけおじさまに尋ね、おじさまは「たまたま流れでそうなったけど、君の父上と席を同じくしたのはあの一回きりだね。知ってるだろうけど、君の父上は私のことをたいそうお嫌いだから」と答えた。
「つまり父と出かけたあの子は俺の妹じゃないんでしょう?」
「今、君とレリィが飲んだ薬が何か当ててごらん」
「えーと、自分の興味と発言の方向から推測するなら、断種薬……です」
「正解。普通は効いたかどうかなかなかわからないものだが、知っての通り我が血族だけは違う。君も人前では気をつけなさい」
「はい。レリィ、聞いてる?って、そういうふうになることあるんだ!?」
「薬の種類によっては特定の間柄の相手がいた場合、暴露の方向性が変わることもあるんだよ」
「特定とは?」
「レリィはアーヴィンをどう思ってる?」
「……なるほど」
そのとき私はアーヴィンに抱きついて残念な感じににやにやしていた、らしい。四つ上のアーヴィンと三つ上の兄との思い出は、いま振り返るといろいろと合点がいくことが多い。
ちなみに虹色カブトムシは昨年人工繁殖に成功したので、わかりにくいが優しい兄の結婚祝いに多めに箱に詰めて送ってやろうとしたら「義理のお姉さんに聞いてからにしなさい」とアーヴィンにため息をつかれた。
私だって、そりゃ父よりもパディおじさまの子供がいいに決まってる。母に歪んだ恋慕だか支配欲だか向けてくる父には、兄も私もアーヴィンも母への人質であり、いびりの対象だった。育てる気がないならいっそ関わらないでほしかった。
ここまで破綻しておいて父と母が離婚できないのは、父方祖父の意地と彼に命を救われたお偉い人たちの忖度によるが、彼の死とともに是正されていくだろう。
彼にあった才は破壊であって縁結びではなかっただけのことだ。目立った働きをした一人にすべてを求めるのは、あまりに粗暴というものである。
またアルカンド伯爵という立場は王家の毒見役としていただいているがゆえに、当代である母方祖父と真の当代たる母の母、次代である母とさらに跡取りの私は王族が参加するパーティの時は各々のサポートを連れて裏に控えることになっている。
祖母のサポートは祖父、母のサポートはパディおじさま、私のサポートはアーヴィン。つまり配偶者と目される人物にエスコートされるのが我が家の通常で、配偶者のいない場合は身内の年長男性になる。私の場合はアーヴィンの不在時は兄が代役の予定だったが、兄は見学しかしたことはない。
私や母がパーティや茶会にほとんど出ないのもこの役目に備えて無用に顔をさらさないためで、もともと我が家は夜会などでの交流は必要としていないのだ。知っている人は知っている話でもあるが、父も夫も知らないのだろう。
王家に解毒能力を欲しがられたことは何度もあるが、社交方面で致命的な欠陥があるゆえに婚姻では無理となる。国家機密を人前で暴露しかねないし。
しかし我がマブダチ母方祖母も、ほぼほぼ平民出身の当時の側妃に王家入りをしつこく打診されたことがあるそうで、いたしかたなく王家とは釣り合わない身分の家に養子に出され、婚約者であった母方祖父が母方祖母の生家に養子に入り彼女を娶るというややこしい形で回避したことがある。
当時の王妃様が「有用な人材をみすみす逃した」という泥をかぶる形で助けてくださったのだが、その後、側妃とお子たちは側妃の不義密通を理由に全員が幽閉され、のちに病死している。王族怖い。マジ怖い。
なのに、先の戦争で当時のことを知る人かつ父方祖父にそれを語れる立場の人材がいなくなってしまったのである。地方領主の五男がそんな偉くなるとは誰も思わんかったらしい。
そして彼が妻に欲した相手はその辺り全く関係なかったから、周りも油断していたのもある。
大人になってからは特に、パディおじさまが暗躍する系スパダリになっちゃってもしょうがないなーと思う。似た状況のアーヴィンを後継者として育ててんだろうなあ~兄も育ててんだろうなあ~。
婿入り先が王家支持の古めの侯爵家なんよね、兄……。
だが、私のエスコートをしない夫はそういう古い話や、私たちがどこと繋がっているかをほとんど知らない。アーヴィンが、誰かが教えるか、疑問があれば尋ねてくるはずだと言ったし、私もそれに賛成した。
そして私が毒に当たった結果どうなるかを知っているのは、幼いころから傍にいてくれるアーヴィンであって、夫ではなかった。
父もまた母の役目を知らないし、この先も知らぬまま我が一族とは疎遠になるはずだ。……疎遠になるだけで済めばいいが。
あるべきものごとがあるべきところに収まるだけだが、ただ、この寄り道が無ければアーヴィンとの縁もなかったことを思うと母には申し訳ないと思う。
そう言っても母は笑うだけだろう、とは私と同じ少し珍しい紫色の目をしたパディおじさまの意見である。
きっとそれは正しいのだろうと、思ってはいるけれど。
私たちの住む別邸を出て、すぐ近くにある本邸の家族だけの小さな居間の、見慣れたソファにアーヴィンと並んで腰かけた。
この居間の存在とドアの開け方を知る者は限られている。妹()はアーヴィンとは違って、家の秘密を持ち出してよそで話すからかわいそうだけれど入れられないと母は言っていた。
母の補佐として祖父の葬式に同行するのか喪服姿のパディおじさまに、私たち兄妹の代名詞のような瓶底メガネを外して渡す。
「まさか大人になってから、ここまで目の色が抜けてくるとは思ってませんでした」
「私も小さいころはもっと濃い色の目だったんだよ。君の母様には羨ましいだのせっかくお揃いだったのにだの、いろいろ言われたものさ。……まだしばらくはかけておきなさい」
「はい」
「重くはないかい」
「大丈夫ですよ」
「……そうか」
おじさまと母の結婚式には兄も私も眼鏡を外して出ることになるだろう。あんな瓶底でも伊達メガネで度は入っていない。おじさまが設計からあつらえてくれた魔法機具で認識阻害効果があるし、軽くて視界も広く目も疲れにくい。
兄の魔法機具に対する才能を見出して適切に指導したのもパディおじさまである。父にこの手の才能への理解はほぼほぼない。
兄の二度目の婚約者は、学生時代に転倒から庇われたおりに眼鏡の吹っ飛んだ兄の素顔に一目惚れしたんだそうだ。そのころには兄の目もだいぶ色が抜けつつあったから、噂にせずにいただけて助かったとの話だった。
「だって二人きりの秘密だったんですもの」とは義理の姉になる人の打ち明け話だ。一度目の婚約で虐げられる兄の姿に、自分の不遇と重ねてこっそり涙していたそうだ。よくぞこんな二つとない良物件を見つけてくるもんである。おじさますごい。
今後は自慢するから眼鏡は外す方向でいいと彼女からはOKが出たとも聞いている。兄はいつ見ても彼女にでれんでれんである。表情筋が固すぎるから傍目にはわかりにくくて本当に良かったと心底思う。
パディおじさまのアーヴィンへの扱いを見るに、血がつながってなくとも、あの父の娘であっても母の子として大事にしてくれたのだろう。妹()へもできるだけ公平にしてくれようとはしていた。
そういう大人が、私たちの子供の頃にいてくれて本当によかった、という気持ちを込めて、眼鏡を外したまま視線を合わせる。
「ところで少々気が早いかもしれませんが、お父様とお呼びしても?」
「…………君たちを何一つ守ってやれず、こんなにも苦労をかけてしまったのに、いいのかい?」
「お父様のせいじゃありませんよ。それに肝心な時は守ってもらったように思います。あのお母様が泣くとか未だに信じられませんし、その節も本当に助かりました」
「彼女、昔からけっこう泣き虫なんだけどねえ」
「お母様は、お父様の方が泣き虫だと張り合いそうな気がしますが」
「……娘に泣かされるって泣きついてくるよ」
従妹姪ではなく娘として抱っこしてくれていたことも多かったのだろうなあ、と感触の変わらない抱きしめ方に思う。
思うに、母は元父のおとないを回避しきれず白い結婚ではいられなかったのではないか。そして母はそれに耐えられず、それが結婚後数年たってからの私の誕生につながったのだろう。
兄は結婚前に二人が設けた子だったようだが、私はあの時点では明らかに不義の子になる。だからか、二人の私を見る目は、兄を見るよりほんの少しだけ苦いのを、いつの頃か感じていた。
産まれてきたことにもその後も生きていることにも後悔はないが、似た立場のアーヴィンがいてくれて気が楽だな、とはつくづく思う。
「ところでこの国、軽率に毒を盛り過ぎの件については早急に改善した方がよろしいのでは」
花嫁を花婿に引き渡すがごとく、真・お父様からアーヴィンへと繋いでいた手を変えるよう促されながらも突っ込むと、二人は少し固まった。
「……えーとレリィ、やっぱり今の暮らしは不自由なのかい?」
「…………俺以外の相手とも比較検討したかったってこと?それとも、俺たちの子は自由にしてやりたいってこと?」
「いえ、一般的な意見としてですね。確かに言われてみれば権力者に重宝がられる反面なんだか不自由な気がするので、今後産まれてくる同じ体質の子のために皆でがんばりましょうか」
「この世から毒が無くなってもレリィには俺以外選ばせないからな」
「何の話です?」
「何でもないでーす」
「父親の前でずいぶん大胆だねえアーヴィン?」
「あっ、お義父様、お義母様がお待ちですので娘さんは俺に任せてお先にどうぞ!いってらっしゃいませ!」
「そんな調子のいい子に育てた覚えはないんだがなあ」
父の愛人の盛った毒でみんなしてパニックを起こしたあの日、息を切らして駆けつけてくれたパディおじさまにすがるまいと拳を握りしめて我慢する母を、べそかきの子供たち三人でぐいぐい押した。
慌てて母を受け止めたパディおじさまとこらえきれずにボロ泣きの母をぎゅうぎゅう囲って、おじさまにお願いする合間に連れて行かれた子猫と逃げた虹色カブトムシと手紙の話も挟まるから、とんでもない混沌になっていたけれど。
「大丈夫、君たちの母様は私が守るから」と約束してくれた彼にあとは任せて、それまでと段違いに様子の落ち着いた兄とアーヴィンにかわるがわる抱っこされながら、別の部屋に連れて行かれた。
「母様を助けて」と願った通り、実際は私たちに言われるずっと前から彼自身もその気だったのだろうし、できることはしてくれていたのだろうけれど。父がいなければアーヴィンにも出会えていなかったのだけれど。
……父の愛人が毒を盛らなければ、二人は復縁に至らなかったかもしれないのだけれど。
元夫にも、前の婚約者にも、夜におとなわれたならどうしようと本当は怖くてたまらなかった。
母が独りで見た地獄の果てが自分だと、アーヴィンに傍にいてもらえて自分が救われたのは母の地獄の続くゆえだと知ったなら、なおさらに、取り戻せるもの、間に合うものがあるのなら、と心のどこかが絶えず逸っている。
「お二人の結婚祝いどうする?」
「やっぱそこはお二人の目の色の石のはまったお揃いのブローチなんじゃねえの、魔法通信機仕込んでさ。デザインはこういうのとか」
「あー、陰陽っぽいこれ、いいねー!じゃあ兄様と連名にしよう」
「インヨー?はわからんけど気に入ったんならこれで作るか。連名っつーかヴィクターも噛ますとなると、素材提供と技術提供的にむしろあっちがメインになるけどなー?」
「じゃあ私はラッピング担当、アーヴィンが発案とデザイン担当ってことでですね」
「コスト分担的に絶対しばかれるだろ、それ……」
「そこはかわいい妹と義弟パワーでどうにか」
「……奴から見て先に社会に出た年上の義弟という微妙な立ち位置だからなあ、俺……」
かつて緊急時のヘルプ用に貸していただいた例の魔法通信ブローチは、あれ以降ハードルが下がってしまって、わりとどうでもいい理由で全く遠慮もなく、当時とんでもなくご多忙だっただろうおじさまを、ブローチ預かり係のアーヴィンに黙って頻繁に呼び出してしまった無邪気で悪気のない子供の頃の自分よ……。
だってかけたらすぐに出てくれるからつい、と、おじさまの後ろに隠れて鬼の形相の母に言った覚えがある。
先生にお絵描きで花丸もらいましたとか、明日は参観日なのに母様はお仕事なんですとか、教材の絵の具セットを洗い忘れて中身がガビガビになって母様にめちゃくちゃ叱られましたとか、アーヴィンのお誕生日プレゼントのリボンの色が決まりませんとか、ちょっとお池に落ちてお靴を片っぽ無くしたんですが母様とアーヴィンと兄様にないしょで見つける方法を知りませんか、とか。
たしか最後のやつは大事な会議をいくつもほっぽらかしてすっ飛んで来てくださったものだから、結局母様にもバレておじさまもろとも大目玉くらった記憶がある。
あわや通信ブローチも取り上げられそうになって、預かり係のアーヴィンも叱られて、アーヴィンのせいじゃないとワーワー泣いたけど、やっぱり今思うとアーヴィンはわざと使いやすいところに置いておいてくれてたんじゃないだろうか。
母とおじさまとは子供の参観日に鉢合わせして、買い物先でも出くわして、を何度もやり、ここまで頻繁に呼び出されるならもういっそ母の補佐ってことで近くにいた方がいいだろうと、おじさまもどこかで開き直られたようではある。
だが、あのころの母は兄や私のことで父や周囲に疑われるのを避けようとしていて、おじさまもそうするつもりだったんではないか。
ただ、父の私たちへの放置っぷりや扱いが想定よりも酷かったのをつぶさに見てしまったのかもしれない。
兄のお守りなんか、いつの間にか一定以上の衝撃が兄にかかると衝撃が倍返しで跳ね返る仕様になってたって、折れた庭木の前で兄とアーヴィンが青くなってたことがあった。
私のお守りも何かしかけがあるっぽいのだけれど、誰も教えてくれないんだよね……アーヴィンが「俺がいるから!大丈夫だからな!?」って何か言いかけた兄の顔面わしづかみにしてたから、聞きづらいけどGPSみたいなやつでも入ってんのかな……。
居間のドアがノックされて喪服の母がパディおじさま改めお父様にエスコートされて入ってくる。喪服ではあるが、私やアーヴィンのような旅装ではない。
英雄様のお葬式は、ここからかなり遠いかの方の領地でやるらしい。これまで拠点にしていた王都のタウンハウスは、これを機に引き上げるという。
体質と代々の任務から基本的に王城の近くに留め置きの我が一族とは物理的にも遠くなる。
つまり母は喪には服すが移動はしない。自分を生涯エスコートする相手は誰なのか、事実上の離婚は成立済みであると対外的に示すつもりだということだ。
そして、英雄への忖度はもうやめる、喪が明けるまで待ってやるつもりなどない、とも。言うなれば叩き出される父と英雄を忖度していた派閥への宣戦布告である。
彼の爵位も一代きりだし、元父は特になんも持ってないから遺産をもらって平民になるはずだ。
そういえば、最近お父様が手掛けて成立した法案に、貴族どうしでの婚姻中に片方の配偶者が爵位を受け継がないなどの理由で平民になる場合は、事前に手続きをしないと婚姻が自動的に解除になる、みたいなのがあったような。
「一親等が貴族なら貴族と婚姻できる」って戦後の法律にあるにはあるけど、新しく爵位をいただくような方なら概ね用心深いので、お子さんをどこかの貴族の養子にしてからご縁を結ぶケースがほとんどだ。
「多分誰かがやってるだろうから」と思ってたら誰もやってなくて大変なことになるやつ。正常バイアスだっけ?的なことがない限りは大丈夫だろう。知らんけど。
「あー……なら、レリィも留守番でもいいかもな」
母が元父と別れたならば、私も元父方祖父の孫でなくともかまわない、とアーヴィンは考えたらしい。
「アーヴィンがお母様のお墓参りに行くなら、アーヴィンのおじい様ではあるから」
「じゃあ爺さんの葬式はサボりでいいわ。母上と父上の墓はあっちじゃないしな。そもそも俺を孫だと向こうは認めてないから、他人でいい」
娘の駆け落ちを認めなかった亡き英雄の意向で、アーヴィンはご両親のお墓ごと母に引き取られた形になっている。
「じゃあ私たち、喪服着ただけ損ってこと?ものすごく丁寧に他人の喪に服しただけ?お墓参りに喪服ってそんなに着なくない?」
「レリィ、逆に考えるんだ。これはただの黒い服だ。俺たちは部屋着から黒い外出着に着替えただけだ」
「まあ、それならいいか」
母が額に手を当てて、頭痛をこらえるような顔をする。
「ねえウィル、あなたと私の娘なのにこの子どうしてこんなにズボラなのかしら。ヴィクターはそうでもないのに」
「うーん、もしかしたらだけど君の母上のご兄弟あたりに似たかもしれないね、マリア」
母からパディおじさまと長年呼んできた彼との子であると明言されたのは今回が初めてで、しかもこの言い方だと血縁関係があると言ったことになる。ぽかんと母を見つめていると、そっと母に抱きしめられた。
「私が選んだ中から、ウィルがあなたの名前を決めたのよ、ヴァレリー」
「そそそそうですよね!?」
「……まあ、あちらの方とは白い結婚だったんだけどね。毎回お酒で潰しておいたから」
なんですとぉー!?
「わっ、私の長年というかここ数年?くらいの悩んだぶんを返していただきたい」
「あらいやだ、ごめんなさい。言わなかったかしら」
「聞いてません!というかそんなデリケートなことを母娘でもというか、むしろ母娘だからこそ聞きづらいです!あんなクソ親父と貫通しましたかとか!」
「貫通って言わないでちょうだい気色悪い」
「ですよね気色悪いですよね!?」
ああーよかったあー、と母にすがりつきかけ、ハッと思い出す。
「じゃあ何でいつもお父様もお母様も、私を見るとき気まずそうだったんです?」
「あんなにアーヴィンが大好きなのに、あちらから縁談をねじ込まれたら断り切れなくてかわいそうな思いをさせてしまうかもって思ってたからだけど。
いつか恨まれてしまうかもしれなくて、それが切なくてね。案の定だったから、そばにアーヴィンがいるとはいえ、ずっと気が気じゃなかったわ」
「いえもうばっちり白い結婚で通しました、ご心配をおかけしました」
「バチバチのガチガチに守らせていただきました。貫通したら浮かれたレリィからなんかの拍子でバレるかもなんで俺とも真っ白です」
「そこまで言わないでいいのよ、見たらわかるから」
「ええー……」
血族同士のお父様とお母様は髪色もそんなに差はないし、小さいころも同じ目の色だったが、アーヴィンは明らかに私と色が違う。さらに毒の種類によってはアーヴィンは血族ではないので暴露でバレる。
「あっお母様とお父様だとすぐバレない要素ばっかり揃っててズルい!」
「そうよそこなのよ、ごめんねえー!」
てへぺろ顔の母に我がマブダチたる母方祖母の要素を見た。そりゃ実の娘なんだから孫の私よりも濃いよね!
「あんなに気がもめてたのにいいいいい……」
「逆に聞くけど、レリィはどう思ってたんだい」
「えーと。婚前の断種薬の盛り合いで向こうは断種、お父様は解毒と暴露でお兄様爆誕の流れで確定だろうと思ってましたが、私の場合は無理強いされたお母様が耐えきれずお父様に泣きついたからかと。婚姻継続中なので婚前よりも外聞がよろしくないのもありましょうし。
それにほら、毒に当たってお父様をブローチで呼び出した時、お母様をお兄様とアーヴィンとでお父様に向かって押し出したでしょう。あのとき踏ん張ってらしたから、葛藤がいろいろおありだったのかって、その、邪推してごめんなさいいい」
あー、という顔をしたお父様が、お母様の細い腰に手を回して引き寄せた。さらに両腕で抱え込んで指をガッチリ組んだ。逃がす気がかけらもない体勢である。いい笑顔だな我が父親ながら。
「…………あれはウィルがお見合い中だったって聞いてたからよ。もうこっちは既婚者で、あの英雄が生きてる限り、どうやったって別れさせてもらえないって思ってたし、あなたたちやウィルに何かされたら、って怖かったのもあったし」
私が拾った猫をこっそり抱いていた兄から取り上げて、抵抗したら殴るような、しかもそれをすぐ飽きて放り出すだろう愛人との娘にやるような、当時は父であり夫と思われていた粗暴な輩である。
さらに自分の妹の子とはいえ、権力者の祖父のせいで誰にも認められていない子供もいて、幼い娘など面白半分でどんな目に遭わされるかもわからず、母も生きた心地がしなかったのではと思う。
「私は君たちの呼び出しにこれ幸いと乗っかったんだけどね、見合いも断りにくい筋から来られて断り方をどうしようかと悩んでた。
あのときは若かったから、今みたいにスパっとやっちゃっても大丈夫って自信がまだなくて、マリアや君たちに何かあったら、って思ってたんだ。
マリアもなかなか頼ってくれなかったから正直助かった、ありがとう。ずっと介入したかったし、諦めるつもりもなかったんだよ」
「お父様の粘り勝ちだったんですね!って、それじゃ結局私はどういう流れでえーっと、発生にいたりましたんでしょう」
「発生て」
アーヴィンに突っ込まれる。
「……まあ、あちら様は結婚前から子供はできない仕様だってわかってたのと、うちの血族の力って女性の方が強いじゃない?次は女の子ねって打診されて実家に相談したら、打診してきた側と組んで協力していただいてたのよね。
先様は離婚にもできる限り協力するとは言ってたんだけど、そっちはなかなかだったわね、そのぶん別のところでいろいろとご協力いただけたけれど」
「見た目に父親の私の要素が無くてもとにかくマリアの系統に似てるだけ、で出来るだけ通して、君たちが大きくなる前に離婚と再婚をする予定だったんだけどね。
マリアと髪も目も色が近くてヴィクターと似た子になりやすくて、そもそもマリアとそういう仲でマリアの家も公認だし一番効率いいですよ、って必死でアピールしたっけなあ」
そんなやんごとなきにブリーダーみたいな真似をされてたんかーい!
しかしもしかしたら、何もなくお二人が夫婦になっていれば、もっとたくさんのきょうだいがいたはずだったんじゃないだろうか、とふと浮かんでしまう。
それでも、私は、元父の甥であるアーヴィンと出会えたことを感謝したい。正直言えば父方祖母が祖父じゃない方とアーヴィンの母上を授かってたらラッキーだなあ~とか思わなくもないけど!祖母たぶんそういうタイプじゃなかったろうしなあ~!
あのころほんの少しの間とはいえ荒れていた兄は、本当の父が望み通りの人物だったことで落ち着いたんだろう。
私も実質ほぼ父親と思っていても確信が持てたのは、兄が血族のための授業中にパディおじさまにも尋ねてくれたからだ。少なくともあの父親の子ではない、と。
「レリィにももっと早く私の子だってはっきり言ってあげればよかったんだけど、ヴィクターより力が強いから暴露がどこまで出るかわからなくてね。ずっと不安だったろう、すまなかった」
「いえ、私にはアーヴィンがいてくれましたから」
「それを言うと俺にはレリィがいてくれたんだけど」
「あら嫌だ、お兄様が仲間外れですわ?」
「大丈夫だレリィ、あいつ今人生で一番幸せだからな!今日も侯爵家の姫さんとこ入りびたるのに忙しいからジジイの葬式は体調不良により不参加か、姫さんが行くならついていく、つってたぞ」
しれっと言うが、三人の中で一番年長だったアーヴィンには兄のヴィクターはかわいい弟分でもあり主家の長子でもあったのに、いざという時守れなかったことは辛かったと思う。
暴露ではないから私への手紙の話になったが、暴露であったら子猫を取り上げられて奪われるままだった兄を助けてやれなかったことも、きっと真っ先に口にしたのだろう。
ちなみに私や母や祖母が跡取りである理由は、暴露の際のコントロールが血族男性よりも上手いからである。魔法力の強さでそうなるらしい。
堕胎薬を盛られた状態で元父に相対しても「この種無しがあ」とか「私アンタの子供じゃありませんから」とか、薬の特徴がわかるような言い方をストレートに出さずに、場合によってはどういう薬だったのかをごまかすところまで持って行ける。
これは王家にも明かせない我が家の秘中の秘となっている。母もパディおじさまよりは物言いや行動がストレートにはならないのだそうで、断種薬を盛られたパディおじさまが、したくもない結婚を前に悲嘆にくれる長年の想い人の母に対してどういう行動に出たのかはお察しだ。
子供の私はアーヴィンに抱きついてにやにやするだけで済んだけれど、さぞ情熱的に兄をもうけた流れになったことだろうなー、と遠い目になる。
きつい薬を盛っても盛り返され、忖度派閥をけしかけてもいつの間にか母の傍に舞い戻り離れない彼に、結局元父は何一つ勝てなかった。
母と気も合わず割り込んだと察した時点で引けばいいのに、元祖父や派閥への忖度を優先して自身を見失った末路がこの先待ち受けていることだろう。
本当は私も、あの子猫がどうなったかを元父が家に入れた使用人の噂で知っている。拾わなければよかったとの反省を込めて、効き目があるならワラ人形と五寸釘を量産して、元祖父と元父の被害者友の会こと闇の婦人会に提供したい気持ちでいっぱいである。
元祖父の妻であり元父の母であった方の「死ぬ気で頑張ったけどやっぱり愛せないからせめて離れてほしい」という気持ちへの手向けとして用意したら、アーヴィンはきっとあきれながら放置してくれると思う。
彼は私の扱いが昔から上手いのだ。
「じゃあ父上と母上の墓参りに行って、ヴィクターとブローチの打ち合わせして、あと、ちょっと寄るところがあるから付き合って」
「あ、ならお供えのお花もいるね」
「あー……っと、そうだな、回る順番が変わるけどいいか?」
「いいよー?」
軽く答えてアーヴィンと出かけた私は、ジュエリーショップで指輪をはめられながらプロポーズされて、花屋で花束を渡されながらプロポーズされて、アーヴィンの父上と母上のお墓の前でプロポーズされて、お兄様のところで受け取ったアーヴィンとおそろいの魔法通信機付きブローチを付けられながらプロポーズされた。
指輪も花束もブローチも見事に私の好みまんまである。
「多い多い多い多い!結婚した後もプロポーズされそう」
「するけど何か?生まれ変わった先も全部俺と結婚してもらうからな。予約だと思って受け取れ」
「重い重い重い重い」
「軽いわけないだろ。この家に来た時からずっと、レリィが俺の生きる理由なんだから」
いつもの家族の小さな居間のソファに腰かけたアーヴィンは、するっと私を抱き込むと、そうするのが当たり前みたいにていねいにキスをした。きっと結婚しても変わらないと信じられるのは、それだけの積み重ねがあるからだ。
元父と元祖父に勝手に婚約を決められてしまった日、もう駄目だと思って、せめてキスして欲しいと私からねだったのが私たちのファーストキスだった。
それまでは、立場が強くて私の意向を断れないアーヴィンへの私の片思いだと思っていた。
耳年増ゆえにふわっとしかわかってないくせに思いつめた私は、いっそ純潔も奪って欲しいとねだったけれど、他の相手とのことはキスもその先も全部絶対に阻止するから今はできないと言われて、コントロールしきれずどこかで暴露してしまうかもしれない自分のせいなんだろうと恨めしかった。
しかし、早すぎる婚約を思えば確かに正しいのは彼の方だった。血を吐くような研鑽と努力でもって約束を果たしてくれたアーヴィンの体には、結構な傷跡がいくつも残ってしまった。
元祖父や元父が女性側に嫌がられたのは、いまどき高位貴族でもやらないくらい早々と婚約や結婚をさせるところもあったからだ。女とみると身内であろうとなかろうととにかくモノ扱いなのである。よくて高額景品とか先物取引とかの扱いに近い。
他人、ことに女子供に気持ちがあるとわかっていながら、他愛もないという扱いをする。時に、いっそわからない方がいいんじゃないかというくらいに。
トップがそんなだから、わきまえの無い忖度優先のバカが年端も行かない女の子に怪我をさせたことだってある。
妹()の躾の失敗をそういう意味でも母は悔やんでいたのに、忖度側にいる女性は洗脳されているかのごとく、自傷のようなことをしてしまう。あの子は確かに腹立たしい子だったが、十四やそこらで二十歳の私の元婚約者を寝取ってしまった。そんな地雷やめとけとしか言いようがない。
元婚約者にお引き取りいただくも、その後は早すぎた妊娠と無理な出産で母子ともに無事では済まず、どちらにも障害が残ってしまったし、まともに面倒を見てもらえるわけもなく。
結局、母が修道院にお願いしてそういう被害者専門の施設を作り、あちらがメンツを気にして酷い状態のまま隠蔽されかけていた妹()と子供を連れ出して預けたそうだ。
元婚約者当人は殺人未遂と監禁と傷害で拘留され裁判中で、保釈金を件の保護施設の運営費に充てるかどうかを関係各所で話し合い中らしい。
たしかに妹()の自業自得かもしれないけれど、いくら婚約期間を長くとればいいと言っても、十一の子に七つも上の男をあてがう元父とそれを許す元祖父と忖度派閥の神経がまずわからない。その話を断らない時点でその相手はヤバイのだし。
今後はお父様が議会に提出した草案を元に若年過ぎる婚約と婚姻を禁止する法案が作られるとのことだけれど、私の婚約当時の彼は怖い笑顔でガチ切れしてたらしいと以前母に聞いた。
おそらくあらゆる手段でもって、元婚約者と可能な限り直に接触しないようにしてくれていたから、妹()はそれを寝取るチャンスと思ってしまったのかもしれない。
「アーヴィン、よくあの年のとき私とキスしてくれたよね」
「十で六つのレリィともしたかったから手紙書いたんだけどな」
「そういえばプロポーズされてた!」
「おう。好きになったのはもっと前からだ」
にっこり笑う整った顔は小さいころから世界で一番好みで大好きで、にやにやしてたら思い切り抱き込まれて、ため息みたいに「愛してるから結婚して、俺のレリィ。何回生まれ変わってもずっと大事にするから傍にいて」とまた言われてしまった。




