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【閑話】とある公爵令嬢の確信



〈IF:前世の記憶を持たない公爵令嬢の場合〉



 ゴトゴトと馬車に揺られる中、公爵令嬢ディアナの緊張は、心臓が口から飛び出しそうなほどに高まっていた。本来なら、お父さまやお母さまと共に出かけられる機会は珍しく、ワクワクした気持ちでいっぱいになるはずなのに。


 その胸の高鳴りがいつもと違うのは、この馬車の行き先に理由があった。


 八歳の誕生日の翌日に第二王子アレクシス殿下との婚約を告げられてから、約二年。精一杯勉強はしてきたけれど、はたして自分は王族の隣に並び立つのにふさわしい人間なのだろうか。

 伝え聞く第二王子は優秀で、学問も剣の稽古も欠かさない真面目な方だという。


 


 初めて足を踏み入れた王宮は、何もかもが大きく華やかだった。


 天井の高くまで意匠(いしょう)()らした彫刻が施され、回廊(かいろう)には歴史ある絵画や調度品が、まるで絵物語の一場面のように並んでいる。

 埃ひとつない深紅の絨毯は、雲の上を歩くかのように柔らかい。廊下の隅に控える騎士たちは、私たちが近づくたびに音もなく深く頭を下げた。


 その煌びやかさに圧倒され、あまりの眩しさにくらくらした。


 今にも手と足が同時に出てしまいそうで、お父さまがそっと手を引いて導いてくれた。




 豪奢な応接間では堅苦しいだろうと、顔合わせの場には庭園が選ばれた。


「王宮の庭園は王国髄一ですもの、きっと素敵よ」


 お母さまが楽しそうに目を細める。国内最高位の公爵夫人として何度も王宮に招かれているお母さまには、ここは勝手知ったる場所なのだろう。


 咲き乱れる淡い花々は、ディアナの緊張を解くほどの助けにはならなかったが、その甘い香りにわずかばかり心持ちが落ち着いた。

 それでも、全身が心臓になってしまったかのように、ドクドクと拍動(はくどう)が耳元まで響いている。



 やがて王族の方々が姿を現し、教わった通りに深く膝を折り、最敬礼(さいけいれい)を捧げた。俯いた視界の中で、自分の足先が小さく震えているのが見える。


「よく来てくれた。今日は大事な場ではあるが、我々しかいない身内だけの場でもある。楽にして過ごしてくれ」


 お父さまのそれとも違う、厚みのある慈愛に満ちた声が頭上から降ってきた。


 隣に立つ父母に倣って顔を上げると、金糸の刺繍が施された濃紺の衣装を纏う両陛下と、その傍らに立つ王子が目に飛び込んできた。



(あの方が……私の婚約者……)


 ディアナの目は、吸い寄せられるようにアレクシスに釘付けになった。


 艶やかな金髪は春の陽光を反射してキラキラと輝き、アクアマリンの宝石を思わせる瞳は、澄んだ水のように凛としている。きりりと上がった眉が、若き王族としての矜持を物語っていた。



 見惚れている間に両親が挨拶を終えていた。母に促され、慌てて覚えたばかりのカーテシーを披露する。


 お姫様ごっこの真似事なら何度もしてきたはずなのに、いざ本番となるとこれほど難しいものか。腕をピンと伸ばしてスカートを掴むのは至難の業で、膝を折り、重心を下げようとするだけで、脚が情けなく震えだしてしまった。



 どうにか挨拶を終えると――。


 アレクシスはディアナの拙い所作が終わるのを待ち詫びていたようで、物語の騎士さながらに、非の打ち所のない流麗な所作で王族の礼を返した。


「……アクアリム王国第二王子アレクシスだ」


 まだ声変わり前の高い声ではあったが、落ち着いた響きが庭園に心地よく流れた。ディアナは呆然と立ち尽くしたまま、頬を染めてその姿を見つめていた。




 その後、両親を交えてお茶を囲みながらも、ディアナの心はちっとも落ち着かなかった。


 いつもなら目を輝かせて飛びつく王宮の豪華なお菓子も、今日ばかりは楽しむ余裕がない。綺麗な細工の乗った小さなケーキも、薔薇の花びらが浮いた目にも鮮やかな紅茶も、今の彼女には一口も味がしなかった。


 ただ、正面に座るアレクシスの存在だけで、胸の中がいっぱいだったのだ。



(本当に、私は王子様の婚約者になるのね……)


 この国では、学園に入学するまでの子供の社交はごく限られている。誕生パーティーなどで親戚や一部の貴族と挨拶を交わす程度だ。

 同年代の子と顔を合わせること自体が珍しいというのに、ましてや今日出会ったのは、絵物語から抜け出してきたかのような正真正銘の王子様。


 ディアナは夢見心地な気分で、ただ目の前の光景を眺めることしかできなかった。




 しばらくして、王妃殿下から二人で庭園を散歩するようにと促された。


 恥ずかしさで俯いてしまったディアナを余所に、アレクシスは王妃殿下と二、三言葉を交わしてから、こちらの席へと近づいてくる。彼は優雅な所作で片腕を差し出すと、ディアナに向けて「お手をどうぞ」と囁いた。


 エスコートしてくれるのだ。


 恐る恐るその腕に手を添え、ディアナとアレクシスは隣り合ってゆっくりと庭園の奥へ歩き出した。



 緊張で言葉が出てこないディアナを気遣うように、アレクシスは王宮の庭園について語り始めた。


「あの噴水は、王宮の魔導具師が貴重な魔石を使って、常に一定の形を保つように制御しているんだ。……おそらく、この王宮以外で目にすることは叶わないだろうな」


「あそこの薔薇も、春のこの時期にしか咲かない特別なものだ。我々は『王冠の輝き(ロイヤル・グロー)』と呼んでいる」


 あまりにも完璧なエスコートに、ディアナは気後れしそうになりながらも、胸の奥に広がる甘い高鳴りを静かに噛み締めていた。




 ぐるりと庭園を回り、二人きりの時間が終わりに近づいた。


 元いたガゼボが目に入ったその時、ディアナは勇気を振り絞って声を上げた。


「あ、あの……アレクシス様!」

「なんだ?」


 足を止めた彼に、ディアナは顔を真っ赤にしながら続ける。


「わ、私、アレクシス様と隣に立つのにふさわしい女性になりますので、私のこと……その……」


 最初こそ勢いがあったものの、言葉は尻すぼみになり、最後は消え入るような声になってしまった。そんなディアナに対し、アレクシスは足を止め、真っ直ぐに向き直った。


 少し勝気な光を宿した瞳が、じっとディアナを見下ろす。


「ディアナ嬢」

「は、はい!」


「俺は陛下の子として、この国を背負って立つ人間だ」


 そう告げたアレクシスは、顎をわずかに上げ、他人に認められる必要などないと言わんばかりの、完璧な自信を全身から漂わせていた。

 その堂々たる姿は、これまで彼が積み重ねてきたであろう凄まじい努力の証なのだと、ディアナの目には映った。



「わ、私……私は、アレクシス様のためにこの身を捧げる覚悟ですわ」


 ディアナの必死の訴えに、アレクシスは満足げに口角を上げると、鷹揚(おうよう)に頷いた。


「よかろう。俺の隣で、我が王国の繁栄を共に支えるがいい」


 とても同じ十歳だとは思えない、重みのある言葉と態度。

 自分はこの方の伴侶となるのだ。


 ディアナがこれから目指すべき場所は、アレクシスが見つめる視線の先にある。彼が成し遂げようとすることのすべてを全力で支えること。それこそが、この人生で自分に与えられた至上の喜びなのだと、ディアナは確信した。




 ガゼボの先から第一王子レイモンドが、二人の様子をどこか冷ややかな、あるいは憐れむような目で見つめていた。






「そのひたむきな姿を、私は尊敬している」


初めて認められた、積み重ねてきた日々の価値。完璧でなければ価値がないと思い詰めていた第二王子の心を、辺境の王の言葉が溶かしていく。泥臭い努力を肯定されたアレクシスは、この地で何を見つけるのか。


次回、「第二王子の、本当の第一歩」。


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