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01.第二王子アレクシスの日常



〈第二王子アレクシス視点〉



 俺の人生が一変したあの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。


 当時、十歳になったばかりの俺は、周囲の人間たちに褒めそやされ、自信に満ちあふれていた。自分こそが王族の名に最もふさわしい存在だと微塵(みじん)も疑っていなかったのだ。




「殿下、本日はここまでにしましょう」


 父上の代から王家の教育を担当する老教師が、分厚い教本を閉じる。広すぎる執務室に、その音がバタンと大げさに響いた。


 俺は黙ってひとつ頷き、自分のためだけに記された黒板の文字を最後まで書き写してから、静かにペンを置いた。



 その間に教師がゆったりと歩み寄り、一枚の紙を机に置く。日課となっている確認試験の結果だ。受け取った答案には、見事な満点を示す赤丸が並んでいた。


「前回は苦慮されていた箇所も、その後よく学ばれたようですね」

「王家の者として当然だ」


 あの問題は難しかった。

 前回の授業中に解ききれなかったのが悔しくて、その晩、近習(きんじゅ)を夜通し付き合わせて叩き込んだ知識だ。


 期待通りの結果に、己の優秀さを再確認し、俺は満足げに唇の端を吊り上げた。



「アレクシス殿下は何事にも熱心で、こちらも教えがいがあります」


 老教師のその言葉を、俺は至極当然のこととして受け止めた。内心で自尊心をくすぐられつつ、あえて無関心を装う。


 そして世間話をするようなていで、しわだらけの顔を緩めて笑う老人へ、ふと疑問を漏らした。


「……兄上はそうではないのか?」



 王家の子は安全面を考慮し、ある程度の年齢になるまで限られた人間以外との接触を断たれて育つ。王宮で耳にするのは、二歳上で次期王太子と目される、兄上の評判ばかりだった。

 常に至高の座を求める俺は、兄と自分を比べるのは無意味だと分かっていても、その評判を耳にするたび、胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。



 教師は朗らかな笑みを崩さぬまま、答えた。


「レイモンド殿下ももちろん熱心に学ばれております。ただ、あの方は何でも卒なくこなされてしまわれる。贅沢な悩みではありますが、我々としては少し寂しいですな」



 剣の指導を務める騎士団長も、同じようなことを言っていた。


 兄上は課題をクリアしてしまえば、それ以上の鍛錬には見向きもしないらしい。「少しはアレクシス殿下を見習ってほしい」と、団長がこぼしていたのを思い出す。


 勉学も武術も、納得できるまで打ち込む俺とは全く違う。


 姿を見かけることさえ稀な兄だったが、漏れ聞こえてくるのは教師陣を困惑させるような話ばかりだ。




 だから俺は、心のどこかで――。


 王太子となる兄を、見下していた。





「次回の授業はいつにしましょうか。ああ、午後は婚約者となるご令嬢と初めてお会いするのでしたね」


 教師がおもむろに時計を確認する。王族たちの授業風景を長年見守ってきたであろう古い壁時計は、ちょうど十一時を示していた。


 俺は先ほどの満点の答案用紙と文具を手に取り、立ち上がりながら答えた。


「そうだ。それと明日は、騎士団長からようやく同年代の者たちと手合わせをする許可を得た。やっと俺の実力を見せられる」


「では、次の講義は少し間が空きますな。日程はそちらの近習に改めて伝えておきましょう」

 扉の近くで控えていた近習の男が、(うやうや)しく頭を下げる。



「公爵家の方々とお会いする際のマナーを復習されますか?」

「いや、問題ない。完璧だ」


 昨夜のうちに、自室の椅子を並べてエスコートの練習は済ませてある。

 自分よりも背の高い近習に令嬢役をやらせるのは、さすがに矜持が邪魔をした。代わりに、鏡の前で何度も独り、腕の角度や手の取り方を確認した。


 


 午後は、これから生涯を共にする相手との初対面だ。


 座学の教師からも、騎士団長からも、「王に近い者は(すき)を見せてはならない」「最初が肝心だ」と教わってきた。


 この後の顔合わせでは、王族たる威信(いしん)を刻みつける。

 令嬢の心を掌握し、心酔させる。


 俺の背中こそが彼女の唯一の道標であり、俺の野望を支えることこそが、彼女にとっての至上の喜びである。


 …………そう。

 彼女が乞うように付き従いたくなるような、理想の王の姿を見せつけるのだ。



 これまで同年代の子どもと接触する機会のなかった俺は、まさに気合十分という状態でそのときを迎えていた。




「完璧な自分」を見せつけるはずが、現れたのは想像を絶する「完璧な少女」だった。

目の前の美少女に見惚れ、兄のハイスペックぶりに打ちのめされる。


次回、「初恋と、あまりに残酷な敗北」。

第二王子の人生、早くも暗雲が立ち込める。

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