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15.公爵令嬢ディアナの確信(2)



〈公爵令嬢ディアナ視点〉



 アクアリム王立学園の入学式。


 私は他の新入生たちと共に、胸に赤い花飾りをつけ、大聖堂の前方に座った。


 在校生代表の挨拶は、今年から最高学年を迎えられたレイモンド殿下。そして新入生代表は、私の婚約者であるアレクシス殿下。

 壇上に王族が並び立つたび、周囲の令嬢たちが一斉に色めき立つ。



  久しぶりにお見かけするレイモンド殿下は、さらに背丈が伸び、大人の男性の気配を漂わせるほどに逞しくなっていた。


 壇上からこちらへ、私にだけ分かるように僅かな視線を送ってくださる。


 その余裕に満ちた眼差しに、一瞬だけ共犯者(きょうはんしゃ)を得たような高揚感で、胸の奥がくすぐられるような感覚を覚えた。



 緩く髪をひとつにまとめ、いつもどおり食えない微笑を絶やさないレイモンド殿下と、騎士のように短く髪を刈り上げたアレクシス殿下に対し、どちらが好みだとか、タイプの違いについて囁き合う声が耳に届く。


(さすがは王族、華やかさが段違いね……)


 この場で初めて王族の方々を直に仰ぎ見る子女も多いのだろう。厳かなはずの式典だが、新入生たちの浮き足立つような興奮は隠しきれていない。



 そんな同級生たちを余所に、私は全く別のことを考えていた。


 異世界転生小説の定石から考えれば、学園への入学は物語が幕を開ける定番のタイミング。これまでは王宮と屋敷の往復や、公爵家と繋がりの深い令嬢たちとのお茶会くらいしかやることがなく、会う人間も限られていた。


 けれどここからは、いよいよ本格的に『攻略対象』たちと遭遇することになる。


 攻略対象たちがヒロインに絆される前に、悪役令嬢が先んじて彼らの心を掴むことで破滅を回避する。

 ……そのような展開の物語も読んだ記憶はあるものの、私はそんな危険な賭けはしない。派手な動きは避け、来たるべき『婚約破棄』を着実に、そして穏便に乗り切る。



(いよいよ『シナリオ』が始まった。気を引き締めないと――)


 私は自らが書き記した筋書きを脳内で思い出し、小さく唾を飲み込んだ。






 入学式を終え、教室へ向かう。私は貴族女性が集まる淑女科に進学する。


 淑女科とはその名の通り、婚姻を控えた貴族の令嬢たちが、社交の作法や領地経営の補助を学ぶ場。ゆえに、この科に集うのは令嬢のみだ。


 当主を支える「妻」となるための教育が主であるため、国政に深く関わる政経科とは明確に分けられている。もっとも、自ら家督を継ぐべき女性や商家の娘などは例外だ。彼女らには実務的な知識が不可欠なため、迷わず政経科へと進む。

 他の子女たちも同様だ。騎士を志すなら騎士科、魔道具師などの専門職なら魔導科。


 ……とはいえ、次女であれ三女であれ、どこかの家に嫁ぐのが定石である以上、多くの令嬢は淑女科に集うことになる。



(……要は、将来の花嫁修業をするためだけの、小さな箱庭。けれど、この狭い社交場での交流がのちのち影響してくる以上、最低限はこなしておかないとね)




 十二歳を過ぎ、学園入学を見据えたお茶会や社交が始まって久しい。我がテトラ公爵家と親しい派閥のご令嬢たちとは、すでに一通りの挨拶を済ませている。


 教室の扉を開ければ、待ちわびていた彼女たちが、我先にとばかりにこちらへ押し寄せてきた。






 私が第二王子の婚約者であることは、まだ公にはなっていない。知る人は知る関係だが、政争の種にならぬよう、成人を迎えるまでは公式発表を控えるのが我が国の慣例だ。


 婚約は公にはしていないが、この国の筆頭貴族であるテトラ公爵家として、王族に礼を尽くすのは当然のマナーである。私はアレクシス殿下の元へ、真っ先に挨拶に向かわなければ角が立つ。



 数人の令嬢を伴い、政経科の教室へと向かう。


 彼女たちは、先ほど壇上で見たばかりの王族を間近でお目にかかれるとあって、頬を染めてそわそわと落ち着かない様子だった。



(……疲れるわ。ここは婚活会場ではなく、学びの場だというのに)


 女子高生だった頃なら彼女たちと共に胸を弾ませていたかもしれない。だが今の私は、これから会いに行く相手が『傲慢王子』であり、私を破滅へと陥れる愚かな男だと知っている。

 

 見るからに浮かれた彼女たちに少しも共感できず、ため息をこらえるので精一杯だ。


 この調子では、学園で純粋な女友達を探すのは諦めた方がいいかもしれない。前世の記憶を持ち越して生きている分、精神年齢の乖離(かいり)はどうしようもない。


 




 アレクシス殿下の教室へ辿り着くと、中からは耳慣れない甘ったるい声が漏れ聞こえてきた。


 入口から室内を窺えば、そこには桃色の髪を二つに結んだ少女と、親しげに言葉を交わす婚約者の姿があった。少女を囲むように、クラスの男子たちが蜜に吸い寄せられる蟻のように群がっている。


(真ん中にいるのは、まさか……『ヒロイン』⁉)



「随分派手な髪の色ね……」

「隣国には染色の技術があると聞いていますけど、まさか髪色を偽っているのかしら……」


 背後に控える令嬢たちが眉をひそめ、扇で口元を隠して囁き合う。


 高めの位置で左右に振り分けられた、雲のようにふわふわとした桜色の髪。春の陽だまりのような温かさと、抗いがたい幼さを同居させた糖度過多な甘い声。

 悪役令嬢である私とは真逆の、庇護欲をそそる愛らしい出で立ち。


 アクアリム王国にはさまざまな髪色や肌色の者がいるが、桃色は極めて稀少(きしょう)だ。この世界において、その髪色は『主人公』だけに与えられた特権なのだろう。


(……なるほど。あのような声で囁かれれば、殿方たちが我を忘れるのも無理はないわね)



 私は、前世で読み漁った異世界小説の『ヒロイン』そのものである彼女を、品定めするように見つめた。




 彼女は、アレクシス殿下の前で猫撫で声で、身体をくねらせるようにして甘えている。しかも彼も満更でもないらしく、見たことのない柔らかな笑みを返していた。

 あらあら……前回の私のお茶会ではあんなに苦しげな顔をしていたのに、初対面の女の子にあんな顔ができるのね。


 やっぱりあの男は、あんな安い誘惑に引っかかる程度の浅い器だったのね。



(あの髪色で、あの声で、あの周囲の巻き込み方……)


 間違いない、あれは周囲の男を無自覚に狂わせるタイプ。

 まさにお約束だわ。



 ――とうとう物語が動き始めた。


 予感はしていたけれど、これが決定的な証拠よ。




 囲む男子生徒たちが邪魔をして会話の詳細は聞こえないけれど、『ヒロイン』が口を開くたびに周囲は沸き立ち、私の愚かな婚約者様までが感心したように頷いている。


「あれは……ボーシャ男爵家のニナ様ですね」


 令嬢の一人が、嫌悪を隠そうともせずに呟いた。高位貴族の彼女たちにとっても、品格に欠ける殿方に媚びを売って取り入るようなあの光景は、ひどく不快で浅ましいものなのだろう。


「……とにかく、予定通りに挨拶を済ませましょう」


 幸いにも、ヒロインが男性たちを引き連れてアレクシス殿下の側を離れた。今が好機とばかりに私は教室へ足を踏み入れる。





 形式的な挨拶を交わす際、彼は何かを言いたげに口元を動かしたが、私の後ろに並ぶ令嬢たちの好奇の視線を察したのだろう。

 その躊躇いの隙を突いて、私は王族に対する最低限の儀礼だけを済ませ、背を向けた。



(これでいい。彼が『ヒロイン』と恋に落ちようが、私の完璧なシナリオの前ではそれも予定調和(よていちょうわ)。私の脅威にはなりえないわ)


 第二王子と直接言葉を交わせたことにはしゃぐ令嬢たちに、表面上だけ同調しながら、私は今後のシナリオに思いを馳せていた。




始まった学園生活。公爵令嬢の瞳に映るのは、色欲に狂う(?)男たちと魔性のヒロイン。


さらには……


「お兄さままで、あのヒロインに……?」

帰国した兄オーガストの歯切れの悪い言葉に、ディアナは最悪の予感を抱く。


次回、「ヒロインの毒牙」


次話は明日12時半頃更新予定です。

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