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13.公爵令嬢ディアナの失望



〈公爵令嬢ディアナ視点〉



 十三歳のとき、王族教育がひと通り終わった。


 本来ならば五年間を費やすべき内容だったが、それを前倒しで修了してしまったのだ。これも悪役令嬢に転生したチートの一つだったりするのだろうか。



 レイモンド殿下が学園に入学してしまったこともあり、王宮に行く理由はなくなった。殿下とは、あれからお手紙でやりとりをしている。内容は相変わらず、可愛げのない政務の話が中心だ。


 彼はいよいよ、学園に通いながら国政会議にも出席するらしい。

 二人で議論を交わし、練りに練った法案が、現実に審議の場へと上げられ、この国を動かしていく。手紙を通じてその進捗を聞くたび、胸が高鳴るのを感じていた。



 二つ隣に位置する先進国、ラグーン公国。そこでは民のための教育機関が、目覚ましい発展を見せているという。


 一方、我がアクアリム王国で「学校」と呼べるのは、貴族や一部の商人が通う王立学園のみ。平民が読み書きや計算を体系的に学ぶ場所など、どこにも存在しなかった。

 多くの者は働きながら最低限の知識を得るのが常だが、国内で完結するならまだしも、対外的なやりとりとなれば話は別だ。不当な契約から身を守るための社会情勢、法務の知識、そして何より高度な計算力が、今後は不可欠になるだろう。


 大きな戦もなく、周辺諸国と友好を深めている今だからこそ、交易が本格化する前に国力を底上げしておかなければならない。それが、この国を深く想う次代の王、レイモンド殿下が抱いている危機感だった。


 前世の記憶を持つ私にとって、「学校」という概念は至極当然のものだ。日本のシステムを参考に、学校運営の仕組みを提案したところ、殿下はことのほか喜ばれた。

 特に「給食制度」や「職業訓練」は、先進国ラグーンにすら存在しない画期的な試みだ。彼にとってもその発想は盲点だったようで、かつ現実的な利が大きいと、より詳しい話を求められた。


 


 前世の記憶が蘇ったとき、漠然と抱いた「やりたいこと」が、レイモンド殿下の元で花開こうとしている。表立って動けない身とはいえ、政治の場にまでその手腕を発揮できれば、いよいよ私の身は安泰だ。


 こういった実績は、断罪フラグを叩き折る最大の武器になってくれるはず。


 レイモンド殿下は手紙の中で、「今はまだ、ディアナと一緒に考えた法案だと言えないのが残念だよ」と綴ってくれた。私が成人した(あかつき)には、功績が彼一人のものにならないよう取り計らう、という言葉を添えて。


 これまでの交流を通じて、私は彼が嘘を吐かない人物だと見極めた。

 明言を避けたり、掴みどころのない言い回しでお茶を濁したりすることはあっても、一度口にした内容を違えるような真似は決してしない。


 人の上に立つ王たる器の者にとって、信頼はなによりも重い意味を持つ。


 レイモンド殿下は次代の王にふさわしく、己の言葉の重さを知っている。

 だからこそ、私は彼を信じられるのだ。






 十五歳の春、アレクシス殿下が王都へ戻ったと便りが届いた。直々に「会いたい」と乞われてしまえば、婚約者として断る理由などどこにもない。


 久しぶりに訪れた王宮は、相変わらずの豪華さだった。整然と磨き上げられた廊下も、隙のない装飾も、以前と変わらない美しさを保っている。

 案内されたのはレイモンド殿下と国政について議論を戦わせた、見覚えのある応接室。


 そこには、五年ぶりに再会した見違えるほど背を伸ばした婚約者が、所在(しょざい)なげに座って私を待っていた。



「便りもあまり出せず、申し訳なかった」

「いいえ、お気になさらず」


 淑女の仮面を貼り付けたまま、視線をわずかに逸らす。


 五年という月日の間に、かつて十歳だった少年はぐんと背を伸ばし、記憶の中よりも逞しく成長していた。


 辺境は魔獣も出る過酷な地だという。それを物語るように王子様然としていた以前の姿に反し、体格だけは騎士並みに立派なものへと変わっていたが、肝心の中身が伴っているようには見えなかった。

 ――二つ上のレイモンド殿下や三つ上のオーガストお兄様を日常的に目にしている今の私からすれば、そわそわと落ち着きなくこちらの様子を窺っているアレクシス殿下は、どうしても幼く映ってしまう。


 最初の顔合わせ以降、一度も会おうとしなかった婚約者が、どのような意図でこの場を設けたのか。私は多少の警戒心を抱きつつ、静かに言葉を待った。




 侍女が一礼し、テーブルに茶菓子とティーカップが並べられていく。


 準備が整うのを黙って見守っていると、アレクシス殿下は意を決したように深く息を吐き、ようやく口を開いた。



「……ディアナ嬢は、これまでどのように過ごされていたのですか?」

 彼が放った最初の問いに、めまいがした。



(ああ、自分が王宮を離れている間、婚約者が怠けていないか確認しに来たというわけね……)


 殿下が辺境で自由を謳歌している間、私がこの王宮で、淑女としての嗜みや歴史、法学、そして王族としての振る舞いを血の滲むような思いで叩き込んでいたことなど、想像もつかないのだろう。

 さもなくば、これほどまでに無遠慮(ぶえんりょ)で、中身のない質問など投げかけられるはずがない。



「王族教育に励んでおりましたわ。それ以外に、何がございましょうか」

 突き放すような私の声が、応接室の冷たい空気に溶けていく。




 沈黙が流れた。

 給仕が紅茶を注ぐ音や、時計の針が刻む音だけが、不自然なほど存在感を増していく。


 アレクシス殿下は苦々しげに眉を寄せ、俯いた。私はせっかく淹れてもらった紅茶に手を伸ばす気にもなれず、ただ悟られぬよう、彼の一挙一動を冷静に観察した。


 その後も彼からぽつぽつと話題を投げかけられたが、どれも核心に触れない、退屈なものばかり。会話が弾むことは一度としてなく、ただ空虚な言葉が虚空に消えていくだけだった。




 仕方がないので、私が今もっとも関心を持っている議題を投げかけてみた。


「アレクシス殿下は、民への教育について、どのようにお考えですか?」


 国を支える土台となる民。その識字率の向上や知識の底上げこそが、次代の王家が取り組むべき急務。レイモンド殿下と今、根を詰めて議論を重ねているテーマだ。けれど、彼は――。


「? 民に、教育……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはまさにこのことだろうか。

 レイモンド殿下なら、この問いに即座に鋭い視点から切り込んでくれただろう。それに比べて目の前の男は、何を言われているのかも理解できないという様子。


 辺境で民の暮らしに混ざって過ごしていたと聞き及んでいたけれど、それは実態を伴わない、単なる「誇張」だったに違いない。

 本当に彼らの中に身を置いていたのなら、少しは思うところがあるはずですのに。貴族とは民を教え導くべき存在。それを忘れてしまったのかしら。


「……いえ、何でもございませんわ」

 これ以上、この方と建設的な対話ができるとは思えなかった。



 王都の政情すら追えず、さりとて国を憂う志もない。表面上の傲慢さは影を潜めたようだけれど、鍛えたのは筋肉ばかりで、中身は空っぽのまま戻ってきた。そう結論づけるには十分な反応だった。


(……私がこの五年間、どれだけの覚悟で足場を固めてきたと思っているのかしら。断罪フラグを叩き折るために猛勉強して、生き残りの道を模索しているというのに。レイモンド殿下と比べて、この婚約者はあまりに幼すぎる。……やっぱり、彼との婚約の先に幸せな未来なんてなさそうね)



 私は冷めかけた紅茶には一口も触れず、心の中で静かに、目の前の婚約者へ「落第」の烙印(らくいん)を押し直した。




「中身は空っぽ。彼との未来に幸せなんてないわ」


婚約者に冷徹な「落第」を言い渡したディアナ。

彼女が次に警戒するのは、物語の本来の主人公「ヒロイン」の存在。


そして迎えた学園の入学式。

アレクシスの前に現れたのは、甘い香りを纏った「未知の少女」で――!?


次回、「学園編開幕!第二王子と桃色の髪の少女」


次話は本日18時半頃更新予定です。

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