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11.公爵令嬢ディアナの考察(2)



〈公爵令嬢ディアナ視点〉



 あれから月に数度、王宮に通う生活が始まったが、一度もアレクシス殿下と会うことはなかった。


 夏を目前にしたある日、どうやら彼は辺境へ向かうために王都を離れたらしい。

 婚約者といえど、王族の動向には箝口令(かんこうれい)が敷かれているようで詳細は分からなかったが、正直、それほど興味もなかった。


 どうせ顔を合わせないのなら、婚約者が王都にいようがいまいが、私には関係のないことだ。




 代わりに、レイモンド殿下とは授業の後に何度かお茶をした。


 次第に王宮からも正式な許可が下りたようで、今では半分会議のようなお茶会が定期的に開かれている。


「周囲への根回しは済んでいるから、ディアナは心配しなくていいよ」


 彼のその言葉を信じて、私は素直にこの有意義な時間を享受することに決めている。

 一介の公爵令嬢にすぎない私が、第一王子の言葉に異を唱える理由もどこにもないし、どう考えても、彼は賢くて隙のない優秀な人物だ。


 その彼が「心配ない」と言い切って根回しまでしてくれているのだ。私が余計な不安を抱く必要など、どこにもない。





 婚約が決まって二年後の春、兄が留学先から帰国した。


 三つ上の兄、オーガストは現在十五歳。彼は西にあるビオープ国のご令嬢との婚姻が決まっており、その交流のために、十歳の頃からこの春まで、あちらの家を頼って異国で暮らしていた。

 だが、来年から王国の学園に通うため、ようやく我が家へと戻ってきたのだ。


 兄が学園を卒業する頃には、婚約者の彼女が我が家へとやってくるだろう。彼女と入れ替わるように、私は王家へと輿入(こしいれ)れし、テトラ公爵家は兄が継ぐ。




 朝の家族の団らんに兄が加わっただけで、食卓の空気が一変した。


 お父さまとお母さまは、立派になって帰国した兄に純粋に喜んでいた。だが、帰還した兄が放つ、ひりついた威圧感に、私は本能的な警鐘を鳴らしていた。



「たった数年会わなかっただけで、ディアナは随分と大人びたな」


 私と同じ白銀の髪を撫でつけた兄、オーガスト。西国では騎士に混じって訓練も欠かさなかったようで、我が家の人間らしくないほど、しっかり鍛えられた体つきになって帰ってきた。


 そして、彼はあの賢いレイモンド殿下よりも、冷徹でずっと大人びて見えた。十歳という若さで、たったひとり母国語の通じない異郷へと放り出されたのだ。当然の変容なのかもしれない。

 知識として外国を学んでいるはずの私から見ても、どこか異国の気配を纏った兄は、素性の知れない他人のように映った。


 幼い日の記憶を探っても、兄との仲は決して悪くはなかったはずだ。



 だというのに、再会した兄の眼差しには、隠しきれない不信の棘が突き刺さっていた。


「おとぎ話の王子様に憧れていた、あの夢見がちな女の子だとは思えない」

「……まるで別人みたいだ」


 鋭い視線とともに投げかけられた言葉。



 ――アレクシス殿下との婚約を機に、あの子も自覚を持ったのよ。


 そんなふうに信じ切っている両親は、兄の瞳に宿る冷ややかな光など、まるで気に留めていないようだったが、私は居心地が悪くて仕方なかった。






 久しぶりに自室でひとり、机に向かう。


 前世の記憶を取り戻して以来、気づいたことをノートに記録する習慣は続いていた。

 とはいえ、『攻略対象』に関する情報は一向に増えていない。我が家と王宮を往復するだけの毎日では、新たな出会いなど望むべくもないからだ。



「お兄様が私に冷たいのは……やっぱり、物語の強制力みたいなものかしら」


 異世界転生小説において、実の兄弟が敵に回る展開はもはや定番だ。肉親であるにも関わらず彼らは『ヒロイン』の味方になって、『悪役令嬢』をより追い詰める。

 在学期間が重ならないからと、兄を一度候補から外していたのだが……どうやら認識を改める必要があるのかもしれない。


「実はもう街のどこかでヒロインと出会っていて、篭絡(ろうらく)されている……なんて可能性もゼロじゃないわね」


 私はペンを走らせ、オーガストお兄さまの情報を書き加える。




 前世の記憶を取り戻してから、約四年。


 あの頃の慣れない手つきとは違い、今では自分でも惚れ惚れするほど、滑らかで綺麗な字を書けるようになっていた。




「そして、問題はレイモンド殿下よねぇ……」



 辺境に向かったアレクシス殿下からは、その後、音沙汰がないに等しい。


 冬が来る前に一度だけ届いた手紙も、「辺境の夏はいかに暑く、秋はいかに多忙か」というただの季節の話が書かれていて、いまいち何を伝えたいのか測りかねるものだった。とりあえず彼は、当面こちらに戻る予定はないらしい。


 書くべきことも思いつかず、『拝啓。寒暖の差が激しい折、ご自愛ください。敬具』といった、テンプレートをなぞっただけの極めて事務的な返礼を送り届けておいた。その後も季節が変わるたびに似たような便りが届くが、それ以上の交流はない。



 反対に、手元のノートに情報が増え続けているのは、婚約者の兄である第一王子、レイモンド殿下の方だった。



「……あの人、絶対、攻略対象か隠しキャラの腹黒枠でしょ」


 レイモンド殿下は、恐ろしいほど絶妙なタイミングで私の前に現れる。


 周囲への根回しは常に完璧。義兄妹の交流という名目で、二人きりになる機会は「偶然を装って」ごく自然に保たれていた。


 その実態はといえば、この国の未来を左右するような政策の会議。一度始まれば、お茶が冷めるのも忘れるほど白熱してしまうのだから、私も人のことは言えないのだけれど。



「これがどんな小説の世界なのか、全貌が見えないのが辛いわね……」


 定石から考えてみる。婚約者のアレクシス殿下は、まさによくある『傲慢な俺様王子』そのものだった。王宮の噂によれば、兄であるレイモンド殿下を差し置いて自分が次期国王になれると本気で信じ込んでいる節があったらしい。


 もし私が、恋に盲目な『お花畑令嬢』だったなら。そんな彼の野心にほだされ、身の程知らずな国家転覆計画こっかてんぷくけいかくの片棒を担がされ、最後にはトカゲの尻尾切りとして処刑台へ送られていたのかもしれない。




 だが、私は『悪役令嬢』として前世を思い出した転生者だ。

 読み耽った異世界小説の展開を当てはめるなら、この先に待っている結末は決まっている。



「傲慢な俺様王子が、身勝手な理由で私に婚約破棄を突きつけ――そして、自滅する」


 そう、これこそが王道のざまぁ展開だ。愚かな第二王子が失墜した後、だいたい真の英雄が鮮やかに事態を収拾し、玉座に就くのがお約束。


「……つまり、それがレイモンド殿下なのよね」


 あの食えない腹黒キャラも、まさにイメージにぴったり。彼は、愚かな弟アレクシスを排除するための『舞台装置』。

 普段はのらりくらりと牙を隠している『真の王位継承者』が、愚弟にとどめを刺して、国を正しい導きで大団円(ハッピーエンド)へ導く。



(――完璧だわ。筋書きは読めた。あとは『ヒロイン』の登場に気を付けることと、私がいつどのタイミングで断罪されるかを見極めるだけね)




 手元のメモが、私の構築した「物語の筋書き(シナリオ)」で埋まっていく。


 何度読み返しても、これこそが完璧な流れだ。だってこれ、事故に遭う直前まで読み耽っていた、あの異世界転生小説そのものだもの。




「つまり私は、レイモンド殿下にさえ付いていれば、当面この身は安泰……ってこと?」


 本来の物語なら彼に断罪される役回りだったとしても、このまま「有能な協力者」というポジションを確保していれば、使い捨てにされる確率は低くなる。



(待っていなさい、アレクシス殿下。そしてヒロイン。私はあなたたちの『お決まりの結末』には乗らないわ。私は、私の書いたシナリオで、自分の幸せを掴み取ってみせる!)



 ――ディアナとしての、今後の方針は固まった。

 あとは学園生活という名の舞台で、いずれ現れるであろう『ヒロイン』を迎え撃つだけ。


 運命の強制力も、きっと私の前世の知識とこの『完璧なシナリオ』でどうにかなるはずだ。





もし、彼女が「普通」の女の子だったなら。アレクシスは挫折を知らず、盲目な賞賛に溺れる「裸の王様」になっていた。


次回、閑話「IF:前世の記憶を持たない公爵令嬢と婚約した第二王子の場合」

語られなかった、もう一つの救われない物語。


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