『梅はまだ、心はもう。〜はんなり恋ごころ・梅見仕切り直し編〜』
梅のシーズン到来、なので梅見に行きました。
節分も過ぎ、京都にほのかに春の匂いが混じり始めた頃。
「お千代、梅見に行かへん?」
小料理屋「紫野庵」に顔を出した修二が、ふとそんな提案をした。
唐突な誘いに、女将のお千代の胸はきゅっと高鳴る。
「梅どすか? 咲いてはるかいな……」
「咲いとらんくても、ええやろ」
そのひと言で、もう断われへんかった。
向かったのは京都御苑。
白梅、紅梅が毎年こぼれるように咲く場所や。
けれど――
「……咲いてへんやん」
並ぶ枝はまだ固い蕾のまま。
ほんのり色づいてはいるものの、花開くにはあともう少しかかりそうや。
修二が頭をかきながら言う。
「ほんまやな……うちの母ちゃんの方が、よう咲くんちゃうかってくらいや」
「どんな例えどすの……」
お千代は吹き出し、寒空の下、ふたりだけの小さな笑い声が広がった。
風が少し強くて、着物の袖が揺れる。
せっかく来たのに梅は咲いてへん。
でも、修二と歩いているだけで、胸の奥が少しずつ温まっていく。
「……ほな、仕切り直そか」
修二がふっと視線を向ける。
「うちの店、戻る?」
「うん。お千代の温いもん、食べたなってきた」
そう言われた瞬間、胸にぽっと灯りがともった。
***
店に戻ると、お千代は早速湯気の立つ鍋を用意した。
白味噌の香りがふわりと立ち上り、冬の名残を優しく溶かしていく。
「寒かったやろ、修二くん。はい、どうぞ」
「お千代の料理は、やっぱりほっとするな」
その言葉に、お千代は胸の奥がくすぐったくなる。
修二はそっと箸を取り、お千代の正面で笑った。
「梅は咲いてへんかったけどな。
……お千代の店戻ってきただけで、来てよかったと思えるわ」
「そない言われたら……うち、照れますえ」
「言うとかな、もったいないやろ」
熱い味噌汁をすすると、身体の芯まで温もりが落ちてくる。
外では風が吹いていても、店の中は柔らかい灯りに包まれている。
お千代は、そっと箸を持つ。
たまに人差し指が浮いたり、力が入りすぎたりして、
正しい持ち方とは少し離れている。
けれど修二は、それを咎めるでもなく、ただ柔らかく見つめるだけや。
「梅、次は咲いてるとええな。
……その時も、一緒に行こな」
「ええよ。咲いてなくても、咲いてても。
どっちでも、修二くんとやったら――」
お千代はほんの少し目をそらし、
はんなり微笑んだ。
「……春、来たみたいどす」
梅がまだでも、恋はもう咲きかけていた。




