センセイ
初めまして。明莞と申します。処女作とはなりますが、どうぞお楽しみいただけましたら幸いです。よろしくお願いします。
「……やはりお越しになられましたか、先生」
長い夢を見ていたような気がする。昔にまして格段に寝心地が良くなった寝台。もう子の刻を半刻も過ぎているというのに、私の病室は煌々と輝くランプの光で満たされていた。昔だったらこんなことはありえない。……過去を回顧するようになったとは、いやはや、私もやはり老いたものだ。
そのようなことを考えながら、私はもはや動かなくなった首の代わりに視線を先生に合わせた。
「ああ、先生はいつも先生でいらっしゃる……そうですか、あなた様がここにいらっしゃったということは、もう無理なのですか」
先生は幾千の星を帯びたような眼を伏され、うなだれた様子で寝台のそばの古びた木の椅子にお座りになられた。
ずいぶん着古したローブでいらっしゃる。やはりいつも通り、お忙しいのだろう。
「……すまないタレス。余にこのような病を治す力はない。もしここがもっと未来であったとしても、この病を治す術はわかっていないのだ。貴様はもはや、話すこともできぬ。こうして私の権能で会話ができるということだけでも、羨ましいことなのだ」
「かくなる上は……」
刹那、タレスの脳裏に「安楽死」という恐ろしく、甘美な響きがよぎった。この痛みと永遠に別れを告げることを考えた。しかしながらその考えは、一見して、まるで自らの祖父の死を受け入れられずに両手で顔を覆っているいたいけな少女のように沈んでらっしゃる先生を視界に入れると、たちまちのうちに霧散せられた。
私の頭に先生の小さな御手が触れたのを感じた。
「わかっている。わかっているともタレス。お前が今何を考えているのか、先生には良くわかるとも。お前はいつもそうだった。いつも……」
先生の小さく、いたいけな肩は小さく震えていた。昼夜赤々と燃え続ける太陽のように輝く御髪は、今や死者の国の人々のように色褪せて見えた。
「…先生……私はもう、務めを終えたのです、ご覧ください、まるで昼の草原のように明るいこの部屋を、この清潔で柔らかい布団を。今やこの国の誰もがこのような素晴らしい環境を手に入れたのです。先生が全て教えてくださったのです。他の30人の同胞も同じ思いでしょう。それに……」
そこで一旦呼吸を整え、私は子供のように泣きじゃくる先生に
「次を担う同胞たちがいるではありませんか」
と、そう微笑みかけたつもりで声をかけた。
長い沈黙が病室を支配した。ランプの芯がチリチリと燃える音だけが、余計に広い病室に静かに響いていた。
「………タレス」
「はい」
「長かったな」
「まだまだこれからでございます」
少し先生はお笑いになられた。
私は昔のことを思い出していた。
登場人物紹介
先生…次回、名前紹介、タレスの先生です。見た目は赤髪ロングのすごく目が綺麗な子です。可愛がってあげてください。
タレス(72歳)…先生の一番弟子。基本的に自己犠牲がちである。病名は明記しませんが、詳しい方がいらっしゃったら分かると思います。見た目は学者風のおじいちゃんです。結構凄い人
次回から本編がスタートします。基本、毎週水曜日の18時に投稿します。