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第三話 戦争と穢れ

「オイ悠介!悠介!」救急車が到着するまでの気の遠くなる様な間、阿部先輩が僕に呼びかけ続ける。しかしその間の記憶は無い。


 僕と優佳は湖底に一旦は沈み、再び浮かび上がってきたタイミングで繰り出した救出用ボートで助け出されたのだとか。

 僕は意識不明の状態で救出され、救急病院の集中治療室《ICU》で幾日も危険な状態が続いていたそうな。

 優佳はというと救急隊員の必死の救命活動が続けたれたが、病院に到着する前に一命を落としたそう。致命傷は溺れたことによる窒息ではなく、低体温症による落命だったと後で知らされる。つまり僕の生命を賭した救助は失敗に終わったのだった。


 優佳の死を知らずICUで死神と戦っている僕は、絶えず夢を見ていたようである。

 その夢の中で優佳は岸本吟と楽しげにしている。会話の合間に吟が優佳の背中に腕を回し抱き寄せたりキスしたりそれ以上の・・・・。

 僕は厚いガラスの外からただ見ているだけ。焦がれる心をどうすることもできず血が出る程唇を噛んでいる。

 ただ目を逸らすこともできずに凝視していた僕の前で残酷なシーンが再現される。

 吟の欲望が満たされると次第に優佳をぞんざいに扱う様になってきた。ゾッコンの優佳は必死に吟に追い縋るが、吟の冷酷な目で()()()()()()と追い払うように冷たい言葉を吐く醜い形相が優佳には見えないのか?!

 吟の傍には新しい女がはべている。薄笑いで嘲笑うふたり。ハラハラと泣きながら訴える優佳。


 もう見ていられない!


 そんな時、僕の周囲に異変が起きた。






 

 人は意識が行動を制御している。意識が下意識とセルフイメージの基本土壌となり行動や思考を決定している。

 例えば自転車に乗る訓練の初期段階は、自転車操縦の基本動作を意識が司る。つまり目に見える知識を吸収して学習する行為と、その現象を自分の意思で制御しようとするが意識である。次に更に進んで自在に操縦できる様になった段階では、操縦するのは意識ではなく下意識が引き継ぐ。

 バランスを取るのもペダルを漕ぐのもブレーキをかけるのも、頭の中では何も考えず意識していない。ただ身体に染みついた操縦の経験が自動的に発揮するから。それを下意識という。

 更にそれらの積み重ねた状態の自分を俯瞰して、総合的に自己評価した状態をセルフイメージという。

 これを踏まえ意識を掘り下げて見た時、自分が次に何になりたい、何をしたいか決定して次の行動に移すのが意識。だから自分の目に見えた物や、現象を無意識に四捨卓越して行動を決めているのが意識の仕事なのである。

 勢い自分の好きなもの、興味のあるものに視線が向き、意識が集まる傾向にある。

 ただ、その意識には一つの特徴がある。それは意識には善悪の判断をする事ができないのだ。

 だから野球が好きな人は、野球が上手くなりたいとその方向で努力する。お金持ちになりたいと思う人は、お金持ちになるべく力を発揮し工夫する。ホラーものが好きな人は、この人は恐怖が好き。死の匂いが好き。死にたいのだと認識してその方向を選択して進もうとする。欲望に任せた野心を持つ者は、その野心を遂げるため柵を弄し努力する。どんな手段をつかっても手に入れる。例え力ずくで奪っても。つまり意識とは誰にとっても強まり集中し過ぎると、その意識が求める要素自体には善悪なんて関係ない、意味がないのだ。






       生霊いきりょう





 悠介がICUで夢の中で見たものは、岸本 吟に残酷に虐げられた優佳の姿だった。

 片想いとはいえ、恋する優佳をそんな風に扱う吟に僕の感情は深い憎悪に支配されている。その憎悪はやがて殺意に変わり、目の前にある心の障害となっていた心理ガラスの壁をも打ち壊すほどの爆発をみた。今まで蚊帳の外にいた無力で哀れな僕に憎しみの力が媒介となり、非科学的・不可思議なパワーが加勢し出す。


 そして信じられない光景が目の前で繰り広げられた。




 何の前触れもなく突然鬼の様な形相の僕が現れ、ツカツカと吟の目の前に歩み寄り立ちはだかる。

「何だ、お前!」その圧倒的な威圧感にすっかり気押された吟。

 そんな吟に僕は無言で殺気の念をぶつける。すると何もしていないのに思いっ切り殴られた様に吟が吹き飛ぶ。再び念をぶつけると、見えない存在の力で吟の胸ぐらが掴まれ再び殴られた様に吹き飛ぶ。そんな現象が二度三度繰り返されていると、いつのまにか僕と吟の間にみかねた優佳が割って入り、「やめて!もうヤメテ!!」と叫ぶ。

 しかし怒りの虜となっている僕に自制は効かない。

 優佳の哀願を無視する様に、怒りの念が吟を殴り続けた。

「このままじゃ、死んじゃう!もうヤメテ!」半狂乱の優佳が吟に覆い被さり守ろうとした。

 それを見た僕は吟に対する憎しみから更に逆上する。

 あれだけ酷い事されて・・・この後に及んでまだ未練を持つか!もう優佳に対する恋心さえ吟への憎悪が増幅し激昂した。

 強引に優佳を引き離し、更に吟に念力で殴る。

 とうとう吟は口から多量の血を流し息絶えた。


 ・・・・と思ったら、何事も無かったかの様に吟が意識を取り戻し、よろよろと立ち上がった。

 今のは夢か?でもあの殴られた痛みは確かにホントに死ぬほど痛かったぞ?

 そう茫然としながら今の事態を把握しようとする吟。


 するとまたもや僕が目の前に立ちはだかると、恐怖の叫びをあげてその場から逃げ去った。それを僕は吟が優佳に投げかけた時の報復の倍返しの様に薄笑いを浮かべ、ゆっくり追いかけた。

 

 待って?僕は今、病院のICUで死の淵に居る筈。じゃぁ、ここに居る僕は誰?


 そう、この僕は意識が具現化した生霊いきりょう。殺人を厭わない程、憎悪の闇に堕ちた成れの果てなのだ。いや、そんな訳ない!いくら憎しみや怒りのパワーが凄くても、そんな非科学的で非凡で非常識な現象が起こる筈はない。


 でも現実にそれは起きている!不思議だ・・・何で?何かのおぞましい力が僕の憎悪の念に力を貸してくれている。それは確かだ。





 逃亡を続ける吟を不気味な笑いを湛えた僕が追いかける。吟は自分の車に駆け乗り、僕の生霊を引き離し逃れようとした。しかし生霊から逃げられる筈もない。

 疾走する車の運転席のすぐ脇に現れると、吟はハンドルを左に切り逃げる。助手席側外脇に現れると右に切る。そうやって吟は逃れているつもりで走り続けているが、実は巧みに生霊に誘導されているのだ。

 僕の生霊は執拗に追いかけ、しまいにはある場所に追い詰める。

 そこは僕と優佳を死の淵に追いやったあの支笏湖しこつこ

 湖畔沿いの道に逃亡を続け疾走する吟の車の前に、突然再び僕が姿を表す。驚きと恐怖に駆られた吟にはもう冷静な判断力は無い。急ブレーキをかけながら急ハンドルを切るとどうなるか?当然の如くガードレールを突き破り湖に向かってダイブした。

 車ごと藻屑と消えた吟。





 ちょうどその頃、阿部達はそんな事になっているとも知らず、何故こうなったのか?そもそもの元凶である「カムイの森の滝」について本気で調べてみる事にした。

 まずこの凶事に詳しい伊藤の知人である斉藤の元に再び伊藤と残る関係者ふたり(阿部と栗原)で訪ねる。彼はただの異能力者というだけでなく、カムイの森の滝に詳しそうでもあるし。

 そこで驚愕の事実を知る。

 

 そもそもカムイの森は太古からのパワースポットであった。それに加えアイヌ民族の重要な心の拠り所でもあった。だがある年のある日、事件が起きた。

 それは江戸時代までに遡る。

 次第に蝦夷地(北海道)に本州本土から和人たちが移り住み、アイヌの生活を圧迫し出す。 やがて和人のアイヌ民族に対する実質的な支配構造が構築され軋轢が対立に変わり、圧政に対する抵抗が試みられた。そして蝦夷各地のアイヌ民族が反乱を起こすが、武器に勝る和人達に鎮圧されてしまう。

 その時の戦いで追い詰められたアイヌの敗残者達が救いを求めて逃げ延びたのが、カムイの森であった。

 追い詰められた敗残者達。和人の掃討武士達は情け容赦なく滝の周囲で打ち取り根絶やしにした。

 だがその情け無用の残虐な行為に心を痛めた和人もいた。

 彼らは討ち取られたアイヌの敗残者達の慰霊のため滝の傍らに祠を築く。

 その場所から一番近くにある寺の住職が代々供養してきたが、辺境の人気ひとけの無い地 ゆえ 次第に忘れ去られ、荒れ果ててしまったのだった。


 そんな所以ゆえんの他にも悲惨な事件が起きる。

 それは太平洋戦争直後の事だった。


 カムイの森の近くには当時小さな集落があった。

 そこの住人に3人の若者がいた。慎之介、慶介、サツキは仲の良い幼馴染。

 3人が成長して慎之介とサツキは婚約する。しかし戦争がふたりを引き裂いた。慎之介は北海道帝国大学在学中に学徒動員され海軍士官として入営。某潜水艦に配備された。一方慶介は志願兵として一足早く海軍に入隊。司令部の工作部に配属される。 やがて慶介の所属する司令部は南洋の某諸島に移るが、そこで慎之介少尉と再会した。

 慎之介の搭乗する潜水艦に不具合が見つかり、修理のため某諸島の司令部のある港に寄港したのだった。

 久々の再会にふたりは大いに喜び語り合うが、戦況が悪化していた状況下では何もかも思う様にはいかない。

 連日米軍の空襲が続くある日、寄港修理中の慎之介の潜水艦が港内にて撃沈されてしまう。だが浅瀬の港内に沈むその潜水艦は、岸壁から海面の底に肉眼で見える。

 驚くべき事に、その潜水艦は撃沈された筈なのに複数の乗組員が生存しているのが確認できた。

 信じられないが、その海底に沈む艦内から乗組員の呻き声が聞こえてくるのだ。撃沈されたのに潜水艦の中の生存者が透けて見えているからではない。重ねて言うが、海の底なのに分厚い艦の壁を突き抜け、海水を通して声が聞こえたからである。

「生存者がいる!」でも救出の術がない。当時港には潜水艦を吊し上げるだけの荷重に耐えられるクレーンが無いから。声は聞こえるのに、指を咥えただ茫然と傍観するしか無いのがどれだけ辛かったか!もしかしてあの呻き声は慎之介か?慶介は居ても立っても居られない。

 三日経っても声が聞こえる。一週間経っても微かに聞こえる。

 しかし十日後には完全に沈黙した。その日の早朝、見守っていた兵士達が指揮官号令の元、敬礼をした。

 やがて戦争が終わり慶介は故郷に帰還。慎之介を待ち侘びていたサツキに会いに行った。既にサツキの元にも慎之介の戦死通知が届いていたが、どの様な最後を遂げたのか幼馴染として、偶然居合わせた者の使命として告げる責任を感じていた。

 慶介の帰還の後、慎之介の最後の目撃報告を聞いたサツキは、それまで待ち侘び続け生還できたら祝言を挙げる約束が梅雨と消え、夢と希望が完全に打ち砕かれたのを思い知った。

 涙に暮れるサツキは実はこれまで毎日のようにワザワザ数キロの道のりを歩き、密かに通い慎之介の生還をカムイの祠に祈っていた。戦死通知が届いても「ウソだ!これは誤報だ!そうに決まっている!」と無理矢理思う様にしていたのに。もうこれまで。微かな希望も完全に潰えた今、生きる気力も残っていない。

 サツキは通い慣れた道を辿り、滝の祠の前で堰を切った様に突っ伏し号泣した。

 そして滝の前で用意していた刃物を取り、覚悟を決めると自らの首を掻き切り息絶えた。

 サツキの血は滝の中に流れて赤く染める。


 こうしてカムイの森の滝の霊験は、完全に負の情念にまみれてしまったのだった。




 驚くべき偶然か?天命が導いた定めか?斉藤さんはほこらを代々供養し続けてきた常念寺の住職の息子だった。


 その常念寺は40年前、既に廃寺になっている。


 僕が生死の境から目覚めたのはその一月後。その前に阿部先輩たちは斉藤さんの指示に従いお祓いを受け、それぞれの家にお札を貼り災いと壮絶な戦いをしたそうな。


 僕はというと優佳の死に茫然とし、生命をかけても助ける事ができなかった無念から、もう自分だけ助かりたいとは到底思えない。

 それにICUでの夢の中、微かに残る記憶から僕が吟にした事は決して許されるべきではないだろう。


 もう一度言う。今はもう、自分だけ助かろうとはどうしても思えないのだ。でも、もし生き残らなければならないなら・・・あの時に降りかかった呪いの運命が僕の死を許してくれないというのなら・・・その時はふたりの供養に残りの人生を捧げるつもり。



 もし生かされるなら・・・・奪われた生命のために。







         終わり








 


作中意識、下意識、セルフイメージの説明文を挿入していますが、削除するか、このまま残すか迷っています。

別に削除しても物語として成立します。余計な記述は要らないのかもしれません。

ただ、この物語に於ける生霊の性格と意味の設定を理解する上で、特に『意識』が果たす役割は大きいので、そこを踏まえて読んでいただきたいという思いを込めて残しています。

別に要らんでしょ。と思われる方はコメント欄に『要らん!』に一票ください。

重要意見として承ります。

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