第一話 ドライブ合コン
「優佳ちゃん、アイツは止めとけ!」僕は自分の中にちょっとだけ存在していた勇気を全てかき集め、ようやく声にした。
「どうして?どうして杉浦さんにそんな事言われなければならないの?あなたには関係ないでしょ!職場の先輩だからといって私に変な干渉しないでください!」
「ゴメン!確かに僕には関係ないよね。でもね、僕には分かるんだ。アイツに関わると優佳ちゃんがろくな目に遭わないって。」
「何の根拠があってあの人をそう悪様に言うの?杉浦先輩に何が分かるの?あの人の何も知らないくせに!・・・・ゴメンなさい、言い過ぎたわ。いつも優しいアドバイスをありがとう。でも・・・彼に関しては、もう私の事はほっといて!」
仕事が終わった霧雨の日。上杉 優佳は知り合って日が無い彼氏 岸本 吟に逢うため、店の扉を開け足早に走り去った。
僕はその後ろ姿を目で追い続けるしか無かったのが悲しい。
優佳の行き先には彼が待っている。その彼とは・・・あの日からのこの店の常連客。金髪に染め前髪が不自然な程に長い。一見風俗関係?の派手な出立ちの男であった。彼が初めて店のドアを開けた時の事は今でも良く覚えている。
僕はたまたま焼き上がったワッフルをトレイごとバックヤードからショーウインドウに持ち込んだタイミングだったから。
彼はよく目立つ服装と着こなしで決めている。そして店内を一望した後、ショーウインドウに立つ3人の女性店員の中で誰が一番可愛いか?素早く見定める。そして迷う事なくターゲットを絞ると一直線に進む。間髪入れず手慣れた風に声を掛けてきた。
「ねぇ綺麗な店員さん、ここで一番美味しいと思うのはどれ?」
優佳は【綺麗な】と言われた事に内心ドギマギしながらも、心の動揺を見せる事なくいつものように可愛い営業用スマイルで応える。
「そうですね、一番人気は只今焼き上がったばかりのワッフルでございます。」
「ワッフル?ケーキじゃないの?君のような綺麗で可愛い系のケーキが幾つか欲しいんだけど。いかにも美味しそうな。」意味ありげの含み笑いを湛えてじっと見据えて言う。
その日をキッカケに、彼はほぼ毎日のように通い詰めてきた。もちろん他の女性店員には目もくれず、必ず優佳だけを相手に声をかける。最初は機械的な営業用マニュアル通りの応対だった優佳も、岸本のさも女の扱いに慣れた話術に引き摺り込まれるように軽い世間話を交えるようになった。
その断片的な情報を繋ぎ合わせると、
彼の素性 : 彼の名は岸本 吟。私立極東大4年。父は大手出版社専務。趣味はオンラインカジノ。いくらとっておきの秘密をそんなヒソヒソ話風に告げたとしても、その情報って公言して良いの?趣味がカジノ?カジノって日本じゃ違法じゃね?
僕にとって彼の印象は頗る悪い。僕は来店中の彼を頻繁に目撃するようになると、次第に漠然とした焦りと不安に襲われる。
だって優佳は彼に完全にロックオンされている。しかも彼はというと、どう見ても不実なプレイボーイにしか見えないではないか!
日を追うごとにケーキを買う合間の短い会話の中で、巧みに自己紹介と優佳の個人情報を聞き出すテクニックを駆使する。同性の男としての僕には彼の下心が丸見えで狩猟本能丸出し且つ、稚拙な心理の野獣にしか見えない。
でも・・・・こうして偉そうに人を見下した僕自身はどうなのか?そう言う自分は彼より立派な人間と言えるのか?いや、この彼に向けた心理は嫉妬が原因の姑息で卑怯な根性による評価に過ぎないじゃないか!そう認めた上で、更に自分の正直な気持ちをハッキリ言おう。
僕は優佳が好きだ。でも面と向かって彼女の前では告白できない。
奥手で意気地なしの自分がホトホト情け無い。
仕事上の接点は幾つもあるのに、職場の先輩として有意義なアドバイスも沢山してきたつもりなのに。ようやくLINE交換に成功して天にも昇る気分になれたのはつい最近の話。だが肝心のメールでの会話も全く弾まず、返信もそっけない短文ばかり。
当然デートの申し込みなど、一度もしたことが無い。できる訳がない。
ここで一言だけ言い訳。僕が気後れするのも訳がある。
申し遅れたが僕は杉浦 悠介。洋菓子職人の見習いである。
札幌近郊の高校卒業後、パテシエを志し修行のため郊外の洋菓子店『ブッリュッセル』に就職して今年で4年目になる。
僕はただの高卒の職人見習い。彼女は女子大生。しかも彼女は大学を卒業したら東京の大手出版社に就職希望の才女なのだ。何でも中学の時に観たドラマに感動したそう。そのドラマとは、出版社に入社した主人公が何年もかけ困難を乗り越えて辞書を作るというもの。
流石才女が憧れがちな高尚な物語である。そんな彼女には全くスレたところが無く、純粋培養な雰囲気にこの僕が強く惹かれるのも理解できるでしょう?
つまり穢れを知らない清楚な女性なのだから。
二ヶ月半前
そんなウジウジして彼女にアタックもできない僕の様子に痺れを切らした職人の同僚で一年先輩の阿部さんが助け舟を出してくれたのが、ほんの二ヶ月半前の事。
お店の休みの日に僕と彼女と阿部さんと彼女の他の女性店員二人、伊藤知恵さんと栗原佳美さんも誘って日帰りドライブに行く計画を立てて実行までこぎつけてくれたのだ。
ありがたや、ありがたや!もう決して阿部成亮先輩には足を向けて寝ませんから!
そういった経緯からドライブ当日、ドタキャンで女性店員のひとり伊藤さんが脱落したが、男女二人づつのドライブ合コンが成立した。
朝の9:00 待ち合わせ場所に阿部先輩のボックスカーが停車してまもなくメンバー4人が揃う。
今日の優佳ちゃんの装いは学生らしい、至って慎ましく清楚な感じ。
職場モードの服装と比べそれ程変わってはいないけど、今日は美しさと可愛さが控えめに滲み出るような魅力を感じる。
北海道の秋は早い。木々が色づき始めると一気に冬がやってくる。その前の束の間の麗らかな時期。絶好の行楽日和とは今日のことを言うのだろう。彼女の薄手のベージュのコートを腕にかけて歩く姿が愛おしい。今日の天気と体感温度なら多分着る事は無いだろう。でも着ている姿も見てみたいものだ。
彼女と一緒にいられるこの状況に、僕の期待感が頭のてっぺんまで上昇し、興奮と幸福感で彼女の目に僕の頭から湯気が見えて来ないか不安になった程である。
よく晴れた絶好のドライブ日和で車中の会話も阿部先輩の気遣いから、かなり楽しく過ごせたと思う。
「阿部先輩、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」と優佳ちゃん。
「そうそう、海ですか?山ですか?それとも公園?」と栗原さん。
「公園?えっ?ブランコや滑り台に乗りたいの?」と、僕。
「んな訳ないべや!ね?それとも栗原ちゃんは鉄棒で逆上がりでもしたいんかい?」阿部先輩がすかさずイジる。阿部先輩は栗原さんに気があるのか?
「ハンカクサイ(バッカじゃない!の訳)事言ってないの!私は美味しいご当地ご飯が食べたいの!それに街中のちっちゃな公園だけじゃなくとも、大きな公園や名勝地がいっぱいあるでしょ。ニセコとか、トマムとか、手稲オリンピアとか、滝野すずらん公園とか、エスコンフィールドとか。ねぇ、勿体ぶらないで白状しなさい!旭川?小樽?積丹?苫小牧?私、長万部のカニ弁当が食べたい!ね、優佳ちゃんは?」
「私は・・・・函館塩ラーメンかな?」
「函館?!さすがに遠すぎるっしょ!日帰りできないんでないかい。それとも現地の湯の川温泉に浸かって一緒にホテル泊まる?」
・・・阿部先輩ィ・・その冗談って・・・ストレートなセクハラですよ!
「アンポンタン(アホの意。アホンダラと同意味。)!それってセクハラ!」と栗原さん。(ほらね)
「アンポンタン!」って優佳ちゃん。ってタイミングよく同時にハモる?
ダメ押しに栗原さん「明日は皆んなお仕事!」と冷たい眼差し光線を放つ。
男どもの密かな下心が潰えた瞬間であった。
(え!男ども?僕は違うよ!違うって!ホントだよ!)
「ところで伊藤さんは今日、どうしてキャンセルなの?」
「プライベートな事情みたい。」
「プライベート?もしかして別れた旦那がらみ?」
「ピンポン!子供を交えて会いたいんだって。子供の親権は旦那にあって、普段はなかなか会えないそうでね。急に連絡があったみたいよ。そりゃ、俺らより子供の方が優先順位が上だわな。」
「気軽で身軽な独身同盟みたいなわけにはいかんのです!」
「それって誰の真似?」
「知らな〜い!前に何かのドラマでやってた。」
「あ、そう。」
「ところで・・・優佳ちゃんの学生ライフは順調かい?」
「私?順調って言えるのかなぁ?知っての通り、ここのバイトに追われているっし。 でも結構楽しいですよ。大学も職場も愉快な仲間たちばかりですし。」
「愉快な仲間たちか・・・、確かに悠介は愉快な奴だな。」
「何 他人事みたいにシレっと自分を除外してるんですか?阿部先輩が一番愉快な人じゃないですか。スケベだし、超〜変態だし。」
「おぉ〜?悠介!後輩で年下のくせに失敬な奴だな!しかも意気地なしで根性なしで臆病者のくせに!(そこまで言う?(^_^; )今日のお膳立ては誰がしたんだって?ん?ん?告白の前に全部ぶちまけたろか?」
「あわわ!お大尽様!私めは一生 僕として先輩についていきます!お許しくださいお代官様!」
「僕やお大尽様やお代官様って、いつの時代?」
「えっ?お膳立て?告白?何のこと?」
「いや、何でもない。」
この後意味不明な沈黙が続き、後味悪さが連鎖したのか?あまり美味しそうには見えないドライブインがポツリと視界に入る。
周囲は全くひと気がなく、この辺では他に食事ができそうなところは見当たらないし、仕方ないから昼食はここにするか。空腹には抗し難くそれぞれの要望を捨て妥協した結果、それぞれありふれたカツカレーとラーメンに落ち着いた。
ドライブインで昼食を終え暫く海岸線を北上した後、内陸の山なりの細道にコースを変える。
「これから霊験あらたかなスポットに行こうと思うんだが、いいべか?」と阿部先輩がハンドルを握りながら言う。
「良いんでないかい?ねぇ、上杉ちゃん。」と栗原女史。
「優佳でいいです。杉原さんはどう?」
「もう向かっちゃってるし、僕は阿部先輩に全面的に賛成するっす。」
「じゃぁ、決まりな。レッツらゴーー!」
暫く森の中の細い曲がりくねった一本道を進むと徐に車を停めた。
「ホラ、あそこの木枝の間に湧水が流れる小さな小川のような滝が見えるだろう?」
「どれ?」「どこ?」「分かんない」
「ホラ、あそこだよ!隣に小さな祠が見えるだろ?」
「あった、あった!あのちっちゃいのね。」「あぁ、あれね。あれがどうしたの?」
「あれが今日の目的地だべさ。到着ぅ!」
「到着?こんなところでどうするの?何にも無いじゃない。水が岩の上からチョロチョロ流れているだけだし。隣のみすぼらしく、今にも壊れそうなちっちゃな祠に何か因縁でも?」
「ここはね、知る人ぞ知る秘境でさ。カムイの森の滝と言って、アイヌ人たちの神々が御座す霊力が物凄く強いパワースポットなんだ。」
「へぇ、これが?」一同、思い切り懐疑的な反応で応える。
「まぁ騙されたと思ってその滝の水を一口、口に含んでから祠に手を合わせてみぃ。すっごい事が起きるから。」
「なぁんか胡散臭いな〜。」
「大体アイヌの人たちにとっての神様の場所なのに、何で神道の祠があるの?矛盾してない?」
「何言ってんの!祠って神社にもお寺にもあるじゃん?カムイにあって何が悪い?」
「そうなのかなぁ?そうかなぁ〜!」
「ツベコベ言ってないで、水を飲んでみい!不思議な気持ちになるから。」
皆んな納得してないけど、阿部先輩がそこまで言うから渋々両手で掬い飲んでみる。まず杉浦悠介から。「・・・ん?!」首を傾げ一言發すると祠に向かい手を合わせる。
「どう?」優佳が覗き込むように聞く。
「何だろ?変な感じ。」首を軽く振り、口の中をむにゃむにゃさせて言う。
「どれどれ」優佳も栗原女史も後に続く。
「特に美味しい訳でも不味い訳でもないわね。普通の水って感じ?」
「でも手を合わせた後、何だか背中がゾクゾクってしない?」
「よく分かんない」
訳わからないまま一同、車に乗り込んだ。他に何もないし、長居は無用だろう。
だが乗り込む前、阿部先輩が悠介に小声で、「な?何か感じたろ?さっき御神水を飲んだ時、一瞬「ん?!」って言ってたし。」
「え?なんか反応してた?よく覚えてないです。で、あれって何です?どんな大変な事が起こるんです?ホントにご利益があるんですか?」
「信じる者は救われる。」
「今ので絶対無いって確信しました。」
「まぁそのうち分かるさ。」
車が発進した直後、滝と祠がぼんやり光る。
その青白い光の意味を知る事は、誰も見ていない以上ある訳はないが。
「さあ、これで帰還だ。札幌に帰るぞ!」
「それじゃ札幌で何か食べてから解散にしましょ。さっきのドライブインだけじゃ不満だわ。」
「了解!他の二人もそれでいいか?」
優佳も同意してくれて悠介は内心喜んでいる。だってもう少しの間だけだけれども一緒に食事ができるなんて、そんな素敵な事は無いもの。
束の間の幸せ。きっとこれがカムイの滝のご利益か?
つづく




