五里霧中
なぜこうなった? 俺はいつでも止められたはずだ。
しかし奴の暴走を許す形になってしまった。
うーん自分でもなぜこうなったのかまったく分からない。
「おいさっきから黙って。何だってんだよ! 」
陸は振られた現実をまだ受け入れてない。
それは俺だって同じだからよく分かる。
でも同情はするけどこれ以上はダメだ。
反省もなしに明日も繰り返せば再び傷つけることになる。
まだこだわっているらしい。すごいな…… 引き際を知らない。
このままでは行きつくとこまで行ってしまう。
そうなれば僅かながらのプライドまでズタズタにされてしまう。
それでは立ち直れない。
奴はそれでも復活できるだろうが俺はショックで口も利けなくなる。
まあ元々俺は気軽に話しかけるタイプでもないが。
要するに絶妙なタイミングだったんだろうな。
補習仲間だと。今まで一緒に受けた思いを共有できると勝手に勘違いしてた。
事実そうだとしても彼女は俺たちなどこれっぽっちも見ていなかった。
その結果あっけなく振られる。どれだけ情けないか。
そのまま沈黙が続く帰り道。
告白に失敗し落ち込んでいる。
下を向いてふうとため息ばかり。
振られたのがショックでショックで。
あーあ。明日の補習が修羅場にならなければいいが。何で俺だけ?
そもそも希ちゃんへの告白の練習など動機が不純過ぎたんだよな。
それは分かっていたことなのに。
どうして信用してそのまま突っ走ったのだろう?
何だかたまに自分が自分でないと思う時がある。
考えれば分かってたのに。調子に乗った。その代償は大きい。
突然少女の声が。
<ねえ私を探して。もう時間がないの>
「ははは…… 何を言ってるんだ? もう目に前にいるじゃないか」
<違う! 私は幻影。今の私はあなたの知ってる私じゃない>
またおかしなことを言う目の前の少女。
近づこうとすれば離れていく。
「誰なんだ君は? 俺の夢に出てくるな! 」
<私は…… 忘れちゃったの? >
「覚えてるよ。希ちゃんだろ? 」
違ったのか下を向く。そして靄の中へ消えていく。
五里霧中と言ったところ。どうして俺はこんなにも夢ごときに振り回されるんだ。
彼女は誰なんだ? どうして俺の意識は彼女を描くのか?
せめて名前だけでも分かればいいのに。
やはり希ちゃんではなかった。そもそも彼女は無口で何を考えてるか分からない。
希ちゃんには悪いが付き合うつもりはない。
ただ奴の手前浮かれてる振りをしていただけ。
それでは彼女にも悪い。悪いって分かってるんだけどどうにもならない。
今のところそんな感じ。決して振られて臆病になったのではない。
「起きなさい! 今日も学校なんでしょう? 」
母さんがまだいる? まだ忙しいと思ったんだけどな。
「おはよう。どうしたの? 」
「何だかあなたうなされてたみたいだから気になって」
悪夢は見てないが汗はびっしょり。どおりで心配する訳だ。
タオルで額の汗を拭こうとするので振り払う。
「いいよ恥ずかしい! それより遅れるよ」
「大丈夫。母さんは今日からいつも通りだから」
昨日までは朝早くに行って夜遅くに帰ってきた。
そのハードワークが終わったらしい。これでゆっくり休めるだろう。
「ほらぼうっとしてないで学校でしょう? 」
息子が夏休みに入っても学校に行くと喜ぶが。別に部活なんかじゃない。
ただの補習だ。大会も合宿ももう少し先。
「分かってるって」
「じゃあお母さんは行くからね。勝手に食べなさい」
「へーい」
「そうだ…… チュウシンコウって何? 叫んでたみたいけど大丈夫? 」
母さん曰くそう何度も苦しそうに叫んでいるので心配になって起こしたらしい。
チュウシンコウ? 俺はそんなこと叫んだのかな? 覚えてないな。
夢に気づいた時にはもう起きかけていたのだろうか?
「チュウシンコウ…… さあ俺にもちっとも心当たりがない」
「本当ね? 信じて良いの? 」
「ああ。それよりも遅れるよ」
「そうだった」
母さんは走って行ってしまった。無駄話してる暇はない。
だから父さんの件についてもまだ何も言えてない。
どうするかな? 少なくても今月中には許可を得ないと。
まさか無断で行く訳にも行かないしよ。
さあとにかく学校だ。今日で補習も終わりだからな。
「あら今日も行くのかい? 」
呑気なばあちゃんが笑う。
「ああ補修工事のお手伝い。今日で終わりだから」
さすがに補習で夏休みに登校とは言えないので適当に嘘を吐く。
「頑張って来な! 」
何だか騙してるようで心苦しいがそれでも補習や居残りは禁句だからな。
馬鹿認定されては俺の立場と言うものがない。
補習は夏期講習とは全然違う。
三年生になれば夏期講習もあるだろうが今はない。
塾に行けば嫌と言うほど受けられる。でも塾も習いごとも全然興味がないからな。
俺としてはこれでいいと思っている。
「お早う! 」
昨日のことを忘れたように元気な奴。元々奴が巻き込んだのだから被害者は俺。
責任は奴にある。だから俺だって気にしない。気にしなければいけないのは奴。
「ああ早く行こうぜ」
こうして最後の補習を受けることに。
でも俺だって本当は暇じゃないんだよな。
夏休み後半には父さんのところへ行く予定。
それは婆ちゃん以外には話せてないからな。
きっかけが難しいんだよな。どうやったら父さんの話に持っていくか。
.
父さんだって受け入れてくれるかどうか。忙しいと追い返されないか不安。
追い返されたら親子の絆もそこまで。
次に会うことはないだろう。それくらいの覚悟を持っていく。
それにしてもなぜ父さんは出て行ったんだろう?
俺のせいってことはないよな?
導かれるように父さんの元へ。
続く